13 janvier 2007

大阪市立大学第56回銀杏祭

大阪市の最南端、杉本町の秋を彩るイベントが銀杏祭である。
スペインのバレンシア地方にあるブニョールで行われるトマト祭と同様に、大阪市立大学の構内で学生たちが銀杏をぶつけ合う。
一帯は潰れた銀杏の匂いがたちこめ地獄絵図の様相を呈する。
用意された銀杏が尽きた頃、銀杏まみれになった参加者たちは大学の南側を流れる大和川へ向かい、川の水で体を洗い流して祭りを締めくくるのである。

そんなことを想像したくなるが、実際は普通の学園祭だ。
大学を出て8年ぶりくらいに銀杏祭を見物に出かけた。
もう年が変わってしまってるけど備忘録代わりに書いておきます。

銀杏祭は全学共通の教養科目の講義が行われる区域で行われる。
パンフレットを受け取るとカラー刷りになっていて、すっかり垢抜けた印象だ。
50年以上の歴史を誇った3号館も建て替えられて、そこだけ別の大学のようで落ち着かない。

中庭に建てられた舞台では、応援団が野球部のゲームを模して応援の演舞を行っている。
応援団のアジテーションに合わせて、「そーだー!」と叫んで右手を突き上げる。
大阪市立大学名物の応援、懐かしい限り。

さて、わざわざ足を運んだお目当ては、元近鉄バファローズの佐野重樹の講演だ。
プロ野球ファンにはお馴染みだが、ハゲ頭をトレード・マークにリード時の中継ぎ投手として活躍した人物である。
講演のテーマは彼の失敗談だ。

佐野を有名にした「ピッカリ投法」誕生のエピソードを話の枕に講演は始まった。
当時の近鉄バファローズは低迷していて、マウンドに上った佐野の目にだらしなく守備位置につく野手の様子が映った。
そこで、気合を入れるために「締まって行こう!」とマウンドから背後の野手たちに向かって叫んだが、「高校生かよ」と失笑されてしまう。
気分を変えるために、普段はセット・ポジションから投げているところをワインド・アップで投げることにする。
ところがワインド・アップ・モーションに慣れていないために、振り上げた手が帽子のつばに引っかかり帽子が取れてしまった。
現れたハゲ頭を見た打者は笑い出してしまう。
これはチャンスだ、と思ったのもつかの間、審判がタイムを宣告した。
キャッチャーが笑い崩れてしまっていたのだった。

この事件をきっかけに、佐野はよくスポーツ新聞に取り上げられるようになる。
成績も良好で、中継ぎ投手としては初の1億円プレーヤーにもなった。
しかし同時に増長して、チームへの不満を隠さなくなる。
彼の周りにチームに不満を抱くプレーヤーが集まりだし、チームの雰囲気が一層悪くなっていく。
次第に佐野自身の成績が低迷してくる。
しかし、佐野は起用法などを原因に不振を正当化し不貞腐れるばかりだった。
佐野を見限った球団は彼をトレードでドラゴンズへ放出する。
ドラゴンズでも活躍できなかった佐野は、アメリカに渡り独立リーグでプレイすることになった。

独立リーグでも、かつて1億円プレイヤーだったという自尊心が消えない。
しかしチームメイトはその栄光を聞いても、全く意に介さないのだった。
話し相手もいない。
給料は若いサラリーマン並の薄給だ。
このまま野球を続けられるのか。
しかし、ゲームで活躍し出すと、チームメイトが話しかけてくるようになる。
尊敬を受けるようになる。
オフの日に一緒に出かけるようになる。
そこで佐野は悪いことの原因を他人のせいにしていた自分に気づき大いに反省したのだという。
そんなお話だった。

講演が済み、質問コーナーでは聴衆から2007年シーズンの展望を尋ねられた佐野。
答えて曰く、「ドラゴンズはチーム内部の人間関係がかなり悪いので、2006年どおりの成績には行かないのではないか」だそうだ。

ところで、学生時代に何故か誘われて銀杏祭に一緒に出かけそれっきり、な人と再会してまた銀杏祭に一緒に出かけることになろうとは、世の中不思議な縁もあるものです。

前の記事:「IP スパムフィルターを導入

次の記事:「『ただ、君を愛してる』を観た

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://meta-metaphysica.net/mt/mt-tb.cgi/312

コメントする

プロフィール

空疎な中身のまま、サイト運営10年経過。

文学部出身ですが文学は苦手です。

Twitter

twitter.com/nemuribito/

過去の記事