22 décembre 2006

『サンキュー・スモーキング』を観た

blogや掲示板でとかく燃え上がりやすい話題がある。
タバコだ。
そこではルサンチマンと憎しみが何の屈託もなく、惜しみなく晒けだされる。
タバコは絶対的悪であり、タバコを攻撃することは絶対的正義の顕現である。
タバコを擁護することは許されない。
あたかもファシズム体制や社会主義一党独裁体制の政党集会のような奇妙な空間が現れるのである。
とかく複雑な利害がぶつかり合い様々な価値観が乱立する現代社会にあって、安全に自分の感情を露出できる数少ない機会だからだろうか。
タバコは喫煙者のみならず周囲の人間の健康も害する、医療費の無駄遣いを招く、依存性がある、臭い、匂いが染み付く、ヤニで物が汚れる、火が危ない、吸殻が汚い……なるほど。
しかし、そんなに害のある代物をなぜ堂々と流通させているのだろう。
食品に有害物質が含まれていたら即座に流通を止められるし、煤煙や排水中は浄化した上で排出するよう規制がかけられるのに。
なぜタバコの非合法化を訴えないのだろう。
大麻や覚醒剤のように製造・販売・所持を禁止すればいいじゃないか。
密輸が横行しようが、密売でヤクザが太ろうが、税収が減ろうが、タバコ農家やタバコ販売店が生活に困ろうが、国民が健康になればいいじゃないか。
なんとも不思議なことだ。

そんな議論はさておいて。
『サンキュー・スモーキング』はタバコをテーマにしたコメディ映画である。
当然最近の潮流に逆らわず、タバコを擁護することはない。
オープニングは「タバコを吸う奴は死んでしまえ」という歌詞をバックに、主要スタッフの名前がタバコのパッケージをあしらってクレジットされる。
なかなかお洒落。

物語の主人公はタバコ会社の肝いりで「タバコに害はない」ということを研究するタバコ研究アカデミーの広報部長、ネイラー。
巧みな弁舌でタバコ業界へのバッシングを反らせるのが彼の仕事である。
TV番組に出演してタバコ業界の努力をアピールしたり、反タバコ法成立を目指す上院議員をTV討論でやり込めたり、タバコ会社への訴訟を考えている原告のもとへ訴訟取り下げの工作活動をしたりする。
一方で、ハリウッド映画に喫煙シーンを登場させてタバコの売り上げを伸ばそうともする。
世間の風当たりの強さや上司からの圧力にも負けず仕事に励むネイラー。
ただ住宅ローン返済のためと割り切って彼は働く。
彼を憎む敵は多いが、別れた妻との一人息子だけはネイラーの仕事振りを見て彼に尊敬の念を抱くようになる。
しかし、ネイラーを取材に来た女性新聞記者と私的な関係を結んだことをきっかけに、彼の運命が狂って行く……というお話。

タバコ業界やタバコ会社への皮肉に満ちているが、反タバコ側に対する皮肉も見え隠れする。
ネイラーの辿る運命もまた皮肉で、苦笑を禁じえない。
女性新聞記者の罠にはまり「何でこんなことをしたんだ?」と問い詰めるネイラーに、彼女が「あなたと同じ。ローンのためよ」とサラリと言ってのけるシーンは屈指の名場面だろう。
単なる反タバコに留まらないバランス感覚、ユーモア、批判的精神を備えた秀作だ。
父と息子の心の交流を絡めた展開も絶妙。
ちなみにタバコをテーマにしながら、喫煙シーンは一切登場しないというおまけもついている。

ところで、タバコ政策の現実的な落としどころとしては、喫煙免許制の導入、紙巻タバコの製造・輸入・販売・紙巻作業代行の禁止を行うのがよいと思う。
免許制により喫煙者の行動をコントロールしやすくなるうえ、官僚の天下り先も確保できる。
紙巻でない喫煙法は手間がかかるので喫煙人口は自ずと減るし歩行喫煙もしづらい。
タバコそのものの禁止ではないので税収がゼロにはならないし闇流通の旨みも少ない。

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