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<title>執務録＠meta-metaphysica.net</title>
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<modified>2008-12-04T13:15:51Z</modified>
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<title>「 NIRO 400 」で5.1chサラウンド</title>
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<name>Dormeur</name>

<email>nemuribito@gmail.com</email>
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<![CDATA[<p><img src="http://meta-metaphysica.net/journal/images/P1030259.jpg" /></p>

<p>DVD-VIDEO のパッケージの裏面を見ると、たいてい下の方に表がある。そこには「5.1chサラウンド」「2.0chステレオ」「モノラル」などと書かかれている。これは音声の再生様式を示している。</p>

<p>ステレオとモノラルは知っている人が多いと思う。ステレオは前面2個のスピーカーで左右別々の信号を再生して、立体的な音響を作り出すもの。対してモノラルはスピーカーが1個だけ（厳密にはモノラルと言うのは間違いで、モノフォニックと言う）。</p>

<p>では5.1chサラウンドとは何か。これは聞き手を取り囲むように6個のスピーカーを設置して、それぞれに別々の信号を流し、ステレオよりも更に臨場感を高める仕組みだ。聞き手の前面左右にステレオと同様にフロントスピーカーを置く。そしてその間にセンタースピーカーを置く。聞き手の斜め後ろ左右には、サラウンドスピーカーを置く。映画の場合、センタースピーカーからは主に俳優の台詞が出て、フロントスピーカーからは BGM や環境音が出る。サラウンドスピーカーからはカメラの後方から発せられる音や残響音が出る。「.1」と表記される残りの1個は重低音を専門に担当するサブウーファーと呼ばれるスピーカーで、フロントスピーカーの近辺に置く。こうすることで、映画館のように迫力のある音響を楽しめるのである。この5.1chサラウンドに対応した家庭用音響システムが、電器メーカー各社から発売されている。</p>

<p>一方、液晶ディスプレイやプラズマディスプレイの技術革新で TV の薄型化と大画面化が進行してきた。ところがスピーカーは箱に充分な大きさが取れる方が音がよくなるので、薄型の TV というのはどうしても音が貧弱になる。大画面により映像では迫力が出るのに、音響では迫力がないという状況になった。</p>

<p>音響を解決するには、前述のサラウンドシステムを別途導入すればいい。しかし日本の住宅事情では聞き手まで均等に音が届くようにスピーカーを配置するのは難しいし、サラウンドスピーカーそのものや、サラウンドスピーカーとアンプを接続するコードが掃除や通行の邪魔になって家族の不興を買いがちだ。</p>

<p>そこで、「前面にスピーカーを置くだけで5.1chサラウンドを楽しめたら便利で売れるんじゃないか？」という発想に至り、今では各社が「フロントサラウンドシステム」を商品化している。代表的な方式としては、ステレオと同じフロントスピーカー2個を流用し、マイコンにリアルタイム演算をさせて擬似的なサラウンド音声を生み出すもの、6個分のスピーカーを1個の箱に収め、部屋の壁面に音を反射させてサラウンド音声を生み出すものがある。</p>]]>
<![CDATA[<h4>NIRO</h4>

<p><a href="http://www.niro1.com/jp/">NIRO</a> はフロントサラウンドシステムを専業とする日本のベンチャー企業。マニア向けの高級オーディオ機器メーカーとして知る人ぞ知る nakamichi の元社長が創業した。少し前まで web での直販のみ、現在でも店頭で販売しているのはビックカメラだけなので、知名度はとても低い。しかしフロントサラウンドシステムの販売では先行している。4年前くらいには、ステレオの流用ではないフロントサラウンドシステムを販売していたのは YAMAHA と NIRO くらいのものだった。</p>

<p>最初は3ch分のスピーカーが1箱に収められたユニットを聞き手の前方真ん中と後方真ん中に置き、サブウーファーを聞き手の前方のどこかに置くという6.1chシステムが始まりだった。次期製品では、5ch分のスピーカーが1箱に収められたユニットを聞き手の前方真ん中に、サブウーファーを聞き手の前方のどこかに置くというフロントサラウンドシステムに移行。現在では3ch分のスピーカーが1箱に収められたユニットを聞き手の前方真ん中下に、2ch分のスピーカーが1箱に収められたユニットを聞き手の前方真ん中上に、そしてサブウーファーを聞き手の前方どこかに置くというフロントサラウンドシステムに移行している。</p>

<h4>NIRO 400</h4>

<p>「 NIRO 400 」は NIRO のフロントサラウンドシステムの第二世代にあたる製品である。視聴距離に応じて400、600、800、1000とスピーカーのサイズが大きくなり音質が向上したラインナップが用意されており、「 NIRO 400 」はその中で最もサイズが小さく、価格も最も安かった。想定されている使用目的は、PC 用スピーカーや26型以下の TV 用スピーカーだ。</p>

<p>かつて NIRO は製品を期間限定で消費者に貸し出し、消費者が気に入ったら購入してもらうというキャンペーンを行っていた。返品され会社に眠っていた型落ちの中古品が35%オフで売り出されていたのを見つけ、2年前に購入した。定価が54.000円だったところを35,100円。オプションのマウンタと送料を入れて、39,300円だった。中古品とは言ってもほぼ新品同様だ。</p>

<p>NIRO 400 は 5ch分のスピーカーが1箱に収められたサテライトユニット、サブウーファー、その2つに信号を送るデジタルアンプの3つから成る。サテライトユニットは TV の上の真ん中に置く。サブウーファーは、TV と平行の同一面に置く。そしてそれぞれから生えているケーブルをデジタルアンプに繋ぐ。デジタルアンプには、DVD プレイヤーやゲーム機などの音源を光デジタルケーブルなどで繋ぐ。テスト音声を使った配置調整は要らない。設置はとても簡単だ。</p>

<p><img src="http://meta-metaphysica.net/journal/images/P1030260.jpg" /></p>

<p>サテライトユニットは6角形をしていて、五辺にそれぞれスピーカーがついている。まともに聞き手の方に向いているスピーカーは1つだけで、「これで本当にちゃんと音が聞こえるのか？」と思わされるが、これがミソらしい。真ん中のスピーカーがセンタースピーカー、そっぽを向いている奥の左右のスピーカーがフロントスピーカーを担当し、手前左右のスピーカーがサラウンドスピーカーを担当しているようだ。他社製品とは違い、壁の反射は利用せず、サラウンド音声のみアンプ側で演算調整し擬似再現する、という他に類を見ない方式を取っている。</p>

<p>手持ちのレンズクリーニング用 DVD に付属するテスト用音声で試してみたら、本当にサラウンドになっていた。後ろからはっきり聞こえるか、というとさすがに辛いところだが、180度くらいの範囲で方向を認識できる。</p>

<p>サブウーファーは実際には低音だけではなく中低音まで担当しているようで、音楽を流してサブウーファーの音声レベルをゼロにしてみると、とてもスカスカした音になる。サブウーファーの威力は特に映画で発揮される。『パプリカ』の BD を観ていたら後半の都市破壊シーンでドカドカと低音が響くので、私が床を踏み鳴らしているのかと家人が勘違いしたくらいだ。近所迷惑にもなるので、夜間はサブウーファーのレベルを落とすか、ヘッドフォンを使用するのが賢明だろう。</p>

<p>それでも家人や近隣住民に気兼ねすることなく自然なサラウンドを楽しみたい、というニーズに向けた商品として、<a href="http://av.watch.impress.co.jp/docs/20040428/niro1.htm">MovieMouse</a> というオプションがある。5個の小型スピーカーをA4サイズ程度の薄型の箱に収めたもので、手元に置いて使う1人用のサテライトスピーカーだ。スピーカーがかなり小型な分、音の厚みはなくなるが、サラウンド感は優れている。2万円強と高いのと、NIRO が販売している最新システム「 Q: 」では使えないのがネックではあるが。</p>

<p>NIRO 400 はデスクトップ・シアターを構築するのに良好なシステムだと思うが、後継機種の NIRO 420 を含めて販売が終了している。スピーカーを6個置く必要はあるものの安価なシステムが各社から沢山発売されていて競合するせいか、現在 NIRO から PC 向け・小型 TV 向けの商品は販売されていない。一人暮らしの人や書斎で使いたいという人にはうってつけなんだけどなあ。</p>

<p>5.1ch サラウンドは戦争映画、アクション映画、ミュージカル映画など、音響を重視して製作された映画を観るには素晴らしい力を発揮する。サスペンス映画やホラー映画でも音響を利用して恐怖感を盛り上げる演出は基本なので、活躍の機会があるだろう。その他の映画でも、TV のスピーカーより音がしっかりするので、俳優の声が聞き取りやすくなったり、効果音がより鋭敏に聞こえたりするというメリットがある。</p>

<p>また、Xbox 360 や PLAYSTATION3 のゲームソフトでは 5.1ch サラウンドに対応した作品が多いため、ゲームの臨場感を高めるのにも有効だ。5.1ch サラウンドシステムでは 2ch ステレオをバーチャルにサラウンド化する機能が付属していることも多いので、5.1ch サラウンドに対応していない映画やゲームソフトでも、より一層楽しむことができる。<br />
</p>]]>
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<title>サーパス神戸　良い神戸</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://meta-metaphysica.net/journal/archives/2008/12/post_206.html" />
<modified>2008-12-02T17:22:57Z</modified>
<issued>2008-12-02T16:19:59Z</issued>
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<created>2008-12-02T16:19:59Z</created>
<summary type="text/plain">【ニコニコ動画】サーパス神戸「明日を見せてやれ」 オリックス球団の二軍、サーパス...</summary>
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<name>Dormeur</name>

<email>nemuribito@gmail.com</email>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://meta-metaphysica.net/journal/">
<![CDATA[<p><iframe width="312" height="176" src="http://ext.nicovideo.jp/thumb/sm4829580" scrolling="no" style="border:solid 1px #CCC;" frameborder="0"><a href="http://www.nicovideo.jp/watch/sm4829580">【ニコニコ動画】サーパス神戸「明日を見せてやれ」</a></iframe></p>

<p>オリックス球団の二軍、サーパスの「サーパス神戸」時代の応援歌「明日を見せてやれ」を発見。<br />
試聴は<a href="http://nicosound.dip.jp/sound/sm4829580">こちら</a>（にこ☆さうんど）。</p>

<p>スカイマークスタジアムでデーゲーム一軍、ナイトゲーム二軍の親子ゲームがあるとゲームの合間に流れてて、お気に入りの曲だったのだけど CD が非売品で入手困難。<br />
おまけにブルーウェーブとバファローズの合併の影響か、チーム名の「サーパス神戸」が「サーパス」に変更されてしまったせいで、サビの部分の「こーおーべー」が「プーピーピー」と放送禁止のような電子音に変わってしまい非常に間抜けになった。<br />
だから元のバージョンが聞けて幸せ。<br />
文法が変だけど二軍にマッチしてて盛り上がりのよい歌です。</p>

<p>間抜けになったバージョンは下記の通り。</p>

<p><iframe width="312" height="176" src="http://ext.nicovideo.jp/thumb/sm3019916" scrolling="no" style="border:solid 1px #CCC;" frameborder="0"><a href="http://www.nicovideo.jp/watch/sm3019916">【ニコニコ動画】サーパス応援歌「明日を見せてやれ」（神戸無し）</a></iframe><br />
</p>]]>

</content>
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<title>『トラスティベル　～ショパンの夢～』</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://meta-metaphysica.net/journal/archives/2008/11/post_205.html" />
<modified>2008-11-30T01:26:26Z</modified>
<issued>2008-11-30T01:21:54Z</issued>
<id>tag:meta-metaphysica.net,2008:/journal//1.404</id>
<created>2008-11-30T01:21:54Z</created>
<summary type="text/plain">  Xbox 360 初のアニメ調 3D RPG、ということでヒットを見込んで大...</summary>
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<name>Dormeur</name>

<email>nemuribito@gmail.com</email>
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<dc:subject>ゲーム</dc:subject>
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<![CDATA[<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000GJ5FHI/"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/P/B000GJ5FHI.09.TZZZZZZZ.jpg" alt="トラスティベル ～ショパンの夢～" style="border:0;" /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001L4MPL6/"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/P/B001L4MPL6.09.TZZZZZZZ.jpg" alt="トラスティベル ～ショパンの夢～ Xbox 360 プラチナコレクション" style="border:0;" /></a></p>

<p><object width="425" height="344"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/VWYNt4yTwdA&hl=ja&fs=1"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/VWYNt4yTwdA&hl=ja&fs=1" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object></p>

<p>Xbox 360 初のアニメ調 3D RPG、ということでヒットを見込んで大量に仕入れたら、大量に売れ残ってしまったのだろうか。2007年6月の発売から3ヵ月後、Amazon.co.jp にて半値以下で投売りされていた哀れなゲームソフトが、この『トラスティベル　～ショパンの夢～』である。ちなみに現在（2008年11月）の Amazon.co.jp での売値は普通の価格に戻っている。</p>

<p>発売元はバンダイナムコゲームスだが、制作はトライクレッシェンド。トライクレッシェンドは元々コンピュータ・ゲーム中の音楽制作の下請けを主に手がけてきた会社で、本作は初の自社作品だという。音楽制作会社らしく、本作では音楽をモチーフにした物語が展開される。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>物語の舞台は、19世紀に活躍した作曲家ショパンが39歳で病死する間際に見た夢の中の世界である。武将や政治家ではない歴史上の偉人を物語の根幹に据えたゲームは珍しいのではないだろうか。もちろん、歴史上ショパンが本作のような夢を見ていたという記録はなく創作である。</p>

<p>その夢の世界というのは RPG おなじみの剣と魔法の世界。主な登場人物の名前や地名は全て楽器の名前や音楽用語から採られている。</p>

<p>ヒロインは14歳の少女で、ショパンの妹に顔立ちが似ており、不治の病を患っているためこの世界では魔法が使えるという設定になっている。実際の歴史上でもショパンの妹は当時不治の病と呼ばれた結核のために14歳で亡くなっていて、この事実が物語に密接に関連している。（作中でショパンが妹についてヒロインに語るシーンを読み飛ばしてしまうと、物語世界の構造に加えて、最後のボスを倒した後のヒロインやショパンの行動が理解できなくなる。）ショパン自身も夢の中の世界の人物として序盤から登場するが、世界が自分の夢の中であることを自覚しており、成り行きでヒロインたちと旅をすることになる。なお、ショパンのキャラクターデザインは、今日まで伝えられている写真や肖像画とは全く似ていない。</p>

<p>物語は全8章の構成になっていて、各章は最終章を除くとショパンの著名作品から名づけられている。そして NHK の TV 番組『名曲アルバム』のように、各章に名づけられた曲が演奏されるとともにショパンの評伝が挿入される。演奏しているのはピアノのコンクールの権威であるショパン・コンクールの優勝者で、日本でも有名なスタニスラフ・ブーニンである。</p>

<p>本作の第一の売りは、Xbox 360 の性能を生かした非常に精細で鮮やかなグラフィック。ほとんど全てがリアルタイム描画による 3D であり、ファンタジックな世界の存在感を堪能することができる。ただし視点が固定されているのが惜しい。キャラクターはナムコのゲーム『ゆめりあ』や『アイドルマスター』の系譜に並ぶであろうアニメ調で描かれているため、暖かい雰囲気がかもし出されている。3D ゲームでよく描かれるリアルタッチの美男・美女が苦手だったり飽きたりしている人には受け入れやすいが、アニメ・オタク的なものを敬遠する人には抵抗があるだろう。</p>

<p>本作の第二の売りは、爽快感のある戦闘。ターン制とアクションを組み合わせた独自のシステムを持っている。戦闘用のフィールドの中、ターンごとに制限時間内で各キャラクターを操作してアクションを行う。攻撃も必殺技もボタン一つで行えるので、アクションゲームが得意でない私でも簡単だった。基本的にはボタンの連打によって敵をタコ殴りすることになるので、長時間プレイしていると親指が痛くなる。特定のボス・キャラクターを倒すごとに戦闘システムのレベルが上がり、攻撃力が向上する一方で素早い操作が求められ、難易度がやや高くなる。高いレベルでは必殺技の連鎖を行えるようになり、敵を素早く倒せて気持ちがいい。</p>

<p>味方キャラクターが使える必殺技は、その人物が戦闘フィールドの明るい部分にいるか影の部分にいるかによって変わる。敵によっては、明るい部分と影の部分とで形態と強さが変わる者がおり、敵を影からおびき出したり、敵を突き飛ばす必殺技を使って影から追い出したりするなどの戦術を取ると戦闘が楽になる。ただ、敵の配置が固定なので戦闘もパターン化してしまい、変化に乏しい。</p>

<p>フィールド上にいる敵キャラクターと接触することで戦闘画面に移行する、いわゆるシンボルエンカウントなので、無駄な戦闘は回避することができる。また、味方キャラクターのレベルが上がりやすく、目的地への道中に存在する敵キャラクターを順次倒して行けば自然に理想的なレベルまで上がるようになっている。従って無駄な「経験値稼ぎ」をせずに済み、物語がサクサク進む。</p>

<p>アクションに長けたプレイヤーには簡単すぎるシステムかもしれないが、そんな人々のために隠しダンジョンと二周目プレイがある。隠しダンジョンはボス・キャラクタークラスの敵がうようよしており、この隠しダンジョンにおいてプレイ可能になる最高のパーティーレベルで対処しないと、奥に居るボス・キャラクターを倒すことができない。最高のパーティレベルでは必殺技の連鎖を行うごとにボタン配置が入れ替わっていくため操作が難しく、歯ごたえのある戦闘を楽しむことができるだろう。二周目プレイでは敵が強力になっていて、雑魚モンスター相手でも相手の攻撃の防御に失敗すると瀕死のダメージを食らうため緊張感がある。敵が一匹ではない場合、一匹の敵を倒すために別の敵に背を向けていると防御できず必ずダメージを食らうので、戦術にも工夫を要する。</p>

<p>本作ではもともと、敵の攻撃に対する防御はボタンの連打では受け付けられず、タイミングがシビアである。一周目では防御に失敗しまくってもゴリ押しでクリアできるのだが、二周目では防御できないとクリアは難しい。2008年に発売された PS3 版では、敵の攻撃力が上がっているため防御が一層重要になっているらしく、敵の配置パターンがランダムになっていることもあいまって、難易度が向上しているという。</p>

<p>なお、隠しダンジョンや二周目をプレイをしなくても物語の本筋には全く関係がない。ただ、プレイしないと得られない強力なアイテムやコレクションアイテムがあり、二周目のみに存在するサブイベントがある。個人的には、二周目の敵が強すぎて何度も中断したので、一周目で得たアイテムを全て引継くか敵の強さを選べるようにして欲しかった。</p>

<p>本作の第三の売りは、美しい音楽。ブーニンが演奏するショパンの曲は言うまでもないが、オリジナル曲も出来がいい。音楽をモチーフにしている作品だけあって、抜かりがない。音楽面で個人的に最高傑作だと思っている PC-Engine の RPG『天使の詩II 堕天使の選択』には及ばないが。（『天使の詩II 堕天使の選択』は 1993年の作品だが殆どの BGM が CD 音源。<a href="http://www.amusement-center.com/project/emusic/cgi/eggmusic_catalog-detail.cgi?product_id=1850">サウンドトラックのダウンロード購入・試聴可能</a>。「オープニング」、「夜の町」、「メインテーマ」は必聴。）</p>

<p>本作の第四の売りは、快適な操作性。前述の最高のパーティレベルを除けば、思い通りに操作できず不愉快になることがない。（そもそも最高のパーティレベルは隠しダンジョンや二周目のクリア以外には必要ない。）ディスクの読み込みで待たされることも極端に少ない。優秀なプログラマを抱えているのだろう。</p>

<p>グラフィック、戦闘システム、音楽、操作性、これらは web のレビュー記事で多くの人が賞賛している。<br />
だが逆に、多くの人が声高に非難する部分がある。それはシナリオである。</p>

<p>実在の人物の人生をモチーフとし、精神世界を舞台にした物語であるだけに、抽象的・象徴的であったり難解であったりするのは悪くない。Xbox 360 のユーザーは恐らく、金銭に多少余裕が出てくる高校生以上の年齢層だろうし。ただ、伏線が充分ではないため、登場人物の言動が唐突な感が否めず、説得力を欠いている。少年や少女が年齢や育ちに反して突然難しい言い回しを使い、プレイヤーへの問題提起を行うシーンがあるのも不自然で興醒めしやすい。</p>

<p>しかし最悪なのは、エンディングのスタッフロールで物語のシークエンスに関係なく、登場人物たちがプレイヤーに対峙し御託を並べ出すことだ。物語に作者のメッセージを込めるのはいいが、それは物語中の登場人物の言動によって示すべきであって、必然性もなく直接登場人物に作者のメッセージを語らせるのは下策だ。メッセージの内容もプレイヤーを落伍者と決め付けて「まだ間に合う」と社会参加・社会復帰を促すようなものになっていて寒々しい。社長が監督と脚本を担当しているから誰も止めることができなかったのだろう。</p>

<p>PS3 版では物語を補完するシーンが追加されると共に、エンディングでの「説教」は改変されたという。発売後の非難を受けてだろうか。賢明な判断だ。後で改変するくらいなら最初から入れなきゃいいのに、とも思うが、過ちを素直に認める態度は評価したい。</p>

<p>なお、本作では物語のナレーターとして森本レオが起用されている。ただ、森本レオが出演しているのはオープニングの世界観紹介とエンディング後に語られる寓話のみである。個人的には森本レオのナレーションは好きなのだが、本作について言えば森本レオは不要だった。商業展開上の話題づくり以上の意味は感じられない。</p>

<p>一周クリアに要した時間は、およそ30時間だった。隠しダンジョンやサブイベント、アイテムのコレクションなどをやりこむのであれば、二周プレイの時間を含めて60時間から70時間はかかると思われる。短いという見解もあるが、クリアするのに50時間とかやりこみプレイで100時間以上とかかかるようなボリュームの作品は個人的にやる気が起こらないので、これくらいでちょうどよかった。</p>

<p>本作の評価は、最高の素材を使いながら上手に調理できなかった料理、という喩えに尽きる。ただ、上手に調理できていなくても食べられるレベルではある。シナリオのまずさに目をつぶれば、優れた作品だと思う。プレイした2007年当時、ユーザーが少ない Xbox 360 に限定しておくには勿体無いコンテンツだと思ったので、改良の上 PS3 用に移植されたのは喜ばしい。</p>

<p>ちなみに海外では<a href="http://eternalsonata.namcobandaigames.com/">『 Eternal Sonata 』</a>というタイトルで発売されている。プロモーションビデオを観ると、まるでハリウッド映画の予告編のようで微笑ましい。海外の大手ゲーム情報サイト「 IGN 」では<a href="http://bestof.ign.com/2007/xbox360/">2007年の Xbox 360 ゲーム・オブ・ザ・イヤー</a>の「ベスト・オリジナル音楽」賞を受賞している。ただし同時に「誰もプレイしなかったベスト・ゲーム」賞も受賞しているので、売れなかったようだ。<br />
</p>]]>
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<title>BD 『 Blade Runner ( Five-Disc Complete Collector&apos;s Edition ) 』</title>
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<modified>2008-11-29T14:23:04Z</modified>
<issued>2008-11-29T14:21:00Z</issued>
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<summary type="text/plain"> 『 Blade Runner ( Five-Disc Complete Col...</summary>
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<name>Dormeur</name>

<email>nemuribito@gmail.com</email>
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<dc:subject>映画</dc:subject>
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<![CDATA[<p><a href="http://www.amazon.com/dp/B000UBMWG4"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/61UuM4DakzL._SL150_AA240_.jpg" alt="Blade Runner ( Five-Disc Complete Collector's Edition ) " style="border:0;" /></a></p>

<p>『 Blade Runner ( Five-Disc Complete Collector's Edition ) 』は、1982年に公開された SF 映画の傑作『ブレードランナー』の北米版 Blu-ray Disc である。</p>

<p>『ブレードランナー』がどんな映画かは、語りだすと長くなるので敢えて説明しない。<br />
傑作だから観て下さい。<br />
以上。</p>

<p>さて、『ブレードランナー』のファンなら既知のことだが、『ブレードランナー』には様々なバージョンがある。</p>

<ul>
<li>ワークプリント版（1982年）……本公開前に観客の反応を見るためのテスト版</li>
<li>初期劇場公開版（1982年）……アメリカで最初に商業上映されたバージョン</li>
<li>国際版（1982年）……ヨーロッパや日本で上映されたバージョン</li>
<li>ディレクターズカット版（1992年）……10周年記念バージョン</li>
<li>ファイナル・カット版（2007年）……25周年記念バージョン</li>
</ul>

<p>これらを全て収録したのが、『 Blade Runner ( Five-Disc Complete Collector's Edition ) 』なのだ。</p>

<p>何故北米版かというと、5つのバージョンを全て収めた BD は日本で発売されていないからである。<br />
2008年に入ってからようやく日本で発売された BD は、ファイナル・カット版のみの収録となっている。<br />
2007年、5つのバージョンが収録された DVD 版が日本で発売されたが、1万セットの限定生産で、希望小売価格24,800円という高価なものだった。<br />
しかし、北米版 BD は希望小売価格が39.99ドルである。<br />
私は Amazon.com で発売3ヶ月前の2007年9月から予約して北米版 BD を購入したが、本体27.95ドル、送料5.98ドルで計33.93ドルだった。<br />
1ドル120円として計算すると、33.93ドルは4,071円である。<br />
何という安さ！<br />
そして DVD と BD で画質・音質ともにどちらが優れているかといえば、圧倒的に BD だ。<br />
ならば DVD を買う必要はない。<br />
DVD と違って、BD は日本のプレイヤーでも北米版を問題なく再生できる。<br />
メニューや字幕も、ファイナル・カット版のみではあるが、日本語を選べるようになっている。<br />
大体、5つのバージョンを見比べるなんてコアなファンしかやらないし、コアなファンなら字幕なんかなくても人物が何を言ってるか判るんだから全く問題ない。<br />
残念なのは、特典として付属しているメイキング・ドキュメントに日本語字幕がついていないことだが、どうしても日本語字幕で観たければ日本で発売されているファイナル・カット版の BD （5,000円もしない）を買えば済む。</p>

<p>本題に入ろう。<br />
私は国際版の LD とディレクターズ・カット版の DVD を所有していて、その二つの内容は知っている。<br />
まだ観ぬ残りの3バージョンのうち、一番観たかったのはワークプリント版だった。<br />
何故か。<br />
『ブレードランナー』といえばコレ、という有名な台詞「二つで充分ですよ！」。<br />
だが一体何が二つなのか映像にないため、謎だった。<br />
しかしワークプリント版では、その「二つ」の映像がカットされておらず正体を確認できるというのだ。<br />
「流出した海賊版」と称する怪しげなビデオのスチル写真によれば、それは海老だという。<br />
本当なのか。<br />
ついに公然とベールを脱いだ「二つ」とは――<br />
確かに、<a href="http://pics.livedoor.com/u/dontakukatokiti/3362000">丼の上に乗っかった茄子のような海老のようなどす黒い物体</a>であった。<br />
こりゃ確かに二つで充分、というか不味そうだから一つでも要らんわ。<br />
胸のつかえが取れたので、これだけで満足。</p>

<p>とはいえ、ファイナル・カット版も素晴らしい。<br />
もともと、『ブレードランナー』の特撮シーンは65mmフィルムで撮影されたのだが、上映時に35mmフィルムにダウンサイジングされている。<br />
しかしファイナルカット版ではオリジナルの65mmネガから直接マスターが作られているので、BD の HD 画質もあいまって、ヨダレが出そうなほど美麗な映像を堪能することができる。<br />
例えば、冒頭のシーンにおいて、タイレル社のビルは圧倒的存在感を持って輝き、部屋に立つ検査官も映っている。<br />
35mmフィルムで撮影されたシーンでも、アップになったハリソン・フォードの胸毛の一本一本やショーン・ヤングの手の産毛の一本一本、女優たちの顔の毛穴まで確認することができる。<br />
映像のリファインのほかにも、いろいろと細かく変更がされていて、台詞とストーリーの矛盾の解消、いくつかのショットと台詞の追加、映像のミスのコンピューター修正などが成されている。<br />
また、特典として、リドリー・スコット監督やスタッフによる音声解説が付属している。<br />
もちろん、日本語字幕つきだ。</p>

<p>残念ながら、本編の日本語字幕の誤訳は相変わらず修正されていない。<br />
一言一言区切って喋ってくれるので、私の拙い英語力でも聞き取れるクライマックスシーン。<br />
ロイが" I watched C-beams glitter in the dark near the Tannh&auml;user Gate. All those moments will be lost...in time...like...tears...in rain. Time to die. "と語る。<br />
字幕では、「タンホイザー・ゲートのオーロラ　そういう思い出もやがて消える　時が来れば――　涙のように　雨のように　その時が来た」となっている。<br />
" C-beams "云々はアドリブの台詞らしいので謎だがオーロラじゃない何かだろうし、「涙や雨のように消える」という比喩はわけが判らない（「雨の中の涙のように」という訳が正しい）。<br />
レプリカントが避けようと拘り続けてきた「死」の場面なのに訳に反映されていないのもよろしくない。</p>

<p>それはともかくとしても、この『 Blade Runner ( Five-Disc Complete Collector's Edition ) 』は『ブレードランナー』のファンなら是非入手しておきたい一品だ。<br />
BD プレイヤーや HD ディスプレイを持っていないなら、この際買ってしまおう。<br />
</p>]]>

</content>
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<title>DVD 『エコール』</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://meta-metaphysica.net/journal/archives/2008/11/dvd_13.html" />
<modified>2008-11-22T13:44:56Z</modified>
<issued>2008-11-22T13:43:51Z</issued>
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<summary type="text/plain"> 『エコール』（ Innocence ）は2004年に制作されたフランス映画。 ...</summary>
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<![CDATA[<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000MQ3UM2/"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51WIe02K21L._SL160_.jpg" alt="エコール" style="border:0;" /></a></p>

<p>『エコール』（ Innocence ）は2004年に制作されたフランス映画。<br />
映画館に置かれていたフェティッシュなデザインのチラシを見て「これは当たりかも」と注目していたのだが……映画を観てみたら、児童ポルノに片足を突っ込んだような作品だった。</p>

<p>題名が原題をカナ表記した『イノセンス』でないのは、押井守監督のアニメ映画と被るからだろう。<br />
「エコール」とはフランス語で「学校」という意味。</p>

<p>物語は、どこからか連れられてきた少女（というより幼女）が棺桶から目覚めるところから始まる。<br />
目覚めた場所は、人里から離れた森の奥にある学校。<br />
生徒は思春期前の少女ばかり。<br />
大人は女性教師と老いた女中だけ。<br />
男がいない。<br />
授業内容は生物とダンスだけ。<br />
冒頭の少女は学校の新入生として生活を始める。<br />
そして少女たちの生活模様や脱走事件なんかが描かれていき、終盤に学校の目的が判るという粗筋になっている。</p>

<p>少女の無垢性、神秘性とともに、肉体の成長に伴う心の変化を描いていることはすぐ判るのだが、首を傾げたくなる描写が目立つ。<br />
例えば冒頭の少女の目覚めのシーン。<br />
少女はパンツ一丁で、体を隠そうともしない（それくらい幼い）ので裸体が露骨に映し出される。<br />
裸イコール生誕のメタファーなんだろうけど、ヨーロッパの国って少女の裸体が映るのには厳しいイメージがあったのによかったのか。<br />
しばらく進むと少女たちの水浴びのシーンがあって、ここでも少女が堂々とパンツ一丁になる。<br />
こうも露骨だと無粋だ。<br />
ミニスカートから伸びる少女の脚が強調されてて、少女が地面に倒れても下着が見えそうで見えない……ってカットがあるから、監督も線引きを判ってるはずなんだが。<br />
「少女の裸体が映っただけで反応する奴はロリコンだバーカバーカ」ってな感じで皮肉を込めているのか、女優の濡れ場のように興行的な意図があるのか。<br />
あるいは、男性の目が存在しないために、自らの肉体が性的な意味を持っている（あるいはこれから持ち始める）ということに無頓着で過ごしている少女の有り方を描こうとしたのかもしれない。</p>

<p>白で統一された少女たちの衣服、森の緑、リボンの色のアクセントといった色彩感覚。<br />
そして閉ざされた森の中にある19世紀風の洋館というミステリアスな雰囲気は好ましい。<br />
ギムナジウムものの少女マンガの少年を幼女・少女に入れ換えたような感がある。<br />
しかし、裸体を抜きにしても少女たちは肉体の生々しさが終始表現されている。<br />
女性監督だけに、少女性に過剰な幻想を与えず現実的な感覚を保っているからだろうか。</p>

<p>観客にダンスを披露する際、蝶の羽を身につけるところを見ると棺桶は卵、学校生活は幼虫、ダンスの披露は羽化のメタファーということになろう。<br />
卒業を迎えた少女が地下道を通って外に出るのは出産のメタファーで、外に出た少女が遭遇する噴水と少年は性交のメタファーだろう。<br />
象徴性を散りばめているけど、安直というか、判りやすいというか……。</p>

<p>少女の裸体とか官能性に反応してしまうのは私が男性だからで、女性が観れば抵抗なく受け入れられる程度のものなのかもしれない。<br />
とはいえ、少なくとも私にとっては、耽美的な作品と捉えるには中途半端だと思った。<br />
</p>]]>

</content>
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<title>「ヤシガニ」10周年</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://meta-metaphysica.net/journal/archives/2008/11/10_1.html" />
<modified>2008-11-22T14:54:42Z</modified>
<issued>2008-11-22T13:38:32Z</issued>
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<summary type="text/plain">10周年、といえば「ヤシガニ」事件からも10周年なんですね。 「ヤシガニ」事件と...</summary>
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<dc:subject>映画</dc:subject>
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<![CDATA[<p>10周年、といえば「ヤシガニ」事件からも10周年なんですね。</p>

<p>「ヤシガニ」事件とは、1998年に放送されていた TV アニメ番組『ロスト・ユニバース』の第4話「ヤシガニ屠る」で、放送に耐えない劣悪な質の映像が放送されてしまったという事件です。<br />
以降、TV アニメ番組における劣悪な作画の代名詞として「ヤシガニ」という語が使われるようになりました。<br />
詳細は<a href="http://www.google.co.jp/search?q=ヤシガニ屠る&lr=lang_ja">「ヤシガニ屠る」で Web 検索</a>すれば初回放送時の画像写真や動画記事を見ることができます。</p>

<p>どのように劣悪なのか簡単に紹介すると、</p>

<ul>
<li>キャラクターのデッサンが基本デザインからかけ離れて別人のようになっている</li>
<li>絵の枚数が極端に不足しカクカクしている</li>
<li>描かれるべき人物や物体が描かれていない</li>
<li>絵の陰影が省略されて立体感がない</li>
</ul>

<p>といった感じ。</p>

<p>視聴者の多い18時半からの放送だったことと、Web の普及が進んでいった時期だったことが災いして大きな事件として記憶されることになったんでしょう。<br />
私も『ロスト・ユニバース』を本放送で観たことは1度もなく、Web サイトで知った口です。</p>

<p>何でこんなことになったのかというと、ただでさえ劣悪だったアニメ制作の現場環境が、『エヴァ』ブーム後のアニメ制作バブルの影響で更に悪化し、制作スケジュールが破綻を来たしたからと言われています。<br />
フルデジタル制作による効率向上と外注先の海外アニメスタジオが力をつけたことで、業界は騙し騙し存続しているようなんですが。</p>

<p>ところで、「ヤシガニ」事件の翌年である1999年には『ガンドレス』（ GUNDRESS ）が業界とアニメファンを震撼させました。</p>

<p>『ガンドレス』は東映系で全国劇場公開の SF アニメ映画だったのですが、制作が上映に間に合わず、未完成な絵が散りばめられた状態で上映されるという椿事になったのです。</p>

<p>デッサンの崩壊自体はほとんどないんですが、</p>

<ul>
<li>背景とセルがずれてるカットがある</li>
<li>所々で台詞や効果音と映像がずれている</li>
<li>歩いているはずの人物が動いておらず、平行移動に見えるカットがある</li>
<li>発射されたロケット弾が動いていないのに次のカットでは目標に着弾している</li>
<li>人物や物体が線画に一色で塗っただけのカットが頻発する</li>
<li>絵の枚数が足りず動きがカクカクになるシーンがある</li>
<li>カットの露骨な使いまわしがある</li>
</ul>

<p>などという始末。<br />
制作サイドは入場者のうち、希望者に完成品のビデオテープを無料送付するという形で対処したのでした。</p>

<p>後に DVD に収録された『ガンドレス』の特典として未完成バージョンが添付され、それが Web に流出し今なおこうして語り継がれるに至っています。<br />
私も上映当時は『ガンドレス』の存在すら知らず、事件のことを知ったのは数年後。<br />
最近になって未完成版を観ましたが、あまりの酷さに「コメディ映画でもこれだけ笑わないぞ」というくらい笑ってしまいました。<br />
制作サイドからすれば、この未完成版に至るのですら悲惨な努力があって、笑うどころではないのでしょうけど。</p>

<p>『ガンドレス』において切ないのは、絵がちゃんと出来上がっていたとしてもつまらない凡作だったというところ。<br />
近未来の都市で、美女5人がパワードスーツに身を包み、テロリストに立ち向かう――という新鮮味のない設定。<br />
その美女5人がどいつもこいつも魅力に乏しい。<br />
『 GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の4年後の作品なのにチープな電脳世界の描写。<br />
ストーリー展開も盛り上がりに欠ける。<br />
そりゃ未完成での上映という失態をネタに売るしかないよな、と納得しました。</p>

<p>詳細は<a href="http://shibuya.cool.ne.jp/ota_queen/anime/gundress/">「これがガンドレスだ」</a>や<a href="http://blog.livedoor.jp/thx_2005/archives/50438996.html">「伝説の未完成映画」</a>を参照して下さい。</p>

<p>作画崩壊アニメの系譜については、「同人用語の基礎知識」の<a href="http://www.paradisearmy.com/doujin/pasok7c_yashigani.htm">「ヤシガニアニメ/ヤシガニ屠る/ウニメ」</a>が詳しいです。</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>『 CROSS†CHANNEL 』考察：メタ解釈</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://meta-metaphysica.net/journal/archives/2008/11/_crosschannel_1.html" />
<modified>2008-11-21T11:51:18Z</modified>
<issued>2008-11-21T11:50:24Z</issued>
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<created>2008-11-21T11:50:24Z</created>
<summary type="text/plain">　 ノベル型アドベンチャーゲーム『 CROSS†CHANNEL 』を自己言及的メ...</summary>
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<name>Dormeur</name>

<email>nemuribito@gmail.com</email>
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<dc:subject>ゲーム</dc:subject>
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<![CDATA[<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000A8SYNC/"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41Q7S5HRGTL._SL160_.jpg" alt="CROSS CHANNEL" style="border:0;" /></a>　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0001BTUJA/"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51RFMHTJ6DL._SL160_.jpg" alt="クロスチャンネル ~To all people~ 通常版" style="border:0;" /></a></p>

<p>ノベル型アドベンチャーゲーム『 CROSS†CHANNEL 』を自己言及的メタフィクションとして解釈してみる。<br />
ネタバレなので、プレイしていない人は読まない方がいいかもしれません。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<h4>ループする世界とは何か</h4>

<p>作中の「人類が滅亡し1週間を繰り返す世界」（以下、「ループ世界」）を「マルチエンディングの恋愛アドベンチャーゲーム」（以下、「ゲーム世界」）のメタファーとする。</p>

<p>その根拠として、以下の類似点が挙げられる。</p>

<p>1. 現実世界では人類が何十億人も存在するが、ゲーム世界ではそのうちのごくわずか、主人公と何人かのヒロインと数人の脇役しか登場しない。登場人物は極めて狭い人間関係の中で生きている。他の人類は存在が希薄であり、この希薄さをデフォルメ・極大化すれば人類が登場人物以外全滅した状況となる。</p>

<p>2. ゲーム世界でどんな感動的な展開や惨劇が起ころうと、ゲームをリセットして初めからプレイすれば登場人物はその出来事を記憶していないし、ゲーム世界内の物品も全て元通りになる。登場人物は自分たちの生きている世界がリセットされるものとは気づいていない。ループ世界の放送部員たちも同様にループの初めに戻れば記憶を失い、ループ世界の物品は全て元通りとなり、放送部員たちは世界がリセットされるものとは気づいていない。</p>

<p>3. ゲーム世界が展開されるなか、ゲーム世界がリセットとループによって閉じられており、その中で異なった展開があることを知っている存在がある。それはプレイヤーである。ループ世界の現象やループ中の出来事を知った黒須太一は、情報量でプレイヤーとほぼ同一化する（注1）。ループ世界での太一の情報源は太一自らが記した日記であり、ゲーム世界でのプレイヤーの情報源は主人公による叙述である（注2）。どちらも主人公の視点によって把握された世界という点で変わりない。</p>

<p>4. プレイヤーとほぼ同一化した太一が取った行動とは、日記から得た情報を元にループ世界での同一展開を回避しつつ、ループ単位の1週間を放送部員の少女の1人と出来る限り過ごすことである。一方、ゲーム世界で繰り返しプレイ中のプレイヤーは、過去のプレイ経験や攻略サイトで得た情報を元にゲーム世界での同一展開を回避しつつ、ゲーム世界中の時間をゲーム世界のヒロインの1人と出来る限り過ごそうとする。</p>

<p>5. ゲーム世界では、主人公がゲーム世界のヒロインの心の傷を救済する展開を取ることが多い。主人公が1人のヒロインの心の傷を救済した場合、その他のヒロインの心の傷は放置される。全てのヒロインの心の傷を救済しようとするなら、世界をリセットさせてやり直すしかないが、それでも1人ずつしか救済できない。太一も世界をリセットさせて1人ずつ放送部員の心の傷を救済する（注3）。</p>

<p>6. ループ世界に一人残り記憶を保ち続ける太一だが、世界が分断されているため放送部員とはコミュニケーションを行うことができない。可能なのは一方的な呼びかけだけであり、その呼びかけが届いているのか知る術がない。ゲームのプレイをやめたプレイヤーは、世界が分断されているためゲーム世界中のヒロインとはコミュニケーションを行うことができない。可能なのは一方的な呼びかけだけであり、その呼びかけが届いているのか知る術がない。</p>

<h4>プレイ1周目の世界とは何か</h4>

<p>『 CROSS†CHANNEL 』の1周目は、関係がギクシャクしていた放送部員たちが和解を果たし、共に放送を始める学園ものストーリーである。人類の滅亡や世界のループは示されていない。放送部員をはじめ、学園の生徒が狂気を孕んでいることも示されておらず、太一は放送部員と対立していない。放送部員以外の人間がいる。これらのことから、1周目が少なくともループ世界の出来事ではないことがわかる。では、何なのか。</p>

<p>ラストシーンで眠る太一が見た夢、あるいは太一の願望と捉えることが一般的だろう。しかしループ世界がゲーム世界のメタファーであり、太一とプレイヤーがほぼ同一化しているとすると、1周目はゲーム世界を好むプレイヤーが耽溺したい学園ものゲーム世界のモデルとして提示されているとも考えることができる。</p>

<p>「萌え」の記号が散りばめられたキャラクターによって、コメディや純愛感動ストーリーが展開されるゲーム世界。その表層を剥ぎ取ればループ世界のように狂気に彩られていることを否定するものは、実は何もない。主人公に愛を注ぐ献身的なヒロインだって、程度が過ぎれば恋愛依存症のストーカー。ツンデレ属性のヒロインだって、程度が過ぎれば敵対者。委員長属性のヒロインだって、程度が過ぎれば自分で自分を生きづらくしている愚か者。「萌え」の記号によって個性が与えられたキャラクターの世界は、ちょっと境界線を越えれば簡単に悲惨で破滅的なストーリーに転んでしまいかねない（注4）。そして実際に境界線を越えたのが、『 CROSS†CHANNEL 』の少女たちではないか。</p>

<h4>狂っているのは何か</h4>

<p>『 CROSS†CHANNEL 』についてどこかの blog で書かれていた感想に、「主人公が狂っているのに、少女たちが心を許して主人公に迫ってくるのは気持ち悪い」というものがあった。ある意味でこれは正しい。主人公がどうであれ作中の女性たちに好かれるのが、恋愛アドベンチャーゲームというものだからである。</p>

<p>主人公や少女たちは本当に狂っているのだろうか。ゲーム世界の主人公や少女たちは、物語の筋書きに従って行動している。主人公はプレイヤーの操作にも従う。自分たちは他者に対して自動的に対応せざるを得ないのだ、と自分たちの狂気について太一は語っているが、その自動性は物語によって強いられた行動様式である。登場人物が物語から外れて自律行動することなどないのだから。</p>

<p>太一が複数のヒロインと情交するのは、ゲーム世界に対するプレイヤーの態度を模倣したものに過ぎない。主人公とヒロインの純愛、人生で1回きりの運命的な恋愛を体験しているにも関わらず、プレイヤーはゲーム世界で複数のヒロインを次々と攻略する。とんでもない好色家であり浮気者である。純愛とも運命的な恋愛とも程遠い偽善者だ。太一の気持ち悪さを考えると、プレイヤーの気持ち悪さもまた浮かび上がってくる。</p>

<p>狂っているのはプレイヤーかもしれないし、恋愛アドベンチャーゲームそのものかもしれない。</p>

<h4>太一の決断</h4>

<p>太一と和解した少女は、そのつど元の世界へ消えていく。一旦消えれば世界がリセットされてもループ世界に現れないまま、新たな一週間がスタートする。ゲーム世界でも、攻略済みのヒロインは別のヒロインの物語には現れもしないか、物語の背景に過ぎない。全ヒロインを攻略してしまえば、もはやそのゲームから新しいものは得られない。プレイヤーに残されるのは、ヒロインとともに過ごした時間の思い出だけだ。だから最後には、ゲーム世界を模倣している太一のもとに誰もいなくなった。あらゆる登場人物が消え去り、太一だけが残される。太一は登場人物の思い出だけを拠り所にして生きる。</p>

<p>太一はループ世界の中でひたすら少女たちをとっかえひっかえして、恋愛を楽しみ続けることはしなかった。そんなことをしても同じゲームを繰り返すように飽きが来てしまうから。ならば自分も記憶を失ってループするか。それでは互いに傷つけあうだけの人間関係と、いつ惨劇に転ぶともしれない状況を繰り返すだけだ。ならば特定の少女とループ世界で暮らし続けるか。そうしようにも、狂気を抱えた太一と互いに理解しあえる相手は彼女たちのなかにいなかった。太一は自分が他者と理解し合えるとは思わなかった。太一は自分が暴走して他者を傷つけることを恐れている。一人になれば他者を傷つけることも他者に傷つけられることもない。だから太一だけが残った。しかし孤独には耐えられなかった。</p>

<p>ゲーム世界は一時的で不毛なコミュニケーションである。プレイヤーがゲームを終えればそれっきりだ。プレイヤーが帰って来た現実世界も一時的で不毛なコミュニケーションである。死ねばそれっきりだ。どちらにせよ、相手と一体にはなれない。だが生きていれば、他者にメッセージを発信し続ければ、一時的であっても他者と通じることが、CHANNEL が CROSS することがあるかもしれない。</p>

<p>だから太一は、ラジオ放送を通じて顔の見えない誰かにメッセージを発信し続ける。<br />
だからプレイヤーは友人に、あるいは Internet の先の顔の見えない誰かに向けて、感想や考察を語る。<br />
だからシナリオライター田中ロミオは『 CROSS†CHANNEL 』を書き、作品を通じて顔の見えない誰かにメッセージを送った。</p>

<p>ラストシーンが謎めいているのも、プレイヤーに他者への語りを喚起させる仕掛けなのではなかろうか。</p>

<h4>注意</h4>

<p>以上の解釈は確定的、絶対的なものではない。例えば、登場人物の中で例外的にメタ視点から事態を把握している七香の存在をどう絡めて解釈するかは意図的に無視している。作中最大の謎であるエピローグ「黒須ちゃん寝る」も同様。</p>

<ul>
<li>注1：プレイヤーには明かされていないループを記した日記の存在が作中で言及されているため、「ほぼ」という語を用いた。</li>
<li>注2：ゲーム世界はほとんどの場合、主人公による一人称で叙述されている。</li>
<li>注3：但し、本作では太一とヒロインは必ず離れ離れになってしまうため、救済は完全ではない。太一はヒロインの抱える問題を彼女自身の手で克服するようヒロインに宿題を課して別れる。ヒロインは太一に依存しない自立した生き方が求められることになる。恋愛の成就とヒロインの救済をもって物語を終える一般的な恋愛アドベンチャーゲームとの大きな差異が、そこにある。</li>
<li>注4：それを意識しているかどうかは不明だが、萌えギャグマンガ『らき☆すた』を悲劇に改変した二次創作作品が多数の作者によって作られている。参照：<a href="http://www34.atwiki.jp/konataowata/">「『泉こなたを自殺させる方法』を考えるスレ」</a></li>
</ul>
]]>
</content>
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<title>ホラー映画の記憶</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://meta-metaphysica.net/journal/archives/2008/11/post_204.html" />
<modified>2008-11-20T14:47:22Z</modified>
<issued>2008-11-20T14:42:01Z</issued>
<id>tag:meta-metaphysica.net,2008:/journal//1.399</id>
<created>2008-11-20T14:42:01Z</created>
<summary type="text/plain">ちょこちょこと映画を観てきて DVD も沢山溜め込んできた我が人生だけど、やはり...</summary>
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<name>Dormeur</name>

<email>nemuribito@gmail.com</email>
</author>
<dc:subject>映画</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://meta-metaphysica.net/journal/">
<![CDATA[<p>ちょこちょこと映画を観てきて DVD も沢山溜め込んできた我が人生だけど、やはり苦手なジャンルってのがある。<br />
例えばアングラなスナッフ・フィルムとかスカトロものとか。<br />
想像するだけで気持ち悪すぎて観ようとも思わない。<br />
それはまだしも、一般向け作品でもなかなか観ないジャンルがある。<br />
それはホラー。</p>

<p>本質的に臆病なもので、「明らかにこれから怖いシーンが来ますよー」って空気に耐えられないんだな。<br />
サスペンスものやミステリーものは平気なんだけど。<br />
そういうわけで、女の子とホラー映画を観に行って、怖さのあまり女の子が手を握ってきたり抱きついてきたり……というラブコメでありがちなシーンとは、とんと無縁なのであった。</p>

<p>で、今まで全編通して観たことのある数少ないホラー映画の記憶を辿ってみた。</p>

<h5>『バタリアン』</h5>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001EI5MIM/"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/519miBYWl3L._SL160_.jpg" alt="バタリアン" style="border:0;" /></a></p>

<p>1985年のゾンビもの映画。<br />
B 級臭いけど、タイトルをもじった『オバタリアン』なんてマンガがヒットしたくらいだから興行成績はよかったんだろうか。<br />
コメディっぽさもあってあまり怖くない。<br />
しかし物語途中で復活するコールタールまみれのゾンビは幼心に印象に残った。<br />
ラストシーンの影響で、火葬場に行くたびに「自分が生きたままこの中に入ったら……」って考えてしまうし。</p>

<h5>『シャイニング』</h5>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001DKBJII/"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/31r8BfJP1pL._SL160_.jpg" alt="シャイニング 特別版 コンチネンタル・バージョン" style="border:0;" /></a></p>

<p>1980年の映画。<br />
スタンリー・キューブリック監督作品。<br />
ホラーというよりサイコスリラーかな。<br />
不気味なシーンがいっぱいあるのに怖いとは思わなかった。<br />
キューブリックの映像美を味わう作品のような気がする。<br />
ジャック・ニコルソンはハマリ役だったな。<br />
ちなみに、この作品で撮影されたカットが『ブレードランナー』で流用されている。</p>

<h5>『ジョーズ』</h5>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000G7PS0E/"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/31SX3D00HRL._SL160_.jpg" alt="ジョーズ" style="border:0;" /></a></p>

<p>1975年の映画。<br />
サメが船にまで乗り上げてきてそのツラを拝んでみたら、意外と可愛かった。<br />
実際に現場に居合わせたらそんなこと言えないんだろうけど。<br />
そのサメに人間が食いちぎられるグロいシーンがあるし……。</p>

<h5>『鳥』</h5>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000OI1FQ6/"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51W1qIGjH0L._SL160_.jpg" alt="鳥" style="border:0;" /></a></p>

<p>1963年の映画。<br />
アルフレッド・ヒッチコック監督作品で観たことがあるのはこれだけ。<br />
物語としては、鳥が大量に集まって人間を襲うだけだったような記憶が。<br />
鳥の異変の理由が結局判らずじまいなのが不気味。</p>

<h5>『アタック・オブ・ザ・キラートマト』</h5>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000JUBEUG/"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/519N825DB4L._SL160_.jpg" alt="アタック・オブ・ザ・キラー・トマト スペシャル・コレクターズ・エディション" style="border:0;" /></a></p>

<p>1978年の映画。<br />
カルトなバカ映画としてある意味有名。<br />
『鳥』を引用してホラー映画の体裁を採ってるけど、実際はギャグだろう。<br />
トマトが大量に集まって人間を襲うという筋書き。<br />
しかし特撮なんてものは一切なく、トマトが実際に人間を食らうところは画面に映らない。<br />
登場人物がトマトを見て勝手に怯えたり叫んだりしているだけ。<br />
動くトマトは単純に転がってるだけだったり、トマトを動かしている台車が映り込んでいたり、倒れてる人間に投げやりなコマ撮りでトマトを乗せているだけだったりとチープさ満点。<br />
怖さではなく、下らなさすぎて最後まで観るのが苦痛になる。<br />
さすがに続編の『リターン・オブ・ザ・キラートマト』は途中で観るのを断念した。</p>

<p>そういえば映画ではないけど、今から20年ほど前、夏休みに読売テレビのお昼のワイドショー内のコーナーとして放送されていた短編ドラマ「あなたの知らない世界」が怖かった。<br />
実際にあった心霊現象、怪奇現象の再現ドラマって触れ込みの作品で、兄が好んで観ていて一緒に観る羽目になったんだっけ。</p>

<p>ホラーを意図して作られていたわけじゃないだろうけど、その近辺で放送されていた蒸発者の公開捜査コーナーも怖かったな。<br />
解像度の低いモノクロのスナップ写真が、巨大に引き伸ばされて背景になってて……。<br />
ナレーションも無機質で不気味さを引き立てていた覚えがある。<br />
同様の雰囲気があるからか、古い左翼系テロリストの指名手配写真も苦手。<br />
近年の公開捜査番組にはあの怖さがなくて、ちょっと寂しい。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
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<title>DVD 『スティング』</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://meta-metaphysica.net/journal/archives/2008/11/dvd_12.html" />
<modified>2008-11-19T12:21:57Z</modified>
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<summary type="text/plain"> 1973年のアカデミー賞作品賞受賞作、『スティング』（ The Sting ）...</summary>
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<name>Dormeur</name>

<email>nemuribito@gmail.com</email>
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<dc:subject>映画</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://meta-metaphysica.net/journal/">
<![CDATA[<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000G7PS0O/" target="_top"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41T18CWYBPL._SL160_.jpg" alt="スティング" style="border:0;" /></a></p>

<p>1973年のアカデミー賞作品賞受賞作、『スティング』（ The Sting ）。<br />
有名な映画だけど、ギャングの抗争と刑事の捕り物的な話だと何故か誤解してて、長い間観てなかった。<br />
いつだったか、観終わったとき、もっと早く観ておくべきだったと後悔したのを覚えている。</p>

<p>物語の舞台は第二次世界大戦前くらいのアメリカの都市。<br />
詐欺で生計を立てている若者が主人公で、ある日彼が詐欺の師匠と共に路上で男を騙して所持金を奪い取るのだが、その金はマフィアの売上金だった。<br />
そのことがマフィアのボスの逆鱗に触れて、主人公の師匠は殺されてしまう。<br />
復讐に燃える主人公は、今は落ちぶれているが伝説の詐欺師と呼ばれている男を尋ねる。<br />
そして彼らはコンビを組み、復讐のためマフィアのボスに一世一代の大イカサマを仕掛ける、というお話。</p>

<p>イカサマがいつバレるのか、ハラハラドキドキの連続で観客を飽きさせることがないうえ、最後に大きなどんでん返しを起こし、観客すらも騙していたことを明かす。<br />
マフィアが絡んでも暗さがなく、観終わった後の後味は爽やか。<br />
派手さはないのに、「映画は娯楽の王様」という言葉が良く似合う、痛快で見事な娯楽映画だ。<br />
メインテーマ曲「ジ・エンターテイナー」の軽快なメロディーがまた映画にマッチしている。<br />
映画がヒットしたおかげでリバイバルヒットした、という話も納得できる。</p>

<p>ユニバーサル映画が製作した作品ということもあって、本作に登場するイカサマ賭博場の建物を再現したセットが USJ にあるのだけど、USJ に行った後で映画を観たので、知ってる場所がロケ地に使われているかのようでちょっと嬉しかった。<br />
横丁といった感じで、何も知らなきゃ素通りしがちな地味なところ。<br />
確かニューヨーク・エリアのあたりにある。</p>

<p>それはさておき。<br />
『スティング』は幅広い人が楽しめる、まさに不朽の名作だ。<br />
「詐欺師がハッピーになるなんて許せない」なんて堅物な人じゃない限り、満足できるはず。</p>]]>

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<title>紀伊国屋書店、『ビクトル・エリセ DVD-BOX 』発売予定</title>
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<modified>2008-11-18T12:48:58Z</modified>
<issued>2008-11-18T12:45:33Z</issued>
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<created>2008-11-18T12:45:33Z</created>
<summary type="text/plain"> 紀伊国屋書店からビクトル・エリセの『ミツバチのささやき』と『エル・スール』、さ...</summary>
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<name>Dormeur</name>

<email>nemuribito@gmail.com</email>
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<dc:subject>映画</dc:subject>
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<![CDATA[<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001FVXU9Q/" target="_top"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/31MuicbM96L._SL160_.jpg" alt="ビクトル・エリセ DVD-BOX" style="border:0;" /></a></p>

<p>紀伊国屋書店からビクトル・エリセの『ミツバチのささやき』と『エル・スール』、さらにデビュー作の短編『挑戦』を収めた DVD-BOX が2008年12月に発売されます。</p>

<p>監督本人が監修した HD ニュー・リマスターだそうな。<br />
だったら Blu-ray で出してくれよと思うんだけど……。<br />
それに、中古価格で3万円とかアホみたいな値段がついてて容易に手を出せない『マルメロの陽光』も収録して欲しかった。</p>

<p>しかし従来の東北新社版『ミツバチのささやき』は別物のように画質が劣悪らしいので、画質の向上という点では期待できそうだ。<br />
それに版元が紀伊国屋書店だから、急いで買わなくても在庫切れによるプレミアム化の心配がなさそう。</p>

<h5>参考</h5>

<p>ビクトル・エリセ『ミツバチのささやき』DVD画質比較　完全版<br />
<object width="425" height="344"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/4xV5Bb5Di5A&hl=ja&fs=1"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/4xV5Bb5Di5A&hl=ja&fs=1" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object></p>]]>

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<title>DVD 『ピクニック』</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://meta-metaphysica.net/journal/archives/2008/11/dvd_11.html" />
<modified>2008-11-18T12:45:19Z</modified>
<issued>2008-11-18T11:46:39Z</issued>
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<created>2008-11-18T11:46:39Z</created>
<summary type="text/plain"> 19世紀後半に活躍したフランスの画家ルノワールは有名だけど、その息子が映画監督...</summary>
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<name>Dormeur</name>

<email>nemuribito@gmail.com</email>
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<dc:subject>映画</dc:subject>
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<![CDATA[<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0001VQVZG/" target="_top"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/516BR4WD4XL._SL160_.jpg" alt="ピクニック" style="border:0;" /></a></p>

<p>19世紀後半に活躍したフランスの画家ルノワールは有名だけど、その息子が映画監督だということはどれだけの人が知ってるだろう。<br />
今年、ルノワール親子の作品を併置した展覧会が東京や京都で開かれていたので、それで初めて知ったという人も多いかもしれない。</p>

<p>『ピクニック』（ Une Partie de Campagne ）は映画監督のジャン・ルノワールが1936年に監督を務めた映画。<br />
天候に恵まれず撮影できないシーンが残ったままでフィルムが放置されていたのだが、映画プロデューサーが発見し、編集して1946年に完成させたといういわくつきの作品だ。<br />
舞台は19世紀のフランス。<br />
パリに住む一家がピクニックを楽しむため、馬車に乗って川の流れる田舎までやってくる。<br />
一家の娘の婚約者も同行しているのだが、娘はその地で男と出会い、二人は恋に落ちる。だが雨に邪魔されてしまい、娘は帰ってしまう。<br />
数年後、男は再び娘に出会うのだが、娘は既に結婚していて、男は恋が実らなかったことを知る――という40分弱の短編。<br />
中断・再会・完結、という点で奇しくも男女の恋と映画作品そのものが合致していて、因縁めいている。</p>

<p>自然風景の美しさや恋の喜びを満喫する若い女の描写が見もので、物語よりも映像を味わうための作品だと思う。<br />
DVD のパッケージのスチル写真にもあるように、娘がブランコに興じるシーンがあり、父ピエール＝オーギュスト・ルノワールの代表的な作品<a href="http://commons.wikimedia.org/wiki/Image:Auguste_Renoir_-_La_Balan%C3%A7oire.jpg?uselang=ja">「ぶらんこ」</a>へのオマージュを感じさせる。</p>

<p>映画マニアなら押さえておくべきだろう一品。</p>]]>

</content>
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<title>JAXA から採用通知</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://meta-metaphysica.net/journal/archives/2008/11/jaxa.html" />
<modified>2008-11-17T12:48:39Z</modified>
<issued>2008-11-17T12:38:43Z</issued>
<id>tag:meta-metaphysica.net,2008:/journal//1.395</id>
<created>2008-11-17T12:38:43Z</created>
<summary type="text/plain"> JAXA （宇宙航空研究開発機構）が打ち上げを予定している温室効果ガス観測技術...</summary>
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<name>Dormeur</name>

<email>nemuribito@gmail.com</email>
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<dc:subject>その他</dc:subject>
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<![CDATA[<p><img src="http://meta-metaphysica.net/journal/images/P1030253.jpg"></p>

<p><img src="http://meta-metaphysica.net/journal/images/P1030254.jpg"></p>

<p>JAXA （宇宙航空研究開発機構）が打ち上げを予定している温室効果ガス観測技術衛星（ GOSAT ）の愛称を公募していたのだけど、私の応募した命名案「いぶき」が見事選ばれました。</p>

<p><a href="http://www.jaxa.jp/press/2008/10/20081015_gosat_j.html">「 JAXA｜温室効果ガス観測技術衛星（ GOSAT ）の愛称募集結果について」</a></p>

<p>応募したことすらすっかり忘れていたところに、JAXA から「名付け親」の認定証と記念品が送られてきて選考結果を知った次第。<br />
一枚紙ではなく布張りのアルバムになっていて、結構立派であります。<br />
記念品はハーブ栽培キットです。</p>

<p>締め切り直前に新聞で公募のことを知って、何故だかすぐに応募したんだっけか。<br />
「いぶき」を提案したのは応募総数12683件中、630名とのこと。<br />
さすがに打ち上げ当日の種子島宇宙センター無料招待の抽選には外れたけど、名付け親の一人になれたのは素直に嬉しい。</p>

<p>あとは打ち上げの成功を祈るのみ。<br />
<a href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%c9%f7%a4%ce%c2%a9%a4%c5%a4%ab%a4%a4%a4%f2%b4%b6%a4%b8%a4%c6%a4%a4%a4%ec%a4%d0%a1%a2%bb%f6%c1%b0%a4%cb%b5%a4%c7%db%a4%ac%a4%a2%a4%c3%a4%bf%a4%cf%a4%ba%a4%c0">「風の息づかいを感じていれば」</a>、大丈夫でしょう。</p>

<p>「いぶき」とくるとつい「マヤ」と連想してしまうけど、何を連想するかでその人の世代や属性がバレそう。<br />
「八神」とか「風子」とか「吾郎」とか。<br />
「文明」も記念に宇宙産業への予算配分に貢献してくれないかなあ。<br />
</p>]]>

</content>
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<title>『 serial experiments lain　』10周年　（3）</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://meta-metaphysica.net/journal/archives/2008/11/_serial_experim_2.html" />
<modified>2008-11-17T12:37:52Z</modified>
<issued>2008-11-17T12:32:50Z</issued>
<id>tag:meta-metaphysica.net,2008:/journal//1.394</id>
<created>2008-11-17T12:32:50Z</created>
<summary type="text/plain">雑誌連載版『 serial experiments lain 』   アニメ雑誌...</summary>
<author>
<name>Dormeur</name>

<email>nemuribito@gmail.com</email>
</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://meta-metaphysica.net/journal/">
<![CDATA[<h4>雑誌連載版『 serial experiments lain 』</h4>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4789713431/" target="_top"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/511T3Q6PYKL._SL160_.jpg" alt="lain‐安倍吉俊画集" style="border:0;" /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4898294871/" target="_top"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41E0RTMWXVL._SL160_.jpg" alt="yoshitoshi ABe lain illustrations" style="border:0;" /></a></p>

<p>アニメ雑誌の「 AX 」にTV アニメの放送に先駆けて1998年の3月から連載が始まり、同年11月に連載が終了した企画。キャラクター原案や『 lain 』各商品のパッケージイラストを手がけたイラストレーター安倍吉俊がイラストを担当し、アニメ版の脚本家小中千昭がテキストを担当。アニメ版の世界観を伝えると共に、PS 版との橋渡し的な意図も込められている。</p>

<p>安倍吉俊のイラストは精密な描写とアニメチックでない重厚な色彩感覚が素晴らしい。私の個人的なお気に入りは、アニメ版本編で描写が簡略化された紅茶のシーン。最終回で孤独になった玲音が、幻想の中で父の幻影（＝神？）に紅茶とマドレーヌを振舞われ、その優しさに嬉し涙を流し、現実世界への愛情を見出す。記憶を巡る物語である Marcel Proust の『 A la recherche du temps perdu 』に対するベタベタなオマージュである。</p>

<p>1998年に出版された公式画集『 an omnipresence in wired 』と2005年に出版されたその復刻版『 yoshitoshi ABe lain illustrations  』に収録されている。</p>

<p>安倍吉俊の絵に魅せられたなら、彼自身が原作・キャラクターデザイン・脚本を務めたアニメーション作品『灰羽連盟』（2002年）をオススメする。2007年に廉価版 DVD-BOX が発売されて、入手しやすくなった。生と死の狭間の世界に、人でも天使でもない「灰羽」という存在として生まれ変わった少女たち。そんな彼女たちの出会いと別れを描いた、珠玉の物語だ。</p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000JSIBN6/" target="_top"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/218TbrWtB%2BL._SL160_.jpg" alt="灰羽連盟 TV-BOX" style="border:0;" /></a></p>

<h4>10年経って</h4>

<p>この10年でも PC やネットワークの構造、ユーザーインターフェースなんかは根本的な変化がないので、10年前の作品といっても SF 描写に古びた感じが全然しない。目に付くのは CRT モニタやアクセラの設定（ベース・クロックが 100MHz ）くらいのものだ。逆に、小中学生が電子メールやネットワークゲームを日常的に利用しているという設定は、1998年当時としては新鮮味があっただろうが、現在では SF ではない日常の風景と化している。CG の活用も、現在の製作環境では物珍しくない。</p>

<p>作風でいうと、アニメの世界では虚実の境界を曖昧に、という点やメタフィクション的演出では今敏の仕事が思い浮かぶ。コンピュータ・ネットワークに宿る幻想をモチーフにしている物語だと、PC ゲームの『最果てのイマ』あたりだろうか（未プレイなので噂話程度にしか知らない）。</p>

<p>PS 版『 lain 』と同様のシステムを持ったゲーム作品は聞かない。サスペンスやホラーといったジャンルには親和性の高いシステムだと思うが、ゲーム性が低い上にマルチエンディングによるボリュームの増大ができないので追随できないのかもしれない。ノベル型作品だが、『ひぐらしのなく頃に』の TIPS システムや「カケラつむぎ」のように、情報の断片化と統合という面で演出の一環として補助的に使用している例はある。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
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<title>『 serial experiments lain　』10周年　（2）</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://meta-metaphysica.net/journal/archives/2008/11/_serial_experim_1.html" />
<modified>2008-11-16T13:33:45Z</modified>
<issued>2008-11-16T13:32:12Z</issued>
<id>tag:meta-metaphysica.net,2008:/journal//1.393</id>
<created>2008-11-16T13:32:12Z</created>
<summary type="text/plain">PS 版『 serial experiments lain 』 TV アニメ版『...</summary>
<author>
<name>Dormeur</name>

<email>nemuribito@gmail.com</email>
</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://meta-metaphysica.net/journal/">
<![CDATA[<h4>PS 版『 serial experiments lain 』</h4>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005OVPO/"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41tuF%2BQpMgL._SL160_.jpg" alt="serial experiments lain" style="border:0;" /></a></p>

<p>TV アニメ版『 serial experiments lain 』の首都圏での放送が終了した1998年11月、プレイステーション（ PS ）用ゲームソフト『 serial experiments lain 』が発売された。ただしゲーム版の企画・シナリオにも参加している小中千昭によれば、PS 版の製作は TV アニメ版よりも先行して着手されており、TV アニメ版が製作されるかどうかは確定的でなかったという。</p>

<p>TV アニメ版とゲーム版で題名は同じ。岩倉玲音という名の少女が登場し、彼女を清水香里が演じているのも同じだが、玲音以外の TV アニメ版の登場人物はほとんど登場しない。一つのシークエンスとして明確に描写される物語も存在しない。</p>

<p>そもそもこの作品がゲームソフトなのか、という疑義も存在する。インタラクティブ・コンテンツと言うべきかもしれないが、ノベル型アドベンチャーゲームがゲームと呼べるなら、この作品もゲームなのだろう。版元のパイオニア LDC は本作のジャンルを「アタッチメント・ソフトウェア」と称しており、同種の名称が冠されたソフトウェア作品に同社の『 No&euml;l 』シリーズがある（但しゲームシステムもテーマもかなり異なる）。</p>

<p>プレイヤーが自分の名前を入力してゲームを始めると、縦の円筒状の空間に、数百個のデータの断片が配置されている。プレイヤーが架空のオペレーション・システムを操って、コンピュータ・ネットワーク上のデータを再生（プレイ）する、という設定だ。データの再生の順序は任意だが、特定のデータが再生済みでないと再生できなかったり、本作を結末まで何度かプレイしないと再生できなかったりする。プレイ状況次第で新たに出現するデータもある。説明書によれば、円柱の下層ほど過去に近く、上層ほど現在に近いデータであるとされている（しかしそれが正しいかどうかは保証の限りではない）。何も操作せずに放置していると再生されるデータというものも20種類ほど存在する（これがまた、トラウマになりそうなほど不気味だ）。</p>

<p>それらのデータの内容とは、主に次のようなものである。</p>

<ul>
<li>女子小学生（のち中学生）である岩倉玲音の日記（音声のみ）</li>
<li>研究所の新人女性研究員で精神科医である米良柊子の日記（音声のみ）</li>
<li>玲音と柊子のカウンセリングにおける会話（音声のみ）</li>
<li>カウンセリング結果レポート（音声のみ）</li>
<li>アニメーション動画（TV アニメ版とは内容や画風が異なる）</li>
</ul>

<p>その他、システムのアップデートプログラム、柊子と玲音の友人の会話（音声のみ）や警察の捜査記録（音声のみ）、記者会見の記録（音声のみ）といったものがある。</p>

<p>プレイヤーがゲーム内でできるのは、セーブやゲームの終了といったメタ操作を除けば、データの断片を再生していくこと、ただそれだけ。自ずと作品の全体像の把握が目標となるだろう。</p>

<p>上記でしつこく「音声のみ」と書いているように、この作品では一般的なアドベンチャーゲームとは違って会話や叙述は文章として表示されることがない。プレイヤーが内容を理解しようと思えば、音声をスキップすることなく耳を傾けざるを得ない。</p>

<p>だが、プレイヤーが内容を理解しようとデータの断片を記憶・整理・再生すればするほど、細部が明瞭になっていくのに反して全体像が曖昧になっていく。当初はプレイヤーはこう思うはずだ――幻覚・幻聴に悩む内気な少女が、何かの研究所でカウンセリング療法を受けている、と。しかし少女はハッキングと精神医学の知識をメキメキと身につけ、逆にカウンセラーの精神はどんどん脆くなっていく。カウンセリング結果レポートは二人の音声が交錯するようになり、カウンセラーが少女の治療を行っているのか、少女がカウンセラーの治療を行っているのか判然としなくなる。二人の日記の記述と会話の内容に矛盾が生じ始め、虚実が入り混じる。二人の日記に登場する人物は果たして実在したのか？　アニメ版と同様に、客観的な正しさは存在しない。あらゆる結論はプレイヤーに委ねられている。</p>

<p>特定のデータを再生すると、再生したことのあるアニメ動画が1本に連結されて再生される。そして玲音の最後の行動を記録したアニメ動画が続き、本作は一応の結末を迎える。条件が満たされていれば、画面に玲音の顔が浮かび上がり、プレイヤーの名前を呼んで語りかけてくる。その言葉と、アニメ動画での玲音の行動を重ね合わせれば、こう考えることができるだろう――玲音はプレイヤーの脳内にダウンロードされ、プレイヤーの記憶として存在し続けるのだと。「記憶とは記録に過ぎず、自我とは記録されたデータの集積の一側面に過ぎない」という論理がそこにはある。データとしてフラット化した玲音は、もはや物事の虚実や自我の同一性・単一性に悩まされることがない。</p>

<p>重要なのは、アニメを視聴する場合とは違って、ゲームでは「プレイヤーによる操作」という能動的かつ積極的な行動が求められていることである。だからこそ、プレイヤーはより作品世界に接近し、境界を侵犯し、作品世界に結合する。あたかも、神秘主義の宗教のように。プレイヤーの精神の安定は揺さぶられ、単調な BGM がそれを加速させる。それゆえに「精神を病むゲーム」とも称される。</p>

<p>本作に物語があるのだとすれば、それはプレイヤーが参画し、データの断片からプレイヤー自身の意識の中に作り上げた物語だ。物語の主人公は玲音ではなく、プレイヤー自身である。小説でも映画でも表現できない、コンピュータ・ソフトウェアでのみ実現できる物語だ。</p>

<p>残念なことに、本作は TV アニメ版とは違ってもはや中古市場でしか流通していない。私が何年も前に入手したときは、5800円の新品定価に対し、中古ソフト店で8000円程度の価格がつけられていたと思うが、今や概ね1万円から2万円程度の範囲内で取引されているようだ。版元がゲームソフト事業から撤退しているのと、CERO による倫理審査前に発売された作品で現在の倫理審査をパスできるのか不明瞭なことから、PlayStationStore によるダウンロード販売も望み薄である。</p>

<p>ロシアの『 lain 』ファンサイトに CD-ROM のイメージファイルらしきものがアップロードされているようだが、権利者の許諾を得ているかどうかは極めて怪しい。なお、正規にイメージ化した ROM は PS エミュレータ「 ePSXe 」では動作させることができなかったが、「 XEBRA 」では動作した。本作の動画・音声データはデータ形式が特殊らしく、「 PSxMC 」では未だにリッピングできない。</p>

<h5>参考リンク</h5>

<p>[game]PS版 serial experiments lain<br />
http://materia.jp/blog/20051107.html#p02<br />
悪夢のダウンロード～「serial experiments lain」がプレイヤーに与えるもの<br />
http://homepage1.nifty.com/sawaduki/game/sawa/lain.html<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>『 serial experiments lain　』10周年　（1）</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://meta-metaphysica.net/journal/archives/2008/11/_serial_experim.html" />
<modified>2008-11-15T13:17:49Z</modified>
<issued>2008-11-15T13:04:47Z</issued>
<id>tag:meta-metaphysica.net,2008:/journal//1.392</id>
<created>2008-11-15T13:04:47Z</created>
<summary type="text/plain">そういえば、『 serial experiments lain 』が世に出てから...</summary>
<author>
<name>Dormeur</name>

<email>nemuribito@gmail.com</email>
</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://meta-metaphysica.net/journal/">
<![CDATA[<p>そういえば、『 serial experiments lain 』が世に出てから今年は10周年にあたる。</p>

<p>『 serial experiments lain 』とは何かというと、TV アニメ・ゲームソフト・雑誌連載を連動させたメディアミックス企画で、その名の通り「連続」（ serial ）的で「実験」（ experiments ）的な作品だ。</p>

<p>その内容を敢えてジャンル分けするなら、近未来 SF とサイコサスペンスとファンタジーの混合物とでも言おうか。</p>

<p>作中に登場する企業ロゴをこのサイトのアイコンに使わせてもらってるほど好きな作品で、DVD （北米版を含む）や音楽 CD 、公式画集やシナリオ本といった関連商品を買いあさったものだ。10周年という節目に語ることは私にとって最低限の義務かもしれない。</p>

<p>『 lain 』のテキストや脚本を手がけた小中千昭によると、企画が動き出したのは1996年の末頃のこと。その前年には阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件が起き、TV アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の放送が始まった。1996年は『エヴァンゲリオン』の放送が終了し、マスコミを巻き込んで「エヴァ・ブーム」が起ころうとしていた。閉塞的な雰囲気が漂っていた社会状況で生まれたそれらの事件から、精神世界への関心が高まりを見せていた。その一方で、携帯電話、 PC、Internet 、マルチメディアゲーム機といった情報機器が急速に普及し始めていた。そんな時代だからこそ『 lain 』の企画が生まれ、商業展開に至ったと思われる。</p>

<p>情報技術の発達に伴う社会と個人のボーダーレス化、経済のグローバル化という時代の変化をなぞるように、あるいは変化を予告するかのように、『 lain 』は「境界の破壊と結合」という実験を行った。</p>

<h4>TV アニメ『 serial experiments lain 』</h4>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000ALF6U8/"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/31C3E6YXVBL._SL160_.jpg" alt="serial experiments lain TV-BOX" style="border:0;" /></a></p>

<p>TV アニメ版の『 serial experiments lain 』は1998年の夏から秋にかけて深夜に放送された（私の住んでいた大阪では放送が翌年にずれ込んでいたと思う）。</p>

<p>1998年というのは、『エヴァンゲリオン』のヒットを受けてアニメブームが起き、 TV アニメ作品のビジネスモデルが大きく変わり始めた年だ。ロボットアニメや魔女っ子アニメのように、おもちゃ会社が作品に関連して制作するおもちゃの売上げによってアニメ作品の製作資金を回収するのではなく、作品を収録したビデオテープや DVD の売上げを中心としてアニメ作品の製作資金を回収する。それと併せて作品のマンガ化やゲーム化、グッズ化を進め利益を得る。マンガ作品やゲーム作品がアニメ制作の出発点であることも多い。そのために放送権料が安い深夜の時間帯にアニメ作品を TV 放送し、一連のコンテンツを宣伝するのだ。深夜放送ゆえの表現規制の緩さもあいまって、性表現、暴力表現、難解な物語性、難解な映像表現などを有したマニア向けの作品が多く作られるようになる。同時に、マンガ作品のアニメ化が安易に展開され、アニメ作品の粗製濫造が進んでいく。TV アニメ版の『 lain 』は、現在に至るまで続くその流れの初期に生まれた作品である。</p>

<p>物語の舞台は、コンピュータ・ネットワークによる情報流通が発達した近未来の東京。しかし現代の東京と比べても大して変わりはない。自動車が空を飛ぶこともないし、人間そっくりのロボットが現れることもない。この作品の世界では、コンピュータ・ネットワークは「インターネット」ではなく「ワイヤード」と呼ばれ、ネットワーク端末は「パソコン」でも「ケータイ」でもなく「 NAVI 」（ナビ）と呼ばれている。</p>

<p>主人公は岩倉玲音（いわくら れいん）という名の私立中学2年生の少女。年齢に反して子供っぽく、内気な性格をしている。人間関係が乏しく、ほとんど友人がいない。そんな彼女と同じ学年で顔見知りの少女、千砂（ちさ）が飛び降り自殺を遂げるところから物語は始まる。死んだはずの千砂から学校の生徒に電子メールが届き始め、ついに玲音の下にも届く。そのメールの内容は、「自分は肉体を捨てただけで生きている。ここには神様がいる」というものだった。関心を抱いた玲音は、父親に新しい NAVI をせがむ。時を同じくして、玲音は日常生活の中で幻聴や幻覚を体験し始める。</p>

<p>玲音の友人たちは、遊びに出かけた渋谷のクラブ「サイベリア」で、玲音に似ているが性格がまるで違う人物を目撃したと玲音に語る。友人たちにサイベリアに呼び出された玲音は、ドラッグを摂取した少年による銃撃事件に遭遇する。少年は玲音の姿を見て怯え出し、「何故自分にこんなことをさせるのか。ワイヤードはリアル・ワールドに干渉してはならない」と玲音に向かって叫ぶ。玲音は突然人格が豹変し、「どこにいたって、人は繋がっているのよ」と言い放つ。その直後、少年は銃で自殺を遂げる。</p>

<p>警察に保護される玲音だったが、家族の反応は奇妙なものであった。父親に与えられた最新型の NAVI を使い、玲音はワイヤードへのアクセスを深めていく。何者かから NAVI の性能を飛躍的に向上させる部品を与えられ、NAVI を改造してワイヤードを縦横無尽に巡る。ワイヤード内での玲音は、内気な少女ではなくサイベリアの玲音のように攻撃的な性格をしている。</p>

<p>一方、世間ではネットワークゲームのプレイ経験がある少年が少女に追われて自殺したり、追いかけてきた少女を殺害したりする事件が起こっていた。玲音の姉、美香（みか）は自動車が往来する渋谷の路上に立ち尽くす玲音の姿や、街頭の TV 画面に玲音の顔が現れるのを目撃する。玲音は雲間から現れた玲音の幻影を崇める子供たちの姿を目撃する。岩倉家の前には謎の黒服の男たちが現れ、玲音の監視を始めている。美香の前に「預言を実行せよ」というメッセージが現れ、時制の異なる二人の美香が邂逅し、美香は自我を失う。数々の事件には、謎のハッカー集団「ナイツ」の関与がほのめかされる。部屋いっぱいに改造と拡張を重ねた NAVI で玲音はワイヤードにアクセスし、事件の真相を追う。</p>

<p>物語の時制は曖昧になり、一人の人間としての玲音の同一性も曖昧になっていく。画面に現れる映像は現実なのか、玲音の精神世界なのか、ワイヤード内の仮想現実なのか。新たに人格の異なる玲音が現れ、友人たちや学校の生徒たちが抱える秘密をワイヤードに暴露したことで玲音は孤立する。玲音の家族はその虚構性を露わにして崩壊する。玲音の前にワイヤードの「神」を名乗る男、英利（えいり）の幻影が現れ、事件の真相や玲音の正体について語るが、その内容が事実かどうかすら定かではない。</p>

<p>ワイヤードと現実世界と玲音の意識が混濁するうち、玲音は現実世界を自分の都合のいいように改変することを決意する。物語の始めから玲音を気遣い続けてきた友人、ありすに対して、「人格の異なる自分が行った罪をなかったことにする」と玲音は伝えた。そして世界は改変される。ありすだけが元の世界の記憶を保っていた。ありすは岩倉家にいる玲音を訪ねるが、玲音と英利の問答に巻き込まれ、放心してしまう。掛け替えのない友人の心を狂わせてしまったことを悔やんだ玲音は、ある決断を実行する。「記憶なんてただの記録。記録なんて書き換えてしまえばいい」と。</p>

<p>この物語では、『トロン』『ニューロマンサー』『マトリックス』といった SF 作品とは違い、「コンピュータ・ネットワークが現実世界を模倣している」のではなく、「現実世界こそがコンピュータ・ネットワークの模倣である」という可能性が示唆される。コンピュータ・ネットワークの情報が現実世界を侵食し、人々の認識と意識がコンピュータ・ネットワークのように結合される。「人間の記憶は記録に過ぎない」というドグマのもと、コンピュータに保存されたデータを書き換えるように、人々の記憶や歴史が書き換えられる。</p>

<p>演出面においても、作品と視聴者の分断を破り、視聴者を作品世界に接続しようという意図が端々に見られる。客観的な正しさが保証されない作品世界を前にして、視聴者は混乱を来たし、真相を求めて作品に接近せざるを得ない。視聴者が虚実の入り混じった作品世界に接することで、視聴者の玲音に対する認識は頻繁に書き換えられ、視聴者それぞれの「玲音」像が生まれる。あたかも作中内で表明される「玲音は遍在する」というドグマのように。最終話において、玲音は画面上にぼんやりと現れ、視聴者に語りかけるかのように、画面の外側へ自分の居場所と正体を問いかけてくる。その姿を見て、視聴者は玲音と自らが接続されていることを否応無く意識させられる。</p>

<p>本作の奇跡として、玲音を演じた清水香里のことも触れておきたい。清水香里は当時子役あがりの中学生で、玲音の存在感にひどく生々しさを感じさせる。その演技は初め棒読みスレスレに思えるが、実際には彼女は玲音の持つ多面性を演じ分けることに成功している。次回予告では物語の内容の説明はされず、清水香里のフェティッシュな実写映像が流され、本編での無機質な世界観と対比を成している。</p>

<p>1998年は TV アニメの製作現場にコンピュータが導入された端緒期にあたり、コンピュータ・ネットワークの世界という本作の題材もあいまって、CG やデジタル処理された映像が随所に用いられている。制作スタッフにコンピュータ・マニアが多くいたことから、コンピュータ・マニアな視聴者を惹きつける、先進的かつ混沌とした独特な感覚の映像表現が多用されている。</p>

<p>本作は第二回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞を受賞しているが、星雲賞は受賞していない。知名度の低さが災いしたのだろうか。</p>

<p>廉価版 DVD-BOX が現在でも販売されており、入手は容易。海外での人気も根強いようで、YouTube のような動画投稿サイトに本編が丸ごとアップロードされているのを見かける。ただし廉価版 DVD-BOX には次回予告や、「ウェザーブレイク」という画像（本放送時、次の番組が天気予報だったので橋渡し的な意味で放送された）が収録されていない。<br />
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