ゲームの最近のブログ記事

記事執筆現在、TV でアニメが放送されている『うみねこのなく頃に』の原作シリーズ最新作が、『うみねこのなく頃に散 Episode 5 End of the golden witch』。

前作『ひぐらしのなく頃に』シリーズは出題編にあたる全4編が『ひぐらしのなく頃に』、解答編にあたる全4編が『ひぐらしのなく頃に解』という題名でリリースされた。
で、『うみねこのなく頃に』シリーズの場合、第1編から第4編までが『うみねこのなく頃に』で、第5編から『うみねこのなく頃に散』となったようだ。
気をつけたいのは、『散』が解答編とは明言されていないこと。
実際、第4編までの作中で作品の一部の謎について種明かしをやっていることもあって、出題編と解答編の区別が明確ではない。
シリーズが後半に入りましたよ、という作り手側からのメッセージ程度に捉えておけばよさそうだ。

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22 septembre 2009

聖地巡礼 大和国編

8月にふらっと旧大塔村、十津川村、御杖村を訪ねてみた。
国道168号線の「道の駅大塔」の駐車場で一夜を過ごし、夜明け後南下する。
「道の駅大塔」のあたりまでは道路の改良が進んで片側1車線が設けられているが、勾配を下ってダム湖が現れるあたりから、離合に注意が必要な狭隘路になる。
いわゆる酷道という奴だ。
観光名所の「谷瀬の吊橋」は、広い十津川村の北の方に位置している。
観光客用の駐車場は有料。
辺りには自動車の交通整理用の警備員が何人も居たが、その人件費を駐車料金から捻出しているのだろうか。


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17 juin 2009

近況

3週間くらい休みなしだし、毎日午前様だしで生命力を削る日々です。
そんな中、制作に協力していた『うみねこのなく頃に』英訳パッチの episode 4 を含む出題編完全版が翻訳チーム THE WITCH HUNT からリリースされました。
ついに日本語版原作のリリースに追いついたということで、快挙といえましょう。
『ひぐらしのなく頃に』の翻訳チームからも翻訳のセカンドオピニオンの依頼が来ましたが、さすがに全部チェックするのは無理……誰か時間のある人は手伝ってあげてください。

で、原作者を応援するために世界各地の自分が住んでいる町のモニュメントと『うみねこのなく頃に』のパッケージを撮影して原作者に贈ろう、という企画が翻訳チームで行われまして、私も参加しました。
忙しすぎて夜の写真しか撮れませんでしたが。

Worldlegend.jpg (893 KB)

個人的には太陽の塔の方が好きなのですが、撮影する暇もないし、建ってるのは吹田市だしで通天閣を選択。
とりあえず私が判るのは、翻訳主幹 chronotrig さんが Los Angels で、グラフィックと編集担当の Klashikari (クラシュ光)さんが Brussels ということです。

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戦場のヴァルキュリア PLATSTATION 3 the Best
戦場のヴァルキュリア PLATSTATION 3 the Best

2009年の正月は SEGA の PLAYSTATION3 用ゲームソフト『戦場のヴァルキュリア』をプレイして過ごした。

本作は架空のヨーロッパの架空の第二次世界大戦を題材にしており、シミュレーション RPG とリアルタイム3Dアクションを融合させたような構成になっている。

いろいろ説明する前に、先に PV を観た方がわかりやすいと思う。


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先月『ひぐらしのなく頃に』の「鬼隠し編」英訳パッチをプレイしてみたところ、いくつか誤りを見つけたので訳者に連絡した。
現在修正とエンドクレジットロールの翻訳に取り組んでいる模様。
エンドクレジットロールのテストプレイヤーは、私でも読み方がわからない人名がいくつかあるので、訳者は作者の竜騎士07氏に連絡を取って尋ねようとしているみたい。
なお、翻訳の事後承諾を求めるメールを送ったら、多忙な竜騎士07氏に代わって web 担当の BT 氏から応援メッセージを貰ったらしい。
(実際のところ、製作元の 07th Expansion は翻訳も二次創作と見なし、個別の許可は要らないし公認も出さないようだが。)
で、テストプレイヤーの読み方を教えてもらえれば、修正版英訳パッチが出ることになるそうだ。
07th expansion 側も読み方を知らないだろうし、テストプレイヤーの連絡先を教えてくれることはないと思うけど……。

日本人しか読まないであろうこの blog では、ほとんど意味のない情報だなあ。

ちなみに『うみねこのなく頃に』の英訳パッチは、EP4 の三分の一の部分翻訳版が今日か明日あたりリリース予定とのこと。

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YouTube なんかの外国の動画投稿サイトで、日本製のアニメ作品に英語やスペイン語の字幕が付けられたものがよくアップロードされている。
これらは必ずしも公式の外国語版ではない。
有志のファンが勝手に字幕を作成したものもあり、そういうものは「 fansub 」と呼ばれている。
公式の外国語版が発売されていなくても、現地の国家がベルヌ条約や万国著作権条約に加盟していれば fansub の公開流通は違法だと思われるのだが、公式の外国語版が発売されるまでは権利者に黙認されているのが現状らしい。

一方、日本製のノベルゲームを有志のファンが勝手に日本語に翻訳するという試みも存在する。
PC 用のゲームソフトであれば、家庭用ゲームソフトとは違って、日本語版を入手してデータを書き換えれば外国語化できる。
とはいえノベルゲームは翻訳を行うべき分量が多いからだろう、完成に至ったプロジェクトというのは少数派だ。
(ノベルゲームのシナリオのボリュームは少なくとも文庫本二冊か三冊分くらいは覚悟する必要があり、四冊か五冊分くらいあるものも珍しくない。)

そんななか、白眉なのが『うみねこのなく頃に』の英語化プロジェクトだ。
2009年1月現在、日本語の原作は4作目までリリースされているが、英語版は3作目まで翻訳が完了している。
英語化プロジェクトチームは作品にちなんで「 THE WITCH HUNT 」(魔女狩り)と名乗っているが、実は EP4 本編で、劇中の謎に挑む海外のオカルト・マニアが「ウィッチハンター」を自称しているという描写がある。
英語化プロジェクトチームが原作者から受け取ったというメールによると、原作者から彼らに対するリスペクトなのだという。
(メールは彼らのウェブサイト「 Witch Hunt Translation Project 」に掲載されている。)
無断翻訳を咎めることなく、賞賛して自作のネタに取り込むとは、同人ソフト製作者ならではの対応だ。

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サスペンスとミステリーとファンタジーがごちゃまぜの論戦を扱ったサウンドノベル『うみねこのなく頃に』シリーズも早4作目。
売り文句が正しければ、今作で出題編が終了ということになる。
『 EP4 Alliance of the golden witch 』には『ひぐらしのなく頃に』同様EP1からEP3までが同梱されていて、「出題編が終わったら買おう」という人が多かったのか、各地で売り切れになっていたらしい。
大阪日本橋の店舗では、委託発売開始日(12月30日頃)に行ったら行列もなく在庫もいっぱいあったのだが……。
ちなみに今回はパッケージが 07th expansion の作品では初めてトールケース( DVD のケースで一般的なもの )になっていて、パッケージのイラストも竜騎士07ではなく江草天仁が手がけているなど大きく刷新されている。
お値段も2625円と少々高くなっているが、4話収録で読破に30時間から40時間くらいかかるし、文庫4冊分程度のボリュームであることを考えれば悪くない。

EP4 では、従来描かれてきた1986年の孤島での富豪一族連続殺人に加えて、現場に居合わせず難を逃れた主人公の妹の1986年以降(主に1998年)の視点から数多く描写がなされている。

以下、ネタバレ注意。

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以下は『トラスティベル ~ショパンの夢~』のストーリー解釈。
やたらと抽象的なストーリーなので整理してみた。
結末のネタバレなので注意。
検証したり台詞を引用するために再プレイするのは面倒なので、記憶と Wikipedia に載っていた粗筋を基に、無責任に書いています。
誤解、曲解が含まれていたら皆々様の夢の中で修正を。

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トラスティベル ~ショパンの夢~ トラスティベル ~ショパンの夢~ Xbox 360 プラチナコレクション

Xbox 360 初のアニメ調 3D RPG、ということでヒットを見込んで大量に仕入れたら、大量に売れ残ってしまったのだろうか。2007年6月の発売から3ヵ月後、Amazon.co.jp にて半値以下で投売りされていた哀れなゲームソフトが、この『トラスティベル ~ショパンの夢~』である。ちなみに現在(2008年11月)の Amazon.co.jp での売値は普通の価格に戻っている。

発売元はバンダイナムコゲームスだが、制作はトライクレッシェンド。トライクレッシェンドは元々コンピュータ・ゲーム中の音楽制作の下請けを主に手がけてきた会社で、本作は初の自社作品だという。音楽制作会社らしく、本作では音楽をモチーフにした物語が展開される。

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CROSS CHANNEL クロスチャンネル ~To all people~ 通常版

ノベル型アドベンチャーゲーム『 CROSS†CHANNEL 』を自己言及的メタフィクションとして解釈してみる。
ネタバレなので、プレイしていない人は読まない方がいいかもしれません。

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雑誌連載版『 serial experiments lain 』

lain‐安倍吉俊画集 yoshitoshi ABe lain illustrations

アニメ雑誌の「 AX 」にTV アニメの放送に先駆けて1998年の3月から連載が始まり、同年11月に連載が終了した企画。キャラクター原案や『 lain 』各商品のパッケージイラストを手がけたイラストレーター安倍吉俊がイラストを担当し、アニメ版の脚本家小中千昭がテキストを担当。アニメ版の世界観を伝えると共に、PS 版との橋渡し的な意図も込められている。

安倍吉俊のイラストは精密な描写とアニメチックでない重厚な色彩感覚が素晴らしい。私の個人的なお気に入りは、アニメ版本編で描写が簡略化された紅茶のシーン。最終回で孤独になった玲音が、幻想の中で父の幻影(=神?)に紅茶とマドレーヌを振舞われ、その優しさに嬉し涙を流し、現実世界への愛情を見出す。記憶を巡る物語である Marcel Proust の『 A la recherche du temps perdu 』に対するベタベタなオマージュである。

1998年に出版された公式画集『 an omnipresence in wired 』と2005年に出版されたその復刻版『 yoshitoshi ABe lain illustrations 』に収録されている。

安倍吉俊の絵に魅せられたなら、彼自身が原作・キャラクターデザイン・脚本を務めたアニメーション作品『灰羽連盟』(2002年)をオススメする。2007年に廉価版 DVD-BOX が発売されて、入手しやすくなった。生と死の狭間の世界に、人でも天使でもない「灰羽」という存在として生まれ変わった少女たち。そんな彼女たちの出会いと別れを描いた、珠玉の物語だ。

灰羽連盟 TV-BOX

10年経って

この10年でも PC やネットワークの構造、ユーザーインターフェースなんかは根本的な変化がないので、10年前の作品といっても SF 描写に古びた感じが全然しない。目に付くのは CRT モニタやアクセラの設定(ベース・クロックが 100MHz )くらいのものだ。逆に、小中学生が電子メールやネットワークゲームを日常的に利用しているという設定は、1998年当時としては新鮮味があっただろうが、現在では SF ではない日常の風景と化している。CG の活用も、現在の製作環境では物珍しくない。

作風でいうと、アニメの世界では虚実の境界を曖昧に、という点やメタフィクション的演出では今敏の仕事が思い浮かぶ。コンピュータ・ネットワークに宿る幻想をモチーフにしている物語だと、PC ゲームの『最果てのイマ』あたりだろうか(未プレイなので噂話程度にしか知らない)。

PS 版『 lain 』と同様のシステムを持ったゲーム作品は聞かない。サスペンスやホラーといったジャンルには親和性の高いシステムだと思うが、ゲーム性が低い上にマルチエンディングによるボリュームの増大ができないので追随できないのかもしれない。ノベル型作品だが、『ひぐらしのなく頃に』の TIPS システムや「カケラつむぎ」のように、情報の断片化と統合という面で演出の一環として補助的に使用している例はある。

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PS 版『 serial experiments lain 』

serial experiments lain

TV アニメ版『 serial experiments lain 』の首都圏での放送が終了した1998年11月、プレイステーション( PS )用ゲームソフト『 serial experiments lain 』が発売された。ただしゲーム版の企画・シナリオにも参加している小中千昭によれば、PS 版の製作は TV アニメ版よりも先行して着手されており、TV アニメ版が製作されるかどうかは確定的でなかったという。

TV アニメ版とゲーム版で題名は同じ。岩倉玲音という名の少女が登場し、彼女を清水香里が演じているのも同じだが、玲音以外の TV アニメ版の登場人物はほとんど登場しない。一つのシークエンスとして明確に描写される物語も存在しない。

そもそもこの作品がゲームソフトなのか、という疑義も存在する。インタラクティブ・コンテンツと言うべきかもしれないが、ノベル型アドベンチャーゲームがゲームと呼べるなら、この作品もゲームなのだろう。版元のパイオニア LDC は本作のジャンルを「アタッチメント・ソフトウェア」と称しており、同種の名称が冠されたソフトウェア作品に同社の『 Noël 』シリーズがある(但しゲームシステムもテーマもかなり異なる)。

プレイヤーが自分の名前を入力してゲームを始めると、縦の円筒状の空間に、数百個のデータの断片が配置されている。プレイヤーが架空のオペレーション・システムを操って、コンピュータ・ネットワーク上のデータを再生(プレイ)する、という設定だ。データの再生の順序は任意だが、特定のデータが再生済みでないと再生できなかったり、本作を結末まで何度かプレイしないと再生できなかったりする。プレイ状況次第で新たに出現するデータもある。説明書によれば、円柱の下層ほど過去に近く、上層ほど現在に近いデータであるとされている(しかしそれが正しいかどうかは保証の限りではない)。何も操作せずに放置していると再生されるデータというものも20種類ほど存在する(これがまた、トラウマになりそうなほど不気味だ)。

それらのデータの内容とは、主に次のようなものである。

  • 女子小学生(のち中学生)である岩倉玲音の日記(音声のみ)
  • 研究所の新人女性研究員で精神科医である米良柊子の日記(音声のみ)
  • 玲音と柊子のカウンセリングにおける会話(音声のみ)
  • カウンセリング結果レポート(音声のみ)
  • アニメーション動画(TV アニメ版とは内容や画風が異なる)

その他、システムのアップデートプログラム、柊子と玲音の友人の会話(音声のみ)や警察の捜査記録(音声のみ)、記者会見の記録(音声のみ)といったものがある。

プレイヤーがゲーム内でできるのは、セーブやゲームの終了といったメタ操作を除けば、データの断片を再生していくこと、ただそれだけ。自ずと作品の全体像の把握が目標となるだろう。

上記でしつこく「音声のみ」と書いているように、この作品では一般的なアドベンチャーゲームとは違って会話や叙述は文章として表示されることがない。プレイヤーが内容を理解しようと思えば、音声をスキップすることなく耳を傾けざるを得ない。

だが、プレイヤーが内容を理解しようとデータの断片を記憶・整理・再生すればするほど、細部が明瞭になっていくのに反して全体像が曖昧になっていく。当初はプレイヤーはこう思うはずだ――幻覚・幻聴に悩む内気な少女が、何かの研究所でカウンセリング療法を受けている、と。しかし少女はハッキングと精神医学の知識をメキメキと身につけ、逆にカウンセラーの精神はどんどん脆くなっていく。カウンセリング結果レポートは二人の音声が交錯するようになり、カウンセラーが少女の治療を行っているのか、少女がカウンセラーの治療を行っているのか判然としなくなる。二人の日記の記述と会話の内容に矛盾が生じ始め、虚実が入り混じる。二人の日記に登場する人物は果たして実在したのか? アニメ版と同様に、客観的な正しさは存在しない。あらゆる結論はプレイヤーに委ねられている。

特定のデータを再生すると、再生したことのあるアニメ動画が1本に連結されて再生される。そして玲音の最後の行動を記録したアニメ動画が続き、本作は一応の結末を迎える。条件が満たされていれば、画面に玲音の顔が浮かび上がり、プレイヤーの名前を呼んで語りかけてくる。その言葉と、アニメ動画での玲音の行動を重ね合わせれば、こう考えることができるだろう――玲音はプレイヤーの脳内にダウンロードされ、プレイヤーの記憶として存在し続けるのだと。「記憶とは記録に過ぎず、自我とは記録されたデータの集積の一側面に過ぎない」という論理がそこにはある。データとしてフラット化した玲音は、もはや物事の虚実や自我の同一性・単一性に悩まされることがない。

重要なのは、アニメを視聴する場合とは違って、ゲームでは「プレイヤーによる操作」という能動的かつ積極的な行動が求められていることである。だからこそ、プレイヤーはより作品世界に接近し、境界を侵犯し、作品世界に結合する。あたかも、神秘主義の宗教のように。プレイヤーの精神の安定は揺さぶられ、単調な BGM がそれを加速させる。それゆえに「精神を病むゲーム」とも称される。

本作に物語があるのだとすれば、それはプレイヤーが参画し、データの断片からプレイヤー自身の意識の中に作り上げた物語だ。物語の主人公は玲音ではなく、プレイヤー自身である。小説でも映画でも表現できない、コンピュータ・ソフトウェアでのみ実現できる物語だ。

残念なことに、本作は TV アニメ版とは違ってもはや中古市場でしか流通していない。私が何年も前に入手したときは、5800円の新品定価に対し、中古ソフト店で8000円程度の価格がつけられていたと思うが、今や概ね1万円から2万円程度の範囲内で取引されているようだ。版元がゲームソフト事業から撤退しているのと、CERO による倫理審査前に発売された作品で現在の倫理審査をパスできるのか不明瞭なことから、PlayStationStore によるダウンロード販売も望み薄である。

ロシアの『 lain 』ファンサイトに CD-ROM のイメージファイルらしきものがアップロードされているようだが、権利者の許諾を得ているかどうかは極めて怪しい。なお、正規にイメージ化した ROM は PS エミュレータ「 ePSXe 」では動作させることができなかったが、「 XEBRA 」では動作した。本作の動画・音声データはデータ形式が特殊らしく、「 PSxMC 」では未だにリッピングできない。

参考リンク

[game]PS版 serial experiments lain
http://materia.jp/blog/20051107.html#p02
悪夢のダウンロード~「serial experiments lain」がプレイヤーに与えるもの
http://homepage1.nifty.com/sawaduki/game/sawa/lain.html

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そういえば、『 serial experiments lain 』が世に出てから今年は10周年にあたる。

『 serial experiments lain 』とは何かというと、TV アニメ・ゲームソフト・雑誌連載を連動させたメディアミックス企画で、その名の通り「連続」( serial )的で「実験」( experiments )的な作品だ。

その内容を敢えてジャンル分けするなら、近未来 SF とサイコサスペンスとファンタジーの混合物とでも言おうか。

作中に登場する企業ロゴをこのサイトのアイコンに使わせてもらってるほど好きな作品で、DVD (北米版を含む)や音楽 CD 、公式画集やシナリオ本といった関連商品を買いあさったものだ。10周年という節目に語ることは私にとって最低限の義務かもしれない。

『 lain 』のテキストや脚本を手がけた小中千昭によると、企画が動き出したのは1996年の末頃のこと。その前年には阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件が起き、TV アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の放送が始まった。1996年は『エヴァンゲリオン』の放送が終了し、マスコミを巻き込んで「エヴァ・ブーム」が起ころうとしていた。閉塞的な雰囲気が漂っていた社会状況で生まれたそれらの事件から、精神世界への関心が高まりを見せていた。その一方で、携帯電話、 PC、Internet 、マルチメディアゲーム機といった情報機器が急速に普及し始めていた。そんな時代だからこそ『 lain 』の企画が生まれ、商業展開に至ったと思われる。

情報技術の発達に伴う社会と個人のボーダーレス化、経済のグローバル化という時代の変化をなぞるように、あるいは変化を予告するかのように、『 lain 』は「境界の破壊と結合」という実験を行った。

TV アニメ『 serial experiments lain 』

serial experiments lain TV-BOX

TV アニメ版の『 serial experiments lain 』は1998年の夏から秋にかけて深夜に放送された(私の住んでいた大阪では放送が翌年にずれ込んでいたと思う)。

1998年というのは、『エヴァンゲリオン』のヒットを受けてアニメブームが起き、 TV アニメ作品のビジネスモデルが大きく変わり始めた年だ。ロボットアニメや魔女っ子アニメのように、おもちゃ会社が作品に関連して制作するおもちゃの売上げによってアニメ作品の製作資金を回収するのではなく、作品を収録したビデオテープや DVD の売上げを中心としてアニメ作品の製作資金を回収する。それと併せて作品のマンガ化やゲーム化、グッズ化を進め利益を得る。マンガ作品やゲーム作品がアニメ制作の出発点であることも多い。そのために放送権料が安い深夜の時間帯にアニメ作品を TV 放送し、一連のコンテンツを宣伝するのだ。深夜放送ゆえの表現規制の緩さもあいまって、性表現、暴力表現、難解な物語性、難解な映像表現などを有したマニア向けの作品が多く作られるようになる。同時に、マンガ作品のアニメ化が安易に展開され、アニメ作品の粗製濫造が進んでいく。TV アニメ版の『 lain 』は、現在に至るまで続くその流れの初期に生まれた作品である。

物語の舞台は、コンピュータ・ネットワークによる情報流通が発達した近未来の東京。しかし現代の東京と比べても大して変わりはない。自動車が空を飛ぶこともないし、人間そっくりのロボットが現れることもない。この作品の世界では、コンピュータ・ネットワークは「インターネット」ではなく「ワイヤード」と呼ばれ、ネットワーク端末は「パソコン」でも「ケータイ」でもなく「 NAVI 」(ナビ)と呼ばれている。

主人公は岩倉玲音(いわくら れいん)という名の私立中学2年生の少女。年齢に反して子供っぽく、内気な性格をしている。人間関係が乏しく、ほとんど友人がいない。そんな彼女と同じ学年で顔見知りの少女、千砂(ちさ)が飛び降り自殺を遂げるところから物語は始まる。死んだはずの千砂から学校の生徒に電子メールが届き始め、ついに玲音の下にも届く。そのメールの内容は、「自分は肉体を捨てただけで生きている。ここには神様がいる」というものだった。関心を抱いた玲音は、父親に新しい NAVI をせがむ。時を同じくして、玲音は日常生活の中で幻聴や幻覚を体験し始める。

玲音の友人たちは、遊びに出かけた渋谷のクラブ「サイベリア」で、玲音に似ているが性格がまるで違う人物を目撃したと玲音に語る。友人たちにサイベリアに呼び出された玲音は、ドラッグを摂取した少年による銃撃事件に遭遇する。少年は玲音の姿を見て怯え出し、「何故自分にこんなことをさせるのか。ワイヤードはリアル・ワールドに干渉してはならない」と玲音に向かって叫ぶ。玲音は突然人格が豹変し、「どこにいたって、人は繋がっているのよ」と言い放つ。その直後、少年は銃で自殺を遂げる。

警察に保護される玲音だったが、家族の反応は奇妙なものであった。父親に与えられた最新型の NAVI を使い、玲音はワイヤードへのアクセスを深めていく。何者かから NAVI の性能を飛躍的に向上させる部品を与えられ、NAVI を改造してワイヤードを縦横無尽に巡る。ワイヤード内での玲音は、内気な少女ではなくサイベリアの玲音のように攻撃的な性格をしている。

一方、世間ではネットワークゲームのプレイ経験がある少年が少女に追われて自殺したり、追いかけてきた少女を殺害したりする事件が起こっていた。玲音の姉、美香(みか)は自動車が往来する渋谷の路上に立ち尽くす玲音の姿や、街頭の TV 画面に玲音の顔が現れるのを目撃する。玲音は雲間から現れた玲音の幻影を崇める子供たちの姿を目撃する。岩倉家の前には謎の黒服の男たちが現れ、玲音の監視を始めている。美香の前に「預言を実行せよ」というメッセージが現れ、時制の異なる二人の美香が邂逅し、美香は自我を失う。数々の事件には、謎のハッカー集団「ナイツ」の関与がほのめかされる。部屋いっぱいに改造と拡張を重ねた NAVI で玲音はワイヤードにアクセスし、事件の真相を追う。

物語の時制は曖昧になり、一人の人間としての玲音の同一性も曖昧になっていく。画面に現れる映像は現実なのか、玲音の精神世界なのか、ワイヤード内の仮想現実なのか。新たに人格の異なる玲音が現れ、友人たちや学校の生徒たちが抱える秘密をワイヤードに暴露したことで玲音は孤立する。玲音の家族はその虚構性を露わにして崩壊する。玲音の前にワイヤードの「神」を名乗る男、英利(えいり)の幻影が現れ、事件の真相や玲音の正体について語るが、その内容が事実かどうかすら定かではない。

ワイヤードと現実世界と玲音の意識が混濁するうち、玲音は現実世界を自分の都合のいいように改変することを決意する。物語の始めから玲音を気遣い続けてきた友人、ありすに対して、「人格の異なる自分が行った罪をなかったことにする」と玲音は伝えた。そして世界は改変される。ありすだけが元の世界の記憶を保っていた。ありすは岩倉家にいる玲音を訪ねるが、玲音と英利の問答に巻き込まれ、放心してしまう。掛け替えのない友人の心を狂わせてしまったことを悔やんだ玲音は、ある決断を実行する。「記憶なんてただの記録。記録なんて書き換えてしまえばいい」と。

この物語では、『トロン』『ニューロマンサー』『マトリックス』といった SF 作品とは違い、「コンピュータ・ネットワークが現実世界を模倣している」のではなく、「現実世界こそがコンピュータ・ネットワークの模倣である」という可能性が示唆される。コンピュータ・ネットワークの情報が現実世界を侵食し、人々の認識と意識がコンピュータ・ネットワークのように結合される。「人間の記憶は記録に過ぎない」というドグマのもと、コンピュータに保存されたデータを書き換えるように、人々の記憶や歴史が書き換えられる。

演出面においても、作品と視聴者の分断を破り、視聴者を作品世界に接続しようという意図が端々に見られる。客観的な正しさが保証されない作品世界を前にして、視聴者は混乱を来たし、真相を求めて作品に接近せざるを得ない。視聴者が虚実の入り混じった作品世界に接することで、視聴者の玲音に対する認識は頻繁に書き換えられ、視聴者それぞれの「玲音」像が生まれる。あたかも作中内で表明される「玲音は遍在する」というドグマのように。最終話において、玲音は画面上にぼんやりと現れ、視聴者に語りかけるかのように、画面の外側へ自分の居場所と正体を問いかけてくる。その姿を見て、視聴者は玲音と自らが接続されていることを否応無く意識させられる。

本作の奇跡として、玲音を演じた清水香里のことも触れておきたい。清水香里は当時子役あがりの中学生で、玲音の存在感にひどく生々しさを感じさせる。その演技は初め棒読みスレスレに思えるが、実際には彼女は玲音の持つ多面性を演じ分けることに成功している。次回予告では物語の内容の説明はされず、清水香里のフェティッシュな実写映像が流され、本編での無機質な世界観と対比を成している。

1998年は TV アニメの製作現場にコンピュータが導入された端緒期にあたり、コンピュータ・ネットワークの世界という本作の題材もあいまって、CG やデジタル処理された映像が随所に用いられている。制作スタッフにコンピュータ・マニアが多くいたことから、コンピュータ・マニアな視聴者を惹きつける、先進的かつ混沌とした独特な感覚の映像表現が多用されている。

本作は第二回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞を受賞しているが、星雲賞は受賞していない。知名度の低さが災いしたのだろうか。

廉価版 DVD-BOX が現在でも販売されており、入手は容易。海外での人気も根強いようで、YouTube のような動画投稿サイトに本編が丸ごとアップロードされているのを見かける。ただし廉価版 DVD-BOX には次回予告や、「ウェザーブレイク」という画像(本放送時、次の番組が天気予報だったので橋渡し的な意味で放送された)が収録されていない。

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『 Memories Off #5 とぎれたフィルム 』の web での評価を探ってみると、評価が低くて意外だった。もちろん個々人の嗜好が作用して評価にバラつきが出るのはもっともなのだが、それにしても評価が低すぎないかと思う。

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SuperLite2000恋愛アドベンチャー Memories Off #5 とぎれたフィルム メモリーズオフ#5 とぎれたフィルム [恋愛ゲームセレクション]

過去に交際していた女性や現在交際している女性への未練が原因で、主人公がウジウジと悩むストーリーが特徴的なノベル型アドベンチャーゲーム「 Memories Off 」シリーズ。
その5作目が『 Memories Off #5 とぎれたフィルム 』。
2005年の作品である。
主人公の初期状態が、「彼女と死別」→「彼女はいるが関係が冷え気味」→「過去に理由も判らず彼女と別れた」→「突然彼女から別れを告げられる」という順番で進んできたこのシリーズ。
今度は「主人公が交際中の女性に別れを切り出す」パターンかと思いきや、違った。
なんと今作の主人公は、過去でも現在でも女性と交際しておらず、女性への未練で悩まない!
このシリーズでは画期的なパターンだ。
でも、やはり「 Memories Off 」の冠を頂いた作品だけあって、主人公はウジウジと悩む。
では何が原因で悩むのかというと、「過去の男」なのである。
もちろん、主人公が同性愛者だという意味ではない。

今作の主人公は大学生の青年、春人。
大学に入学した彼は、高校時代に映画制作を行っていた仲間たち3人とともに映画制作サークルを作る。
しかしその直後、彼の親友でありライバルであり、仲間たちのリーダーだった男、雄介が不審死を遂げてしまう。
死の直前、雄介は執筆中の脚本の主演女優にうってつけの人物が映っているとして、春人に「ファム・ファタル」と題されたビデオテープを渡していた。
そのテープには、雄介に対して殺人予告をする少女の姿が映っていた。
雄介の死後、ショックを受けたサークルのメンバーたちは映画制作をやめ、サークル部屋で馴れ合う日々を送っていた。
しかし春人が2回生を迎え一人暮らしを始めた春、サークルのメンバーたちの前に一人の女が現れる。
「ファム・ファタル」の少女、麻尋だった。
彼女はメンバーに対し、雄介の遺した脚本で映画を作ろうと持ちかける。
しかし彼女は雄介の死に関わっているため、メンバーは映画制作を拒否する。
この出来事をきっかけとして、春人の運命は大きく動き出すことになる。

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恋愛アドベンチャーゲームの『 Memories Off 』シリーズの物語は単純なボーイ・ミーツ・ガールではなく、大抵は心に傷のあるヒロインを主人公が救済することで主人公とヒロインが恋人同士になります。厄介なことに主人公は元彼女や交際中の彼女に未練があるものだから、恋人関係の成立までには話がどんどんこじれます。

話を盛り上げるための設定とはいえ、そのヒロインたちに課せられた不幸な身の上とは?
下記をご覧ください(順不同ネタバレ)。関係者が死にすぎですね。
そもそもダメ男に恋をしてしまうこと自体も不幸ではあります。主人公さえまともなら、修羅場で傷の上塗りをせずに済むのに。

主人公が救わなかった場合、ヒロインたちの未来は暗いです。主人公が救うと言っても、主人公の判断がまずく結果オーライなことも多々あります。主人公のハッピー・エンドが、他のヒロインの心を傷つけていることも多々あります。ダメな主人公より脇役の男たちの方が遥かに性格的に男前なので、それがプレイヤーにとっての救いです。

時に腹黒いヒロインと、優柔不断で悩み続けるために事態を悪化させるダメ主人公が織り成す泥沼ワールドに興味のある方は『 Memories Off 』シリーズをどうぞ。
主人公のダメっぷりにストレスが溜まるので、甘いラブストーリーや主人公の成長物語でストレスを解消したい方には不向きです。

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「日曜洋画劇場」の淀川長治のパロディ作品。
関西訛りが出ていないのが惜しい。

確かに彼の言ってることに間違いはないけど、『家族計画』の本筋は人間の陰陽が炙り出されるヒューマン・ドラマですから誤解なきよう。
ロリコンは病気です!

ニコニコ動画には『 CROSS†CHANNEL』版や『 ToHeart2 Xrated 』版も公開されています。


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単純に私が世間知らずなだけなんでしょうが。
ふと調べてみると、意外にも日本のノベル型ゲームは英訳されていることが判った。

例えば、『加奈 ~いもうと~』。
英語版の題名は『 Kana: Little Sister 』。
原作が発売されてから3年後の2002年の発売ということなので、。
ゲームサイト「 Moby Games 」のユーザーレビューには、賛辞が連ねられている。
英語圏の人々にも感動が伝わってるのが微笑ましい。

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『果てしなく青い、この空の下で…。』は2000年に発売された成人向けノベル型アドベンチャーゲーム。
メーカーの Web サイトで見たとき、タイトルといいキャラクターデザインといい、雰囲気のよさそうな作品だな、消えていく田舎を舞台にした叙情的恋愛ものかな、と思っていたのだが、実際は違うのだという。
なるほど、プレイしてみたらいい意味で裏切られる隠れた良作だった。


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衝動的に『 Remember11 -the age of infinity- 』の時系列一覧表を作成してみました。
考察の参考になるかもしれません。
記述はグッドエンド編を基にしています。
展開されるデータは MS-Excel 形式です。
一瞬でも見ると重大なネタバレになるので、プレイしていない人は見ない方がいいです。

http://meta-metaphysica.net/etc/remember11.lzh

作っている途中で頭が混乱したので、間違いがあるかもしれません。

再プレイして思ったのですが、実に緻密に作られたシナリオですね。
残された謎を全て説明してくれるエピソードが存在しないのが悔やまれます。

アイツとは何か、セルフとは何か。
計画の目的は何か。
ゆにが錯乱するのは何故か。
悟はオーストラリアに行って何をしようとしていたのか。
沙也香が動機にどう絡んでいるのか。
「私は、確かに『籠女』だったのだ」という独白の意味は何か。
探偵小説で、犯人も犯行手段も明かされたのに犯人の動機と目的が伏されて終わるようなもどかしさ。
結末からどんでん返しを作るとしたら、「沙也香=こころ」だとか「こころが双子を妊娠した」だとかが面白いと思うんですが、どうでしょうか。

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車輪の国、向日葵の少女 通常版

供給過多なため決して景気がいいとは言えないアダルトゲーム業界で、2005年に設立された新興ゲームメーカー、あかべぇそふとつぅ。
馴染みのない珍奇な名前なのでずっと「あがぺぇそふとつぅ」だと思っていたら、ごく最近になって「 AKABEISOFT2 」だということに気づいた。
『車輪の国、向日葵の少女』はそのあかべぇそふとつぅが2005年に発売した、ノベル型アドベンチャーゲームである。

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23 octobre 2008

『 CLANNAD 』

電撃ドットコムに掲載された「感動して泣いてしまったゲームはありますか?」という記事。
アンケート結果によると、

1位 PS2 『ファイナルファンタジーX』
2位 Xbox 360他 『 CLANNAD (クラナド)』●
3位 PSP 『クライシス コア -ファイナルファンタジーVII-』
4位 PS2 『 METAL GEAR SOLID3 SNAKE EATER 』
5位 PSP 他 『 Kanon 』●
6位 PS2 『テイルズ オブ ジ アビス』
7位 PSP 他 『 AIR 』●
8位 DS 他 『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』
9位 PS 他 『ファイナルファンタジーVII』
10位 PC 『リトルバスターズ!』

『家族計画』( PC、PS2 )が入ってねえ!
売上げが振るわない作品はどうしても不利になるなあ。
ちなみに 2ch BBS でのアダルトゲームのファンによる投票では『家族計画』が1位。
私の中でもアダルトゲームかどうかは抜きにして『家族計画』が1位。

●印は、私がプレイしたことのあるタイトル。
『 Kanon 』は必然性のない奇跡が起きてヒロインが救われるという学園ものストーリーで、あまり高く評価できない。
ヒロインが幼児的で天然ボケ系が多いというのも、少女の無垢性を志向する人にはいいのだろうけど私にはイマイチ。
一人だけ、「鶴の恩返し」の様式によって必然性を保証されたシナリオ進行をとるヒロインがいたのは気に入っているものの、作中では異端。
『 AIR 』は『 Kanon 』に次いでソフトメーカー Key が製作した作品。
「不治の病」ものの様式に壮大なファンタジーを組み合わせて、「ヒロインとの恋愛=勝利」とはしなかったのが良かった。
ノスタルジーを誘う雰囲気もお気に入りだ。
切ないクライマックスシーンは設定されているけど、ゲームには珍しく悲劇。
プレイ当時は感動するとか泣くとかいうより呆然としてしまった。
ヒロインが幼稚で天然ボケ系が多いのは相変わらず。

CLANNAD FULL VOICE CLANNAD -クラナド-

で、『 CLANNAD 』である。
『 AIR 』に次いで Key が製作した恋愛アドベンチャーゲーム第3作目。
アダルトゲームの流通ルートで発売するためだけに取って付けたような濡れ場シーンはもはやなくなっていて、「エロゲー」ではない。
確か中古で買ってから1年か2年か放置していて、私がプレイしたのは調べてみたら2007年4月だった。

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あれこれ論評できるほどゲームをプレイしているわけではないけど、プレイした経験のある作品のうち、シナリオに秀でた部分がある(完璧ではなくても)ものを独断と偏見で列挙してみる。

哲学部門

『 Prismaticallization 』( PS、PS3、PSP )

避暑地のペンションに集った少年少女たち。
彼らは気づかないまま、同じ1日を繰り返している。
プレイヤーはただ一つの介入手段によって物語のループからの脱出を目指す。
キャラクターデザインは恋愛アドベンチャーゲーム的だが恋愛要素は少なく、衒学趣味に富んだシナリオ。
PS3 版と PSP 版は PlaystationStore によるダウンロード販売。

SF ミステリー部門

『 Never7 -the end of infinty-』( PS2、Windows )
SuperLite 2000 恋愛アドベンチャー Never7 -the end of infinity- 恋愛ゲームセレクション NEVER7 Never7 -the end of infinity-  [恋愛ゲームセレクション]

当初は『 infinity 』というタイトルで発売されたシリーズ第1弾。
一週間のゼミ合宿のため南海の孤島に集った大学生たち。
合宿初日に主人公は目の前で大切な女性が亡くなる夢を見る。
合宿6日目に夢は現実となるが、主人公とそのヒロインの意識は合宿初日にタイムスリップする。
果たして主人公は悲劇を避け、ループから脱出することができるのか。
恋愛要素が強い作品。

『 Ever17 -the out of infinity-』( PS2、Windows )
恋愛ゲームセレクション EVER17 Ever17 -the out of infinity-  [恋愛ゲームセレクション]

「 infinity 」シリーズ第2弾。
2017年、海洋テーマパークで事故が発生し、少年少女たちが海中の施設に閉じ込められる。
水圧による施設の崩壊が進む中、彼らは生き残れるのか。
各ヒロインのシナリオを全てクリアすることで最終シナリオの封印が解かれる。
アドベンチャーゲームで用いられる仕様を利用した前代未聞のギミック。
伏線が次々と回収されていき謎が明らかになる怒涛の展開はアドベンチャーゲーム史上最高のエンターテインメント。

『 Remember11 -the age of infinity-』( PS2、Windows )
Remember11 -the age of infinity-通常版 Remember11 -the age of infinity-  [恋愛ゲームセレクション]

「 infinity 」シリーズ第3弾。
2011年、特殊な精神医療施設「スフィア」に向かっていた女子大生の乗った飛行機が冬の山中に墜落。
意識を取り戻した彼女は「スフィア」にいる青年の肉体に精神が宿っていた。
一方、「スフィア」にいた青年は謎の影に追われ時計台から転落。
意識を取り戻した彼は、航空事故の生存者が逃げ延びた山小屋にいる女子大生の肉体に精神が宿っているうえに記憶を失っていた。
時間の経過と共に、女子大生と青年は精神交換を繰り返す。
女子大生は雪山で生き延びられるのか、青年は記憶を取り戻せるのか。
そして精神交換現象の原因は何なのか。
遠く離れた「スフィア」と山小屋に同じ少年が居るのは何故か。
「恋愛ゲームセレクション」で再販されたが恋愛要素はなく、真相が明らかになっても後味の悪い結末を迎える難解な作品。

幻想文学部門

『 ONE ~輝く季節へ~』( Windows 18禁、PS )
ONE ~輝く季節へ~ Vista動作確認版

1998年に発売され、「泣きゲー」というジャンルを開拓したとされる古典的作品。
コミカルな学園生活を送りヒロインと親しくなっていく主人公だが、その日常は突如崩壊する。
シンプルであるがゆえに奥が深く、文芸評論の文脈で語られることもあるジュブナイル・ファンタジー。

『腐り姫 ~ euthanasia ~』( Windows 18禁)
腐り姫

父と妹が謎の死を遂げる中、生き延びた青年は記憶を失っていた。
寂れた故郷の町に療養のため帰った青年は、妹に瓜二つの不思議な少女と出会う。
青年を取り巻く家族や知人たちは何か主人公に隠している様子。
少女はそんな彼女たちの心の闇に入り込んで心身を崩壊させ、世界は赤い雪に覆われる。
世界が死を迎えるまでの4日間を繰り返すうち、主人公が取り戻す記憶とは……。
伝奇的な雰囲気の中、粘着的な性描写や近親相姦の背徳を通じて狂気と情念が描かれる。
パッケージ販売は終了しており、ダウンロード販売で安価に入手可能。

『 Forest 』( Windows 18禁)
Forest

『不思議の国のアリス』や『ナルニア国ものがたり』、『ピーター・パン』など、イギリスの様々な古典的ファンタジー作品からの引用に彩られた異世界の新宿。
そこに呼び寄せられた若い男女たち。
新宿を覆う森「ガーデン」から彼らに繰り出される生死を賭けたゲーム「リドル」。
彼らはファンタジー作品の登場人物たちに時に翻弄され、時に力を借りながら「ガーデン」に立ち向かう。
「物語とは何か」という視点から描かれたメタフィクション的作品で、少女に物語を語る形で場面が展開する。
画面に表示されるメッセージと異なるボイスオーバーや、ミュージカルのような登場人物の掛け合いなど、実験的演出に溢れた作品。
混沌とした世界観が魅力的。
「アダルトゲーム」「ノベルゲーム」に抱きがちな固定観念を打ち破る異色作だ。
パッケージ販売は終了しており、ダウンロード販売で安価に入手可能。

『 AIR 』( Windows 18禁、PS2、DC、PSP )
AIR ~Standard Edition~ AIR ベスト版 AIR


超能力で人形を踊らせる旅芸人の青年がたどり着いた田舎の港町。
そこで出会った不思議な少女たちに、いつしか彼は惹かれていくが……。
「母と子」をテーマに、1000年に及ぶ壮大な因縁が課せられた少女と青年の悲劇的運命を描く。
アダルトゲームとしては記録的な売上げを遂げるとともに、暗示的なラストシーンは様々な議論を呼んだ。
TV アニメーション版やアニメーション映画版もある。

泣ける部門

『家族計画』( Windows 18禁、PS2 )
家族計画 家族計画 ~追憶~ 家族計画~心の絆~

身寄りがなく社会から爪弾きにされた七人の男女たち。
ひょんなことから集った彼らは、相互扶助のため擬似家族を作り共同生活を送ることになる。
しかし家族や人間関係に対してそれぞれがトラウマを抱えており、しばしばイザコザが起こる。
過去の経験から家族というものを嫌悪し、人を信用しないで生きてきた主人公。
メンバーの仲裁役を意図せずに務めているうち、その頑なな心が少しずつ変わっていくが……。
面白おかしいギャグが繰り出される一方で、児童虐待という重い題材を取り込みつつ、家族や人間同士の絆の意義を問う作品。
『ホームレス中学生』の元祖ともいえる末娘役の少女の悲惨な境遇と素直さ、いじらしさに、数多くの男たちが「ロリコンに目覚めた」と苦悩した。
パッケージ販売は終了しており、Windows 版がダウンロード販売で安価に入手可能。

『加奈 ~いもうと~』( Windows 18禁、Mac 18禁)
加奈~いもうと~(L.A.C.カード版)

病弱で余命幾ばくもない少女と、かけがえのない存在である彼女を失おうとしている兄。
二人の心の葛藤と愛情を描いた作品。
「不治の病」という類型的な設定ながら、その涙腺破壊力は抜群。
妹の死後、彼女の遺した日記によって明かされる彼女の心境には強烈な印象を残す名文句がある。
パッケージ販売は終了しており、ダウンロード販売で安価に入手可能。
画像を差し替えて音声を付けたリメイク版『加奈…おかえり!!』もあるがパッケージ販売は終了しており、ダウンロード販売で安価に入手可能。

ホラー・サスペンス部門

『ひぐらしのなく頃に』( Windows、PS2、ニンテンドー DS )
ひぐらしのなく頃に祭 カケラ遊び(通常版) ひぐらしのなく頃に絆 第一巻・祟(通常版)

人口2000人に満たない小村、雛見沢(ひざみざわ)村。
東京から引っ越してきたばかりの少年は村に馴染み、同級生たちと楽しい日常を送っていた。
しかし村には、祭りの夜に4年連続で惨劇が発生しているという過去が隠されていた。
そして5年目の昭和58年、またも惨劇が起こる。
惨劇は村ぐるみの犯罪か、神の祟りか、偶然か。
アマチュアによる自主制作で出題編4編と解答編4編から成る連作として順に公開され、出題編での謎と恐怖に満ちた展開への熱狂と、その反動から解答編での批判を巻き起こした作品。
原作の Windows 版はダウンロード販売あり。

人間の狂気部門

『 CROSS†CHANNEL 』( Windows 18禁、PS2 )
CROSS CHANNEL クロスチャンネル ~To all people~ 通常版

学園の放送部に所属し楽しい日々を過ごしていた主人公。
しかし部員たちの間に亀裂が入り、関係修復のために主人公が実施した山中での合宿も失敗に終わる。
合宿から帰った彼らを待ち受けていたのは、人間と動物の姿が消えた街だった。
世界の生き残りとなった彼らは、その異常状況下で自身が備え持つ心の歪みをあらわにしてゆき、一週間後惨劇が起こる。
しかし物語は再び一週間前に戻ってしまう。
展開の異なる一週間が繰り返されるなか、主人公の過去、内に秘めた狂気が明らかになっていく。
ふとしたことをきっかけに、主人公は一週間が経過するたびに自分たちの記憶が消え世界の時間が巻き戻っていることに気づく。
閉じられた世界の構造と正体を知り、部員たちの人間関係すべてを一週間で修復できないことも痛感した主人公は、ある決意を抱くのだった。
様々な心の歪みを持った少年少女たちの苦悩・対立・和解、絶望の中でも生き抜こうとする主人公の姿を通して生を肯定する物語。
シナリオライターは『家族計画』『加奈 ~いもうと~』と同一人物と言われている。

『さよならを教えて comment te dire adieu 』( Windows 18禁)
さよならを教えて ~comment te dire adieu~

学校に教育実習に来た主人公。
対人恐怖症気味で、天使が怪物に陵辱される悪夢を見て苦しんでいる。
指導担当である女性教諭の高圧的でよそよそしい態度には反感を覚え、保健室の養護教諭の元に足が向く日々。
しかし次第に主人公の思考や台詞が不審なものになっていく。
場面は全て夕刻。
主人公は校内で様々な少女たちと知り合い言葉を交わす。
少女たちは唐突に主人公に陵辱されるが、次に出会う頃には平然としている。
唐突に主人公に暴行を受けるなどして死亡しても、少女たちは何故か生きた状態で現れる。
そして何事もなかったかのように会話する二人。
支離滅裂な展開が続くが、実は……。
狂気に犯された主人公が無意識的に救済を求めて彷徨する姿を描いた作品。
退廃感に満ちた雰囲気の中、自意識に懊悩する青年の心理描写が巧み。
カルト的人気を誇り、中古市場ではプレミアムがついて数万円もする。

『終ノ空』( Windows 18禁)

1999年のある日、主人公の同級生である少女が他校の少女2人とともに屋上から飛び降りて死ぬ。
それをきっかけとして終末妄想が学校中に広がり、終末における救世主と自称する少年とその信者が、終末を迎える前に次々と屋上から飛び降りて死ぬ。
主人公、主人公の幼馴染、最初に自殺した少女、いじめられっ子の少年の4人の視点でこの集団自殺事件が語られる。
哲学を引用しつつ、終末論と死生観というテーマを狂気と妄想を通じて娯楽的に描いた作品。

ミステリー部門

『かまいたちの夜』( SFC、PS、GBA、Wii )
かまいたちの夜 かまいたちの夜 特別編

スキー客らで賑わうペンションが吹雪で孤立。
そんな中、何者かから「今夜12時誰かが死ぬ」とメッセージが。
そして客室の中でバラバラ死体が発見される……。
本格推理サウンドノベルだが、同じ舞台と登場人物を利用して異なるジャンルのエピソードに分岐する。

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北へ ~ Diamond Dust ~


『 Memories Off ~それから~ 』の記事で言及したのを機会に、プレイを中断していた『北へ。~ Diamond Dust ~』を再開。
2年越しで全ヒロイン攻略を終えた。
しかし、「全クリア」ではないし、「全クリア」する気力もあまり湧かない。
(理由は後述。)

『北へ。~ Diamond Dust ~』は2003年にプレイステーション2用に発売されたアドベンチャーゲームで、1999年にドリームキャスト用に発売された『北へ。~ White illumination ~』の続編にあたる。
『北へ。~ White illumination ~』といえば、北海道物産展の会場で流されていそうな、北海道への観光を強く訴えるインパクトに溢れたテーマソングで知られ、私もプレイしたことはないけどテーマソングを歌える。

本作では東京在住の大学生である主人公が、北海道の5都市(函館、札幌、旭川、帯広、北見)に住む高校時代の友人たちのうち一人の家を夏休みを利用して訪ね、そこを拠点としながら北海道を観光する。
旅先で主人公は各都市に割り当てられたヒロインと出会い、恋をするというストーリーだ。

本作の特徴は、いわゆるノベル型のアドベンチャーゲームではなく、独特のゲームシステムを持っていることである。

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SuperLite 2000 恋愛アドベンチャー Memories Off~それから~

恋愛アドベンチャーゲーム『 Memories Off 』シリーズの4作目、『 Memories Off ~それから~』。
プレイしたのはかなり前……忘れたのでセーブデータの日付を調べてみたらちょうど1年前くらい。
ストーリーの細かい部分も忘れてしまったのだけど、まだ記事を書いていないことにふと気づいたので更に記憶が薄まる前に書いておくことにした。

このシリーズの特徴としては、まず、舞台が同じ地域であること。
湘南がモデルとなっていると思われる。
次に、作品の発売順に作品内の時代設定が並んでいること。
前作までのキャラクターが脇役として作中に登場するが、シリーズが後になるほど少しずつ年をとっていることになる。
さらに、主人公が過去に女性との交際経験があるか、現在交際中であること。
第1作、第3作は主人公は交際していた女の子と自分の意思に反して別れて一人身。
第2作では女の子と交際中。
彼女への未練に主人公が苦しむか、他の女性に対して新しく芽生えた恋愛感情と彼女への未練の狭間で主人公が苦しむのがストーリーのパターンとなっている。
そして個人的に重要なのが、2000円の廉価版が発売されていること。
安売りされてなければ私がシリーズを買い続けることはなかったし、2000円という値段に対してシナリオ・グラフィック・音楽・ゲームシステムの完成度がどれも高く満足できるからだ。

シリーズ前作『想い出にかわる君 ~ Memories Off ~』では主人公が高校生ではなく大学生になり、物語上の舞台も学校ではなく主人公の行きつけの喫茶店に変わり、青春群像劇的な香りを漂わせていた。
メインヒロインも男性に媚びない奔放な性格の女性だったうえ、彼女を担当する声優の演技力が低かった。
受けがあまり良くなかったせいか、本作では主人公は第二作と同じ高校の生徒になっている。
メインヒロインも第2作同様、同じ高校のピアノを嗜む少女だ。
声優のキャスティングも万全。
その一方で、主人公がアルバイト先の喫茶店に集う学校外の様々な若者たちと関わりを持つということから、前作での試みをも取り込んだ形となっている。

ストーリーは主人公が高校卒業を間近に控えたバレンタインデーの日に始まる。
主人公は高校生活を仲睦まじく共に過ごしてきた彼女から「最初から好きではなかった」と別れを告げられてしまう。
ゲームのパッケージの表には彼女一人だけがデカデカと描かれているだけに、彼女の言葉が本心でないことはプレイヤーにはバレバレなのだが、ともかく唐突な別れに混乱しつつ、主人公は残りの高校生活を送らなければならなくなる。
彼女の真意を追及するか、高校のクラスメイトやアルバイト先の同僚、常連客と親しくなって新しい恋心が芽生えるか。
どの道を辿るにせよ、主人公は自分自身や相手の少女が抱える問題と対峙しなければならない。

前述のとおり、本作でも前作までの登場人物が何人も脇役として登場するのだが、本作のメインヒロイン相手のシナリオではある一人がチョイ役ではなく深く関わってくるのが特徴的だ。

本作に登場する女性たちのなかで個人的に印象深いのは、主人公のアルバイト先の同僚の少女。
子供のような天真爛漫な行動と主人公を煙に巻く珍奇な発言を繰り返すが、その一方で妙に知的なポテンシャルを窺わせる「不思議ちゃん」キャラだ。
彼女と親しくなると彼女の隠していた秘密が明らかになる。
主人公がそれを彼女にぶつけた時の彼女の豹変ぶりがすごい。
ヒロインの豹変による恐怖といえば『ひぐらしのなく頃に 鬼隠し編』が有名だが、それに近いインパクトがある。
本作ではヒロインから主人公が露骨な憎悪を浴びせられることになり、表向きの姿とのギャップが際立つ。
本作のヒロインたちとの後日談を描いたファンディスク的作品『 Memories Off ~それから again ~ 』もプレイしたが、そちらでは同僚の少女は他のヒロインと恋仲になった展開での脇役でしかなく、後日談が収録されていないのが残念だった。

ちなみに主人公の義理の妹役を演じた声優が『 Memories Off ~それから again ~ 』では変更されている。
アイドル声優として売れ始めた頃に声優業と並行してアダルトビデオに出演していたことが発覚したため、事務所をクビになったそうだ。
プレイしたことのある『北へ。~ Diamond Dust ~』にも出演してたらしい。
指摘されないと気づかなかった。

シリーズ第2作と第3作では、プレイヤーが選択肢を誤ると単純に恋愛が成就しないだけではなくヒロインが死んでしまうバッドエンドがあった。
さすがに本作ではヒロインが死ぬことはないが、精神を病んでしまう展開がある。
悪趣味な楽しみ方ではあるが、バッドエンドが時に残酷なのも本シリーズの魅力の一つだ。

本作のメインヒロインは清楚で健気で甲斐甲斐しく、男にとって都合のいい女性が顕現したような存在。
しかし不本意ながら主人公と別れる羽目になるわ、シナリオによっては主人公と復縁したと思いきや別の女に主人公を取られるわと酷い扱いである。
主人公に対して隠していた事情があるだけに、本人は自業自得と解釈しているけど哀れだ。
その反動で、ファンディスクではコテコテに甘いカップルぶりを見せ付けられることになる。
メインヒロインのファンの人は大いに溜飲を下げたことだろう。

飛びぬけて優れた点があるという訳ではないけども、丁寧に作られていて総合的に完成度が高い伝統は健在。
前作での作風の変化にガッカリした向きの人も満足させられる佳作だ。

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サウンドノベル『うみねこのなく頃に』シリーズの第3話「 Episode3 Banquet of the golden witch 」を第2話に引き続いてプレイした。今月公開されたばかりの最新作だ。

「1986年10月4日から5日にかけて、絶海の孤島に建てられた洋館に集まった富豪一族が、碑文どおりに次々と殺されていく」という大まかな流れは、やはり第1話、第2話と同じ。
第3話では、魔法描写が第2話よりも一層深化する。魔女ベアトリーチェの師匠と称する魔女が登場し、庭園に巨塔や巨人を召喚する大バトルを展開するわ、魔女の眷属が新たに増えて魔女を支援するわで大変賑やかである。勘弁して欲しい。

魔法描写を除き第3話で特徴的な点は、まず碑文の解読者が出た、ということだろう。ただし碑文の解読結果が何であるかは明かされない。明かされるのは解読のヒントと、碑文解読者が得る利益だけである。

次に、第1話、第2話と結末が異なっていることが挙げられる。ネタバレになるので詳細は伏せておく。

物語構成においては、メタ世界における魔女対戦人の駆け引きの比重が大変重くなっている。これが第3話におけるどんでん返しに繋がっていて、読み物としての面白さは第2話を越えている。第2話での展開に呆れて読み進める意欲を失ったプレイヤーを、再度やる気にさせるだけの力が感じられる出来だ。

さて、折角出題編が第3話まで揃ったので、事件の真相について推理、いや予想してみよう。
(以下、ネタバレ注意)

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サウンドノベル『うみねこのなく頃に』シリーズの第2話「 Episode2 Turn of the golden witch 」をプレイした。

「1986年10月4日から5日にかけて、絶海の孤島に建てられた洋館に集まった富豪一族が、碑文どおりに次々と殺され、不思議な状況で発見される」という大まかな流れは第1話と同じだ。但し、登場人物の行動や殺され方は第1話と大きく異なる。

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主人公級のキャラクターが、人間の居ない世界に紛れ込んでしまう――『 12RIVEN -the Ψcliminal of integral- 』と『 CROSS†CHANNEL 』の設定は一見、似ている。

しかし両者は異なる。『 12RIVEN 』では、その世界が成立している理由が作中で明示されているのに対し、『 CROSS†CHANNEL 』では仮説やほのめかしで終わってしまっている。

『 CROSS†CHANNEL 』においては、異世界の成立理由は重要視されていない。作中のある人物が、思考放棄するように盛んに主人公を誘導している。主人公にとっては自らが異世界に居るという現実が重要なのであって、彼の望む結果さえ得られれば原因は何であろうと構わない。主人公以外の登場人物にとってもそれは同様である。異世界の成立理由がどうあれ、物語の結末に矛盾は生じない。

「トモダチの塔」と呼ばれる没シナリオ(注1)では、主人公が異世界に到達する前に異世界で起きた出来事が記されてはいるが、それとて異世界の成立理由が示されるわけではない。「トモダチの塔」は作品1周目の展開の正体、町外れの死体の正体、ループ現象を望む者の存在について示唆してくれる。しかしそもそも作品として世に出たシナリオには書かれていない後付の材料でシナリオを考察するのがフェアかどうか、という問題がある。

『 12RIVEN 』においては、異世界の成立理由が物語にとって重要である。それを主人公が知ることによって主人公は事態に対処できる。主人公が陰謀に巻き込まれ陰謀を打ち破るこの物語では、陰謀を企む登場人物は異世界の成立を前提に物語冒頭から一貫して行動している。

にも関わらず、異世界の成立理由の辻褄が合わないことが『 12RIVEN 』の問題である。作中の設定では異世界で個人同士が同時に存在してコミュニケーションを取れることを説明できない。私個人の考えでは、『 serial experiments lain 』で使われた「人類の集合的無意識のネットワーク」という概念を持ち出せば合理的な説明ができると思うが、作中でその概念は明示されていない(注2)。ほかにも、冒頭での拳銃奪取やトラック事件も別設定(特定人物のみ持つ超能力の存在とか)がないと矛盾なく説明ができない。後付の材料でシナリオを考察する問題を避けられないのだ。

なお、物語設定が現実の科学と照らし合わせて正しいかどうかは問題ではない。もちろん正しい方が読者への説得力が増すが、間違っていても作中で明示的かつ整合性があれば、「作中に限っては」有効だ。そうでなければ創作物語は成立しない。ゴジラもスーパーマンもハリー・ポッターも非科学的な存在だが、各作中に限っては「居る」。

『 12RIVEN 』における異世界も、『 CROSS†CHANNEL 』における異世界も、読者が「そういうものなのだ」と盲目的に受け入れるしかない点では共通している。しかし物語の根幹を物語内で合理化できていない分、『 12RIVEN 』の方が読者の反発を免れないだろう。


注1:「トモダチの塔」は公式ファンブックに収録されているが、「 cross channel script.pd 」で web を検索すると読むことが出来るようだ。また、ファンがスクリプトを組んでゲームに仕立て上げたプレイ動画がニコニコ動画に投稿されている。

注2:「集合的無意識」の語は作中で登場するが、それは「マインド・フュージョン」の能力について語る描写においてである。

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12Riven -the ψcliminal of integral-(通常版)

12RIVEN -the Ψcliminal of integral- Windows版


恋愛をテーマにしたノベルゲームが多い中、巧みな伏線、意外な種明かしに力点を置いた異色シリーズ『 Never7 -the end of infinity- 』『 Ever17 -the out of infinity- 』『 Remember11 -the age of infinity- 』。それに続く新シリーズが製作中というニュースにファンの期待は高まっていた。

しかし製作元の KID が倒産。今度は" infinite "にお蔵入りかよ、と皮肉な運命に悲しくなったものだが、サイバーフロントが開発を継ぎ、ついに発売された。『 12RIVEN -the Ψcliminal of integral- 』である。シリーズファンの私が予約購入し、寝食を削って即クリアしたことは言うまでもない。今から思えば、よく意欲が湧いたなと思わなくも無いのだが、個人的事情はさておいて、作品の内容を。

『 12RIVEN 』は二人の視点で物語が進む。

一人は、高校生の少年、錬丸。彼は差出人不明のメールを受け取る。今日2012年5月20日の正午、インテグラルの屋上で少女が殺されるのだという。錬丸が廃ホテル「インテグラル」の屋上に駆けつけると、そこには離れ離れになっていた幼馴染の少女、ミュウが居た。再会を果たした2人だったが、瞬間移動など人間離れした能力を発揮する謎の少年、霧寺メイに襲われる。女性警官と謎の少女が現れた隙に錬丸とミュウは逃げ出すが、霧寺と同じような能力を持つ武装集団に囲まれてしまい、進退窮まった2人はホテルの建物から地上へ転落した。
水の溜まったプールに落ち、命拾いした2人は街へ向かう。しかし異変が起きていた。街に誰もいないのだ。彼らは人間の姿を探して街を彷徨う。「なぜ人々が姿を消したのか」という疑問がこちらの視点の中心である。

一方、警視庁の女性捜査官である三嶋鳴海は、後輩の捜査官、真琴から緊急事態を知らせるメールを受け取る。ミュウが正午にインテグラルの最上階で殺される、第弐エクリプス計画を阻止するためにミュウを守ってほしい、と。鳴海が「インテグラル」の屋上に駆けつけると、少女が少年に銃を突きつけられたところであった。鳴海は銃を奪われ、手錠で拘束されてしまう。そこへミュウとは異なる青い髪の少女が現れるが、鳴海は青い髪の少女が銃撃されるのを眺めることしかできなかった。
応援部隊に助けられ、青い髪の少女を病院に運び込んだ鳴海は、所持品から少女がチサトという名だと知る。チサトは意識不明の重体だ。緊急手術が行われるが、一人の少年が乱入し取り押さえられる。事情聴取を行うも、彼は記憶喪失だった。所持品からチサトの弟であるオメガと判明する。
「インテグラル」での出来事について、最も事情を把握していると思われる真琴は行方不明だった。同僚を信用できない鳴海は、オメガを引き連れ捜査に乗り出す。「第弐エクリプス計画とは何か」という疑問がこちらの視点の中心である。

その後、それぞれの視点で物語が結末を迎えたあと、真相が明らかになる物語に進めるようになる。

真相を知ったとき、プレイヤーは衝撃を味わうことだろう。私は見事にトリックに引っかかりましたよ、ええ。『 Ever17 』を越えるトリックをファンに期待される中、うまく仕掛けたと称えたい。
" integral "(完全)と名乗るだけあって、物語はすっきりまとまっている(まとめにかかっている、と言った方がいいかも)。『 Remember11 』と違って、作中の謎の真相を一事が万事、種明かししてくれるのはありがたい。よくもまあこんな珍妙なプロットを組み立てたものだと、そのぶっ飛んだ発想力に感嘆せざるを得ない。しかし物語のトリックが複雑化した分、真相が SF の独自理論で固められているので、説明されても万人に受け入れられがたい点が惜しい。抽象的過ぎて直感的に理解しづらいのだ。私が理論を理解しきれていないだけかもしれないが、矛盾が生じているのではないかと思われる部分も散見される。
とはいえ、抽象的な概念を捏ね繰り回す哲学好きには興味深い料理だろう。思考実験としての物語、と言った方がいいかもしれない。

プレイヤーには「ミステリもの」として謎を解いてやろうと息巻くよりは、展開にそのまま流されて行くことをオススメしたい。展開が中だるみしがちだった『 infinity 』シリーズよりもアクションシーンが豊富で、ハリウッド映画的なスピード感、躍動感がある(あくまで前シリーズと比べて、だが)。ただしそれと引き換えに、個々のキャラクター性が描写不足で深みに欠けるのは否めず、痛し痒しといったところだ。

本作で一番目につく問題は、そのシナリオを引き立てるべきグラフィックだ。
不安定な製作体制のため、原画の一部を外国のスタジオに外注したのだろう。グラフィックの少なくない部分で、キャラクターがデザイナーと別のタッチになっている。いわゆる「作画崩壊」という奴だ。よりによって読者の気分を盛り上げたり、緊張を強いたりするシーンで間が抜けた絵が表示されるものだから、興醒めどころか、MAD 作品を見るかのようで笑ってしまう。TV アニメーションの世界では人手不足が常態化しているので作画崩壊は珍しくないが、ゲームソフトで作画崩壊に遭遇するとは思わなかった。
散々発売延期をしておいてこの様とは非常に残念。しかし発売中止になるよりかはマシだ。ファンなら我慢すべきなのだろう。何も知らずに購入した人には関係の無い話だが……。

内容の良し悪しの評価はさておいても、製作会社の倒産を乗り越えて発売された作品という点では、コンピュータ・ゲームの歴史に名を残す存在だろう。

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下記はノベルゲーム『ひぐらしのなく頃に』シリーズ主要8話のエッセンスです。
ネタバレ需要があるようなので記すこととしましたが、本作が持つ緊張感やトリックの妙味を全て損なってしまうので、本作未読の人は読まないことを強く推奨します。
PC 版を元にしており、PS2 版やマンガ版、小説版と設定が異なる場合があります。

なお、あらすじは「ひぐらしのなく頃にwiki」各項目より引用しました。
物語の著作権は「07th Expansion」代表の竜騎士07氏にあります。

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CROSS CHANNEL

クロスチャンネル ~To all people~<2800コレクション>

誰が作ったのか、『エロゲ名作ランキング』というアダルトゲームの格付けがある。
その中で「超名作」とされている作品の一つが、『 CROSS†CHANNEL 』。
2003年の作品。
『 加奈 ~いもうと~ 』についての記事で2006年中にプレイしたいと書いておきながら、はや2008年だ。
このたび「プレイせよ」という電波を受信し頭の中で響いたので、段ボール箱の中からディスクを引っ張り出してプレイした。
(本作には性描写が含まれた Windows 版と性描写が省かれた Playstation2 版があるが、今回プレイしたのは Windows 版。)

本作は「主人公の行動についての選択肢が物語中に時々現れ、それをプレイヤーが選択することで物語の展開が変化する」という、ノベル・タイプのアドベンチャーゲーム。
男性主人公の一人称視点で物語が語られて、学園を舞台にしていて、美少女たちが居て、主人公の親友が居る。
ああ、わかりました、ボーイ・ミーツ・ガールでフォーリン・ラヴ、それでもって努力の末に危機を脱して無事に帰還、恋人同士で未来へ歩みだすハッピー・エンドですね?
いやいや、とんでもない。
本作はそんなに甘くない。
(以下、表層的なネタバレあり。真相/深層は伏す。)

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サウンドノベル『ひぐらしのなく頃に』に続く新シリーズ『うみねこのなく頃に』の第1話『 Episode1 Legend of the golden witch 』が無料公開されていたので、何となくプレイしてみた。

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『ダブルキャスト』は1998年に発売されたプレイステーション用のゲームソフト。
「やるドラ」(観るドラマではなく、やるドラマ)シリーズと銘打たれ、プレイヤーが選択する主人公の行動によってドラマの展開と結末が変化する。
フルボイス(主人公を除く)・フルアニメーションで、制作費が結構かかっていると思われる。
10年も前のプレイステーション用タイトルなので、今時の感覚から見るとさすがに画質は荒い。
ゲームシステムも良いとは言えない。
作品のコンセプトとして元々繰り返しプレイを前提としているにも関わらず、クリアデータセーブとシーンセーブが分離されていないので、異なるエンディングを目指して再プレイを行う場合でも「データをロードして最初のシーンからやり直す」という作業を行わなければならない。
それに、セーブは特定のポイントでしか行えない。
KID のアドベンチャーゲーム(『 Memories Off 』シリーズや『 Infinity 』シリーズ」)のゲームシステムの操作性が如何に優れているか、よく判る。
また、CD-ROM にフルボイス・フルアニメーションを収めなくてはいけないという容量上の制約で仕方ないとはいえ、ディスク2枚組のため、再プレイの際にディスクの入れ換えを強制されるのも苦痛を生じさせる。

物語は、大学の映画研究部の新人部員が主人公を務める。
彼が部の飲み会の帰りに街中で酔いつぶれているところを、同い年くらいの少女に介抱される。
ところが少女は「赤坂美月」という名前以外記憶を失っていると語る。
主人公は彼女を自宅に招き、共同生活を始めることになる。
主人公が所属する映画研究部は夏休みに映画を制作するにあたって主演女優を確保する必要に迫られたため、主人公は美月を部に紹介し、映画制作が始まる。
その映画の脚本は、かつて映画研究部が撮影を行ったものの製作中に監督と主演女優が怪死したため、長らく封印されていたといういわくつきの代物だった。
映画制作が進むにつれて、謎の男に美月が襲われたり、ロケ先の屋敷で主人公の頭上に植木鉢が落ちてきたりと、奇妙な事件が発生するようになる。

美月の正体、事件の真相を求めて、プレイヤーはドラマを展開させていく。
しかし選択肢を誤ると、物語は凄惨な結末を迎える。
一つ間違えただけでロケ先の屋敷で部員が皆殺しにされる。
ロケ先から帰ってくることが出来たとしても、映画が完成する前に主人公は殺される。
作中で語られる物語の核心はあっけなく、ありがちとも思える設定ではある。
しかし思考を掘り下げるとプレイヤーが選択した主人公の行動と真犯人の行動がちゃんとリンクしていて、各エンディングに至るまでの必然性が丁寧に作られていることが判る。
サスペンスやホラーの体裁をとってはいるが、軸となっているのはシンプルなラブ・ストーリーである。
繰り返しプレイしながら考えないと真犯人の真意を掴めないだけに、ゲームシステムの不備が惜しい。

ネタバレ上等、という方は下記の web ページを参照するのが手っ取り早いです。

ダブルキャスト (ゲーム) - Wikipedia

「存在」への不安~「ダブルキャスト」における「演じる」ということ

「一夏の幻」…「ダブルキャスト」シナリオ考察

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2007年1月に Xbox 360 を買いました。
「『 THE IDOLM@STER 』がやりたい」「 HD DVD の『幸福の黄色いハンカチ』を観たい」というのが購入の動機。

解像度が新世代

16:9の HD で表示されるゲーム画面はこれまでのゲーム機のそれとは段違いの心地よさ。
確かに今までも PC でゲームをプレイすれば高精細な画面だったけど、エロゲーなんかの紙芝居ゲーム、シミュレーション系、MMO、FPS、レースゲームくらいしか選べないような感があった。
しかもそれとて640*480とか800*600とか。
16:9という画角は経験がない。
ということで、精細で広々とした画面には新鮮な驚きがある。
それに、PC ゲームを出していないコナミやナムコのゲームを高精細な画面でプレイできる、というのが嬉しい。
何せ日本プロ野球を扱ったゲームは PC 用には発売されないので、据え置きゲーム機に期待するしかないのだ。

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3 décembre 2006

KID 倒産

キッド:負債額約5億3000万円、自己破産申請へ

嘘だと言ってよ、ジョー。
『 infinity 』シリーズ第4作『 12RIVEN -the Ψcliminal of integral- 』はお蔵入りですか。
関係各位は速やかに権利・スタッフを保全して発売を目指して欲しいものです。

実相寺昭雄監督逝去とともに悲しいニュースだわ。

ついでに豆知識メモ。
『 Ever17 ~the out of infinity~ 』のディスクの中の「 ever17.e17 」というファイルを『 ever17.mpg 』にリネームするとオープニングムービーを PC で再生できるらしい。

あと関係ないけど『いただきじゃんがりあん R 』のオープニングムービーが COOL。

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2002年から製作・公開されてきた物語『ひぐらしのなく頃に』。
今夏公開された第8作目「祭囃し編」にてついに完結だ。
第7作目の「皆殺し編」では事件の真相と黒幕がほとんど明かされた。
この第8作目においては、黒幕が犯行に至るまでの経緯が語られるとともに、残されていた謎の解答が提示される。
そして作中の人物たちが黒幕を打倒してハッピーエンドを獲得する模様が描かれる。

物語はまず黒幕の一人称視点から始まる。
妥当な展開である。
特筆すべきは、ここに至って初めて本作に「ゲーム」と呼ぶにふさわしい仕掛けが導入されることだ。
第7作目まで、読者は画面に表示される文章を読むだけだった。
文章を読むためにマウスのボタンやキーボードのキーを押すだけだった。
「祭囃し編」も途中までは同じ。
だがある地点で物語は断片化され、画面上にシーンがボタンの形で並べられる。
正しいボタンを選択すると、物語のシーンが叙述されていく。
そしてまたボタンの選択画面へ戻る。
誤ったボタンを押しても物語の文章は叙述されない。
特定のボタンを押して文章を読むことに成功すると、次のどれか特定のボタンに対応した文章を読むことができるようになる。
Playstation 用ゲーム『 serial experiments lain 』を彷彿とさせるシステムだ。
これは作中のある登場人物の行動を追体験するもの、と作中で位置づけられているとはいえ、「 TIPS 」システムを除いてコンピュータ・ゲームらしさがなかった『ひぐらしのなく頃に』という作品に親しんできた読者にとっては唐突だ。
だが、『祭囃し編』には「 TIPS 」が存在しないことを考えると、これは「 TIPS 」の変形である、と解するのが妥当だろう。

全てのボタンに対応したシーンを読み終わると、物語は再びいつも通りの一本道の小説へと戻る。
あらゆる困難を乗り越えて登場人物たちは団結して黒幕と戦う。
その戦いはうまく行きすぎとも、ご都合主義ともいえる。
作中に「奇跡」の二文字が何回現れるのかカウントしてみたくなるほど、頻繁に現れる「奇跡」という単語がくどい。
ベースが強固にハッピーエンドを拒む物語であるであるがゆえに、仕方のないところだろう。
作者が描きたいのは、黒幕以外の主だった作中の人物全員が黒幕を倒すために団結する必要があり、一人でも欠ければ黒幕を倒せない、という構図である。
誰かが死ねばアウト。
誰かが協力しなければアウト、という世界が本作の世界なのだ。

黒幕との戦いは荒唐無稽な展開を辿っていく。
「努力・友情・勝利」という陳腐ですらある週刊少年ジャンプ的テーマを、週刊少年ジャンプ的な盛り上がりを得るべく描くためにそうなった、と解釈するべきか。
もはや出題編の緊迫感はなく、アクション映画におけるボス戦のようなケレン味に満ち満ちている。
まさに「惨劇なんてなかった。あったのは喜劇」。
そして黒幕が打倒されることによって、本作の真のテーマが明らかになる。

『ひぐらしのなく頃に』の第一作、「鬼隠し編」の冒頭に掲げられた詩篇を思い返そう。
「どうか嘆かないで。
世界があなたを許さなくても、私はあなたを許します。

どうか嘆かないで。
あなたが世界を許さなくても、私はあなたを許します。

だから教えてください。
あなたはどうしたら、私を許してくれますか?」

「罪を赦し合う」。
これが『ひぐらしのなく頃に』のテーマだったのだ。
こうして円環的に伏線が回収され、長い長い物語は閉じられるのである。
綺麗な締めくくりに拍手を送りたい。

ところで、ここに来て『ひぐらしのなく頃に』はプロレスのようなもの、という気がしてきた。
プロレスは真剣勝負を装ってはいるが、筋書きのある見世物だ。
観るものはそれを理解した上で楽しむ。
装いを信じ込んだ人は、筋書きの存在を知って「八百長だ!」と憤るかもしれない。
あるいは観ることを放棄するかもしれない。
しかし、楽しむ人は自ら率先して楽しみを見出そうとする。
『ひぐらしのなく頃に』もミステリーを装ってプロモーションされたが、ミステリーではなかった。
その点を非難する向きは納得できる。
だが、本作に接して得られる娯楽的経験は偽りではない。
娯楽作品として向き合ったとき、本作はなかなかに優れた娯楽を提供してくれる。
邪道とも言える一方で、娯楽として楽しんだもの勝ちでもある。
『ひぐらしのなく頃に』という作品はそういうものだと思う。

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「エロゲー」と呼ばれるアダルトゲームの歴史の中で、1999年にはメルクマール的な作品が2つあるとされている。
一つは『 Kanon 』で、もうひとつは『加奈 ~いもうと~』。
アダルトゲームならではの官能的な描写よりもドラマ性を重視し、プレイヤーを泣かせにかかる「泣きゲー」というジャンルが確立されたとされる。

『 Kanon 』はプレイしたことがある。
『加奈 ~いもうと~』は『 Kanon 』ほどはオタク受けせずブームと言うまでは至らなかったとはいえ、1999年の話題をさらった作品。
だけど長らく敬遠していた。
だって「ヒロインは妹で不死の病を抱えている」という設定って、ありきたりでストレート過ぎませんか。

とはいえ、『腐り姫~euthanasia~』の「因縁」とか「情交」とかいう単語がまとわりつく粘っこい世界、「狂おしい妹」像に翻弄されてしまったせいで、「ここは一つ純でサラサラした作品で口直ししますか」とばかりに『加奈 ~いもうと~』をプレイすることにした。

『加奈 ~いもうと~』の物語は藤堂隆道という青年の視点で描かれる。
彼には二歳年下の妹がいる。
彼女の名は藤堂加奈。
幼くして慢性腎不全を患い、人生のほとんどを病院で過ごしていた。
隆道は幼い頃、両親の関心を奪う加奈を疎んじてよくいじめていた。
しかしある出来事をきっかけとして、加奈を守るために一所懸命となる。
ほとんど学校に登校できないため友人のいない加奈を支えながら、隆道は中学校、高校、大学と進学する。
加奈は1年遅れてどうにか高校の入学試験に合格した。
しかし病状が悪化し、高校に通う間もないままに彼女の死期は迫ってくる。
隆道はある女性となし崩し的に肉体関係を持ち交際を始めることになるが、やがて加奈を妹としてではなく、女性として意識している自分に気づく。

体裁としては選択肢によって物語の展開が変化するノベルゲーム。
台詞の前に発話者の名前が出るところなんかはアドベンチャーゲームのスタイルだが、画面いっぱいに文章が展開されるところは小説に近い。

エンディングは6つある。
しかし「不治の病を抱えたヒロイン」で「泣かせる」とくればお察しのとおり、基本的にば最後に加奈は死んでしまう。

古くは『愛と死を見つめて』、最近だと『世界の中心で、愛を叫ぶ』とか『劇場版 AIR 』とか、愛した若い女性が難病のために死んでしまうという話は実話もフィクションも沢山ある。
フィクションならば、「いかにヒロインを魅力的に描くか」、「そのヒロインに思いを寄せる男性にいかに感情移入できるようにするか」というのが課題となる。
『加奈 ~いもうと~』の場合、加奈は「清楚で無垢でおとなしくて、細い体にロングヘアー」というステレオタイプ的な病弱少女。
しかし主人公と加奈の幼少期からの10年間を順に追っていくことによって、主人公が加奈を大切に思う気持ちに同調できるし、それが異性に対する感情となっていることへの逡巡も受け入れやすくなっている。
主人公の幼少期の加奈への心情、主人公の初恋という伏線、末期癌のために若くしてホスピスで死ぬ叔母と先天的な病を抱えたその娘というサブエピソードを絡めたドラマ作りはお見事。

ステレオタイプ的な加奈のキャラクターについて、批判的な視点を押さえているところも好感が持てる。
病気のせいで世間ずれしていないから加奈はそうなっているだけであって、それを本質的な性格として求める者は諭されることとなるのだ。

初回のプレイで到達したのは、加奈が死なずに健康を取り戻す唯一のエンディングだった。
物語展開は上手いがあまりにも上手く行きすぎだろう、と思った。
複数のエンディングのうちの一つだから許されるけど、これが映画や小説なんかのように唯一のエンディングだったら確実に凡作と見なされるに違いない。

次に到達したエンディングでは主人公の献身も空しく加奈は死ぬが、伏線に唸らされた。
次に到達したエンディングでは壊れてしまった主人公にニヤリとさせられた。

しかし本作の本領が発揮されるのは、残り3つのエンディングに繋がるルートだ。
加奈は自分の死期が近づいてくることを悟る。
自暴自棄になりつつも、真っ直ぐ死を見つめるようになる。
残された時間を精一杯生きようと努め死を受け入れる。
ある決断を胸に秘め、安らかに死んでいく。
「願わくば、明日のわたしが、今日のわたしより優れた人間でありますように……」
「今日、海を見た。もう恐くない」
加奈の残した文章に胸を打たれる。
名台詞と言っていい。
「なんだ、『世界の中心で勝手に愛を叫ぶ』だ?勝手に叫んどけ、バーカバーカ」と思うくらいグッと来た。
成就しない恋愛、理不尽な死という悲劇にとどまらず、生きることの意味をプレイヤーに考えさせる深みのあるシナリオだ。
病気が治って生き続ける加奈よりも、加奈というキャラクターの存在が生き生きと感じられる。
いやはや、名作という世間の評判も納得です。

本作のシナリオを担当した山田一といえば2001年の作品『家族計画』のシナリオライターでもある。
プレイしたのは3年くらい前になるけれど、『家族計画』も心にグッと来るいい話だったなあ。
さすがいい物を書く人だ。
2003年の作品『CROSS † CHANNEL』はシナリオライターが山田一(田中ロミオと改名)とは知らずに関心を持っていたのだけど、今年中にはプレイしたいなと思う。

ちなみに『加奈 ~いもうと~』は1999年の作品だけあってパッケージソフトでの入手は難しい。
幸いなことに、アダルトゲームのダウンロード販売を行っているサイト「 BB5 」を利用して入手が可能だ。
プレイの度にオンライン認証が必要らしく、余計な情報も送信されていないかちょっと不安ではあるが……。
なお、2004年には絵を差し替えて声優による音声を加えたリメイク版『加奈…おかえり!!』が発売されているが、これも「 BB5 」で入手できる

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腐り姫

『 Forest 』をプレイする前に買ったのか、プレイした後に買ったのか。
記憶は定かではないけれど、長らく放置していた『腐り姫 ~ euthanasia ~』
やっとプレイした。
もっと早くプレイしておけばよかったと後悔。

『腐り姫 ~ euthanasia ~』は『 Forest 』と同じくライアーソフトから発売されたアダルト向けノベルゲーム。
企画・シナリオを担当したのも同じ人だ。
『 Forest 』から遡ること2年、2002年の作品。

この物語は、徹底的に近親愛を描いたものである。
妹萌えなんて甘いものじゃない。
そこにあるのは、戦慄。

ある冬の日。
主人公の青年、五樹は父と妹が怪死し全ての記憶を失った。
そして半年後の夏。
記憶を取り戻すため、彼は義理の母と妹とともに生まれ育った故郷の町に戻ってくる。
かつて鉱業で栄え、今は寂れた山奥の町、「とうかんもり」である。
翌8月11日、彼は湖で「蔵女(くらめ)」という名の謎めいた少女に出会う。
真っ赤な着物に身を包んだ彼女は、腐り落ちた果実のような甘い匂いを漂わせる。
実は彼女の持つ爪に傷つけられた者は、内に秘めた情欲を満たされた末に「赤い雪」となって崩壊してしまうのだ。
五樹は彼女の爪に腕を刺される。
蔵女は迷子の少女として受け入れられ、五樹たちと過ごすことになる。
義理の妹は、蔵女が五樹の死んだ妹にそっくりな顔をしていることを指摘し怯える。
そして8月14日、とうかんもりは赤い雪で覆われ、死の静寂が訪れる。

だが時は巻き戻り、五樹は再び8月11日を迎える。
彼が湖で出会うよりも前に、蔵女は迷子の少女として受け入れられていた。
またも世界は8月14日に赤い雪で覆われる。

プレイヤーは初めから物語を始めようとするが、その4日間は等しく赤い雪で覆われて終わる。
だが、『 Prismaticalization 』のように同じ展開がループしているわけではない。
繰り返す4日間は、毎回どこか違っている。
その中で、主人公の過去がフラッシュバックされ、その残酷で忌まわしく痛々しく淫靡な記憶が徐々に明らかになっていく。
五樹を取り巻く女性たち――自称恋人の伊勢、従姉で幼なじみの夏生、義理の母の芳野、義理の妹の潤。
彼女らは、それぞれ彼に秘めた思いと情欲を抱いている。
蔵女に導かれて、彼女らは五樹と交わり、幸福のうちに赤い雪となって腐っていく。
一度赤い雪となった彼女らは、その後の新たな4日間で出会った時にはもはや五樹に執着していない。
あまたのノベルゲームのように、物語が分岐して主人公が様々な女性たちと結ばれるというパラレルワールドではない。
ある目的のために女性たちは一人ずつ消されていくのだ。
彼女たちは単なる通過点に過ぎず、主人公は一点に向かって進んでいく。
つまりこの物語はループに見せかけて、螺旋状に進んでいるのである。

4日間を繰り返していくことに気づき、徐々に記憶が蘇るとともに、記憶の中の「こうであったはず」な女性たちを失っていく。
無力に翻弄され傷ついていく主人公はどこに到達するのか?
蔵女の目的は何なのか?
螺旋の果てに真相が明らかになる。
女性たちに強引に愛されるだけの主人公は、ここで初めて愛し愛される者となる。
物語は完全なループのうちに閉じられる。

何と恐ろしく美しい情念であることか。
永遠の愛、と言えば聞こえはいいが、それは苦痛と背徳を伴って永遠に繰り返す愛なのだ。
死と生が混濁する。
兄と妹の交わりは父と娘との交わりでもあり、母と息子との交わりでもある。
究極の近親愛が描かれた!

敢えて気になった点を挙げるとするならば、終盤の展開が少し性急な感じがすること。
「蔵女は実は○○○でした」「それ何て SF ?」と面食らったままプレイヤーがプレイを終えてしまいそうだ。
プレイヤーには是非とも真のエンディングに到達して物語を結んで欲しい。

あと、盲点モードとおまけシナリオの必要性がいまいち判らない。
作中で流れるテレビ番組とラジオ番組同様、ファンサービスなのかな。

物語が余りにも閉じられてしまっているのも、ある意味欠点と言える。
サイドストーリーという形で拡大消費されることが非常に困難にしているからだ。
「萌え」という甘えに真っ向勝負を挑んで苛烈で過酷な愛を描いた作品がマスの支持を得られるはずもない。
マニアでカルトな支持を得つつも埋もれていく……。

演出面で特筆すべきは、画面構成が一般的なノベルゲームのような「背景に立ち絵」ではなく、ビスタサイズでペン画に彩色を施した風景にセピア色の登場人物がはめ込まれるのが基調となっていること。
登場人物のバストアップも併用されてはいるが、珍しい試みだ。
舞台の存在感が強調されて、伝奇的・退廃的な雰囲気作りに一役買っている。
赤い雪に覆われた終末の光景も、静謐のような佇まいのなかに鮮烈な印象を残し絶妙。
濡れ場の濃厚で粘っこいテキストと音声も世界観に馴染んでいて、単に「商品として流通しやすくするために一応 H シーンを入れときました」といった「感動作」とは一線を画している。
ポルノとしての「実用性」があるかどうかはともかくとして、ゾクっときたものがあったのは確か。

幻想文学や伝奇物語を好む人にはオススメできる佳作だ。
しかし生産・販売は既に終了している。
購入するには中古で流通しているのを探すしかない。
書籍と違って商品寿命と流通期間が短すぎるのは「エロゲー」の世界の悲しいところ。
こういう芸術性の高い作品は、廉価で長く息づいて欲しいものなんだけれど。

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『ひぐらしのなく頃に』とは?

Windows PC 上で読む、絵と音楽つきの小説(サウンドノベル)です。
ただし、一般に言うサウンドノベルとは違い、選択肢による物語展開の変化は用意されていません。

物語は全8話構成で、現在7話目まで発表されています。
そのうち6話は「昭和58年6月の雛見沢村で殺人事件が起きる」という点で全て共通しています。
同じ登場人物で同じ舞台設定なのに、なぜか毎回違った形で惨劇が発生します。
物語を貫く共通のルールを推理するのが読者の役割です。
いわゆる本格推理小説のように作中の記述から犯人と殺人トリックを推理することは、無意味ではありませんが最終的な目標ではないので予め注意して下さい。
発表順に、前半の4話『ひぐらしのなく頃に』が出題編、後半の4話『ひぐらしのなく頃に解』が解答編に相当します。

  1. ひぐらしのなく頃に 鬼隠し編 (2002年8月公開)
  2. ひぐらしのなく頃に 綿流し編 (2002年12月公開)
  3. ひぐらしのなく頃に 祟殺し編 (2003年8月公開)
  4. ひぐらしのなく頃に 暇潰し編 (2004年8月公開)
  5. ひぐらしのなく頃に解 目明し編 (2004年12月公開)
  6. ひぐらしのなく頃に解 罪滅し編 (2005年8月公開)
  7. ひぐらしのなく頃に解 皆殺し編 (2005年12月公開)
  8. ひぐらしのなく頃に解 祭囃し編 (2006年公開予定)

物語はオカルト、ホラー、サイコサスペンス、ミステリー、学園ドラマ、伝奇、SF、萌えといった要素を含んでいます。

どこで買えるの?

アマチュア製作の作品なので、一般の書店やゲームソフト販売店では売られていません。
「同人誌販売店」と呼ばれる、アマチュア製作の本やゲームソフトを販売する店で購入できます。

2006年1月現在で販売されているのは『ひぐらしのなく頃に』(全4話収録)と『ひぐらしのなく頃に解 皆殺し編』(全4話のうち「目明し編」から「皆殺し編」までの3話収録)です。
価格は『ひぐらしのなく頃に』が1,575円。
『ひぐらしのなく頃に解 皆殺し編』が1,050円。

なお、「鬼隠し編」のみ、製作者であるサークル「 07th expansion 」の web サイトから無料ダウンロードできます。

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ノベルゲーム『ひぐらしのなく頃に』シリーズも2005年12月30日公開の『ひぐらしのなく頃に解 皆殺し編』で早や7作目である。
主に古手梨花による視点で描かれるこの物語によって、これまで積み重ねられてきたほとんどの疑問に解答が与えられる。
そして『ひぐらしのなく頃に』の作品世界を貫く真の黒幕が姿を現すのだ。
推理小説で言えば、犯人が判明するクライマックスである。
しかし作中の人物たちがそれに気がつくのは遅すぎた。
またも黒幕によって惨劇が引き起こされる……。

本作で明らかになるのは、例えば以下に挙げる事柄である。

  • 「オヤシロ様」の正体
  • 「オヤシロ様の祟り」の正体
  • 富竹ジロウの正体
  • 鷹野三四の正体
  • 入江京介の正体
  • 寒村の中にあるのに入江診療所が妙に立派な理由
  • 古手梨花が注射器を所有していた理由
  • その注射器の中身
  • 雛見沢大災害の原因
  • 綿流しの晩に富竹ジロウ・鷹野三四が必ず死亡する理由
  • 綿流しの晩に倉庫に忍び込んだときに聞いた音の正体
  • 「鬼隠し編」冒頭の「ごめんなさい」という台詞の意味
  • 「祟殺し編」で北条沙都子が錯乱した理由
  • 「祟殺し編」で古手梨花を殺害した犯人
  • 「祟殺し編」で大石・熊谷が行方不明になった理由
  • 「祟殺し編」で前原圭一だけが「雛見沢大災害」を生き延びた理由
  • ダム工事事務所殺人事件の真相
  • 北条夫妻死亡事故の真相(但し明示されていない)
  • 営林署に残された弾痕の正体

判ってしまえば、あれだけ頭を悩ませた謎もなんでもない。
そもそも「こんなん推理できるか!」という事柄もある。
何せミステリーの禁じ手を使っているのだから。
しかし『ひぐらしのなく頃に』はミステリーだなんて自称したことはない。
ゲームなのだ。
謎を解こうと考えを巡らしたり、議論したりすることを楽しむゲームなのだ。
私は十分楽しませてもらった。

そして真犯人が明らかになった今なお、ゲームは続いている。
完結編となるであろう次回作では、大団円が約束されている。
作品内で示唆されているように、「雛見沢の面々が如何にして真犯人に立ち向かうのか」を想像することが、次回作が発表されるであろう8ヵ月後までに与えられた課題である。
その際留意すべきは、明確となったこの作品のテーマだ。

仲間を信頼すること。
一人で悩まずに誰かに相談すること。
諦めずに精一杯手を尽くすこと。
強い意志が物事を成し遂げること……。

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早いもので2005年ももうすぐ終わり。
年末といえば有明のまんがまつりで『ひぐらしのなく頃に』の続編が世に出る頃合である。
有明まで行く暇も金もなければ、同人誌販売店の店先で行列に並ぶ根性もない私は通販で予約しようと先日「とらのあな」の web サイトを訪れた。
すると『花咲くオトメのための嬉遊曲』の新作、『花咲くオトメのための嬉遊曲-イレギュラーズ』『花咲くオトメのための嬉遊曲ビジュアルファンブック』の予約開始が告知されてるじゃありませんか。

12月30日発売開始だから、12月30日になるとページごと削除されるかも。

『花咲くオトメのための嬉遊曲』は女子高校野球をテーマにした、アマチュア製作の恋愛ノベルゲーム。
以前当サイトでも話題にしたことがある。
「彼女たちの物語をもっと読みたい」と書いた私だからサイドストーリー集が出るのは非常に嬉しいのだけど、予約ページを見ると露骨にエロですな。
私はエセ山際淳司かつ衒学的な文体と野球の描写のマニアックさが気に入った口だから、エロは別に要らんのだが……。
そりゃまあ私も男だからエロは否定しないけど、濡れ場の描写が「恋愛ノベルゲームだし売るためには一応つけとかないと」というお約束に基づいたミスマッチ感を備えつつ、欲情を誘うより笑いを誘うものであったので、それをメインに求めるつもりはないのです。
しかしサンプル CG でユニフォーム姿のままナニしてるところを見ると嫌な予感がする。

ちゃんと野球シーンが描かれているといいなあ、青春してればいいなあという期待を込めつつ、さくっと予約した私であった。

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大抵のノベル型アドベンチャーゲームでは、プレイヤーがテキストを読み進めていくと途中で選択肢が現れ、物語の主人公の行動や台詞を選択することになる。
例えば「追いかける/追いかけない」「『俺のせいじゃない』/『ごめん……』/何も言わない」といった具合だ。
そして選ばれた選択肢によってシナリオが分岐する。

『 Prismaticallization 』(プリズマティカリゼーション)は、そんなシステムを廃したノベル型アドベンチャーゲームだ。
発売は1999年。
プレイステーション版とドリームキャスト版がある。
2002年には「 SuperLite1500 」シリーズに収められ、1,500円という廉価で発売された。
現在は生産されていないので、入手するためには中古ゲーム販売店を巡るか、ネットオークションを利用するしかないだろう。
ちなみに私はプレイステーション版を購入したが、ネット通販の中古ゲーム店を利用して送料込で3,600円を費やした。

『 Prismaticallization 』の製品パッケージには、「 L'acte est vierge, même répété 」と書かれている。
「行為は処女である、たとえ繰り返されても」――ルネ・シャールの詩の一節だ。
このことは『 Prismaticallization 』の物語がいわゆる「ループもの」であり、衒学趣味の強いことを暗示している。

物語

主人公は高校三年生の少年。
ある夏休みの日、午前9時。
幼馴染の少女、柊明美に一緒に受験勉強をしようと誘われて、彼は彼女の親の友人が所有する避暑地の山荘にやってくる。
といっても、明美はいわゆるギャルゲーにありがちな「幼馴染」ではない。
小学生の頃に付き合いはあったが、以降はまともに話をしたことはないという関係だ。
そして主人公はその山荘で、4人の女性に出会う。
「ははあ、そこで主人公は彼女らと恋に落ちるんだな……」と思うと大間違い。
山荘に到着して翌朝の午前9時を迎えるかというところで、突然物語は終わる。
そしてゲームを続行しようとすると、始まるのは再び前日の午前9時からの同じ1日だ。
主人公たちとプレイヤーは、ひたすら同じ1日を循環する。
「ループもの」の物語では大抵、主人公はループから脱しようと足掻くけれども、本作の主人公は自分が同じ1日を循環していることを知覚していない。
知覚しているのはプレイヤーと、作中のある人物だけである。

シナリオ分岐システム

冒頭で触れたように、プレイヤーは主人公の行動や台詞を選択できない。
しかし、この作品には登場する5人の女性それぞれを巡るエンディングが存在する。
一体どうやってシナリオが分岐するのか?

実は作品内の最初の「1日」が終わる直前、主人公は水晶の柱のような謎のオブジェを拾う。
それ以降、作中でプレイヤーはそのオブジェに「状態」を記録するかどうか求められる場面に遭遇することになる。
そしてその記録は次回以降の「1日」で特定のシーンに差し掛かると自動的に消費され(ゲーム内では「解放」と呼ばれる)、物語の展開が変化するのだ。
例えば午後から雨が降ることになるシーンでは「午後から雨天」という「状態」を記録すると、次回の「1日」ではその記録が「解放」されて、必ず雨が降る。
ある展開では、山荘のメンバーがバトミントンをプレイすることになるが、バトミントンの勝負に主人公が負けたときに「バトミントンの技術」という「状態」を記録できるようになる。
「バトミントンの技術」を記録すると、次にバトミントンをプレイする展開になったときにその記録が「解放」され、主人公は勝負に勝利する。
バトミントンをプレイする展開にならなければ、その記録は次回に持ち越しである。

「状態」の中にはプレイヤーが過去に「解放」したことがあるかどうかで、「解放」されても異なる展開になるものがある。
エンディングに到達する(=ループから脱する)ためにはその「状態」を手に入れて何度も「解放」してやらなければならない。

ありがたいことにネットには解法を記した web ページがいくつかあるので、面倒臭がりの私はその解法に沿ってゲームを進めた。
それでも1つのエンディングに到達するためには10回以上のループが必要だ。
5つのエンディングを全て見るためには合計80回ほどループしなければならない。
解法を見ずにゲームを進めるなら、200回、300回とループしなければならないだろう。
文章を早送りする機能があるのと、「1日」が短いため1回あたり数分で済むのがせめてもの救いだ。

キャラクター

本作のシステム上、主人公は明示された選択肢の中から(プレイヤーに指示されて)選択を行うことがない。
それに呼応するかのように、本作の主人公には主体性がない。
ただ成り行き任せに生きている。
しかし彼はそのことを十分自覚している。
主人公は「普通の高校生」を自称しているが、雑学的知識を豊富に持ち合わせていて、その知識をフィルターにして常に分析的に物事を見ている。
彼自身もその分析の対象であり、始終自己分析を行っている。
その理屈っぽさや衒学趣味は大いに好みが分かれるところだと思う。
「永劫回帰」「超人」「ノエマ」「ノエシス」「ハイデガー」なんて単語を見せられて、ニヤリと出来る人でないと楽しめなさそうだ。
圧巻はヒロインの一人、琴原みゆ。
小学6年生なのに感情を表に出さず、知性は非常に早熟で、「エポケー」「コギト」「デペルソナリザシオン」なんて単語を繰り出してくるミステリアスな少女である。
主人公が小学生と哲学問答を行う様は異様だが、私には面白可笑しく思えた。

ヒロインはそれぞれ悩みを抱えていて、主人公の言動によってその悩みが解決する方向に向かうとエンディングとなる。
ネタバレになるのでその悩みの内容は詳述しないが、全て人間関係についてのものだ。
彼女たちはみんな愛情を求めている。
ただ一人、主人公を除いて。

グラフィック

衒学的な文章に似合わず、可愛い女の子の絵が始終登場する。
キャンバス地風の処理がなされた背景に、紙にコピックで彩色したかのような独特の絵が重ねられていて味がある。
オープニング動画は線画のアニメーションで、私の趣味に合致して好ましく思う。

描いているのはイラストレーターの森藤卓弥(射尾卓弥)。
彼は「プリズマ大先生」という愛称(もしくは蔑称)で知られている。
私も本作のことを知ったのは「プリズマ大先生」というあだ名から。
本作が発売されてから Web 上で繰り広げられた本作への批判に対して、彼が Web 上に公開した文章がギャルゲー愛好家の反感を買い、揶揄としてそう呼ばれるようになったらしい。その発言については、作り手の心情としてはもっともだが、客が見ているところで吐くのは商売上よろしくないと思った。

まとめ

革新的なゲームシステムと癖の強い文章はプレイヤーを激しく選ぶ。
のめり込む人と非難する人の両極端に分かれるだろう。
解法を見ずにプレイするのは辛い。
しかしそれだけに、作品の構造面で作り手が緻密に設計を行っていることを実感させられる。
娯楽性よりも芸術性や完成度の高さを追求した作品だ。
インテリ趣味でオタクな人にはオススメだが、入手しづらいのが残念。

追記:2008年より、PlaystationStoreでダウンロード販売開始。PS3 用と PSP 用。

関連 Web サイト

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ICO PlayStation 2 the Best

『天空の城ラピュタ』といえば、何度も地上波 TV で放送されている映画だから、その筋書きを知っている人は多いと思う。
今は滅びてしまった古代文明によって建造された空に浮かぶ城、ラピュタ。
そこに行くことを夢見る少年パズーが、ラピュタ人の王家の末裔の娘、シータと偶然出会うことから始まる冒険物語である。
映画の終盤、パズーとシータはラピュタの財宝を狙う海賊の力を借りて、ラピュタに到達する。
主を失い荒廃した城を二人は探索する。
だがラピュタに残された超兵器を狙う政府の役人ムスカ――彼もまたラピュタ人の王家の末裔である――の手引きで政府軍もラピュタに到達していた。
政府軍によってシータは拘束されてしまう。
そしてムスカは政府軍を裏切り、伝承に従ってシータとともにラピュタの中枢部へ到達。
ラピュタの超兵器によってシータとともに世界の王として君臨しようとする。
一人逃れたパズーは、壁を伝ったり、蔦にぶら下がったりしながらラピュタの中枢部へ入り込み、ついにシータと再会する。
パズーとシータは滅びの呪文を唱え、ラピュタは崩壊。
ムスカの野望は潰えるのだった――。

シータとともにラピュタを歩き、シータを救うためにアクロバティックなアクションをやってのけたパズー。
『 ICO 』をプレイして抱いたのは、自らがそんなパズーになったかのような感覚だった。

『 ICO 』は2001年に発売されたプレイステーション2用のゲームソフトだ。
名作として名高く、現在では「 PlayStation 2 the Best 」に収められ1,800円という廉価で販売されている。
コンピュータ・ゲーム好きな小説家の宮部みゆきが惚れこみ、小説化したことでも有名だ。

この作品の主人公は『キン肉マン』のバッファローマンのように角の生えた少年、イコである。
舞台は中世か近世の西洋を思わせる意匠を備えた世界。
「角の生えた子供は生贄にならなければならない」という村の掟により、イコは神官に連れられて孤島に建つ古城にやってくる。
拘束されたイコは生贄としてカプセルに閉じ込められ、置き去りにされる。
だが突然起きた地震によってカプセルが落下し、イコはカプセルから放り出された。
解放されたイコは城の中で檻に閉じ込められていた謎の少女を発見する。
彼女を檻から救い出したのはよいものの、イコと少女は言葉が通じない。
しかしイコは少女に手を差し伸べる。
一緒に城を脱出しよう、と。

こうしてプレイヤーはイコを操作し、少女を連れて城からの脱出を目指すことになる。
無人の城には様々な仕掛けがなされており、ある場所では通路らしい通路がなく、二人の行く手を阻む。
身体能力に優れたイコは壁の出っ張りを足がかりに壁を伝ったりよじ登ったりすることができる。
足場のないところではパイプにぶら下がって移動したり、鎖にぶら下がって反動を用いて離れた場所へ飛び移ったりできる。
しかし少女にはそれができないので、少女でも共に進めるようなルートをパズルのようにその都度イコがお膳立てしてあげなければならない。
おまけに時折謎の影が少女を襲い、少女を影の巣へと引きずり込もうとする。
少女が完全に影の巣に飲み込まれてしまうと、そこから発生する不思議なフィールドがイコを石化させゲームオーバーとなってしまう。
謎の影を角材で撃退しつつイコは脱出ルートを探さなければならない。
足手まといでしかない少女を置きざりにしてイコだけで脱出はできないのだろうか。
行く先々に少女が近づくことで開く謎の扉があるため、それはできないのである。

少女はイコが呼んだり、手を握って引っ張ってあげたりしない限りイコについてこない。
「とっとと来いや、このクソ女!」と内心毒いたり、「オラオラ、姉ちゃん、こっちに来てワシとええことやろうや」などと阿呆な台詞を勝手にあてがったりしつつゲームを進めていく私だったが、少女のために道を作り、襲って来る敵から彼女を守ってあげているうち、少女に対して情が移ってくる。
城からの出口を確保し、「やっと城から脱出できる!」と思うも束の間、イコと少女は引き離されてしまう。
そして気づかされるのだ。
イコは少女を守っていたが、少女もまたイコを守っていたことに。
彼女を救わなければ!
気持ちが盛り上がり、コントローラを握る手には汗が滲む。
そして「城の主」との決戦に勝利するも、待ち受けているのは切ない結末。
主を失って崩れ落ちる城を目にしながら、少女と過ごした冒険の数々とその終焉に一抹の寂しさを禁じえないのだった。

プレイ中、BGM は基本的に存在せず、聴こえてくるのは二人の足音や風の音、鳥のさえずりなどの効果音だけ。
また、イコと少女が言葉を交わすことはほとんどない。
それだけに3Dで作りこまれた城の存在感が増し、ゲーム中の世界に浸ることができる。
3Dのカメラ視点もなかなかよく考えられていて、新たに進めるようになった場所に踏み入れたとき、先がどうなっているのかすぐには掴めない。
そこがどんな場所なのか、断崖絶壁なのか、降りられる場所はあるのか――周囲を見渡す緊張感を与えてくれる。
かつて通った場所を高いところから見下ろしながら落ちると即死な場所を通らなければならない場面も多々あり、高いところが好きだが同時に高所恐怖症である私にとっては、爽快感と緊張感がないまぜになって心地よかった。
海に面した断崖絶壁では「天皇陛下バンザーイ!」と叫びながら海に飛び降りて死に、玉砕気分を味わうのもまた楽しい。

なぜ角の生えた子供は生贄とならなければならないのかとか、城が何のために建築されたのかとか、「城の主」がなぜそこにいるのかといった事柄が一切説明されないままゲームは終了するが、それがまた想像の介入する余地を生み出し面白い。
まず「少年が異世界に入り込み、少女の愛情を得て脱出する」というプロセスから、少年のイニシエーションとしての物語と解することができる。
「心地よいながらも脱出しなければならない場所」として城を母胎になぞらえ、少女との邂逅を受精に、「城の主」との対決および城の崩壊を母胎との決別=出産と解釈することもできるだろう。

ともあれ、アクションとパズルというメインのゲーム要素においては、アクションゲームがあまり得意ではない私でも何とかクリアできたし、パズルも解き方の見当が付きやすく、バランスよく作られていると思う。
敵との戦闘は少し鬱陶しく思ったが、まあ許容範囲内だ。

『 ICO 』を秀作と呼ぶのにいささかの躊躇も覚えない。
それがわずか1,800円。
売り手の決断を称えたい。
そして多くの人にお勧めしたくなる作品である。

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ノベル型の恋愛アドベンチャーゲームを連続してプレイして、脳みそがゲーム脳になっているうちにメモ。
なお、下記は男性をプレイヤーと想定しているであろう作品に限る。

キャラクター設定

  • 主人公は男性
  • 主人公は高校生でも一人暮らし
  • 主人公の父母は仕事のため主人公を残して遠方に居住しているか、既に死亡している
  • 主人公は一人暮らしでない場合、親戚の家に住んでいる(その家に男はいない)
  • 主人公に兄弟姉妹はいない
  • 主人公には幼馴染で現在も仲の良い少女がいる
  • 主人公は幼い頃女の子と一緒によく遊んだが、すぐ離れ離れになってしまったという過去を持つ(そして気づかないうちに再会する)
  • ヒロインの父親は主人公と対立する存在
  • ヒロインの父親は、ヒロインが小さい頃に死んだか、離婚してヒロインのもとから去っているか、ヒロインと折り合いが悪いか、物語に元から登場しない
  • ヒロインの母親は主人公を歓迎するか、物語に元から登場しない
  • ヒロインには同年代の女性の友人がほとんどいない
  • 主人公の現環境には父性が欠如しているか極めて希薄
  • ヒロインの母性で主人公が救済される

物語展開

  • 主人公がヒロインと出会う(あるいは旧知の仲) → 一緒に過ごす時間が増える → ヒロインが主人公に好意を深めていくが主人公は鈍感なので気づかないか、気づいていても曖昧な態度でごまかす → トラブル発生 → ヒロインに対する気持ちを確信する主人公 → トラブル解決 → 主人公とヒロインが結ばれる

主人公とヒロインが遭遇するトラブルの例

  • ヒロインが突然転居することになる
  • ヒロインの父親が交際に反対する
  • ヒロインが主人公は別の女の子が好きだと疑って主人公を避けるようになる(逆の場合もあり)
  • ヒロインに隠されていた彼女の出自が明らかになる(そしてヒロインは主人公の前から去る)
  • ヒロインが隠していた彼女の過去や人間関係や職業が主人公にばれる(そしてヒロインは主人公の前から去る)
  • ヒロインが病気か事故で死に掛ける
  • ヒロインが記憶喪失になる
  • ヒロインに別の男が交際を迫る
  • 主人公に惚れた別の女の子が主人公を巡ってヒロインと喧嘩する
  • 主人公に惚れた別の女の子が主人公に交際を迫り、ヒロインが身を引こうとする
  • 誤解が元でヒロインがグループ内で仲間はずれになる
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SuperLite 2000シリーズ アドベンチャー 想い出にかわる君 ~Memories Off~

「棚に積まれたゲームソフトをどんどん消化しようキャンペーン」を世の絶賛を受けることもなく行っている私。
新たに『想い出にかわる君 ~ Memories Off ~』をクリアした。

『想い出にかわる君 ~ Memories Off ~』は恋愛アドベンチャーゲーム『 Memories Off 』シリーズの第3作で、2002年に発売された作品。

物語の時代設定は『 Memories Off 』( 1st )の約2年後、『 Memories Off 2nd 』の約1年後で、前の2作と同じ鉄道沿線にある街を舞台としている。
また、前の2作の登場人物が脇役として数名登場し、時に物語の展開に重要な役割を果たしている。

物語の主人公である青年、加賀正午は、大学入学後1人暮らしを始めたが講義にはほとんど出ず、アルバイトもせず行きつけのカフェに入り浸る毎日を送っている。
そのカフェで彼はかつて付き合っていた女性、黒須カナタと再会を果たす。
カナタは高校生だった3年前、正午に何も語らないまま突然転校し、連絡を絶っていたのだ。
カナタのことをまだ少し引きずっている正午に対して、カナタの方は何事もなかったかのように振舞い、その後カフェや街頭で幾度となく顔をあわせるようになる。

シナリオはプレイヤーの選択によって途中から大まかに3つに分かれる。
もちろんこの手のゲームのお約束で、登場する女性キャラクターと恋仲になることがゲーム進行上よい結末ということになる。
対象となる女性キャラクターは、街頭で出会う少女が2名、大学で出会う女性が2名、カフェで出会う少女が2名。
それぞれのルートにおいて、2名が正午を巡って対立する。
平たく言えば嫉妬と奪い合いだ。
そこで彼女らがそれぞれ抑圧している「対人関係」、「親子関係」、「姉妹関係」の問題(順は上記に同じ)が表面化してくる。
正午が対応を誤ると目当ての女性キャラクターが正午の前から去ってしまうか、ぎこちない関係のまま物語は終わる。

6名すべてについて、それぞれ恋仲となるエンディングを達成すると、「トゥルーストーリー」と名づけられたシナリオへと進むことができる。
正午と6人の女性の一人、荷嶋音緒が恋仲になったのもつかの間、登場人物の一人が事故で死んでしまい、それを契機に正午の心は音緒とカナタとの間を揺れ動くことになる。

恋愛アドベンチャーゲームというと、およそ主人公が高校生で主人公を取り巻く人物も高校生であり、毎日が自宅と高校との往復ばかりというものが多い。
しかし本作の場合、主人公と恋仲になる女性陣こそ高校生あたりの年代である割合が高いが、主人公と主人公を支え導いていく脇役陣が高卒以上で固められている。
このため若者群像劇的な色彩を帯び、人生訓を含んだ会話がしばしば挿入されて、主人公と女性キャラクターの成長物語という側面が強い。
また、いわゆる「ギャルゲー」では扱いの悪い男性キャラクターたちも比較的魅力の高い人物となっている。
特にシリーズ3作連続で主人公の親友役として狂言回しを演じる稲穂信。
第1作の2年後にまさかこんな男前な奴になることを誰が想像できただろうか。
にもかかわらず全く恋愛に恵まれない彼が不憫だ。

それに比べて正午の頭の悪さが目立ち、感情移入を妨げる。
「ギャルゲー」の主人公を、女性キャラクターにアクセスするためのデバイスでしかないと割り切れば、主人公が鈍感だったり、傍観者的な態度を取ったり、没個性的だったりするのは理解できなくはない。
だが大学生とは思えないほど情緒面や知識面でレベルが低いのはいただけない。
主人公の親友役が「ギャルゲー」最高クラスな一方で、当の主人公は底辺クラスのダメな奴である。

感情移入を妨げるといえば、カナタのキャスティングもそうだ。
「 1st 」で重要な役どころであるヒロインの声が悪くて興醒めした悪夢が再来。
カナタの声が素人じみてて気分が萎える。
ひょっとしたら大人の事情があるのかもしれないが、納得できない。
カナタ自体のキャラクターはこの手のゲームにはあまりないタイプで面白いだけに残念。
(具体的に言うと、カナタは正午に「お前」と呼ばせず対等の立場であることを求めるし、正午から逃げて別の男と付き合っていた期間のことを物語の最後までほとんど語らないまま。また、男に媚びた態度を取らない。胸にはタトゥーを入れている。)

私の好みで言うと、本作はシリーズ3作中で一番好きだ。
しかし結局家庭用ゲーム機の作品だけに、登場人物たちの年代なら当然関わってくるであろうセクシャルな面が隠蔽されており、根本的な不満足感は解消されない。

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SuperLite 2000シリーズ 恋愛アドベンチャー メモリーズオフ・デュエット

『 Memories Off Duet 』は 『 Never7 』『 Ever17 』『 Remember11 』( Infinity シリーズ)を世に送り出したゲーム会社 KID が製作した、プレイステーション2用のノベル型恋愛アドベンチャーゲームである。
発売は2003年で、現在「 SuperLite2000 」シリーズに収められ、2,000円程度で購入できる。
中身は1999年に発売された『 Memories Off 』、2000年に発売された『 Memories Off Pure 』、2001年に発売された『 Memories Off 2nd 』、そして追加シナリオ『 Memories Off 雪蛍』から成っている( Memories Off シリーズ )。

美少女ゲームにありがちな、口癖によってヒロインのキャラクター性を強調する技法はないし、ヒロインは委員長や超能力者やメイドロボや宇宙人や武術家や巫女や身体障害者ではない。
「萌え」よりも物語性を重視した作りとなっている。
シナリオ製作には Infinity シリーズのシナリオを担当した打越鋼太郎が参加している。

Memories Off

順当に、初代作品からプレイしてみた。

物語は、主人公である高校生、三上智也が幼馴染の少女、桧月彩花と会話しているシーンから始まる。
彩花は智也をデートに誘う。
しかし場面は変わり、智也ともう一人の幼馴染の少女、今坂唯笑の二人が高校生活を過ごすシーンが続く。
そこに彩花はいない。
オープニングムービーの彩花には白い翼が描かれている。
ああなるほど、そういうことね。
冒頭のシーンでは智也も彩花も高校生ではなかったのだ。
そんなわけで過去を引きずっている智也と、それぞれの事情で過去を引きずっている少女たちとの恋愛模様が描かれることになる。

物語中で現れる選択肢をプレイヤーが選択することにより、智也は過去を克服して登場する少女たちとの誰かと結ばれる。
明確なバッドエンドはない。

唯笑と結ばれるルートでは過去のことでかなり葛藤に苦しむ智也だが、ヒロインの一人、霧島小夜美と結ばれるルートではあっさり過去を解決してしまっていて、首を傾げてしまう。
そもそも全体的に物語展開がぬるい。
「嫉妬に狂った唯笑が主人公を刺殺し、自分も首に刃物を突き立てて自殺、血の海のなか『これで永遠に三人は一緒だよ……』とつぶやく」みたいな凄惨な終わり方があってもよかった。
家庭用ゲームだから難しいだろうけど。
悪趣味ですみません。

また、要となるキャラクターである彩花を演じる山本麻里安の演技はお世辞にも上手とはいえない。
冒頭のシーンで初めて彩花の声を聞いたとき、「なんだこのちょっと上手な素人さんみたいな声は!」と思ってしまった。
お陰で彩花が登場するたびに興醒めしてしまう。
物語展開上、彩花を魅力的に描かないと主人公の葛藤や迷いが読み手に迫ってこないのに……。
山本麻里安は本作の主題歌も歌っているが、これも下手。

あまり満足できる作品ではなかった。

Memories Off Pure

『 Memories Off 』の主人公たちの中学生時代を描いた物語。
ここで主人公が彩花とくっつきさえしなければ、彩花と『 Memories Off 』の某ヒロインは、背中に翼が生えるようなことはなかったのだ。
感動するよりもむしろ呆れた気分になった。

Memories Off 2nd

『 Memories Off 2nd 』は『 Memories Off 』の続編で、前作のおよそ一年後が物語の舞台となる。
登場人物は全く異なるが、前作で狂言回しを演じていた人物が、こちらでも脇役で登場する。
また、前作でも物語の舞台が湘南地区をモデルにしていることを思わせていたが、今作ではそれがより明確になっている。

物語の冒頭から、主人公の少年、伊波健には交際中の彼女、白河ほたるがいる。
ほたるは健と同じ高校に通う少女で、年齢不相応な子供っぽい面はあるが聡明で快活。
ピアノ奏者として卓越した才能を持っている。
健はサッカー部を引退してから目標を見失っており、コンクールを目指して練習に打ち込むほたるに引け目を感じている。
そんな中、健は他の女性に心を惹かれていく。
健の浮気相手は健の同級生、健の通う高校の臨時講師、健のアルバイト先の同僚、ほたるの姉、ほたるの親友の計5名。
おかげで物語はドロドロして葛藤と修羅場を抱え、家庭用ゲーム機の恋愛アドベンチャーゲームとしては少し深みのあるものとなっている。
健が浮気せずに終わる展開も用意されている。

健が浮気相手のヒロインと親密になるシナリオに進んでも、選択肢によってバッドエンドに至ることがあり、これがなかなか楽しい。
バッドエンドは、ヒロインが海外へ逃亡したり、才能を開花させることのないまま主人公の前から去ったり、放火の末に自殺したり(ついでに主人公の親友は失踪)、電車に跳ねられて死んだりと、悲惨だ。
さすがにほたるは心優しい少女なので、嫉妬に苦しんでもヒロインを刺し殺したりはしないが、それはそれで切ない。

全体として、心変わりする自分への主人公の葛藤よりも、ヒロインそれぞれが抱える葛藤の方が強く、主人公のダメっぷりが目立つ。
こんな主人公のどこにヒロインたちは惚れるのやら。
まあ、恋なんて不可抗力的に落ちるもので、理由なんか分かりはしないんだけど。
いまいち感情移入しづらい主人公だが、心移りしてしまった後にほたるに対して主人公が抱く疎ましさは何となく同意できる。
贅沢なことだけど、自分の望まない好意を熱心にぶつけられるのって鬱陶しいんだよなあ。

ところで、本作では白河ほたるがピアノ奏者という設定から、音楽ネタが物語の味付けに使われている。
彼女がコンクールで弾くのがリスト作曲の「愛の夢 3つのノクターン 第3番 変イ長調 『おお、愛しうる限り愛せ』」( Liebestraume: 3 Notturnos No. 3 - O Lieb, so lang du lieben kannst )
聞いたことがあるんだけど名前が分からなかったのが、このゲームのお陰で名前判明。
早速 CD を買ってしまった。
個人的にはこれだけでも収穫だ。

ともあれ、前作よりもドラマ性、キャラクター性、演出、グラフィックなど全てが上回っている。
一般大衆に受け入れられる程ではないけれども、家庭用ゲーム機での恋愛アドベンチャーゲームとしては優秀だと思う。

ちなみに本作には、公募によるおまけシナリオと公式のおまけシナリオが併せて20本あり、本編シナリオ全てと19本のおまけシナリオをクリアすると、最後の1本をプレイできるようになる。
このシナリオではキャラクターの着せ替えを楽しめるほか、ゲームを終わらせて現実に帰るようプレイヤーを諭し、作品を締めくくる。
メタフィクション的で親切な仕掛けが心憎い。

Memories Off 2nd 雪蛍

『 Memories Off 2nd 』の健とほたるの馴れ初めを三人称で描いた物語。
健に思いを募らせ奮闘するほたるの姿がいじらしい。
こんなドラマチックな馴れ初めなのに『 Memories Off 2nd 』で他の女に走る健は最低野郎だ、歯ァ食いしばれ!
この物語を読んでから『 Memories Off 2nd 』を振り返ると、健に捨てられるほたるが可哀想で切なさが増す。
読者にそういう風に思わせた点でこのシナリオは成功だといえよう。
このシナリオ一本で少女マンガ一冊作れそうだ。

まとめ

「萌え」要素が抑制されている分、オタクの世界ではマイナーな作品であるように思われるが、本作以後も毎年のようにシリーズ作品が発売されていることから、そこそこの人気を保っているらしい。
なるほど、恋愛アドベンチャーゲームをプレイしたことのない人にもお勧めできる程のレベルではないが、好んでその手のゲームをプレイする人には訴求力を持った作品だと思う。
2,000円という値段はお買い得である。

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SuperLite 2000 シリーズ Remember11 -the age of infinity-


私が絶賛してやまないアドベンチャーゲーム『 Ever17 - the out of infinity - 』
その次回作、『 Remember11 - the age of infinity - 』は買ってからずっと棚に積みっぱなしにしていたのだが、休暇を活用してこのほどようやくプレイした。

結論から先に言うと、この作品はキング・オブ・メタフィクションである。
そのシナリオ構成は恐ろしく精巧に設計されており、舌を巻かざるを得ない。
しかし技巧に走りすぎた分、難解になってしまっていて、多くの人に勧めるのは難しい。

物語

『 Infinity 』シリーズ第1作『 Never7 -the end of infinity- 』では、作中で女性キャラクターと恋愛関係になって結末を迎えることがプレイヤーへの課題であった。
第2作『 Ever17 -the out of infinity- 』ではサバイバルと謎解きがプレイヤーへの主な課題となり、恋愛はそのための手段に過ぎなくなった。
第3作である『 Remember11 - the age of infinity - 』(以下、『 Remember11 』)では、ついに恋愛が課題ではなくなり、プレイヤーへの課題はサバイバルと謎解きに絞られている。

『 Remember11 』の物語はまず「冬川こころ」という女性の視点で語られ、その視点でのグッドエンディングを迎えると、「優希堂悟」という男性の視点で物語が語られる。

2011年1月11日、北海道の孤島にある特別精神医療施設「 SPHIA 」に軟禁されている連続殺人犯、犬伏景子と面会するため、冬川こころは北海道へ向かう飛行機に搭乗する。
その機内で冬川こころは楠田ゆにという11歳の少年と知り合う。
彼女たちを乗せた飛行機は青森県の朱倉岳に墜落してしまうが、冬川こころが意識を取り戻したとき、彼女はなぜか目的地である「 SPHIA 」にいた。
しかも彼女の肉体は優希堂悟と呼ばれる人物になっていた。
一方、墜落事故に遭った冬川こころの肉体は、生存者によって現場付近の避難小屋に運ばれており、優希堂悟の人格が入っていた。

「 SPHIA 」にいるのは、優希堂悟の肉体のほか、涼陰穂鳥と名乗る犬伏景子、内海カーリー、楠田ゆにの4人。
避難小屋にいるのは、冬川こころの肉体のほか、黄泉木聖司、黛鈴、楠田ゆにの4人。

「 SPHIA 」の優希堂悟の肉体は何者かに命を狙われているらしい。
また、避難小屋の冬川こころの肉体も、救助隊が来るまでの間、真冬の雪山で命の危険に晒されている。
冬川こころと優希堂悟の人格は前触れなく頻繁に入れ替わり、彼らを翻弄する。
彼らは生き延びねばならない。
特に冬川こころの置かれた状況は厳しい。
避難小屋には、避難していた事故の生存者たちが2011年1月17日に発生した雪崩によって、楠田ゆに以外全員死亡したことを告げる新聞が置かれていたのだ。

なぜ未来の出来事を記した新聞があるのか。
なぜ楠田ゆにだけは「 SPHIA 」と避難小屋の両方にいるのか。
なぜ人格の入れ替わりが起こるのか。
物語を進めつつ、プレイヤーはそれらの謎に迫っていくことになる。

メタフィクション

生き延びるために、冬川こころと優希堂悟は奮闘する。
ゲーム中、数多くの選択肢が現れるが、選択を間違えると死へと繋がる選択肢があちこちに仕掛けられている。
エンディングの数は33個もあるが、そのうち冬川こころと優希堂悟が生き残るエンディングは2個だけで、残りは全てバッドエンディングである。
バッドエンディングを迎えたプレイヤーは、グッドエンディング目指して何度も何度も物語をやり直すことだろう。
そう、冬川こころと優希堂悟が生き延びるために実際に奮闘しているのはプレイヤーにほかならない。

そしてグッドエンディングにおいてプレイヤーは、やっとハッピーエンドを迎えたと思うのも束の間、衝撃的な謎かけを浴びせられることになる。
謎を残したまま、グッドエンディングは終わる。
謎が解明される真のエンディングはないのだろうか。
解答を求めるプレイヤーは必死に物語をやり直すことだろう。
その中でプレイヤーは真相のヒントを得ていくが、決定的な解答は提示されない。
プレイヤーは無限ループに巻き込まれる。
神の視点にあるプレイヤーの特権的立場を崩壊させ、無限ループに閉じ込めること、これこそが『 Remember11 』の作り手と、作中のある登場人物の狙いなのだ。
私がキング・オブ・メタフィクションと呼ぶ所以である。

評価

推理小説に喩えるなら、『 Remember11 』は名探偵が密室殺人の犯人を言い当てるだけで、犯行トリックや犯行動機を説明し尽くさないまま終わっているような状態だ。
真相の解明はプレイヤーに委ねられている。
これではフラストレーションが溜まる一方。

前作の『 Ever17 』は、作中で張り巡らされた伏線が一気に収束し謎が解き明かされ、ハッピーエンドに至ることから、衝撃と感動をプレイヤーにもたらした。
その次回作として期待されたこの作品が、謎の解答を提示しないまま未完であるのだから非難されるのも無理はない。
「解答編を付属させた完全版を発売して、もう一度金を稼ごうとするメーカーの策略である」と言う人もいるくらいだ。
しかし未完であることそれ自体が『 Remember11 』の物語のトリックであり、物語がハッピーエンドに至るための必然的な道なのである。
アドベンチャーゲームとしては恐ろしく高等なシナリオであり、驚嘆せざるを得ない。
ただ、一般にゲームソフトには娯楽や爽快感が求められているわけで、それらが満たされず難解な『 Remember11 』は少数の人にしか評価されないだろう。

明確な解答が提示されていない謎解きにこそ価値がある、と思う人には『 Remember11 』はお勧めだ。
今では『 Ever17 』と並んで「 SuperLight2000 」シリーズに収められ、2,000円で購入することができる。

……と偉そうなことを書いていますが、私は下記のサイトの助けがなければ真相(と思われるもの)には到達できませんでした。
御礼申し上げます。

Remember11 -the age of infinity- 攻略
http://sukehi.hp.infoseek.co.jp/oreally/reference/remember11/

朝日が昇り そしてまた落ちる Remember11 -the age of infinity- 微ファンサイト
http://f9.aaa.livedoor.jp/~glassun/index.html

補足、蛇足

シナリオのみならず、グラフィック、音楽、操作性も優秀だ。
グラフィックはどちらかというと、女性向けマンガ風の絵柄。
楠田ゆに萌え。
衆道に落ちそうで危険。

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恐らく今の小中学生は知らないことだろうが、「ノストラダムスの大予言」というものがかつて流行したことがあった。
五島勉という作家が紹介したところによれば、16世紀フランスの占星術師、Michel de Nostredame がその予言書で、1999年7月に「恐怖の大王」により世界が滅亡すると予言しているというのだ。
もちろん2005年現在、当然のように世界は滅亡していない。
今どうしているんだろう、五島勉。

私も小学生の頃にこの「ノストラダムスの大予言」を知って怖いなと思ったけれど、怪談話程度の怖さしか感じなかった。
当時といえば少年向けの読物には依然として科学技術による輝かしい21世紀像が喧伝されていたから、そのせいかもしれない。
「ノストラダムスの大予言」よりかは、ある夜に布団にくるまりながら、「自分はいつか死ぬんだ」と突然悟ったときの思考の混濁の方が怖かったように思う。

『終ノ空』は終末が予言されていた1999年7月の一月後、すなわち1999年8月に発売されたノベルゲームである。
終末論と死生観をテーマにした作品だ。

1999年7月にある学園で発生した集団自殺事件が、4人の視点でそれぞれ描かれる。

最初の視点は、この作品において観察者に位置づけられる男子生徒、水上行人のもの。
ある日、彼の同級生である少女、高島ざくろが他校の少女2人とともに屋上から飛び降りて死ぬ。
それをきっかけとして、「7月20日に世界が終わる」という噂がクラスに広がり始める。
さらに今までいじめられっ子だった同級生の少年、間宮卓司が、突然自らを終末における救世主であると宣言し、生徒たちを煽動。
学園中に終末妄想が広がっていく。
多数の信者を獲得した卓司は、7月20日を迎える前に「始まりも終わりもない世界」に至るべく、信者とともに校舎の屋上から飛び降りて死ぬ。

第二の視点は、行人の幼馴染であり同級生である少女、若槻琴美のもの。
行人と同様に「世界の終わり」を信じない彼女は、彼女を敬愛するあまり仲間に取り込もうとする狂信者によって拉致され、性的暴行を受ける。
行人の視点で判らなかった彼女の被害の模様と、彼女が行人に抱く恋心がここで明かされることとなる。

第三の視点は、事件のきっかけとなった少女、高島ざくろのもの。
彼女が屋上から飛び降りるに至った事情が明かされるのだが、その真相は過酷な経験から獲得することとなった滑稽な妄想だった。
いわゆる前世女という奴である。
「アタマリバース」や「スパイラルマタイ」といった創作語に笑いを禁じえない。

第四の視点は、救世主を標榜して集団自殺に至った間宮卓司のもの。
高島ざくろの視点から盛り上がり始めた狂気の描写が、ここに至って頂点に達する。
どうやら彼は、もともと統合失調症的な狂気をもともと備えていたらしい。
高島ざくろの死後、幻覚と幻聴が彼を襲う。
彼の行く先々で異形のものが彼を見つめるようになる。
いじめを受ける過酷な生活の中、彼が秘密の安息場所で壁に描き話し相手としていた魔法少女が実体化し、彼を救世主として目覚めさせる。
死人と会話するわ、妄想を実体験と錯覚してセックスするわ、もう無茶苦茶である。
そんな彼の狂った認識がグラフィックとしてプレイヤーにも提示されるものだから、非常に不気味だ。
この間宮卓司の暴走こそ、『終ノ空』の売りといって差し支えない。

作中ではウィトゲンシュタインやカントの哲学が名指しで引用されてプレイヤーを煙に巻く。
ベルクソンの哲学も混じっているかな。
間宮卓司の視点が終わると、集団自殺後の世界が水上行人の視点で語られて物語は終わるが、登場人物たちが見た「終ノ空」とは何なのか、そして物語の狂言回しである少女、音無彩名は何者なのか、それらははっきりと説明されないままだ。
ウィトゲンシュタインの言うように「語りえぬものについては、沈黙せざるをえない」とでも言うのだろうか。

ゲームを小説化した『小説 終ノ空』をゲームをプレイする前に読んでいたので物語自体の新鮮味はなかった。
しかし狂気が絵で表現されることの不気味さや恐怖感、そして画面切り替わりのインパクトはゲームならではだ。
それに、作中の事件の真相はちょっとした勘違いが連鎖して妄想や狂信へと発展していったということなのだが、そのことが異なる視点で同じ事件を読み進めるうちに明らかとなるシナリオ構成はよくできていると思う。
『ひぐらしのなく頃に』に通じるところがある。

全クリアに要する時間は7時間から8時間程度。
エンディングおよび途中の展開の変化は二種類しかないようだ。
私はこの作品を中古価格2,000円で入手したが、それくらいの値段が丁度いいと思う。

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マンガ化や TV アニメ化が話題のノベルゲーム、『ひぐらしのなく頃に』シリーズ最新作『罪滅し編』が昨日販売された。
解答編の第2話、シリーズでは第6話にあたる。
コミックマーケットに出かけたり同人グッズショップに並んだりする暇も気力もなかったので、同人グッズショップのオンライン通販で予約購入した。
今回はついに謎の多かったヒロイン、竜宮レナの視点を絡めて物語が描かれている。
以下、ネタバレを含むので注意。

これまでの話で気づいた人は多いだろうが、主人公を含む主要登場人物たちのなかにあって、レナの家庭環境については長らく作中で語られては来なかった。
ようやく今作において、彼女の家庭環境が明らかとされることとなる。
そして彼女が淑やかさと道化の仮面の下に抱いている感情も。
それは自分のせいで家庭が崩壊してしまったという強い罪悪感であり、平穏な日常を維持しようという強い意志であった。
その感情が間違った方向に進み、またも雛見沢で惨劇が引き起こされる。

彼女に比べれば、主人公の前原圭一はまだまだ子供であり、阿呆である。
だがそんな彼も自分の罪に気づくことでようやく主人公の輝きを獲得した。
レナが狂気に囚われていくなか、圭一はかつての『鬼隠し編』での自らの行動を思い出す。
ここに至り『鬼隠し編』の真相が幾らか明かされるとともに、物語は剣と魔法の世界ではない方のファンタジーでよくある「ループ」「平行世界」の要素を顕在化させる。
『鬼隠し編』でヒロインたちを傷つけた自分のように、雛見沢村に来る前の過ちをレナに知られ傷つく圭一。
『鬼隠し編』における立場とちょうど逆の立場に立たされた彼は、自らの罪を自覚する。
もはや彼は逃げないし、一人で足掻くこともない。
罪を償うため、今度は仲間たちとともに惨劇に立ち向かう。
覚醒した圭一が仲間たちと協力しあい窮地を脱するクライマックスのシーンは伝奇的でありアクション映画的。
やり過ぎな感は否めないが格好いい。
主人公がループに気づき連帯して仲間を救い出そうとする展開は、『 Ever17 』を彷彿とさせてグッとくる。

「おお、ついに準ハッピーエンドか!?」と目元を滲ませつつ期待するが、やはり結末は破滅であり、『祟殺し編』の真相を明かす物語へと道を空けるのだった。
2回盛り上げて2回落とすんだからもう、意地悪だ。
まあ確かに、いくら○○○ても仕方ないような○○とはいえ、○○を○しておいてハッピーエンドというのは不遜だけど。
どうやら少なくともこの物語においては、登場人物の誰かが少しでも一人で思い詰めて行動すると必ず破滅を招く仕掛けになっているらしい。
仲間を絶対に信頼し協力し合わねば、些細なきっかけで誤解が生じて深淵に飲み込まれてしまうようだ。

今作でも富竹と鷹野は死んでしまったが、登場人物の誰もが死なずに済んで初めて『ひぐらしのなく頃に』はハッピーエンドを迎えそうな気がする。

なお、『罪滅し編』の読了に要した時間は7時間ほど。
解答編に入って謎の多くが明らかとなり緊張感が減ったせいか、テンポの悪さと退屈さを強く感じるようになった。
しかし、惨劇の終わりはもうすぐ。
『祟殺し編』の真相を明かしてくれるであろう次回作、『皆殺し編』が楽しみである。

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『 narcissu 』は PC 上で読む、音楽と声と少々の絵がついた短編小説である。
シナリオライター片岡ともが中心となって制作された作品で、Web サイトで無償公開されている。
体裁こそノベルゲームのシステムを利用してはいるが、選択肢によって物語が変化するわけではない。
画面構成と淡々とした語りに、一本のロードムービーを観たかのような感覚を覚える。

作り手が Web サイトで内容紹介として示していることなので伏せないが、この作品の物語は、ある若い男女が出会い死に臨んで、いかに生きたかを描いたものである。
だけれども、男女の恋物語ではない。
主人公の名前は示されず、ヒロインも彼の名前を尋ねようとはしない。
ギリシア神話のナルシスのように、彼女は彼女自身の世界しか見ていないのだ。
ヒロインにとって主人公は、止まっていた彼女の「時間」を動かし、一瞬の「生」へと導くきっかけに過ぎない。
しかし主体性を放棄していたヒロインにとっては、主人公は行動を起こすための、すなわち「生」への、唯一の手段であった。
音叉への一撃によって発生した響き=エコーのように、主人公の与えたきっかけによってヒロインの「生」は現れ、そして速やかに消えていく。
「生」を獲得してしまったヒロインは、主体的に終末を選択することで自己の世界の完結を果たす。

彼女の「生」を形に残したことが、主人公の「生」であった。
ヒロインが主観の世界の住人であるならば、主人公は客観の世界の住人である。
プレイヤーもまた、主人公の傍らで立ち尽くすだけだ。
物語に救いはない。
そもそもヒロインも主人公も、救いを求めてはいない。
あえて救いを見出すならば、それは二人が出会ったことである。

正直なところ、私は職業柄彼らを素直に受容することはできない。
同じ事をされたら、心の中で呪詛の言葉をぶつけるに違いない。
同じきっかけで去っていった人々に、胃を痛め頭を悩ます毎日の生活が私の心を固く縛っている。
冬のあの海は鈍くて重くて汚いぞ、と冷静にツッコミを入れてしまう。

だが、私にもまだ人の心はあったらしい。
最後の最後には目元が滲んでしまったのだから。

ボイス無しでプレイ(もちろんそれは CD や DVD の「再生」という意味で――この「再生」ってのも意味深長だな)したところ、所要時間は1時間ほどだった。
ダウンロードの時間も入れて、2時間ほどの余裕があるならば、この作品に触れてみることは悪くないだろう。

今晩吸うエコーは、一味違う。

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いわゆるチェーンメールの変形で、「 VIDEOGAME BATON 」なる質問集を受領。
折角なんで答えてみます。

1.Total volume of game files on my computer

自分のコンピュータに入ってるゲームファイルの総計。
ゲームをインストールしたディレクトリのサイズを調べたら 17.8GB だった。
何時の間にこんなにいっぱい……。

2.Game playing right now

今プレイ中のゲーム。

『スカッとゴルフ パンヤ 』

ネット対戦型のゴルフゲーム。
ちまちまと半年以上続けてます。

『ひぐらしのなく頃に 』

ゲーム本編の起動は終えたけれど、謎に取り組んでいるという意味でプレイ中。
そういえば最近 2ch BBS の VIP 板でブームが到来している様子。
http://oyasirovip.run.buttobi.net/
あと、『 To Heart2 』と組み合わせたパロディ作品を見つけたのでついでにここに書いておきます。
http://www.geocities.jp/konominaku/
http://www.geocities.jp/ryuoutan/

3.The last video game I bought

最後に買ったテレビゲーム。
SuperLite 2000シリーズ 恋愛アドベンチャー メモリーズオフ・デュエット
B00029RQME

感動ラブストーリーが詰まってるという評判に加え、数作分セットにも関わらず2000円という廉価版なんで買ってみた。

PC ゲームを入れるとすれば、『リトル・ウィッチパルフェ ~黒猫印の魔法屋さん~』
6年前に雑誌の付録で体験版をプレイしたことがあって、こないだ日本橋で製品版が1280円で売ってたもんだからつい買ってしまった。
Windows XP で動くのか判らないけど気にしない。
今調べてみたら6年の間に続編やらコンプリートパックやらが発売されてて隔世の感。

4.Five video games I play to a lot, or that mean a lot to me

よくプレイする、または特別な思い入れのある5つのテレビゲーム。

『 Ever17 ~the out of infinity~ 』(Playstation2, 2002年)

Ever17 ~the out of infinity~ Premium Edition

やはりコレ。
ゲーム史上に残る SF ミステリーの傑作。
ご都合主義展開もあるけれど、最後までプレイしてよかったと思わせる大団円のカタルシスはお見事。

『スナッチャー CD-Romantic 』(PC-Engine, 1992年)

コナミ制作の SF アドベンチャーゲーム。
『 METALGEAR 』シリーズで有名な小島秀夫監督作品。
練りこまれた設定は中学生の私には衝撃的でした。
当時はまだ珍しかった CD-ROM 媒体を生かし、台詞は音声つき。
これのおかげで、井上喜久子お姉さんのファンになりました。
『らんま1/2』や『ふしぎの海のナディア』に出てるとは全然知らずに。

『 serial experiments lain 』(Playstation, 1998年)

同名のアニメーションドラマは私の大のお気に入りだけど、内容は主人公の名前と姿が同じというだけで全然違う。
ゲーム作品としては、かなり異色。
岩倉玲音という少女にまつわる情報の断片(音声や映像)を再生していき、そのキャラクターや物語を考察していくというもの。
精神病理学あり、哲学あり。
狂気の果ての救いのない結末が重く切ない。
欠点は情報の断片の選択という肝心な部分で画像処理が重いために、操作性が非常に悪いこと。
Playstation2 のマシンパワーならもっとよくなると思うのだけれど。
流通量が少なくて、中古屋を探しまくってやっと見つけました。
今でもプレミアムがついて高価です。
久々にもう一度プレイしたくなってきたなあ。

『卒業 Graduation』(PC-Engine, 1993年)

女子高教師となって5人の女生徒を育成するゲーム。
現在のいわゆる「ギャルゲー」「育てげー」の元祖的作品です。
(更に遡ると1991年の作品『プリンセスメーカー』がある)
私としても生まれて初めてプレイした美少女ゲームもの。
リバイバルとして本作の女生徒の子供がヒロインとなる作品『卒業 Next Graduation』が今年発売されるそうで……もうそんな歳か。

『スパイ vs スパイ』(ファミリーコンピュータ, 1986年)

罠をしかけて相手を陥れつつ、アイテムを揃えて脱出した方が勝ちという対戦型ゲーム。
ファミコンソフト店のチラシを見て、買ってくれと母に猛烈にねだった一作です。
何が小学生の私の琴線に触れたのだろう?
ゲームの内容よりもむしろ、知らない街にあるそのソフト店に向かって知らない街を通っていったときの幻惑的な感覚の方が強く記憶されてます。
買ってもらった手前、ルールもよく理解せずにプレイしてたけど、コンピュータ相手に一人でプレイしても面白くないのよね、この作品。

5.Five people to whom I'm passing the baton

バトンを渡す5名。
いいや、これにて打ち切り。

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秋桜の空に

1998年に発売されたアダルトノベルゲーム『 ONE ~輝く季節へ~ 』は、ヒット作『 Kanon 』『 AIR 』を制作したソフトブランド Key のスタッフが中心となって制作した作品で、後のアダルトノベルゲームに強い影響を与えたことでよく知られている。
プレイヤーを泣かせにかかるノベルゲーム、通称「泣きゲー」の元祖と言われ、その物語構成が恋愛ノベルゲームの定番スタイルとなっているのだ。

面白おかしい学園生活を重ねながら、主人公が女生徒と親密になっていき、恋仲に至る。
それまでの恋愛ノベルゲームならば、それでめでたしめでたしという結末だ。
だが『 ONE 』では、そこから不可避的で絶望的な離別が主人公たちを襲うこととなる。
「これが結末なのか?」とプレイヤーが呆然としたところで、主人公たちは劇的な再会を遂げ、ハッピーエンド。
この一ひねりがプレイヤーに感動を呼ぶという仕掛けである。

『秋桜の空に』(こすもすのそらに)はその『 ONE 』の発売から3年後、2001年に制作されたアダルトノベルゲーム。
小説版が発売されたり、全7巻のドラマ CD が発売されたりと、なかなかの人気作らしい。
「ギャグが笑える」「『 ONE 』に匹敵」との高い評価を目にし、興味を持ったのでプレイしてみた。

プレイした感想。

「『 ONE 』の焼き直し」

悪く言えばエピゴーネン、良く言えば換骨奪胎。
主人公の遭遇する運命が『 ONE 』と逆、と言えば『 ONE 』をプレイしたことのある人には判るかもしれない。
『 ONE 』では主人公のことを周囲の人物が**ていくけれど、『秋桜の空に』では主人公が周囲の人物を**ていくのだ(ネタバレ防止のため伏字とさせていただきます)。
おまけに2001年の作品だったら大抵のアダルトゲームには音声がついているのが普通だと思うが、『秋桜の空に』は音声なしだし、主人公が破滅に至ったときに偽エンディングが流れるしで、どうしても『 ONE 』を思い出さざるをえない。
どのヒロインのシナリオに進んでも予定調和で、『 ONE 』を経験している私にとってはこれで感動するのは困難だった。
ギャグもつまらなくはないけど、巷のライトノベルにはもっと面白おかしいギャグを書く作家がゴロゴロいるんじゃないかと思う。

とはいえ、『 ONE 』との比較で考えると『秋桜の空に』にはなかなか捨てたものではないところもある。

『 ONE 』の主人公は奇行が多い上に、女性に対する態度はからかうことがベースになっているところが鼻につく。
何でこんな奴にヒロインは惚れるかな、と思う。
『秋桜の空に』の主人公も奇行が多くて女性に対してデリカシーのないところがあるけれど、他人への思いやりのある人物である。
物語の終盤近くで明かされる彼の過去は悲惨だ。
『 ONE 』の主人公は幼少期に*と**しているのが悲劇のきっかけだが、『秋桜の空に』の主人公は幼少期に**の**を失った上に**に*されかけている。
中学生の頃には心酔していた人物に自殺されてもいる。
そんな辛い過去を経験しているがゆえに備えたやさしさに、彼をとりまくヒロインたちが内面に抱えた傷を癒されて主人公に魅かれていくのは納得できる。

ヒロインたちのキャラクターも、口癖で特徴づけを行っているところは気になるがそこそこ印象に残る強さがある。
特にメインヒロインの涼香は主人公を弟のように異常に可愛がるお姉さんタイプで、「姉萌え」キャラクターの元祖、「姉萌え」キャラクターブームの火付け役と目されているらしい。
ヒロインの一人、若菜は「○○カナ?○○カナ?」と台詞を二度繰り返す癖があるが、これはノベルゲーム『ひぐらしのなく頃に』のヒロイン、竜宮レナの口癖の元ネタだと思われる。

そんなこんなで、『 ONE 』をプレイしたことのない人が『秋桜の空に』をプレイすると結構ハマるような気がする。
オタク向け作品のノリに馴染みのない人は、記号的にデフォルメされた登場人物に序盤でうんざりするだろうから、手を出すのはやめておいた方がよいだろう。

プレイして本作を気に入ったら、2002年に出版された小説『秋桜の空に―奈々坂の門』を読んでみるといい。
『秋桜の空に』のシナリオライター自ら執筆にあたっていて、涼香と結ばれた主人公の後日談を描いている。
ゲームの追加シナリオと言ってもよい感じだ。
「主人公と結ばれなかったヒロインは、心の傷を克服できないまま切ない人生を歩むのでは?」という疑問を晴らしてくれる、オールスター出演の気軽な読み物である。
絶版になっているので、入手困難なのが残念なところだが。

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Forest

PC 用ゲーム売り場の片隅、アダルトゲームコーナー。
あるいは、アダルトゲームソフトの専門店。
情欲を喚起せんとポルノグラフィーがひしめくなかに、ひっそりと『 Forest 』はあるだろう。
2004年、ライアーソフトが世に送り出した、ノベルゲームの秀作である。

『 Forest 』の物語は、「お話を聞かせて?」という少女の声とともに始まる。
何者かが、少女に物語を語っていく。
かつて彼女が体験したであろう出来事を、彼女に思い出させるかのように語っていく。
そう、物語とは、語られるもの。
語り手と、聞き手によって作られるもの。
物語をめぐる物語、それが『 Forest 』という作品にほかならない。

舞台は現代の新宿。
その新宿が突然「森」という存在に覆われ始める。
「森」は「ガーデン」という幻想空間に主人公たちを集め、「リドル」という謎かけ、遊戯、あるいは罠に彼らを巻き込む。
「ガーデン」はイギリスの児童文学から多数のイメージを引用している。
『不思議の国のアリス』、『鏡の国のアリス』、『ナルニア国ものがたり』、『くまのプーさん』、『ピーター・パン』、『メリー・ポピンズ』など。
それらは決してノスタルジックではなく、不気味であるといっていい。
「ガーデン」へと集められた主人公たち5人の男女は「リドル」に翻弄される。
彼らにはそれぞれ、新宿から離れられない事情がある。
「リドル」での敗北は新宿からの追放、あるいは死に繋がるため、彼らは「リドル」を突破しなければならない。
「ガーデン」に集められたときに与えられた「ギフト」という能力を使いながら、彼らは「リドル」に挑む。
度々「リドル」に巻き込まれるうち、彼らは奇妙な友情を築き、「森」の正体に迫っていく。
そんな彼らを誘惑するのは、冒頭で物語をせがんだ少女であり、「森」のしもべであるトリックスター、「黒いアリス」。
彼女は「リドル」を操るようでいて、彼女自身もまた「リドル」に翻弄されていく。

一般にノベルゲームでは物語は主人公の一人称で記され、登場人物の台詞が声優によって演じられることが多い。
それは括弧書きの台詞の単純な読み上げである。
『 Forest 』の場合、叙述者が主人公の青年だけではなく、様々なキャラクターがそのつど叙述者となる。
そして叙述者の叙述、つまり地の文にも音声がつく。
さらに画面に表示された叙述へ掛け合うように、台詞として表示されない台詞が音声で語られる。
その野心的な演出は幻想の世界とあいまって、さながら小劇場系の芝居を観るかのようだ。

『 Forest 』の物語が展開するにつれて、「ガーデン」は作中の人物が生み出した物語世界であることが明らかとなってくる。
物語というものがそもそも語り手と聞き手の間で生々流転するものであるがゆえに、『 Forest 』の物語はマルチエンディングである。
その構造を「開ける」あるいは「明ける」からこそ主人公は「アケル」と名づけられたのではないだろうか。

では、「ガーデン」を支える「森」と「森」の意志とは一体何か?
それは『 Forest 』の作り手がプレイヤーに物語を語るという枠組みそのものだろう。
CD-ROM にプレスされたゲームソフトは――それはゲームに限らず、本や映画が語る物語も同様だけれど、人間の語りとは違って同じ操作を行えば寸分違わぬ物語を語る。
そこではもはや物語は固定的なものに見えるかもしれない。
だが「ガーデン」に用いられる文学作品の出典にプレイヤーが記憶を巡らせたり、物語に様々な解釈を加えたりすることによって、プレイヤーにとっての『 Forest 』というゲームの物語は様々な形をとっていく。
決して固定的ではない。
『 Forest 』はそこまで考慮に入れて構築されたメタフィクションだ。
多分そうだと思う。

一応アダルトゲームである。
濡れ場はある。
しかしそれは味付け程度のものであって、本質ではない。
『 Forest 』はティッシュ・ペーパーをお供に時間を過ごすゲームソフトではない。
プレイしながら使うのは下半身ではなく、脳味噌だ。

告白すると、私はイギリスの児童文学は殆ど読んだことがない。
『不思議の国のアリス』くらいは読んだことがあるけど、ディテールはほとんど忘れてしまっていた。
『ナルニア国ものがたり』は読もうと思って全巻セットを amazon.co.jp のショッピングカートに放り込んであるが、長らくそのままの状態になっている始末だ。
百科事典的な、一行豆知識的な知識しか持ちえずに『 Forest 』の物語をなぞったのだが、それでもニヤリと笑いながら楽しむことができた。
さすがにぐいぐい引き込まれて没頭するという訳には行かなかったけれど。
元ネタになっている作品を幼い頃に親しんだ人なら、恐らくもっと楽しむことができるだろう。
それに加えて、小難しい文学作品を好んで読み悦に入るインテリな人なら、さらにオススメできるだろう。

アダルトゲームというカテゴリーで流通しているだけに、書籍や映画とは違って名の知れた批評家がマスメディアで取り上げることは望み薄だ。
万人が楽しめるエンターテイメント作でもない。
恐らくは異色作としてゲームマニアの間でのみ語られ、そして忘れ去られていくに違いない。
だけども、もしあなたがこの文章を読んで『 Forest 』に興味を持ったなら。
アダルトゲーム云々は気にせずに、プレイしてみては如何だろうか。

あ、もちろん18歳未満の人はプレイしちゃダメですよ、一応。
元ネタの作品を読んで予習するに留めましょう。

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ドラマCD ひぐらしのなく頃に(鬼隠し編)

ノベルゲーム『ひぐらしのなく頃に』の一編、「鬼隠し編」がドラマ CD になり先日発売された。

CD3枚組で、時間にして4時間弱。
それでも原作と比べると地の文はかなりカットされているし、ゲームの前半部分ではシーン自体のカットも多い。
台詞も合いの手を削って結合させているところが多い。
うまく編集して詰め込んだな、という印象。

楽しい学園生活を過ごしてきた主人公の仲間たちが豹変。
避けがたい惨劇へ向かう恐怖が『ひぐらしのなく頃に』の魅力の一つだけど、それが果たして声優の演技でどう表現されるかがまず注目される点だろう。

キャスティングは、まあ悪くないかな。
原作の主人公とその仲間たちは年齢は明示されていないけど中学生と小学生と思われることを考えると、ちょっと年齢が高めの声に思える。
でも許せる範囲内だ。
茶風林の大石蔵人は、『名探偵コナン』の目暮警部がどうしても重なってしまうので減点。
かないみかの北条沙都子も微妙なラインだが、小憎たらしさを出すには妥当なところか。

注目の豹変シーンだが、有名な台詞「嘘だッ!」に必ずエコーがかかっているのはイマイチ。
だけどそれ以外の豹変っぷりはなかなか雰囲気が出ていたと思う。
なかでもゲーム中では「哄笑だった」と記されているだけでニュアンスを掴めなかったのが、実はかなり狂った笑いであることが判る部分がある。
ブックレットに書かれた ID とパスワードを使って、公式サイトからダウンロードしないと聴けない部分ではあるけれど、あれは興味深かった。

そのほか、喉を掻き毟るシーンやドアに指を挟むシーンもうまく音声化されていたんじゃないだろうか。

ゲームでは御馴染みである最後の「どっかーん」音がなく、あっさり終わるのはちょっと寂しい。
「この惨劇の謎を解けるかな?解けないだろうな」と言わんばかりに「どっかーん」音でプレイヤーを突き放すのも『ひぐらしのなく頃に』の特徴的な演出なのだけど。

このドラマCD は恐らくゲームを一度プレイした人しか買わないと思う。
だが、プレイしたことがない人が『ひぐらしのなく頃に』の世界に入るにあたってドラマ CD を選ぼうというのなら、3400円のドラマ CD より1575円のゲームの方をプレイした方が恐怖感と満足感が高い、と言っておきたい。
価格とボリュームを勘案してもそうだし、音声のインパクトより視覚のインパクトが勝る。
それに、太っ腹なことだけど実は「鬼隠し編」は体験版として無料で丸々プレイできる
PC 持ってないんです、とか絵が気持ち悪くて耐えられません、とか文字を追うのが苦痛、というのでなければまずはゲームから始めよう。
で、ゲームを一度プレイした人については、熱心なファンであれば買ってもいいんじゃないかな、という感じ。
シナリオはほとんどゲームのシナリオの切り貼りで、文章に書き起こしても目新しいところはない。
身近に買った友達が居るなら、その友達に借りて済ませる程度でも充分な気がする。

ところで、公式サイトによれば、封入されているアンケート葉書を返送すると抽選で出演者の寄せ書きサインが当たる、とされている。
でも私の買ったものにはアンケート葉書なんて入ってなかった。
別にサインなんて要らないからいいけどさ。

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ISBN:4758010269

ノベルゲーム『ひぐらしのなく頃に』のシナリオにはプレイヤーによる選択肢がなく、基本的に一本道。
ただ、シナリオの進み具合に合わせて、「 TIPS 」と名づけられた沢山の小編が読めるようになる仕組みになっている。
この「 TIPS 」は雑誌記事、公文書、何者かの手記、挿話などで構成されており、作品世界を補助している。
大塚英志が『物語消費論』でビックリマンシールを例に論じた「物語消費」を想起させる手法だ。

『ひぐらしのなく頃に 特別編 雛見沢村連続怪死事件 私的捜査ファイル(仮)』はこの「 TIPS 」を寄せ集めて一冊の本にしたような、謎解きのための資料集である。
ゲーム作品の関連本によくある、キャラクター設定資料や製作者インタビュー、コラムの類は一切無い。
あくまでも「暇潰し編」にて語られる「作中の人物の手により出版された本」という設定。
新聞記事の切り抜き、公文書の謄本、便箋かノートに書かれた手記、録音テープから文字に起こされたもの、メモ書きなどをそれぞれ模したものが図版として収められている。
その内容は作中に登場する「 TIPS 」そのままのものもあるが、この本で初めて明かされるものも多い。

  • Frederica Bernkastel なる人物がノートに綴った寓話らしきもの、詩

  • ダム開発計画発表前、差別落書事件が散発的に発生したこと

  • 教育委員会の立場では、前川少年らの通う分校はあくまで暫定的な保護措置のために置かれており、本来は全員が興宮の学校の生徒という扱いであること

  • 神主夫妻変死失踪事件で、遺書を書いて自殺したとされる妻の遺書は所在不明であること

  • 自衛隊が撤収した直後の雛見沢の家屋の殆どに、物色されていた形跡があったこと

  • 雛見沢営林署の側壁において、警官が発砲したものと見られる銃弾が見つかっており、村の駐在警察官は災害で行方不明になっていること
  • 本編をプレイしていない人がいきなり読んでも訳が判らないだろうから注意が必要。
    また、プレイした人が読んだからといって、事件の真相が誰にでも判るという訳でもない。
    ある資料では「暇潰し編」の登場人物が事件の真相について推理しているけれど、「真相が明らかにされる前に作中の人物が展開する推理は的外れ」というのはミステリーのお約束だ。
    ファンやとにかく謎解きに挑戦したいという人にのみ、この本はオススメできる。
    その場合でも「暇潰し編」まで読み進めてからこの本を紐解くべきだろう。

    ちなみに、本の帯に印刷された写真が不気味で私はこの本のオモテを上にして置いておけません。
    本編の背景に突然その写真が映し出されたとき、かなりびびった口なもので。

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    雛見沢の惨劇の頃の話だから私自身幼すぎてさっぱり記憶にないのだけれど、親から聞かされた限りでは、その手の病気の人は普段は温厚なのに突然目つきが変わるらしい。
    だから『ひぐらしのなく頃に』におけるキャラクターの豹変の原因が、病気にあるといっても個人的心情としてはあながち否定できない。
    雛見沢分校は精神的疾患を持った子が集められた学校である、という推理はあまりにも荒唐無稽だけれども。

    それはさておき、『ひぐらしのなく頃に』関係の web ページをメモ。
    即ネタバレのものもあるので、未プレイの人は注意。

    とらのあな 特設ページ
    http://www.toranoana.jp/higurasi/

    ドラマCD 『ひぐらしのなく頃に』公式サイト
    http://higurashi-cd.com/

    ひぐらしのなく頃にwiki - ひぐらしのなく頃にwiki
    http://www.wikihouse.com/higurasi/index.php

    『ひぐらしのなく頃に』 テキスト集
    http://www.geocities.jp/bt_vermeille/higurashi/

    雛見沢村古手神社内寄合所
    http://www.geocities.jp/loosedogtom/index.html

    ひぐらしのなく頃に推理
    http://d.hatena.ne.jp/oramuda/

    月姫研究室
    http://lab.vis.ne.jp/tsukihime/

    PARADOX
    http://www.max.hi-ho.ne.jp/keiya/kousatsu/higurashi.html

    『ひぐらしのなく頃に』背景画像元ネタ
    http://htc.moon.st/ota/04120101.html
    http://taimatsu.hp.infoseek.co.jp/hourouki_2004_10_07_higurashi_tanhou.htm
    http://aoiya.sakura.ne.jp/project/higurashi_01.html
    http://homepage3.nifty.com/azi/OtherInfo/okinomiyaBG.htm
    http://homepage3.nifty.com/azi/OtherInfo/okinomiyaBG2.html
    http://homepage3.nifty.com/azi/OtherInfo/okinomiyaBG3.html

    『ひぐらしのなくこロワイアル』
    http://t-kingdom.hp.infoseek.co.jp/index.html

    ひぐらし漫画
    http://www.geocities.jp/good_for_nothing18/comic/comic.menu.htm

    ひぐロワ漫画
    http://dajare-ekaki.net/viewsys/viewsys/index.cgi?amode=&gcode=higurowa&seq=1

    Escape From Reality
    http://f31.aaa.livedoor.jp/~touhi/

    NSDEC(シナリオファイルの暗号化解除)
    http://www.circle-aurore.org/work/softmain.html

    ワルイヒト - 「ひぐらしのなく頃に」
    http://d.hatena.ne.jp/judgement1999/20041003

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    ノベルゲーム『ひぐらしのなく頃に』が出題編となる物語だとすると、『ひぐらしのなく頃に解』はその解答編ということになろう。
    といっても、颯爽と名探偵が登場して「犯人は誰それです!」と告げ、観念した犯人がおもむろに真相を語りだすという訳ではない。
    シナリオにおける叙述者が変わることで、プレイヤーに新たな事実が提供され、そのシナリオにおける裏事情が判る、というだけだ。

    「目明し編」は『ひぐらしのなく頃に』の物語が始まる一年前、昭和57年(1982年)の園崎詩音の視点から描かれる。
    そこで「4回目の事件」である主婦撲殺事件と、北条悟史失踪事件発生当時の状況が明かされる。
    そして物語は園崎詩音の視点による「綿流し編」へと進み、「綿流し編」で被害者たちが如何にして命を落としたのか明らかとなっていく。
    しかし雛見沢村に隠された謎が明かされる一方で、同時に新たな謎が生まれたまま、シナリオは終わる。

    『ひぐらしのなく頃に』の世界はあくまで背景が共通で、何かがきっかけで様々な惨劇に至るように仕組まれているらしい。
    例えばある人物があるシナリオで狂気を垣間見せていれば、その人物は別のシナリオでも同様に狂気を持っているということだ。
    これまでに発表されたシナリオから得られる北条沙都子のキャラクター設定を元に考えると、北条沙都子が救われる結末が『ひぐらしのなく頃に』唯一のハッピー・エンドの可能性だろう。
    だが北条沙都子も狸でした、なんて裏設定がありかねない。

    ああ頭が痛い。
    助けて九十九十九!

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    近頃、ドラマ CD 化されたり、マンガ化されたりと話題のノベルゲーム『ひぐらしのなく頃に』をプレイした。

    『ひぐらしのなく頃に』はサークル「 07th Expansion 」の手により2002年から発表されている、アマチュア製作の連作ノベルゲーム。
    一般的にノベルゲームは主人公の一人称視点で進み、物語中に現れる選択肢を選ぶことでその後の物語の展開が変わる。
    だけど『ひぐらしのなく頃に』には選択肢が一切無い。
    一本道の物語である。
    プレイヤーが物語を読んだ後、真相を推理したり、Internet 上で語り合ったりすること、それをゲームと位置づけている作品なのだ。

    私が日本橋のとある店で手に入れた『ひぐらしのなく頃に』は2004年8月13日版。
    これには「鬼隠し編」「綿流し編」「祟殺し編」「暇潰し編」の4つのシナリオが収められている。
    これらのシナリオは、物語こそ違うが共通の舞台・キャラクター設定のもとに作られているらしい。
    そして必ず惨劇が起こることもまた共通である。
    ハッピー・エンドは無い。
    以降、解決篇となるシナリオが続々発表される予定になっていて、『ひぐらしのなく頃に解』として「目明し編」が既に発表されている。

    物語は主として、前原圭一という少年の視点で語られる。
    舞台は昭和58年(1983年)、雛見沢村という山村。
    両親とともに雛見沢村に引っ越してきた前原少年は、そこで4人の少女たちと知り合い、仲良くなる。
    各シナリオの前半は、彼と彼女たちの楽しい日常生活で占められている。
    学園コメディ的なこの部分はちょっと退屈なのだが、後半とのギャップを際立たせるためには必要な描写なのだろう。
    シナリオ後半、仲間との楽しい日々は、毎年6月に行われる村の伝統的な祭「綿流し」の日近辺を境として崩壊してしまう。
    少女たちは人格が変わったかのように豹変を見せ、前原少年は破滅へと向かうのである。

    前原少年が雛見沢村にやってくる5年前、雛見沢村は巨大ダム建設のため沈没の危機を迎え、過激な建設反対闘争が行われていた。
    昭和54年からは、毎年「綿流し」の日に1人が死に、1人が行方不明となる事件が発生していた。
    そしてダム建設が無期凍結されている昭和58年、前原少年は5回目の惨劇に巻き込まれるのだ。
    物語を読み進めていくうち、彼の仲間である4人の少女いずれもが、過去から現在の惨劇に連なる暗部あるいは狂気を内に秘めていることが明らかになる。
    雛見沢という土地もまた、田舎特有の閉鎖性と因習を秘めていることが示される。

    惨劇の原因は全て雛見沢村に伝わる祟りなのか、それとも人為的なものなのか。
    あるいはシナリオごとにその真相は異なるのか。
    人為的なものだとすれば、犯人は単独犯なのか、複数犯なのか、村ぐるみなのか。
    両手両足で数えることが出来る程度には推理小説を読んでいる私だけど、真相はさっぱりわからず自分の頭の悪さを痛感する。
    そもそもこの物語はミステリーではなく、サイコホラーなのかもしれないところが嫌らしい。
    ミステリーならば禁じ手とされること(例えば超能力とか超常現象とか)も、サイコホラーなら OK になってしまうので、推理が非常に難しくなるのだ。

    ともあれ、「 07th Expansion 」メンバーに事故さえなければ、来年には全てが明らかになっていることだろう。
    解決篇が楽しみだ。

    「鬼隠し編」

    『ひぐらしのなく頃に』の第一弾シナリオ。
    前原少年の仲間の一人、竜宮レナを軸に物語は展開する。
    「綿流し」の日以降、前原少年は少女たちに疑念を抱き始める。
    疑心暗鬼の果てに彼は……。
    少女たちへの疑念は全部彼の妄想でした、という反則的なオチはやめて欲しいなあ。

    「綿流し編」

    前原少年の仲間の一人、園崎魅音を軸に物語は展開する。
    また、「鬼隠し編」では現れなかった彼女の双子の妹、詩音が登場。
    ミステリーで双子といえば、禁じ手ともされる入れ替わりトリックがある。
    この作品ではどうだろう。
    「くけけけけけけけけ……」
    園崎魅音の狂いっぷりに背筋が寒くなる一編。

    「祟殺し編」

    前原少年の仲間の一人、北条沙都子を軸に物語は展開する。
    彼女の過ごしてきた過酷な日々が明らかになり心が痛む一編。
    私、児童虐待系の話には弱いのよね……。
    ラストに広げられた大風呂敷には驚かされる。

    「暇潰し編」

    前原少年の仲間の一人、古手梨花を軸に物語は展開する。
    この「暇潰し編」は外伝的シナリオで、語り手は前原少年ではない。
    また、舞台も昭和53年(1978年)、ダム建設反対闘争中の雛見沢村となっている。
    狸も狸、大狸と目された古手梨花の、隠されたキャラクター設定が明らかになる。

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    アドベンチャーゲームのスタイルで登場人物が 3D で描かれている、といってまず思い当たるのは2001年に PS2 用ソフトとして発売された『ときめきメモリアル 3 』。
    厳密に言うとアドベンチャーゲームではないけれど、主人公とヒロインの会話シーンはアドベンチャーゲームの画面構成が踏襲されている。
    ポリゴンにアニメ絵を貼り付ける「トゥーンレンダリング」を行い、「アニメ絵だけど 3D 」を実現した。
    ……らしいのだが、プレイしたことがないのでその出来具合はよくわからない。
    投売りされてたので一応記念品的に所有してはいるのだけど。
    ただ、スクリーンショットを見ると、解像度が低くて折角の 3D の魅力を感じられない気がする。

    2003年、ナムコから発売された『ゆめりあ』も PS2 用ソフトで、登場人物が全て 3D で描かれているアドベンチャーゲームだ。
    公式サイト「ゆめりあ.こむ」にてそのゲーム画面を静止画・動画で見ることができる。

    高校生の少年が、夢の世界で謎の敵と戦う少女を救うことをきっかけとして、現実世界を守るため、幼馴染の少女や親戚の少女たちとともに夢の世界で敵と戦う。
    ファンタジーラブコメな話である。
    アニメ脚本家の黒田洋介が脚本を担当していたり、物語が全11話構成でそれぞれにアヴァンタイトルやオープニングムービーがあったりと、TV アニメーションを意識した作りとなっている。
    登場人物が話をしながら様々な動きをするのはなかなか新鮮である。
    だけど、睫毛パッチリの大きなお目目のキャラクターデザインは少々気持ち悪い。
    萌え美少女ものの絵柄なのにトゥーンレンダリングを使っていないから、というのも気持ち悪さの一因である気がする。
    ゲーム中の所々に挿入される敵との戦闘モードがあまりにも単調かつ面倒、プレイ時間がかかりすぎるということもあり、6キャラクター中4人のシナリオをクリアしたところで頓挫中だ。
    戦闘モードをスキップする裏技はないものですかね……。

    さて、18歳未満お断りなゲーム、いわゆる「エロゲー」においても、3D を導入した作品は数少ないものの何年も前からあるようだ。
    3D で描かれた裸の女性が画面上でズッコンバッコンするのを制御したり様々な角度から見れるというのはなるほど、扇情的かもしれない。
    で、リアル調の 3D ではなく、萌え絵調の 3D エロゲーを製作しているメーカーに TEATIME という会社がある。
    その TEATIME が先日発売した『らぶデス ~ Realtime Lovers ~』は、登場人物が全編リアルタイムレンダリングのアドベンチャータイプ・エロゲーということで話題になっていた。
    サンプルを見たところ、『ゆめりあ』と違ってデザインが気持ち悪くなく、PC ゲームであることを生かした高解像度とトゥーンレンダリングで自然な絵柄を実現しているようなので、早速買い求めプレイ。
    マルチエンディングであるこの作品の、全てのエンディングをクリアした。

    PC ならではの高精細な画面で、会話に合わせて表情や仕草を変えるヒロインたち。
    「エロゲーもここまで来たか」と暫し感心する。
    登場人物が複数人で会話する場面では、画面がパンニングしたり、あるいは登場人物が別の登場人物の方を向いて会話したり、プレイヤー(=主人公の視点)に背中を向けたりもする。
    おかげでキャラクターが生き生きと感じられる。
    ヒロインが逆上して主人公に物を投げつける場面では、3D 描画ゆえにリアルに立体物が飛んでくるのが新鮮だ。

    従来の萌えアドベンチャーゲームでは一枚絵だったイベントシーンも、当然リアルタイムレンダリングである。
    奈々美がパフェを食べるシーンの演技はとても可愛らしいし、千里が焼肉で奉行ぶりを発揮するシーンのコミカルな演技も楽しい。
    委員長と一緒に歩くシーンでは背景が流れ、本当に一緒に歩いているような気分になる。アドベンチャーゲームをやる時、私は早いペースでメッセージを読み飛ばしていくが、このゲームに限っては表情や仕草の移ろいを味わえなくなるため、出来る限り読み飛ばさずにいた。

    「真帆や千里の仕草にマンガ的デフォルメが強い」とか「部屋の中なのに帽子を脱がないのはおかしい」とか「奈々美の得物にテクスチャがない」といった不満はあるけれど、ビジュアル面では総じて満足いく出来だと思う。

    濡れ場はポリゴンでグリグリ動く。
    しかしシチュエーションも体位も荒唐無稽でアクロバティック。
    恋仲になりたてのカップルがそんなマニアックなプレイとは、それはギャグでやっているのかと笑うことしばしばである。
    特に「スイカにフィニッシュ」には爆笑してしまった。
    あるいはズッコンバッコン動いている主人公とヒロインを眺めていると「何やってるんだろう俺……」と実存への危機感が忍び寄ってくる。
    しかしエロマンガやエロゲーによくあるような、ヒロインの実況中継を読まされることがないのはいいと思う。
    ともあれ、濡れ場について、性欲処理への使用を期待する人に対しては「過度な期待は禁物」と言っておきたい。

    物語は、学園ラブコメディーにファンタジー色を加えたもの。
    特に真帆、奈々美、千里についてのシナリオは『 Kanon 』や『最終兵器彼女』の亜流のような感じである。
    ゲームを開始するとオープニング動画が流れるが、そこで即座に「らぶデス」は「 LOVE-DEATH 」であることが明かされ、重い話か切ない話なんだな、と予感することとなる。
    そしてオープニング動画を観終わり真帆、奈々美、千里と接していく序盤のうちに、彼女たちに隠された秘密と先の展開が簡単に推察できてしまう。
    どんでん返しもなくエンディングにたどり着くのは残念だけれど、ビジュアル表現が売りであることは想像がついていたからガッカリ感は少ない。
    委員長と綾乃についてのシナリオでは、サブヒロインだからであろうか、登場人物の設定がすっかり変わってしまう。
    委員長シナリオでは『 To Heart 』ばりのラブコメ・ロマンスになり、綾乃シナリオでは泥臭い男女関係が面白い話となる。
    面食らったが、これはこれでいいと思った。

    しかし誤字脱字や一部設定の破綻といった基本的なミスがそのままなのは酷い。
    「真帆はペーパークラフト部でコンクール入賞するほどの腕前」、と地の文で自ら説明しておきながら、後の場面で本人から「コンクールに入賞したことがある」と聞かされ驚いているのは一体どういうことなのか。
    また、綾乃・千里姉妹について、主人公は三年前まで一緒のアパートで共同生活をしていた割には忘れていることや知らないことが多すぎ、不自然だ。
    デバッグ不足、シナリオの練りこみ不足は否めない。

    ところで、発売直後に 2ch BBS で話題になったのは、ゲームの内容よりもまずプログラムの不安定さだった。
    ゲーム発売前にプログラムの修正パッチが公式サイトに掲載されるほどだったが、それを適用してもプレイ中頻繁にプログラムが強制終了するのである。

    • CPU : Pentium4 3GHz (Northwood)
    • Memory : 1024MB SDRAM
    • VIDEO : Radeon 9800 Pro (128MB) + Radeon 9200SE
    • OS : Windows XP SP2

    上記の私のプレイ環境では、「ウィンドウモードで起動すると PC ごとリセットがかかる」「濡れ場のフィニッシュで強制終了」「シーンの変わり目でメッセージが一つ飛ぶ」などの不具合が出た。
    ユーザごとに様々な不具合が発生していて、メーカー側も頻繁に修正パッチをリリースし素早い対応を見せたが、私の環境では相変わらずウィンドウモードで起動できない。
    仕方なくフルスクリーンでプレイすることになった。
    プログラムの強制終了については、ハードウェア T&L を使わない設定によって回避している。

    数々の欠点を孕んではいるけれど、『らぶデス』をプレイしての満足度はそこそこ高い。
    何より 3D によるキャラクター表現は、これからのエロゲーは斯くあってほしいと思わせるものがある。
    TEATIME の次回作に期待したい――が、『らぶデス』完成後にディレクター・原画・モデリングを務めた MA@YA 氏が退社してしまったそうで、残念な限りであります。

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    1997年、兵庫県伊丹市にある小さなゲームソフト制作会社の発売した成人向けノベルゲームがヒットを飛ばした。
    そしてオタクな面々の間では、哲学にかぶれた学生におけるサルトルやフーコーのごとく、その世界での常識として参照される作品となった。

    『 To Heart 』である。

    漫然と高校生活を送っていた主人公の男子高校生が、ふとしたことをきっかけとして彼の高校で女の子と知り合い、共に時を過ごすうちに恋に落ちるさまを描いた物語で、成人向けといってもコメディチックかつ爽やかな作品であった。
    1999年には濡れ場を廃し音声を加えたプレイステーション版が発売され、ほぼ同時にテレビアニメーション化もなされた。

    それから5年以上経った2004年末、『 To Heart 』の数年後の同じ高校を舞台とした新作『 To Heart 2 』が発売された。
    こちらはプレイステーション版2のゲームとして作られていて、もともと濡れ場がないゲームである。
    プレイステーション版『 To Heart 』をプレイステーション2に移植したバージョンが同梱された限定版は、中古でも新品発売当時に近い値段で売られている。
    そう、中古で9,000円……。

    正直言って『 2 』の方は「話のネタとして押さえておこう」くらいの気分で、『 1 』のプレイステーション2版の方がお目当てだった。
    音声のついた『 1 』で若き日の過ち、もとい思い出を追憶しつつ、移植版で付け加えられたシーンというのをこの目で確かめたかったのだ。
    『 1 』の方をちょこっとプレイして満足したので、『 2 』のプレイに専念し、先ほどようやく全シナリオをクリアした。
    なお、プレイには Windows 上で『 2 』をプレイできるようにするソフト『委員ちょすきすきー』を利用した(快適な動作を実現してくれる有難いソフトである)。

    『 To Heart2 』でも物語の基本のラインは変わらない。
    『 1 』の主人公と違うのは、『 2 』の主人公は女の子が苦手であるということ。
    妹のように可愛がっている1歳年下の少女と、主人公を弟のように可愛がってくれる1歳年上の少女、その2人の幼馴染が女性を意識しない例外的な存在という設定である。

    当たり前のようなことだけれど、クリアして、かつて『 1 』がオタク界(?)に与えたインパクトを再び与えるのは、やはり無理なんだな、という思いを強く抱く。
    『 1 』から7年、『 To Heart 』と同様のヒットを、あるいはそれ以上のヒットを目指して、沢山の学園恋愛物語がゲームとして発売されてきた。
    主人公とヒロインが結ばれるハッピーエンドは巷に溢れている。
    ヒット作の続編ということで丁寧に作られてはいるけれども、よくも悪くも平凡な作品だと思った。

    以下、各ヒロインのシナリオについて、気に入った順に感想を記す。

    小牧 愛佳

    クラス委員長というと、学園物語では真面目な堅物でメガネをかけたお下げの少女、あるいはリーダーシップのある才女といったステレオタイプな描き方をされるのが一般的。
    しかし彼女の場合はそうではない。
    「要領が悪くてリーダーシップもなく、体よく雑用を押し付けられがちだが、不器用ながらも他人の役に立とうと一生懸命尽くす」というちょっと目新しいタイプのクラス委員長だ。
    彼女の行動理由と心理が明らかになる終盤、急展開の果てのクライマックスは80年代的少女マンガのごとく、「ありえねー」と思いながらもちょっと浸っていたい気分にさせられるファンタジックなものである。
    物語を通じて「はよ押し倒してしまえ!」と奥手な主人公に蹴りを入れたくなるもどかしさがアレゲだが、まあそれはそれ。
    最初は鬱陶しいと感じた声優の演技も、物語が終わる頃には癖になっていた……。

    姫百合 珊瑚・姫百合 瑠璃

    双子。
    いかにも美少女ゲーム、てな感じのキャラクターたちである。
    しかし意外にも、キャラクター同士の心情の絡まりあいを最も深く描いたシナリオであった。
    ただし中だるみする。
    あと、大阪人の私にはインチキ関西弁が鼻につく。
    ほかに声優おらんかったんか?

    向坂 環

    主人公が女の子を苦手とする原因となった少女、通称タマ姉。
    物語は捻りの無い、陳腐で甘たるいものなのだけれど、私はお姉さんキャラにはどうも弱いようだ……。

    十波 由真

    プレイヤーを幻惑に陥れるちょっとした仕掛けがあるシナリオ。
    でも恋愛の進展という点から言うと物語構成は王道。

    草壁 優季

    いかにも隠しキャラです、という短編。
    そしてどこかで見たような SF 的シナリオ。
    しかしそれがかえって潔さ、爽やかさを覚えた。

    ルーシー・マリア・ミソラ

    美少女ゲームで御馴染みのタイプ、不思議系少女。
    自称宇宙人で正体不明、奇怪な行動をする。
    結末まで長々と引っ張られて退屈してくるシナリオだが、結局彼女の正体は作中で明らかとされない。
    物語の理解に SF 的解釈を持ち出す必要があると思われる変り種。

    笹森 花梨

    押しの強い元気少女。
    この手のゲームをプレイするような男性には多分一番人気がないと思われるキャラクターの例。

    柚原 このみ

    主人公の隣家に住む、彼にとっては妹のような幼馴染。
    もはやこの手のゲームでは異議の申し立てようも無い王道設定である。
    お約束、といってはそれまでだけれど、設定だけでなく、物語の展開もキャラクターの次の行動を言い当てることが出来るほどベタベタすぎる。

    蛇足

    このゲームに時間と金を突っ込む前に『 Ever17 』をプレイしましょう。
    遥かに高い満足感を得られます。

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    野球というスポーツを題材に創作された物語は枚挙に暇がないが、それらの物語のジャンルのひとつとして、女子プレイヤーの活躍を描いたものがある。

    水島新司のマンガ『野球狂の詩』の後半、水原勇気編はプロ野球史上初の女子プロプレイヤーの活躍を描き、テレビアニメーションや実写映画にもなった。
    川原泉の『メイプル戦記』は女子プレイヤーのみで構成された新規参入プロ野球チームを、池田恵の『無敵のビーナス』は女子高校野球チームを、高橋ツトムの『鉄腕ガール』は第二次世界大戦後に創設された女子プロ野球リーグをそれぞれ描いたマンガである。
    テレビアニメーションには『野球狂の詩』のほかに女子高校野球チームを描いた『プリンセスナイン 如月女子高野球部』がある。
    コンピュータ・ゲームでは女子高校野球チームの部員と親しくなりつつ大会優勝を目指す『ドキドキプリティリーグ』『ドキドキプリティーリーグ 熱血乙女青春記』『ドキドキプリティーリーグ Lovely Star 』や、オリジナル女子高校野球チームを作り大会優勝を目指すシミュレーションゲーム『高校野球道 Girl's 』の名を挙げることができる。

    仮にこれらを「女子野球もの」と呼ぶとしよう。
    「女子野球もの」の魅力とは何か。
    誤解を恐れずに俗っぽく言えば、それは「スポーツがもたらすドラマ性的興奮」と、「女性がもたらす性的興奮」を同時に味わうことができ、一石二鳥、楽しさ倍増なところにある。
    「女性がもたらす性的興奮」というのはポルノという意味ではなくて、もっと広く、女性の美とか可愛らしさとかが感情を喚起するという意味だ。

    さて、「女子野球もの」にアマチュア作品ではあるが、コンピュータでプレイするノベルゲームが登場した。
    LOVER-SOUL『花咲くオトメのための嬉遊曲』である。

    バス事故によって足とチームメイトと野球を失った男子高校球児=主人公が、同校の女子ソフトボール部員に誘われて女子野球部を設立、マネージャー兼コーチとして勝ち上がっていく。
    プレイヤーの選択肢によって物語の展開が変わる挿絵・音楽つきの小説で、展開によっては主人公とチームメイトの濡れ場もある。
    一般的には、恋愛ノベルゲームの一種と捉えられるだろう。

    「女子野球もの」においては女性キャラクターの魅力に重点が置かれ、野球と言うスポーツそのものについては大味に描かれることが多いが、『花咲くオトメのための嬉遊曲』は野球というスポーツが濃密に描かれているのが特徴的であり、白眉と言える点である。
    シナリオを書いた人物は野球経験者か、かなりの野球マニアだろう。
    どちらにせよ、野球というスポーツが好きだから題材としてゲームを作ったのだということがよく分かる、読み応えのある描写だ。
    「女子野球もの」の魅力の両輪のうち、「スポーツのもたらすドラマ性的興奮」の側が堪能できる。

    ただし、野球というスポーツにあまり思い入れのない人にとっては、マニアック過ぎて退屈もしくは冗長に感じられるかもしれない。
    また、野球をするわけだから9人以上の少女たちが登場するのだが、物語の語り手によって人物を苗字で呼んだり名前で呼んだりするかが異なる。
    私の頭が悪いだけだからかもしれないけれど、短いシナリオの間に覚えるのがちょっと大変だった。
    文章を読みながら誰が誰だったか混乱してしまうのはマイナスポイントである。

    ヒロインの一人、氷室乃雪と主人公の会話は好き嫌いが分かれるだろう。
    乃雪は作詞家枯堂夏子の作詞した「恋愛の時空」の歌詞を巡って、恋愛論を語る。

    「別の言い方をすれば、唯一性は複数性のネガとしてしか現れ得ないし、複数性は単独性のネガとしてしか現れ得ない。孤立した内面、をそうと認識させるためには、そうでないものが必要になるのよ」
    「この時、愛における本質的な格差が like と loveの間にあるわけではない事が分かるわね。第三文型なんて下品な構文だわ。受動態をしか取らない愛の動詞、be affected こそが私たちにとってもっとも重要な愛の動詞なの」

    こういうインテリくさい語りに拒否反応が出るか、面白く読めるかによって、このゲームに対するプレイヤーの評価が変わってくる。
    私はこういうの結構好きだけれど。

    また、彼女の語る恋愛観と同様に、『花咲くオトメのための嬉遊曲』の物語においては恋愛は「所与のもの」として扱われているため、ボーイ・ミーツ・ガール的な恋愛展開の盛り上がりがない。
    このことが野球シーンの描写の濃さを一層際立たせている。
    恋愛物語を期待してプレイすると、期待はずれに終わるように思う。

    おまけに、濡れ場ではメガネをかけたまま行為を行ったり、母乳が吹き出たりと妙にマニアックな性的嗜好の描写となっている。
    乃雪は眠るときもメガネをかけたままだ。
    小野寺浩二は感激して涙を流すかもしれないが、私は欲情とか萌えとか言う前に笑ってしまった。

    主人公のチームの少女たちはどれも個性的で魅力的な面々である。
    彼女たちの物語をもっと読みたいところだけれども、残念ながら濡れ場まで展開されるヒロインは3名だけ。
    プレイヤーが文章を読む速さにもよるが、5、6時間もあればゲームとして完全クリアできるだろう。
    LOVER-SOUL はアマチュアのサークルから商業ブランドへと進むようだが、いつかシナリオの分量を増やした新版を発売してもらいたいものである。

    ともあれ、「女子野球もの」において野球シーンの卓越した描写が光る『花咲くオトメのための嬉遊曲』。
    美少女ゲーム一般を愛好する向きには物足りないかもしれないが、私個人としては満足度の高い作品だ。

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    行殺・新選組ふれっしゅ

    この週末はライアーソフトの PC ゲーム『行殺・新選組 FRESH 』をプレイ。

    幕末の京都を舞台に、新撰組の主だったメンバーを女性化して面白おかしいラブコメディーに仕立て上げたマルチエンディングタイプのアドベンチャーゲームである。
    18歳未満のよい子はプレイしてはいけないことになっている。
    この手のゲームのお約束と言う奴で、親密になった女性キャラクターとあんなことやそんなことをしちゃうからだ。

    新撰組のメンバーを女性化してしまっているとはいえ、史実あるいは後の時代の創作におけるエピソードに沿っているので、近藤勇や土方歳三、沖田総司や原田左之助、藤堂平助をベースとしたキャラクターと親密になってもみんな太平の世を迎えることなく死んでしまう。
    生き残るのは史実通り永倉新八、島田魁、斉藤一と、史実では粛清された芹沢鴨だけである。

    しかし一通り各キャラクターと親密になるエンディングを迎えると新しい未来が開ける。
    近藤だけはどうしても斬首刑になってしまうが、あとのキャラクターとはハッピーエンドを迎えることができるようになるのだ。

    涙とか感動とかとは無縁な作品で、是非プレイしろというほど秀作ではないが、駄作凡作というほどでもない。
    新撰組について一通り知識を持っている人であれば、新撰組のエピソードがいかに料理されているか、その目で確かめてみるのも悪くないと思う。

    追記:重大なことを書き忘れましたがテーマソング「見つめて☆新選組」は秀逸です。

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    この三連休は仕事したり『 Never7 - the end of infinity - 』( PS2版 )をプレイしたりして過ごした。
    『 Never7 』は「 infinity 」シリーズの第一作目で、『 Ever17 』の前作にあたるのだけれど、物語としての連続性はない。
    解決篇までプレイして思ったのは、『 Ever17 』に比べるとかなり見劣りする、ということだ。

    ゼミ合宿に参加している主人公の青年が4月1日、「4月6日に誰か女性が死ぬ夢」を見て目覚めるところから物語は始まる。『 Ever17 』ではプレイヤーの目的は真相の解明であるが、『 Never7 』でのプレイヤーの目的は合宿中に関わる女性と恋仲になることである。しかし主人公が誰か女性と恋仲になると、彼女は主人公の見た夢のとおり4月6日に必ず死んでしまう。ひどい話である。ところが主人公はその瞬間4月1日に意識がタイムスリップし、恋人を死なせないために歴史を変えようと奮闘することになる。
    合宿7日目が来ないから、また誰かが死んでしまうせいで主人公一行が7人揃ったまま合宿終了を迎えることはないから「 Never7 」なのだろう。

    そういうわけでプレイヤーは一人の女性キャラクターについて、4月1日から4月6日までの日々を2回過ごさなければならない。これがまだるっこしくてイライラしてくる。
    そして4人の女性キャラクターそれぞれと恋仲になるエンディングを迎えて(つまり少なくとも4月1日から4月6日までの日々を8回過ごして)、やっと5人目の女性と恋仲になる解決篇シナリオをプレイできるようになるわけだが、ここで明かされる物語の真相―なぜ主人公はタイムスリップするのか、なぜ主人公は出来事を予知できるのか―が、ちょっと無理のあるものなのだ。
    『ドグラ・マグラ』と『 serial experiments lain 』のネタを混ぜて「シュレディンガーの猫」で包みました、といった感じのネタである。
    そしてシナリオ内でいくつか矛盾点あるいは説明不足な点を残してしまっている。

    PS2版には公募によるおまけシナリオが大量に収録されているけれど、本筋のネタが「なんでもあり」に物語を作ることを許容するものだけに、さもありなん、と思う。しかしプレイヤーとしての私は解決篇で拍子抜けしてしまったため、おまけシナリオまで完全クリアするにはかなりの時間がかかりそうだ。

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    『Ever17 - the out of infinity - 』をバッドエンディングまでクリアした。

    普段いろんな物事にケチをつけてばっかりの私が、なぜ殊更に『 Ever17 』に執心しプレイを勧めるのか。それは、「コンピュータによるマルチエンディングなアドベンチャーゲーム」という枠組みを最大限に活用されることで物語が成立していて、プレイヤーに素晴らしいカタルシスを与える作品だからです。

    マルチエンディングなアドベンチャーゲームをプレイする時のことを考えて欲しい。
    ゲームソフト中の登場人物たちは、プレイヤーがゲームソフトをハードウェアにセットして駆動させることによって初めて具現化する。ハードウェアのスイッチを切ってしまえば、登場人物たちは消えてしまう。
    「人生にリセットボタンはない」とはよく言われる言葉だけれど、ゲームソフトの登場人物たちは、リセットボタンひとつで何度もその人生をやり直すことができる。
    セーブポイントが複数備えられていれば、そのセーブデータをプレイヤーがロードすることで、登場人物たちは過去にさかのぼったり、未来へ飛んだり、あるいは分岐した別の人生へ飛ぶことができる。
    もちろん、ゲームのプログラムというあらかじめ定められた範囲内のことではあるのだけれど。

    その間、プレイヤーは登場人物たちをずっと見つめている。同じゲームを繰り返しプレイしているプレイヤーなら、登場人物の未来や過去、あるいは別の人生を知っている。
    しかし、ゲーム内の登場人物は、プレイヤーの存在を知覚することはできない。自分の未来や、あり得る別の人生について知ることもない。自分の人生を操る高次な存在=プレイヤーに気づかず、あたかも全てが自分の意思によるものであるかのようにエンディングまで生きてゆく。
    プレイヤーも、登場人物に向かって「君はこれからこういう過程で彼/彼女と結ばれるんだよ」とか、「あのときこうやっていればそんなことにならずに済んだのに」とか教えてやることはできない。見ているだけである。

    ゲームの登場人物に対して、プレイヤーは全知全能の神のようでいて、無力であるという位置にある。

    マルチエンディングなアドベンチャーゲームの構造が持っているプレイヤーと登場人物のこの断絶を明らかにし、統合してしまったのが『 Ever17 』なのだ。
    『 Ever17 』では、プレイヤーは登場人物と仲間になれる。そしてこの仕掛けは、小説や映画では作れないのである。

    こう聞けば、何か凄いと思いませんか。

    私が高校生のとき、「犯人は読者だ」というトリックを成立させたミステリー小説を読んで、こんな手があったのかと衝撃を受けたことがありました。
    それから幾年後、私は「ヒーローはプレイヤーだ」という一見当たり前でいて成立困難なトリックを成立させたこのゲームソフトを経験し、衝撃を受けることになったのです。

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    大学受験直前の受験生や、レポートまたは卒論提出直前の学生の現実逃避活動にお勧めなゲームソフト『Ever17 - the out of infinity - 』のお話を前回に引き続き展開する。未プレイな方は公式サイトでキャラクターと物語の設定を予習してからお読みください。

    『Ever17 - the out of infinity - 』の謎について、解決篇を見る前に私が立てた仮説の断片をちょいと書いてみる趣向です。思考は実際のところ独り言だけど、そのまま書くと鬱陶しいので対話調に。ネタバレはしない方向で。

    D「というわけで始まりまして、早速語らせてもらいますねんけどね」

    G「漫才かいなこれは」

    D「まずアレやね。『遍在』っちゅう台詞がキーワードやね。笠原弘子演ずる空に絡んで作中で語られてるけど」

    G「ま、好きなだけしゃべり。聞いといたるわ」


    D「トリックは、こう。ココはテーマパークの コンピュータに送り込まれたウイルスみたいなもので、外部から操られたココが自在に登場人物を取り巻く状況を書き換えていく。ココが幽霊みたいに現れたりとか、登場人物が幻覚を見たりするのはそのせい。ほんまは事故なんかも起こってへんねん。コンピュータを通じてしか水上とかテーマパークの全体状況を把握できへんから、コンピュータが嘘のセンサー情報を吐いたり嘘の網膜映像やら立体音声出して辻褄合わせれば、事故を演出できる。大体、この手の SF 物語やと、中央制御コンピュータは嘘をつくってのがお約束や」

    G「実際に浸水した海水に濡れたり怪我したりしてるのはどう説明するんや」

    D「ココは人間の集合的無意識っていうネットワークに干渉できる存在でもあるから、人間の記憶も操作できるし、人間同士の意識を混在させることもできるんや。『どこにいたって、人は、繋がっているのよ』とか『記憶なんてただの記録。嫌な記憶は書き換えちゃえばいい』なんて言いながらな」

    G「それって思いっきり『serial experiments lain』のパクリやろ!パクリ作品やったら酷評されるだけやん。それハズレ」

    D「あかんかー。lain の公式画集のタイトルは『omnipresence』、つまり『遍在』なんやけどなあ」

    D「でもな、外部の意思がある、ってのは間違いない。外部との通信が途絶えてるのに電気も食料もバッチリっていう不自然な事故状況とか、『記憶喪失の少年』視点シナリオでのつぐみの反応とか、優の両親の謎とか」

    G「ほほう」

    D「作中で3次元や4次元の話しとるやろ。ってことは、SFでおなじみの『平行世界』の概念がポイントになっとるのも間違いない。平行世界の間を行き来してる奴がいて、そいつが平行世界の境界を崩しとるんちゃうか。そのせいで記憶が混乱したり幻聴・幻覚=別の世界での声・視覚が現れる」

    G「ええとこ突いてるような、ハズレてるような」


    D「あるいはこんな設定かもしれん。実際は登場人物の誰かがどっかテーマパーク外におって、眠りこけてる。そいつの意識は別の平行世界の中にあって、そこに他の人物たちの意識も作為が不作為か分からんけど入り込んで、事件が起こっとるわけ。しかも平行世界間を移動して何回も同じ事件を体験する羽目になるんや。だからマルチエンディングであっても矛盾はない。これが infinity の意味な。そんで、事実に気づいた王子様が、眠り姫を本来の世界に生還させて、大団円よ」

    G「『雲のむこう、約束の場所』みたいな話やな。ハズレくさい」


    D「じゃあな、このゲームの世界ではヒトクローンが合法っていう設定がさりげなく出てくるところが怪しいな。登場人物は実はクローン人間で、実験のために事故状況を繰り返してる、とか」

    G「苦しいな」

    D「クローン絡みで怪しいんは、両親について謎を抱えてる田中優美清春香菜ってキャラやね。名前が怪しすぎる。こいつが実はクローン人間でな、初代が田中優美、二代目が田中優美清春、三代目が田中優美清春香菜だったのだ!ってのはどう?クローンやったら親子の年齢関係が混乱するし」
    G「言いがかりに近いけど、着眼点は間違ってへんかもしれん」

    D「あるいはこいつの本当の両親の名前は田中優美と田中清春で、彼らの間に出来た子供が田中優美清春香菜」

    G「まだクローン説の方がマシちゃうか」


    D「じゃあクローンが誰かはともかくとしてクローンが混ざってるとしよ。そこにハイバネーションを組み合わせて登場人物の年齢を制御、コンピュータもいじって登場人物にとっての時間認識を狂わせる。んでもって閉じ込め事故をお膳立てして、登場人物がテーマパークから脱出してくるごとに捕まえて何か最新技術で記憶を消してもっぺんテーマパークに戻しての繰り返し実験をしとるってのはどうや。個人差で過去の記憶が時々甦るから幻聴とか幻覚とかを感じるんや。でも、ハイバネーションから戻らんまま実験を途中棄権状態な奴がおってな、そいつのせいで『倉成武』篇と『記憶喪失の少年』篇でメンバーが違うねん」

    G「ええとこ突いたような気がするけど、そんな実験をやる必然性が感じられへんから何か説得力があらへんわ」


    D「でもな、メンバーの違いの謎とか、田中の親の謎とか、ハイバネーションとか、外部で何か画策してる奴の存在とか、不老ウイルスとかの状況証拠で確信したで。少なくともな、『倉成武』篇と『記憶喪失の少年』篇は時【ピーーーーー】でな、【ピーーーーー】やで

    G「うわ、ネタバレになってまうがな。もうこのへんでやめさせてもらうわ」

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    新型 PS2 を買った。

    新品中古ソフトをいくつか買ったのだけれど、記念すべき初プレイの PS2 ソフトは

    『Ever17 - the out of infinity - 』

    だ。20時間以上かけて、さっきやっとクリアした。

    まず言っておかないといけないのは、「 PS2 持ってるなら貴方もプレイして真のエンディングを見ろ!」ってこと。今なら「 superlite 2000 」シリーズに収まっているので、2000円弱で新品が買えます。だからといって安っぽいゲームじゃあない。パッケージに「恋愛アドベンチャー」と書いてあるのは大嘘。美少女ゲームの皮を被ってはいるけれど、こいつはよく練りこまれたシナリオの SF ミステリー作品なのだ。

    このゲームでは海中に建設された施設に登場人物たちが閉じこめられる事件が起こる。そして物語を進めるうち、5人の女性キャラクターについて、それぞれ恋仲の成立を示唆するエンディングを迎えることができる。男性キャラクター「倉成武」の視点で2人、男性キャラクター「記憶喪失の少年」の視点で2人。途中からこの二人の視点のどちらかに寄って物語は進展していく。

    それだけ言うと、よくあるマルチエンディングの美少女モノのアドベンチャーゲームとしか思えないかもしれない。しかし、それら4つのエンディングをそれぞれ迎えても、登場人物たちが持っているミステリーは残されたままなのだ。一体彼女たちは、そして男性キャラクター二人は何者なのか?4つのエンディングで提示される数字「1」の意味は何なのか?エンディングを迎えることのできる女性キャラクターは5人だが、「倉成武」の視点と「記憶喪失の少年」の視点で登場する女性メンバーが1人異なるのはなぜなのか?物語中に執拗に出てくる数字「17」の意味は何なのか?

    それは4つのエンディングを迎えた後に登場する真のシナリオ、つまり残る一人の女性キャラクターを巡るシナリオで明らかになるのである。つまりミステリーの解決篇に当たるわけだが、それを見ない限り『Ever17 - the out of infinity - 』の真価は分からない。「何かよくわからないけど、海中から脱出できてよかったね」で終わってしまうのだ。

    ……という情報を事前に仕入れていたので、いざ私も謎解きにチャレンジ。試行錯誤する暇はないので、攻略サイトを見ながらシナリオを進めつつ、トリックを読もうと頑張った。

    戦果はというと、仕事時間中も乏しい脳味噌を使って考えたおかげで、3割は解決篇に入る前に見破ることに成功してました。ネタバレになるので慎重に言葉を選ぶと、「倉成武」篇と「記憶喪失の少年」篇にシナリオが分かれているトリックは見当がついたのだけれど、そのトリックを基盤にそれぞれの登場キャラクターの正体を矛盾なく説明するまでには至らなかった――ということです。だから多くのレビューサイトで言われてるように「だまされた!」とは思わなかったけれど私の負けですトホホ。

    ともかく、

    ・哲学や物理学に興味を持ったことがある
    ・SF ものに抵抗がない
    ・推理小説を楽しく読んだ経験がある
    ・映画『マトリックス』の物語設定を理解できた
    ・美少女キャラの絵柄を我慢できる

    ……なんて条件に該当する人は是非プレイすることをお勧めする次第。PS2 を持ってない人は Windows 版をどうぞ。

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