17世紀のフランス文学史

17世紀の文学は、宗教戦争からルイ13世Louis]Vの死に至るまでの「前古典主義またはバロックの時代」と、太陽王ルイ14世Louis]Wの親政が始まってからの20年間の「古典主義classicismeの時代」の2つに大別される。バロック baroqueは、ルネサンス期の典雅と均整の芸術的理想と対立する性質・形式の文学であり、古典主義は理性に基づいて普遍的な人間的真実を打ち立てようとする動きである。なお、財力を貯えた新興町民階級は官職を購入し「法服貴族」nobless de robesといわれる層を形成し、17世紀の作家はほとんどこの層から輩出された。上層階級には社交界が形成され、サロンが文学を生み出す苗床となった。

マレルブFrancois de MALHERBE(1555-1628)は詩人として単純・明晰で理性にかなった表現法を主張し、古典主義的規範の先駆けとなった。 デカルトRene DESCARTES(1595-1650)は「方法序説」Le Discours de la Methode(1637)をフランス語で発表した。これはフランス語で書かれた初めての哲学・科学論文であり、「すべてを『自然の光』によって検証し、そこにだけ真理を見出していく」合理主義rationalismの思考の基礎を作った。そしてデカルトの思想を背景として古典主義が生まれたのである。コルネイユPierre CORNEILLE(1606−1684)は喜劇から出発し悲劇作家として活躍したが、悲喜劇「ル=シッド」Le Cid(1637)は古典劇の嚆矢となった記念碑的作品である。

古典主義時代には2人の大劇作家が活躍した。モリエールMOLIERE(1622−1673)は喜劇作家として、「タルチュフ」Le Tartuffe(1664)・「人間ぎらい」Le Misanthrope(1666)・「守銭奴」L'Avare(1668)などを発表した。一方でラシーヌJean RACINE(1639−1699)は悲劇作家として、「アンドロマック」Andromaque(1667)・「フェードル」Phedre(1677)を生み出した。

パスカルBlaise PASCAL(1623−1662)は死後編集・出版された主著「パンセ」Pensees(1670)において、人間の無力さ・惨めさと、それを認識する人間の偉大さを述べ、神の「恩寵」によってのみ人間の悲惨さが救われると説いた。パスカルやそれに続くラ・ロシュフーコーLA ROCHEFOUCAULD(1613−1680)らはモラリストmoralisteと呼ばれた。モラリストとはこの世界における人間の「あり方」を観察し、人間の本質や条件について反省をすすめ、比較的短い文章に的確に要約して表現した人々である。

詩では、ラ=フォンテーヌJean de LA FONTAINE(1621−1695)が「寓話詩」Fables(1668−1678)で動物に姿を借りて人生の諸相を描き教訓を説いた。またボワローNicolas BOILEAU(1636−1711)は「詩法」L'Art poetique(1674)で古典主義の文学理念・理想をまとめ、広く大衆に訴えようとした。

小説は17世紀初頭には散文の形をとった叙事詩であったが、古典主義時代には内面的な恋愛心理の分析に向かうものが多くなった。ラ=ファイエット夫人Marie-Madeleine Pioche de la Vergne,comtesse de LA FAYETTE(1634−1693)の「クレーヴの奥方」La Princesse de Cleves(1678)は歴史小説・心理小説であり、近代的心理小説の嚆矢とされる。

語史上の出来事として、先のマレルブの主張、ルイ13世の宰相リシュリューArmand Jean du Plessis RICHELIEU(1585−1642)によるアカデミー=フランセーズAcademie Francaiseの創設(1635)、ヴォージュラClaude Favre de VAUGELA(1585−1650)による「正しい慣用」bon usageの勧告(「フランス語についての考察」Remarques sur la langue francaise ,1647)などの、フランス語を再構成しようとする動きがなされた。

ルイ14世の治世に破綻が生じてくる17世紀末には古典主義は凋落し、新しい時代に向けた準備の時期となった。小説や詩にも時代批判や社会的関心がはっきり目立つようになった。また近代精神が目覚めたことによって、古代崇拝への疑問が生まれていたが、この時期新旧論争La querelle des Anciens et des Modernesという形で噴出した。これは古代主義の作家たちが拠り所とした「普遍の真理」の立場に対する異議申立てであり人間の進歩・個性の主張であった。

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