juin 2011アーカイブ

21 juin 2011

メモ


『けいおん!』朝日新聞夕刊にて「ストーリーがない」「オチも成長もない」と酷評される

やり玉に挙げられてるこの記事はリアルで読んで普通になるほどと思ってたけど、単なる分析も盲目的なファンには酷評やアンチと捉えられるのかと呆れた。
この筆者は別にオチや成長物語の不在を悪と断じている訳ではないんだが。

池上彰のよくわかる枕営業

真偽はともかく、何かそれっぽい雰囲気は感じられる。

「美味しんぼ」ってなんであんなに嘘ばっかりなの?

1950年代-60年代の農薬はちょっと食べ物に混ぜるだけで殺人にすら使えるくらい超強力だったけど今は大分大人しくなった。
その変化を促したという点では危険性を叫んだ人の功績もあるが……。

『まどか☆マギカ』学校のテストが酷いことになってた

高校の時の倫理の授業ってここまで難しくなかったけど私学かな。
カントの墓碑銘って授業でも副読本でも触れてなかった覚えがある。
最期の言葉は『逆境ナイン』で引用されてて知った。

『けいおん!!×えいでん』コラボ切符発売で目を疑うような凄まじい行列!そしてあっという間の完売

嵐電くらいの規模だと、季節ごとに年4回出せば電車の定期点検代くらい賄えそうな気がする。

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まおゆう魔王勇者 1「この我のものとなれ、勇者よ」「断る!」1 まおゆう魔王勇者 2忽鄰塔(クリルタイ)の陰謀2 まおゆう魔王勇者3 聖鍵(せいけん)遠征軍3

『ドラクエ』シリーズをやってていつも思うことがある。
「この世界の連中は何を食べて生きているのか。」
農業は存在しているようだが、農地がほとんどない。
町の外にモンスターが闊歩している状態で農業を営むというのは無理がある。
モンスターを狩って食料にしているのだろうか。
だとすると勇者一行がラスボスを倒して世界からモンスターが居なくなると、食料供給が不足して飢饉が発生してしまう。
モンスターの皮とか角とかを材料に道具を作っている職人は失業してしまうだろう。
モンスターの脅威のおかげで生計が立っていた武器屋・防具屋、剣士も失業する。
余剰になった武力を消化するために、あるいは食料資源を求めて戦争が行われるかもしれない。
ラスボスを倒して平和が戻りめでたしめでたし、とは終わらないのではないか。

ほかにもツッコミどころはある。
「どうのつるぎ」の銅や「はがねのよろい」の鉄を採掘して製錬・鋳造している場所も人間も出てこない。
モンスターを倒すと金やアイテムが手に入るというのはどういう仕組みなのか。
モンスターが旅人から金やアイテムを奪っているとしても奪う動機が不明だ。
彼らも交易をしているのだろうか。
城の石材はどこで採掘されどうやって運ばれてきたのか。
衣服の布は何から出来ているのか。
わからないことだらけである。
まあ、コンピュータゲームの都合上描写を省略したりゲームとして成り立つように設計したりしてるからそういうことになってるんだよ、と言ってしまえばそれまでなのだが。

そんな感じで「ドラクエ」的ファンタジー世界に対して穿った見方をしてしまう自分にとっては『魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」』、通称『まおゆう』はストライクな作品だった。
『まおゆう』は2ch BBSのニュース速報VIP板に投稿された即興長編小説である。
私が好きなゲームクリエイター桝田省治のインタビュー記事を読んだところ、彼が書籍化に関わっているというので読んでみたのだ。

――勇者が魔王の城へ単身乗り込み、魔王を殺そうとする。
だがその魔王は、経済学を中心に様々な知識に長けた若きインテリ美女だった。
血気にはやる勇者に対し、彼女は冷静に説明する。
人間界も魔界も、人間対魔族の戦争によって社会秩序が保たれているので、今戦争をやめても、勇者と魔王のどちらかが倒れても、悲惨な未来が訪れるだろう、と。
そして「まだ見たことがないものが見たい」と告げ、自分が勇者のものとなるのと引き換えに勇者が自分のものになるよう勇者に迫る。
勇者を説得することに成功した魔王は勇者と共に正体を偽り、人間界のとある村に潜入。
輪栽式農業の導入、弟子の養成、ジャガイモの栽培の普及を手始めとして社会改革に乗り出す。
勝利でも敗北でもない戦争の終わり方……まだ見ぬ「丘の向こう」を目指して。
しかし魔王と勇者の挑戦は、人間界と魔界に新たな動乱を引き起こしていく……。
あらすじはそんな感じ。

「閉塞した状況の中から前向きな未来を目指す物語」とか「経済や近代化の歴史の教科書になる」とか肯定的な評価がある一方で、「ネオリベラリズムのイデオロギーによって現状を肯定する物語」なんて批判もあって、発表当時は随分論争があったようだ。

「地の文が存在せず、ほぼ会話のみで物語が進行する」「キャラクター名は肩書きや属性で記され固有名がない」というVIP板によく投稿される小説のフォーマットが踏襲されているため、読みやすさや取っつきやすさという点では劣る。
また、書籍版が桝田省治の監修のもとに『まおゆう魔王勇者』と銘打たれて順次刊行されているが、それが全5巻予定というくらい話が長い。
それでも物語がどう着地するのか気になって、ついつい読みふけってしまった。
「魔法使い」の声は茅原実里、「東の砦将」は山寺宏一で脳内再生されたり。
女騎士は『ティアーズ・トゥ・ティアラ』のオクタヴィアみたいな造形をイメージしてしまったり。

単純な勧善懲悪へのカウンターから始まっている物語ではあるけれども、勧善懲悪なモラルは保持されているのでカタルシスがある。
物語が進むにつれて脇役と思われた連中それぞれが主人公並に存在感を現してきて、キャラクターが立つのもいい。

書籍版の「無料お試し版」を読む限りでは、即興で書かれたゆえに雑だったり整合性が合わなかった部分に細かい修正が加えられているし、台詞が色分けされているので読みやすくなっている。
面白い物語を書いてくれた作者に報酬を与えるという意味でも書籍版を読むのが一番いいと思う。

でも結構なお値段がするので、お金がない人はまとめサイトで読むのも悪くない。
検索結果のトップに出てくるこのサイトが黒背景で目に優しい。

http://maouyusya2828.web.fc2.com/

こちらは読者の反応も交えて読めて投稿当時の臨場感があり、目にも優しい。

http://nanabatu.web.fc2.com/new_genre/maou_kono_warenomonotonare_yuusyayo_kotowaru.html

この春からはマンガ版の連載も始まっているようだ。
原作に即して書くと何年かかるか分からないが、適当にカットするのかな。

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ゆきゆきて、神軍 [DVD]

もともとこの記事は結構長々と書いていたのだが、ミスって全部消えてしまった。
しかし面白い作品だったので一応感想を簡単に書いておく。

『ゆきゆきて、神軍』は1982年に制作が始まり、1987年に公開されたドキュメンタリー映画だ。
奥崎謙三という旧日本兵が、第二次世界大戦のニューギニア戦線で起きた処刑事件の真相を求めて事件関係者のもとを訪ねる姿を追っている。

この映画の見所は二つある。
戦闘よりも飢餓と病気と過労で兵の9割が死に、生存者は時に人肉を食して生き延びたと言うニューギニア戦線の悲惨さがあぶりだされていく過程。
そして、奥崎謙三という人物の狂的なキャラクター。

奥崎謙三の経歴についてはググれば簡単にわかるが、天皇御一家が正月に国民の前に姿を現す時にガラス越しなのは、奥崎が昭和天皇に向けてパチンコ玉を放ったせいだ。
彼は自著の宣伝のために天皇の顔とポルノをコラージュしたビラをばらまく騒ぎも起こしている。
天皇が嫌いな思想の持ち主には評判が良かったようだが、自派の政治的活動に取り込むところまではいかなかったようである。
というのも、奥崎が営んでいる店の建物と彼の車には、自著の宣伝と彼の主張がびっしりと書き込まれている。
彼の本のタイトルは『田中角栄を殺すために記す』なのだから穏やかではない。
車はさながら選挙カーのように改造されていて、天皇誕生日にはその車で皇居前まで突撃して演説し、警察に囲まれる。
彼が映画撮影のための証言者行脚に使うのもその車なのだ。

証言を取りにいった先では、カメラが回っているのに相手の態度に激昂して殴り掛かる。(そして返り討ちに遭う。)
映画製作中に事件の遺族と仲違いしてしまったため、勝手に妻や知人を遺族に仕立てて撮影を続行する。
出先で警察を呼ばれそうになったら、自分から先手を打って堂々と警察を呼ぶのが得意技。
仕舞には映画製作中なのに事件の中心人物を殺そうと企んで単独で訪問し、応対に出た家族に拳銃で重傷を負わせて逮捕されてしまう。
――破天荒にも程があるというものだ。
左翼系の活動家すら距離を置いたのも分かる気がする。

それでも戦争の暗部を暴くドキュメンタリーとして作品を作り上げた監督は偉大だ。
闇に葬られようとした歴史の追及と、怪人の記録。
一粒で二度おいしい。
暴力的・攻撃的な奥崎のキャラクターが、ドキュメンタリーというジャンルが孕んでいる暴力性・攻撃性と相乗効果を成しているように思う。
アポなしでインタビューを強行して得られる生々しい反応と緊張感を撮影する、なんてことをマイケル・ムーアよりもはるか前にやっているのもすごい。
画面に映る人々には顔にモザイクが一切ないところは、昭和の大らかさだろうか。

奥崎謙三ももはやこの世の人ではなく、出征経験者がほとんど亡くなった今の時代にあって、地獄を見た兵士がどのように記憶を閉ざして老いたのか、分からなくなっている。
この映画はその貴重な語り部であり続けるだろう。

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