加藤幹郎著『映画ジャンル論 ハリウッド的快楽のスタイル』を中心にまとめたものです。
この本は1996年の出版で、定価2524円(税別)。興味のある向きは是非一読あれ。
1941年から1958年にかけて、アメリカの映画館の銀幕は黒一色に染められた。フィルム・ノワールと呼ばれる映画群の流行である。1941年のジョン・ヒューストン監督『マルタの鷹』、1958年のオーソン・ウェルズ監督『黒い罠』がその流行の始まりと終わりを飾っている。(1940年代〜50年代の映画を見たことがない方々は、リドリー・スコット監督の『ブレードランナー』〔1982年〕や『ブラックレイン』〔1989年〕を思い出しながら、読み進んでいただきたい。これらもまた、フィルム・ノワールなのだ。)
フィルム・ノワールに特徴的なのは、まずその画面における光と闇のコントラストである。夜の都市に垂れこむ霧、吹き上げる蒸気、点滅するネオンサイン、車のヘッドライト、街路を濡らす雨といったものが闇を照らし、その陰影を調整する。室内では鏡や窓、ブラインドや換気扇・天井扇、漂うタバコの煙といったものが調整役を果たす。登場人物たちはそれらを背景に、逆光の中に浮かび上がるのである。
そして、暴力と孤独と退廃をめぐる犯罪映画であるフィルム・ノワールにおいては、登場する犯罪者だけとは限らず、刑事や探偵といった探索者の側も暴力と孤独と退廃に染まっている。犯罪捜査は、探索者たちが事件前から抱いている心の傷と直面することをしばしば意味する。したがって探索者たちはもはや無垢な正義のヒーローたりえない。
彼らの孤独は、フィルム・ノワールを特徴付ける手法である「 Voice-Over 」によって明確に表明される。画面の外から登場人物本人の声をかぶせて、彼の意識−心の呟き、真情の吐露、声にならない魂の叫び、世界(そして人間)に対する不信など−を、直接観客に伝えるのである。多くの場合、これは映画の冒頭で主人公の導入とともに行われる。
登場人物の孤独、ペシミズムの一翼を担うのは、異性愛の敗北である。ハリウッドにおける伝統であった「男女の愛の勝利」の賛美はもはやフィルム・ノワールには存在せず、男女の愛は成就しない。そして別の一翼を担うのは、都市と資本主義システムの構造的腐敗である。したがって、たとえ事件が解決されたとしても、それはフィルム・ノワールにおける探索者たちのペシミズムを除くことには無力であり、それゆえフィルム・ノワールには原則としていわゆる「ハッピーエンド」が存在しないのである。
ところで、フィルム・ノワールはどのようにして誕生し、展開していったのだろうか。
1920年代にドイツでは、神経症や閉所恐怖症的効果をあおる空間、明暗の極端な対照、人工的に歪曲された舞台装置と演技によって、現実社会における個人の不安や精神的危機を反映させようとする表現主義演劇が展開していた。これが映画に導入され、『カリガリ博士』や『メトロポリス』などの作品が生まれる。これらの表現主義映画の描いた悪夢は、1930年代、ナチスの政権獲得により現実化し、多くのドイツ・オーストリアの映画作家・技術者がアメリカへ亡命せざるを得なくなる。そして、ホロコーストによって故郷で同胞が次々と殺されていく現実に対するぬぐいがたい不信・絶望感から生じたペシミズムは、表現主義とともに、こうしてアメリカへと持ち込まれた。
また、戦火に焼かれスタジオでの撮影が不可能になったイタリアでは、映画製作者たちは必然的に街路にカメラを持ち出すことになり、そこで現実の都市と都市に住む人間のよりリアルな息遣いを捉えようとするネオレアリズモ運動が生まれた。この都市に対する新しい考察方法は、フィルムの値上げに伴う経済的要請との合致もあったにせよ、都市の構造的危機に対する考察であるフィルム・ノワールへと影響を及ぼした。
これらアメリカ国外の要因のほかに、アメリカ国内の要因としては、まず1920-1930年代に隆盛を極めたハードボイルド小説があげられる。ハメット、チャンドラー、ケインらの、混沌とした都市の様相をそのまま反映するかのような裏切り、殺人、あるいは犯罪捜査を主題とする小説は、フィルム・ノワールに主題とともに、トポスをも与えることとなった。
次いで、1930年代にアメリカ国内で流行した2つのジャンル、ギャング映画と恐怖映画があげられる。前者からは主題、イコノグラフィ、トポス、運命や暴力の実存的恐怖、後者からは倒錯的な雰囲気、血なまぐさい恐怖、超自然の驚異といったものをフィルム・ノワールは受け継いでいる。
これら4つの影響が融合し合い、発達していったものがフィルム・ノワールなのである。なお、フィルム・ノワールというフランス語の名称についてであるが、ドイツによる占領から開放され、アメリカ映画に再び触れることなったフランス人たちが、亡命者たちによって演出されたそれらの作品を見て、戦前のフランス映画と同じく、アメリカ映画(フランス語で映画は film )も黒い(フランス語で noir )色調で画面が統一されていることを「発見」したことによる。
こうして一時代を築いたフィルム・ノワールであるが、1950年代末には、カラー映画やワイドスクリーンが普及して、モノクロの色調と相対的に小さいスクリーンによって閉所恐怖症的効果を作り出すフィルム・ノワールにはそぐわなくなった。また、フィルム・ノワールのような低予算映画はTVの普及によってTV番組に取って代わられてしまい、フィルム・ノワールは急速にすたれていく。
とはいえ、フィルム・ノワールは一つのジャンルというよりも、光と闇(影)が交錯するというその独特のスタイルと、内包するペシミズムによって規定される一連の映画群である。それゆえに SF 映画、喜劇映画、メロドラマ、西部劇といった諸ジャンルを横断することができる強固な映画文法を成し、今日の映画作家たちの関心をひいてやまないものなのである。