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juillet 26, 2008
『うみねこのなく頃に Episode1 Legend of the golden witch 』
サウンドノベル『ひぐらしのなく頃に』に続く新シリーズ『うみねこのなく頃に』の第1話『 Episode1 Legend of the golden witch 』が無料公開されていたので、何となくプレイしてみた。
『ひぐらし』同様、本作もストーリーは一本道で、プレイヤーがストーリー展開に介入する余地はない。
1986年10月4日、太平洋に浮かぶ島に、年に1回の親族会議のため富豪の一族が集まる。
その島は一族の当主が第二次世界大戦後に島ごと買い取り住み着いたもので、富豪の家以外は未開発の森林である。
当主は魔女と契約して得た莫大な黄金を元手に事業を興し、財産を築いたと噂される怪人物だが、知己の医師に余命三ヶ月と宣告されている。
そして事業からは身を引き、居室に引きこもって黒魔術の研究と儀式に没頭していると語られる。
一族が集まっても当主が姿を現さないのをよい機会にと、子らは相続遺産の分割について議論を始める。
彼らはそれぞれが手がけている事業の関係で、巨額の資金を急いで準備する必要に迫られていた。
そんな彼らの前に、「魔女 ベアトリーチェ」を名乗る人物からの手紙が届く。
手紙によると、彼女は本日当主から契約の終了を宣告されたので、これから元本である黄金と、利子である一族の回収を行うのだという。
しかし黄金の隠し場所を暴けば、回収は行わず、黄金と一族は暴いた人物のものとなるのだという。
黄金の隠し場所は、当主が屋敷に掲げている碑文を解読すれば判るという。
だが、一族は本気にしない。
翌5日朝になり、一族と使用人計6人が無残な状態で死亡しているのが発見される。
電話は通じず、防災用の無線機も使えない。
台風の襲来で海が荒れており、船の行き来もできない。
そんな状況で、魔女の名の下に次々と一族と使用人が死んでいく。
その死に方は密室殺人の形であったり、犯行時間が足りなかったりで、後になればなるほど、人の手では不可能な描写がなされる。
また、碑文の文句に見立てた連続殺人のようでもある。
その後、警察が島を訪れた時には、島に居た一族と使用人計18人全員が死亡していたことが示唆される。
一体、この島で何が起こったのか。
本格ミステリでは邪道な要素を『ひぐらし』で繰り出して批判された経験を受けてか、作者はプレイヤーに対し非常に挑戦的である。
本格ミステリばりのクローズド・サークルの舞台を用意しながら、そこで描写される事件は魔法を使ったかのような不可能犯罪。
「犯人は魔女で、殺害手段は魔法です」と認めるよう作者は直接的かつ露骨にプレイヤーを挑発しているが、本当に魔女が魔法で事件を起こしたというトリックなら、作者は今後の仕事を失ってしまう。
『ひぐらし』が本格ミステリではないことを既に知っている人々が触れることを前提とした挑発だろう。
『ひぐらし』同様、サッカーのルールを知らない人間がサッカーの試合を見てサッカーのルールを推理するかのように、ストーリー製作のルールを推理することがプレイヤーに課せられている。
課題が第1話の段階で直接言明されているのが『ひぐらし』とは異なる部分である。
とりあえず現段階で考えられるところをメモしてみる。
1.信用できない語り手
作中、1人称と3人称が入り混じっている。
1人称の語り手が信用できないのはミステリの常道。
『ひぐらし』でも1人称の語り手は思い込み・疑心暗鬼により、事実の誤解・誤認をたびたび起こしており、それが作品の肝だった。
しかし3人称の部分も信用できない。
というのは島に居た人物全員が死亡していて、外部の人間には当日の死亡者の会話や行動が判らなかったが、島で起きた出来事を作中の人物がノートの紙片に記してワインの瓶に詰めて海に流したために、外部の人間も島で起きた出来事を知り、その紙片をもとにしたのが本作の物語である――という設定が語られるから。
ノートに記した人物が虚偽を記しているかもしれないし、本人の偏見・思い込みが強く反映されている可能性は、執筆者が署名どおりの人物ならば大いにある。
『そして誰もいなくなった』のように執筆者が犯人かもしれないし、そうでないかもしれない。
2.犯人の可能性
本作の状況では同一人物が18人全員を殺した、と考えるのは安易すぎるし無理がある。
「死亡者それぞれに犯人が異なる(中には同一の場合もあるかもしれない)」とするのが作劇上自然。
「同じ舞台装置で異なった展開(惨劇)が起こる」という『ひぐらし』での設定から敷衍して、誰もが犯人、もしくは被害者たりえる、と考える。
例えば第1話の犯人は途中で別人に殺されて被害者にもなるが、第2話では犯行を起こさず殺されるだけ、といったパターン。
3.アンフェアな要素
『ひぐらし』での経験から考えて、森の中に隠れ家があって犯人が隠れていたとか、屋敷内に秘密の通路があったとか、検出できない新種の薬物で毒殺したとかあっても今更驚かない。
4.密室殺人
魔女を否定すればよいのだから、「密室殺人は全て自作自演だった」という某小説ばりのトリックであっても、人間の手で実行可能な説明がつけば本作品的には OK 。
5.ベアトリーチェ
ベアトリーチェといえばダンテの『神曲』。
森の中に地獄の門でもあるのか。
単純に、熱烈な崇拝の対象である女性の象徴としての名前か。
6.催眠説
「島に立ち入り特定の条件になると催眠にかかる」という設定があったとしても、本作品では OK 。
催眠は魔法じゃない、と強弁できないこともない。
その場合は催眠によって誰にどのような行動を促したかをプレイヤーは説明しなくてはならない。
また、行動が促されるためのきっかけを描いた一文を作者は仕込んでいるだろう。
7.ブレア・ウィッチ・プロジェクト
犯人が複数の子供を殺すとき、次に殺す子供を壁に向かって立たせている間に子供を殺す、という描写が映画『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』にあるらしい(映画自体は未見なのであらすじで読んだだけ)。
類似したシーンが本作にある。
さらに、魔女伝説がある土地でメンバーが全滅して、遺品からしか事件を推測できない、という設定も『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』と共通する。
オチまで共通してたら嫌だなあ。
本作で『天空の城ラピュタ』をもじった台詞が登場するのと同様、ただのパロディあるいは元ネタなだけってこともありえる。
以下、率直な感想。
『ひぐらし』の出題編は前半こそ退屈するが惨劇が起きてからの恐怖感や狂気を感じさせる演出が優れていて、ぐいぐいと引き込まれていくものがあった。
『うみねこ』は全般的に退屈。
本とは違ってストーリーの残り分量が判らないだけに、惨劇が起きても「いつになったらエンディングを迎えてこの作業から解放されるのか」という気持ちを抱いたまま文章を追うことになった。
金持ちのおっさん・おばさんとその子供たちという登場人物たちに庶民では感情移入しづらい、という理由もあるだろう。
叙述の視点がコロコロ変わるのも感情移入しづらい理由の一つのような気がする。
『ひぐらし』の場合、出題編の段階では基本的に1人称による叙述で、途中で挿入される「 TIPS 」において3人称視点や主人公以外の視点による叙述、主人公が見聞きしなかったシーンを任意に読むことができる構成だった。
プレイヤーがシナリオを読み進めるにあたって舌休め的な緩急になっていたし、「 TIPS 」を飛ばし読むこともできた。
『うみねこ』では『ひぐらし』におけるそれらの長所は失われてしまっている。
主要な登場人物の平均年齢が『ひぐらし』より上がったお陰で、「萌え」描写が激減しグラフィック・デザインも比較的大人しくなったのはありがたい。
「キャラ絵を見てプレイを止めた」という人は『ひぐらし』よりは少なくなると思われる。
それでもケレン味溢れるデザインではあるが……「金持ちの変態趣味」ということで一応言い訳できなくもない。
第1話から「全滅 END 」という筋書きにした構成には疑問がつく。
出題編3話、解決編3話の全6話というリリース予定だとすると残り5話もそれなりにインパクトのある結末にしないと消費者の興味を引っ張っていけないとだろうが、碑文の見立てや「人間対魔女のゲーム」のモチーフを用いるなら毎回「全滅 END =魔女の勝ち」、最終話の一つ前の話で碑文の真相が明らかになるものの「全滅 END 」、最終回にようやく「生存者あり END =人間の勝ち」になりはしないか。
結末が予測できるのに話が長いとなると、読まされる側は苦痛が大きい。
「全滅 END 」を越えるインパクトを得ようとするなら、「島は実は宇宙船の一部で、一族は異星人の末裔でした END 」(ナ○ィア END )とか「異星人の遺跡が発動して人類全滅 END 」(イ○オン END )とか「狂人の妄想世界での出来事でした END 」(さ○ならを教えて END )とか荒唐無稽なものを持ってくるしかないような気がする。
もちろん、合理的に説明がつかないと作者がプレイヤーに見放されることは言うまでもない。
今後どうやって風呂敷を広げて畳むのだろうか。
投稿者 Dormeur : juillet 26, 2008 01:29 AM
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