何かと『2ちゃんねる』

日付は必ずしも正確ではありません。

年表で見るその歴史

2000年10月29日
  • 『偽春菜 phase 22 in dev. 』で「2ch にかえれ」機能実装。2ch BBS の Cookie がコンピュータ内にあると「2chにかえれっ!かえれようっ!」というメッセージを話す。とあるソフトウェアが対 2ch BBS Cookie 反応を持っていたことのパロディ。
2000年11月8日
2000年11月21日
2000年11月25日
2000年12月9日
2000年12月17日
2001年1月25日
  • 20時31分、黒衣鯖人に対しプラエセンスと翼システムから、偽春菜の公開停止などを要求するいわゆる「通告メール」が届く。
  • 23時43分、Windows 板「偽春菜について話そうよ!!¥e」スレッドにて「プラ似非ンス」なる蔑称が生まれる。
  • 23時46分、情報倉庫作者(仮名)こと綾瀬漂の手によりWindows 板に「プラスエセンス&翼システム vs 黒衣」と題するスレッドが立つ。「通告メール」関係の話題専用の隔離スレッドであり、偽春菜公開停止騒動の状況の進み具合に関わるあらゆる情報はこの一連のスレッドに集積された。この一連のスレッドこそ、後に「小屋」と呼ばれダラダラと続くスレッドの始まりである。初期は「 VS スレ」と呼ばれた。「プラスエセンス」は誤りなのだが、「わざと」ということにされた。
  • 流行語「断固たる措置」
2001年1月26日
  • 廃墟ロビー板のデフォルト投稿者名が「真春菜の名無しさん2001」になる。
  • 3時46分、ソフトウェア板で「反偽春奈討論スレッド」が立つ。
  • 6時59分、Windows 板で早くも「プラスエセンス&翼システム vs 黒衣 Part2」スレッドが立つ。いわゆる「祭り」という状態である。
  • 元 personaware ユーザ ivil 、プラエセンスに質問状送付、回答を得、「プラス似非ンス&翼システム vs 黒衣 Part 3 」の735-742、763に転載。
2001年1月27日
2001年1月28日
2001年1月29日
  • 「通告メール」を評価した文書「失敗例に学ぶ法律文書の書き方講座」が「プラエセンス&翼システム vs 黒衣 Part 8.1」で話題になる。文中の「-280点」という言い回しが流行。
  • 「ペルソナウェア・ユーザML」にて活発に発言していたうがうが、「通告メール」の件についての議論専用 BBS を立ち上げるが、失敗。嘲笑される。
2001年1月30日
  • 2ch BBS 「プラ似非ンス&翼システムVS黒衣 phase11.1」にて、一連の「プラ似非ンス&翼システムVS黒衣」スレッドに対し「監視小屋」の名称が使われる(72番)。プラエセンスおよび黒衣鯖人の動向について探るべく、常に閲覧・書き込みがなされている状況を形容したもの。「公共事業に反対する人々の監視小屋は、次第に目的が薄れ酒盛りの寄り合い所のようになるが、それと同様に監視小屋という名前がついたのだ」と後になって喧伝されるようになったが、後付けの理由と言える。
  • 「ペルソナウェア・ユーザML」管理人沢渡みかげ、「(某ML""管理人"")」として、「プラ似非ンス&翼システムVS黒衣 phase11.1」に登場(83番)。
  • 「プラ似非ンス&翼システムVS黒衣 phase11.1」にて、プラエセンスに対する公開質問状送付が提案され、文面の推敲が始まる(翌日中断)。
2001年1月31日
  • 『偽春菜』公開停止。
2001年2月1日
  • 橋本孔明、名無し~3.cppとして「VSスレ」初書き込み。 (15.1)
2001年2月2日
  • 「プラ似非ンス&翼システムVS黒衣 phase16.1」にて、「中出スキンの刑」が提案される。祭りが起こっているスレッドが常に上位にあることは荒れや板常連の反感を招くので、投稿時にスレッドを上がらなくする「 sage 」機能使用が推奨されていたが、この「中出スキンの刑」による遊びは、以後スレッドが上がることに対して異常なまでに神経質となることの発端となる。
  • 2ch BBS 「プラ似非ンス&翼システムVS黒衣 phase16.1」にて、拡張子を用いたハンドルネームづけが盛んになる。Windows 板のデフォルト名無しさんは「名無し~3.EXE 」であるが、それをもじって「名無し~3.○○○」を各人が名乗ったのである。
2001年2月3日
  • 沢渡みかげ、2ch BBS 「プラス似非ンス&翼システムVS黒衣 phase18.1」にて「某ML""管理人""」名義で発言開始(611)。ペルソナベンダー鮎川まどかが「ペルソナウェア・ユーザML」の主旨に反する投稿を行ったことに対する処遇について相談。
  • 沢渡みかげ、pws-debate-ml を開設(プラエセンス株式会社に関連する意見・要望などについて討論するためのML)。
2001年2月4日
  • 任意専用 BBS(2chもどき板、通称「もどき板」)公開。議論がテーマごとに分散した。2ちゃんねるとは異なり、管理人に投稿者のホスト名を知られる(表示はされないが)ことに対し拒否反応を持つものが多く、サーバが負担に耐えられるかどうか不安であることもあって、折角の専用板が生まれたにも関わらずスレッド自体がもどき板に移転することはなかった。なお、「もどき板」スクリプト管理者ふるごむは「名無し~3.SGM」と称したコテハンであった。
2001年2月6日
2001年2月7日
2001年2月9日
2001年2月13日
  • 公開質問状の素案決定。沢渡みかげ、質問状に連名として掲載する署名を募り始める。
2001年2月16日
  • 0時、公開質問状署名第一次締め切り。署名数608。
  • 3時1分、「あれ以外の何か with"任意"」ユーザー有志、プラエセンスに対して公開質問状を E-mail にて送付。
2001年2月20日
  • 公開質問状への第二次署名、プラエセンスへ送付(署名317件)。
  • Finite Laboratory、リムネットのアカウントごと消滅。黒衣鯖人、WEB上から姿を消す。以後黒衣鯖人は消息不明。
2001年2月21日
2001年2月22日
2001年2月23日
  • IRC#任意のメンバーによって主だったことが決められることに対し、「プラス似非ンス&翼 vs 黒衣 Phase 24.1」で叩きが行われる。
  • 公開質問状第三次署名送信。
  • IRC #任意のメンバーによって公開質問状の文面を書留で送る準備がすすめられるが、もどき板における任意たん.bd5(妖精現実)の説得により中断。以後IRC#任意において「暴走を反省し、掲示板に帰ろう」的ムード。
  • 19時57分、公開質問状送付についてのプレスリリースがプレスネットワークに送られる。
  • 20時3分、沢渡みかげ、もどき板「お察しください」スレッドを立て、何者かによって「あれ以外の何かwith"任意"」の後継バージョン「phase "inverse"」が制作されていることを示唆(「お察しください文書」)。安堵の空気が流れる。「お察しください」
  • 流行語「お察しください」
  • 日本テレビ系で映画『天空の城ラピュタ』放映。スレッドがラピュタ実況で盛り上がる。長期にわたる祭りで、馴れ合いが生じているという証左。
2001年2月24日
2001年2月26日
  • 「プラス似非ンス&翼 vs 黒衣 Phase 25.1」にて、IRC #任意がログを公開していることを利用したメモ書き込み(「φ(.. )」)がなされる。IRC 叩きの一種。
  • 「プラス似非ンス&翼 vs 黒衣 Phase 25.1」にて、「(・∀・)イイ!」書き込みが増え始める。
2001年2月27日
2001年2月28日
  • 「プラス似非ンス&翼 vs 黒衣 Phase 26.1」にて、人物辞典が作られ始める。
  • vsスレッド専用人物辞典が設置される。
  • 「プラス似非ンス&翼 vs 黒衣 Phase 26.1」にて、「(・∀・)イイ!」書き込みの時間が自然的に決定される。
  • 23時5分、沢渡みかげ、もどき板「phase "inverse"」を立て、新しい「あれ以外の何か」が公開される目処がたったことを発表。「とよぞう」こと佐川豊秋が開発者閑馬永空から公衆送信権の譲渡を受け、法的責任を全て背負って配布、配布用サーバ運営を沢渡みかげが担当。公開にあたって万一裁判が行われた時の準備、サイト設立・運営などを目的として基金を設立し、基金管理者として沢渡みかげ(佐野拓)が行うという体制で開発者の同意を得た結果。この発表の最後のくだり(「誰かの言葉」――恐らくは黒衣鯖人の言葉)、「あなたが何もせずとも事態が動く、ということが一体何を意味するかを考えて下さい。(中略)あなたはいてもいなくてもいい存在ですか。あなたは黒衣が開発を続けていた、責任を被ってくれる人もいる、ああよかったよかった全て元通りだと満足してクソして寝ますか。」が大いに物議をかもす。
  • 上記を受けて募金開始(銀行口座)。
  • 上記体制に不透明な部分が多いことに「誰かの言葉」の毒が加わり、疑問の声が次々とあがる。
2001年3月1日
2001年3月3日
  • 「プラ&翼 vs 黒衣 Phase"inverse"28」で IRC #任意にて雑談・馴れ合いが多いことに対する叩きが高潮。IRC 「#任意」チャンネルは廃止され、雑談用 IRC チャンネル「#任意雑談」へ移行。「#任意雑談」は雑談のためのチャンネルであり必要性がないためログは公開されていない。自動入室設定を消していない人がいるため、「#任意」チャンネルは未だに残っているが形だけである。しかし、これを根拠に「#任意雑談」は隠れて謀を行っていると主張し敵視する困った人がいる。
2001年3月4日
2001年3月6日
2001年3月8日
2001年3月9日
  • 「顔文字オイム」定着。
2001年3月14日
2001年3月18日
  • 閑馬永空、「何か。(仮)phase "inverse" 20.00 developer's test」を公開。いわゆる「再公開」を果たした。なお、First Ghost用シェル(いわゆるデフォルトシェル)は付属していない。
  • 黒衣鯖人がいなくなり「再公開」を果たした以上は「VSスレ」に区切りがつけられるべきところであるが、「閑馬永空とプラエセンス及び翼システムの対立構造、起訴される可能性は消え去っていない」「First Ghost 用シェルが復活していない」「プラエセンスに偽春菜を奪われた過去を忘れてはならない」という名目でスレッドは続行。スレッドにおける叩きと馴れ合いの共存スタイルから常連はもはや脱却できなくなっていた。
2001年3月30日
2001年4月
  • 『何か。(仮)』関係の Web コンテンツ創作が盛んになる中、閑馬永空の日記ページ「おまけ」をきっかけとして作者同士が Web 日記で日記の引用・コメントを繰り返すようになる。いわゆる「日記コミュニケーション」である。
2001年4月18日
  • Web ページ更新情報通知システム Web サイト「何かアンテナ」公開。「何かアンテナ」は「vs スレ」でのウォッチ活動に大きな力を与えることになる。
  • 「vs スレ」でのウォッチ活動の対象はもはや『何か。(仮)』サイドとプラエセンスサイドとの対立にはない。本体アプリケーションやゴーストの更新情報、そして「日記コミュニケーション」にあった。つまり、スレッドが立てられた当初の目的からは完全に離れてしまっていた。
2001年4月19日
  • saxyun の手によるデフォルトシェルは絶望的であることが明るみになる。
2001年4月27日
  • さくらみかげ、タイトルをさりげなく「ふくらみかけ」に改称。「プラ&翼 vs 黒衣 Phase"inverse"38」の「さくらみかげとふくらみかけは似ている」との投稿を受けたもの。
2001年4月30日
2001年5月
  • 「 vs スレ」でコピペ荒らしが頻発。
2001年5月17日
  • 「レッドインパルス@隊長」が「 vs スレ」に登場(42.00)。ちなみにその正体は「暇つぶし」である。
2001年5月26日
  • 「 vs スレ」、スレッドタイトルに「監視小屋」とつけることが定着。(46)
2001年5月31日
  • ネットウォッチ板と難民板に「小屋」の新スレが作られるがコピペ荒らしに埋め立てられ撤退。
2001年6月9日
  • もどき板に「観鈴ちんについて議論兼人力アンテナスレ」が作られる。「小屋」の次スレが分かりづらくなったため、その誘導を目的としたスレッド。
2001年7月5日
  • Windows 板で「スレッドが板の趣旨に合わない」「コピペ荒らしが飛び火する」「スレッド進行が早いため新スレッドが頻繁に上位にあって鬱陶しい」などと言われ板常連との軋轢が生まれていたが、議論の結果、この日難民板へ移転した。「 Windows 板を追い出された」と言ってもよい。(48.01)
2001年8月5日
  • 『何か period "redo" zero』公開。「仮」の字が外れるとともに、初めてデフォルトシェル「双葉」が付属する。
2001年8月8日
  • 「監視小屋」から名称を「観察小屋」へ変更。「双葉」→植物観察の連想。「監視」では言葉の意味が強いというかねてからの意見もあった。
2001年10月5日
  • 「小屋」に書き込みが途絶えたスレッドにしばしば書き込まれるキャラクター「ランタ」が頻繁に書き込まれ始める。書き込みが途絶えることへの強迫観念が見て取れる。
2001年12月15日
2001年1月
  • 特に「祭り」状態になるようなネタがある訳ではないにもかかわらず、「小屋」のスレッド消費スピードが上がり始める。デベロッパを交えての馴れ合い、開発話などが原因か。
2001年1月19日
  • 「したらば」に「フリーウェア『何か』の周辺にあるきな臭い発言に様々な角度から批判を加えてみるスレ。」と称して「『何か』批判スレ」が作られる。後に考察のない、単なる発言の晒しスレと化す。
2002年1月23日
  • 『何か』関係者勢力図作成話が出る。
2002年2月1日
  • 21時より翌2日6時まで、「ALL ABOUT 『何か』」付属 CD-ROM への掲載を前提としたフリートークチャット「朝まで生任意」が IRC 「#ざだんかい」チャンネルで行われる。これを機会に、過去の経緯から IRC を食わず嫌いしていた「小屋」スレッド常連が IRC を体験、IRC との軋轢が緩やかに弱まった。
2002年2月5日
  • 新デザインのデフォルトシェル「エミリ」を「お試し版」として搭載した「 SSP version 1.00 RC1a 」が公開される。しかしそれについて「小屋」で厳しい評価が少なくなかった。そのためか、翌6日公開の「 SSP version1.00 RC1a with HotFix1.0 」において「エミリ」は何も話さなくなった。
2002年2月9日
  • 「 The Ghost Chronicle & Category 」公開。「朝まで生任意」企画を契機として新たに「小屋」スレッド常連の一部が IRC へと流入し「#名無し」チャンネルを形成したが、そのチャンネルでの議論により生まれたもの。「あれ以外の何か with "任意"」に関わる公開質問状策定時に問題となった IRC の閉鎖性はこの時問題にはならなかった。(筆者の予想通り、後々この無邪気さが災難を招くこととなる。)
2002年2月11日
  • 「何か」公式サイト( futaba.mikage.to )に公式掲示板設置を示唆するポインタが登場。
  • 閑馬永空、情報の集約が「小屋」に偏っている歪みを指摘。これをきっかけに新しいポータルサイトモデルについての議論が活発になる。J-o は『さくらナビ』についての意見を『もどき』板で求め、そこで提示された新しい『さくらナビ』のデザインがもとになり、IRC 「#名無し」でニュースサイトの立ち上げプロジェクトが生まれる。
2002年2月15日
  • IRC 「#名無し」メンバーにより、投稿式ニュースサイト『 Nanika News Network 』の公開・運営が始まる。
  • 「小屋」で首吊り祭り。
2002年2月17日
  • かき氷屋ほっそー、『 All About Nanika 』完成を機に『何か』関連の活動から撤退。
2002年2月20日
  • 『何か』公式サイト( futaba.mikage.to )および『何か wiz まゆら』公式サイト、未明(午前1時20分頃)より22日未明までアクセス不能に陥る。メンテナンスを行うなどと言う事前の告知はなかったが、目立った混乱は起こらなかった。
2002年2月22日
  • IRC 「#名無し」にて 20日 の『何か』公式サイト停止はジョークであったことを Selly` が公言。しかし秘匿される。
2002年2月24日
  • こやま☆あきら、『何か』用 SHIORI モジュール『華和梨』用辞書データ "KEEPS" を2月末に開発中止し、3月31日をもって "KEEPS" web サイトを閉鎖、日記も削除する旨を発表。彼はそのサイト上で "KEEPS" 使用ゴースト配布サイトへのリンクを行っていたが、2月11日に自サイトの日記上で『サンバーレイン』開発者てんまそのサイトのトップページイラストの性的表現に絡みサイト構成の変更を要求、変更なき場合はリンク解除を通告していた。この件を受けて[完]が自サイト上のトップページイラストに性的なイラストを掲載しこやま☆あきらを挑発、BBS で彼と論争する。(注:この過程でこやま☆あきらは "KEEPS" 開発中止を盾に主張を通そうとしたという話があるが未確認。)2月19日にこやま☆あきらは "KEEPS" web サイトから全てのゴーストへのリンクを削除。さらに2月23日には[完]の BBS で敗北を宣言。これについて「『何か』 MATERIA 119 ソナー&にぅす応援小屋」スレッドでは大きな話題となったが、こやま☆あきらに対する非難が少なくなかった(なお「☆」がこやま☆あきらを指す)。そして彼は日記上で「敗北宣言」を行い、"KEEPS" の開発中止、 web サイトの閉鎖、日記の削除を発表したのである。
  • 「小屋」再編の動き。「『何か』 MATERIA 120 J-oたんハァハァ小屋」にて「監視/観察小屋」終了宣言がなされ、スレッドの進行に混乱が生じる。後に「小屋潰し」と名づけられた事件である。
2002年2月25日
  • IRC 「#名無し」が『 Nanika News Network 』の運営の場を「#NNN」に分割。
2002年2月26日
  • 「小屋」常連は自らを「小屋民」と呼ぶようになる。
2002年2月27日
  • IRC 「#名無し」の2月22日のログと見られる文書が 「『何か』 MATERIA 124 あずきたんハァハァ小屋」に流出。その文書によれば、2月20日から22日にかけての『何か』公式サイトと『まゆら』公式サイトの停止は『 Finite Laboratory 』消滅一周年記念のジョークとしてメインサーバ管理者 Selly` が閑馬永空や夢蛍の承諾の元行ったものの、回線のトラブルが重なり復旧が遅れ、結果的に長期間に及ぶことになってしまったものであるという。しかし「さーばーず」の中にはそのことを知らされていないものが多かった。ジョークとしてサーバを止めるという行動に、「小屋」では激しい反発が起こった。なお、関係者の証言によれば当該部分を流出させること自体は「#名無し」での参加者らの決定であったが、何者かが改変して「小屋」に流出させた、という。
2002年3月1日
  • 「小屋」にて、24日の「監視/観察小屋」終了宣言は、 IRC 「#名無し」メンバーが"KEEPS" 開発中止に至るのに果たした「小屋」の負の側面を危惧し再編のため為されたものと判明。「『〜小屋』スレッドを潰そうとした」という廉で IRC 「#名無し」が糾弾される。終了宣言のみならずその後の混乱をも IRC 「#名無し」メンバーによる工作と(確実な証拠がないにもかかわらず)断定され、以後、24日からの数日間のスレッド進行は「『IRC組』による『小屋潰し』」と称されている。これ以来、「小屋」において『何か』系 IRC チャンネルへの疑念と怨恨が深まり、 ことあるごとに「 IRC 組」の語とともに IRC 陰謀論が盛んに唱えられるようになった(陰謀論には「 Nanika Kuro News 」が盛んに利用された)。実際のところ、混乱が全て IRC 「#名無し」メンバーによるものであるかどうかについては不明確なままである。
2002年3月4日
  • 2月20日のサーバ停止事件について、沢渡みかげおよび月宮紀柳(「さーばーず」メイン管理者)が日記上でネタであったと公言。関係者が公に認めたのはこれが初めて。
  • 『 Nanika Kuro News 』公開。『 Nanika News Network 』へのアンチとして、「小屋」への投稿を元に記事が作られており、虚実混交、IRC 陰謀論を特徴としている。「小屋」常連は陰謀論を「ネタ」の一言で済ましているが、本気で陰謀論を唱えている者がいる節がある。
  • 「小屋」でゴースト「54」の元となる投稿がなされる。キャラクターはゴースト「54」とは似ても似つかない。
2002年3月10日
2002年3月13日
  • 閑馬永空が日記に「なんちゃってプー」というフレーズを書く。これが「小屋」で受け、「なぷぅ」と省略されながらしつこく使われ続けることとなる。
2002年3月26日
  • 「小屋」にて、かき氷屋ほっそー叩きを行う投稿者に対して「ぽち」と命名される。「名無し草」名で「うんこちんちん」という言葉が投稿されるあたりで、かき氷屋ほっそー叩きを行う投稿が行われたため。「わんわん」などとは言わなかった。
2002年3月
  • IRC 糾弾と『何か最萌トーナメント』で勢いづき、「小屋」は1日1スレッドの消費ペースとなる。
  • 流行語「害潰」
2002年4月12日
  • 『何か』公式サイトのトップページが「閑馬永空は死亡しました。 そのままでお待ちください 最終版 MATERIA-B period 561 」と書かれただけのものになる。『美坂』配布ページ、「御影さくら」のページに変更はない。
2002年4月14日
  • 『何か』が『伺か』(うかがか)へ、開発者名も閑馬永空から川上新夜(かわかみあらや)へと変更される。『伺か period 563 』リリース。
  • 『美坂』配布ページ・「御影さくら」のページは川上新夜の個人 web サイト「面屋」に移される。サーバ提供者は月宮紀柳。
2002年4月15日
  • 流行語「J-oさんはや」
2002年4月16日
  • 投稿式レビューサイト「何か ゴースト 噂と評判」であるみねこが自作自演レビューをしているのではないかという疑惑が「小屋」で指摘される。
  • かき氷屋ほっそー、「もどき板」にて「4姉妹」ゴースト開発終了を宣言。
2002年4月30日
  • 「さくらナビ」は「2ちゃんねる」関係のリンクが「エキスパートモード」に移動。
2002年5月
  • 「小屋」は1日1スレッド以上の消費ペースとなる。もはや一行チャットに近い状態。
2002年5月3日
  • もどき板に「ゴーストが死ぬ」スレッドが立つ。「ゴーストが死ぬ」観念が浸透し始める(?)。
2002年5月6日
  • 流行語「草い」「ブ先生」
2002年6月2日
  • 「『伺か』朝まで飲み明かす小屋'02-65(225)」最短消費ペースを記録。コテハンを一時的に解禁、酒盛りが行われた。もはや馴れ合いの場以外の何物でもない。
2002年6月4日
  • 「小屋」で「天使の人」と呼ばれ人気の月宮紀柳がネットラジオ第一回放送を行う。
2002年6月5日
  • 隔離スレッド「かき氷屋ほっそーについて」が難民板に作られる。
2002年6月20日
  • 「小屋過去ログ検索エンジン 見せてあげるのっ」が登場。
2002年6月22日
  • 『伺か priod 583』リリース。『伺か』最後のバージョン。
2002年7月1日
  • ゴースト補完委員会、突如解散。活動期間推定3ヶ月。主催者なっしぃが叩きを受ける。
  • 「小屋リンクなぷぅ」登場。
2002年7月3日
  • ゴースト補完委員会跡地に、ゴースト制作補助を目的とする団体「仕事屋」が作られる。
2002年7月4日
  • 「楽描き板」になされた杏朱の投稿をめぐって「小屋」で論議が盛り上がる。
2002年7月5日
  • 「小屋」常連が「岡田」と名乗り「絵描き板」付属掲示板で杏朱と論争。のちに「岡田」=「(完)」とされ、「全て(完)の自作自演なんですけどね」のフレーズが生まれる。
  • 仕事屋はゴースト補完委員会跡地を離れ移転する旨が発表される。
2002年7月9日
  • あるみねこの投稿した絵を流すべく、自然発生的に「お絵かき板With何か」に投稿が殺到。
2002年7月19日
  • maika.net のネームサーバが故障。さらに maika.net 内にある UNN を収容するサーバも故障しデータが消失。サーバ管理者と連絡不能のため復旧の見込み立たず。
2002年7月20日
  • 23時より UNN 復旧対策会議が IRC 「 #NNN 」にて開かれる。結論は出ず。
2002年7月21日
  • 引き続き行われた UNN 復旧対策会議において UNN の解体および新組織の発足が決定され、その旨発表される。
2002年7月26日
  • 『伺か』配布サイトの開発者名が川上新夜から ls へ変更される。
2002年7月31日
  • RIF、『らくがき梁山泊』『糸工糸会木反(大人向け)』を閉鎖。
2002年8月16日
2002年8月24日
  • 流行語「によかわ」
2002年9月18日
  • 匿名 IRC チャンネル「&難民小屋」が irc.mixlink.com に作られる。発言者名が全て「 annonymus 」となっているのが特徴。
2002年9月27日
  • Meister、匿名IRCチャンネル「&難民小屋」に登場。半年前の撤退事件の真相を語る。
2002年10月12日
  • なっしぃ、インターネットラジオ『伺かラジオ』を放送。 なっしぃに対しては攻撃してもよいという「小屋」の風潮の中、ラジオ用サーバの IP アドレス、ポートスキャンの結果、ユーザー ID ・パスワードが「小屋」に投稿されるなどし、ラジオ用サーバにセキュリティホールがあることが発覚、急遽放送中断。
2002年10月13日
  • サーバ管理者都築明日香、前日のインターネットラジオ放送中止について自身の web サイト上で説明。「小屋」を非難。
2002年10月25日
  • この日あたりで、月宮紀柳、自サイトの日記上で銀行口座を公開し、サーバ運営費用を募る。
2002年10月28日
  • 流行語「ラジオ組」
2002年11月8日
  • 月宮紀柳、自サイトにて募金総額156660円と発表するとともに、「さよなら」と告げサイトを閉鎖。募金に応じたのは「小屋」の投稿者が少なくない模様。
2002年11月23日
  • 灘という人物が「お絵かき板With何か」で名前を変えながら暴言を吐いていたということが「小屋」にて暴露される。
2002年11月27日
  • 強制 ID 表示化による投稿の健全化を期して、「小屋」483、ソフトウェア板に移転。強制 ID 表示により投稿ペースが緩やかになる。
2002年11月28日
  • 「小屋」484、ネットウォッチ板に移転。
2002年11月30日
  • 「小屋」485、ラウンジクラシック板に移転。
2002年12月2日
  • 「小屋」486、通信技術板に移転。
2002年12月3日
  • 「小屋」487、ソフトウェア板に移転。
2002年12月6日
  • 「小屋」488、ロビー板に移転。板住人と交わる姿勢がないため、板住人にコピペ荒らしを食らう。 
  • 「小屋」489、ソフトウェア板に移転。
2002年12月17日
  • 「小屋」493、ネットウォッチ板に移転。 
2002年12月31日
  • 「小屋」498、難民板に移転。 
2002年12月31日
  • 「小屋」499、ネットウォッチ板に移転。 
2003年1月3日
  • 「小屋」501、ガイドライン板に移転。
2003年1月5日
  • 「小屋」502、ネットウォッチ板に移転。
2003年1月8日
  • 「2ちゃんねる」管理人ひろゆき、qb サーバで投稿者の IP アドレスを記録する実験を開始。
2003年1月10日
  • 「2ちゃんねる」管理人ひろゆき、すべてのサーバで投稿者の IP アドレスを記録する実験を開始。
2003年1月14日
  • ゴースト「愁茉里&ココ」の構成ファイルがコンピュータ・ウイルスに感染していることが「小屋」で指摘され、作者自ら「小屋」で対策を相談。感染の公知には「 Nanika Kuro News 」が使われた。
2003年2月23日
  • バッシング隔離スレッド化していた難民板の伺かスレッドにて、ttu バッシングが盛り上がる。ちなみにこのスレッドでの共通ハンドルは「unnamed.nar」。
2003年3月
  • 「小屋」は著しく投稿量が減少しつつも続行。その一方で難民板の伺かスレッドが、叩き・雑談なんでもありと非常にノイジーでありながら賑わいを見せる。共通ハンドルがいつのまにか「こまま草」と化す(空しくもスレッド共通ハンドルを決定しようとした時、「このまま草でいい」を「こまま草でいい」と誤記したものが採用されたという)。通称「草屋」とも。
  • 「 pink ちゃんねる」( 2ch BBS から派生したエロ掲示板)の半角二次元板「『伺か』の画像de(・∀・)マターリ!!」スレッドで、オリジナルゴーストの製作が始まる。
2003年5月8日
  • http://takashi.keddy.ne.jp/wiki/wiki.cgi および http://komama.org/wiki/ が設置される。
2003年5月10日
  • http://komama.org/wiki/ が月宮紀柳の管理するサーバに収容される。http://komama.sakura.vg/wiki/ 。
2003年6月1日
  • ゴースト「一葉」作者宇喜多文和、「本サイトで公開されている作品を題材にした2次創作に関するガイドライン」を発表。例外的に一切の二次創作を禁じる人物を名指しした。これを巡り、「小屋」に大量の書き込みがなされる。宇喜多文和が名指しで二次創作を禁じた人物には「伺か音楽部」関係者が4人含まれていたため、「伺か音楽部」代表の明日香は2日、「伺か音楽部」web サイトにおいて宇喜多に対する反発を表明、「小屋」にも明日香を名乗る人物が書き込みを行っている。しかし同日中に「今後は、お互いの認識に基づき歩み寄るものとしたい」とし謝罪文を発表した。
2003年6月15日
  • 「小屋 Wiki」にて荒らし行為の嫌疑をかけられていたものの自サイトにて無実を訴えていた「今週の伺か」管理者「愛国者」が、4月19日に「偽今週の伺か」掲示板を荒らしたこと、「言い逃れの嘘」をついたことを「はてなダイアリー - 放置日記」にて認め謝罪。
2003年6月16日
  • 2ch BBS 難民板伺かスレ「さわやんはイマイチ絵師?」によるものとされた「はるさめパビリオン」一時閉鎖事件。
2003年8月30日
  • 流行語「 cooi 」( cool の打ち間違いだと思われる)
2003年9月27日
  • ゴースト「藤袴」作者七鍵龍爪が小野秀一の web 日記に対してコメントを寄せるが、コメントが公開されるシステムになっているにも関わらず、七鍵は気付かずに内緒話を織り込んで投稿。その内容が「伺か監視小屋540」で非難される。コメントの内容は「こまま wiki 」に掲載され、一時は削除されながらも再び掲載された。投稿内容に七鍵の勤める会社名が入っているため、七鍵は小野に対しコメントの削除を要求しつつ、「こままWikiから消えていますが、復活させるヤツがいたら、全部消してバックレます(笑)」と表明した。結局七鍵はゴーストを削除することはないものの自らのサイトの内容を大幅に削除し「全面削除は、かの方とは一切関係ないので。かなり荒れていらっしゃいますが、ご迷惑をおかけしました」と釈明した。小野秀一は彼に対し憤慨したようであるが、「小屋」「こまま」各スレッド投稿者らに励ましのメールあるいは書き込みを受け、「はてなアンテナ」の web 日記及び「小屋」に謝辞を書き込んでいる。
2003年10月20日
  • 「こまま」スレッドで「酉トンゴースト」の開発が本格的に始まる(開発中であることが明らかになったのは5月12日)。
2003年11月27日
  • こままwiki「駄文保管所」に転載された七鍵龍爪の11月24日-25日の日記(9月27日の事件を指すと思われる記述有り)へのリンクが「さくらナビ」に投稿される。
2003年11月28日
  • 月宮紀柳、「クリスマスも一人で首吊り草」に書き込み。こままwiki に転載された七鍵龍爪の日記について、七鍵龍爪がサーバ管理者の月宮紀柳に対し文章の削除と書き込んだ人物のリモートホスト及び日時を明らかにすることを求める(明らかにできない場合月宮を裁判に訴える)メールが届いた、という。なお、同日この書き込みへのリンクが「さくらナビ」に投稿された。
2003年11月30日
  • 綾瀬漂、「小屋」でなされた月宮への(一部の)誹謗は、自分が発作的にしたことであると「はてなダイアリー」の日記にて告白。事実をはっきりさせるよう月宮に求めるとともに、答えられる質問には答える、とした。月宮は疑惑(「メールボックスのメールを盗み見ていた」など)を否定。綾瀬に対し「こまま」スレッドや「小屋」常連と思われる者たちからの質問・非難・中傷が相次いだが、少なくとも2003年内に返答がなされることはなかった。
2004年1月30日
  • 綾瀬漂、「はてなダイアリー」の11月30日の日記へのコメントについて弁明。
2004年2月19日
  • 綾瀬漂、ゴーストをモチーフにしたタロットカードを5月開催予定のイベント「彩伺祭」に合わせて作るという計画を発表。IRC チャンネル「#腐卵雑談」がその成立に関与している模様。

戻るTOP

Valid HTML4.01 ! Valid CSS ! MADE WITH CASCADING STYLE SHEETS