『エコール』( Innocence )は2004年に制作されたフランス映画。
映画館に置かれていたフェティッシュなデザインのチラシを見て「これは当たりかも」と注目していたのだが……映画を観てみたら、児童ポルノに片足を突っ込んだような作品だった。
題名が原題をカナ表記した『イノセンス』でないのは、押井守監督のアニメ映画と被るからだろう。
「エコール」とはフランス語で「学校」という意味。
物語は、どこからか連れられてきた少女(というより幼女)が棺桶から目覚めるところから始まる。
目覚めた場所は、人里から離れた森の奥にある学校。
生徒は思春期前の少女ばかり。
大人は女性教師と老いた女中だけ。
男がいない。
授業内容は生物とダンスだけ。
冒頭の少女は学校の新入生として生活を始める。
そして少女たちの生活模様や脱走事件なんかが描かれていき、終盤に学校の目的が判るという粗筋になっている。
少女の無垢性、神秘性とともに、肉体の成長に伴う心の変化を描いていることはすぐ判るのだが、首を傾げたくなる描写が目立つ。
例えば冒頭の少女の目覚めのシーン。
少女はパンツ一丁で、体を隠そうともしない(それくらい幼い)ので裸体が露骨に映し出される。
裸イコール生誕のメタファーなんだろうけど、ヨーロッパの国って少女の裸体が映るのには厳しいイメージがあったのによかったのか。
しばらく進むと少女たちの水浴びのシーンがあって、ここでも少女が堂々とパンツ一丁になる。
こうも露骨だと無粋だ。
ミニスカートから伸びる少女の脚が強調されてて、少女が地面に倒れても下着が見えそうで見えない……ってカットがあるから、監督も線引きを判ってるはずなんだが。
「少女の裸体が映っただけで反応する奴はロリコンだバーカバーカ」ってな感じで皮肉を込めているのか、女優の濡れ場のように興行的な意図があるのか。
あるいは、男性の目が存在しないために、自らの肉体が性的な意味を持っている(あるいはこれから持ち始める)ということに無頓着で過ごしている少女の有り方を描こうとしたのかもしれない。
白で統一された少女たちの衣服、森の緑、リボンの色のアクセントといった色彩感覚。
そして閉ざされた森の中にある19世紀風の洋館というミステリアスな雰囲気は好ましい。
ギムナジウムものの少女マンガの少年を幼女・少女に入れ換えたような感がある。
しかし、裸体を抜きにしても少女たちは肉体の生々しさが終始表現されている。
女性監督だけに、少女性に過剰な幻想を与えず現実的な感覚を保っているからだろうか。
観客にダンスを披露する際、蝶の羽を身につけるところを見ると棺桶は卵、学校生活は幼虫、ダンスの披露は羽化のメタファーということになろう。
卒業を迎えた少女が地下道を通って外に出るのは出産のメタファーで、外に出た少女が遭遇する噴水と少年は性交のメタファーだろう。
象徴性を散りばめているけど、安直というか、判りやすいというか……。
少女の裸体とか官能性に反応してしまうのは私が男性だからで、女性が観れば抵抗なく受け入れられる程度のものなのかもしれない。
とはいえ、少なくとも私にとっては、耽美的な作品と捉えるには中途半端だと思った。

コメントする