特急まりもの寝台で目覚めると、既に石狩平野であった。
時刻は5時を周っている。
寒い。
急いで着込む。
5時50分、札幌着。
しかし、こんなに早く着いても何もやることがない。
何となく、プラットホームに停車している車両を撮影してみる。

特急まりもの寝台で目覚めると、既に石狩平野であった。
時刻は5時を周っている。
寒い。
急いで着込む。
5時50分、札幌着。
しかし、こんなに早く着いても何もやることがない。
何となく、プラットホームに停車している車両を撮影してみる。

そもそもこの旅行の直前には日本列島を台風が襲った。
飛行機が欠航になると宿や交通の予約が全てパァになってしまうので、その動向を戦々恐々と注視したものであった。
日本海を走り北海道を横断した台風は、旅行出発日である9月20日の午前中にオホーツク海へと抜け、ギリギリ事なきを得たのである。
台風一過ということもあって、9月21日の道東は素晴らしい晴れの天気に恵まれた。

朝、釧路駅前。
教会の後ろにあるのが前夜宿泊した釧路ロイヤルイン。
写真の背後に当地で路線バス事業を営む阿寒バスのターミナルと営業所がある。
この日は阿寒バスが運行している定期観光バス「ニューピリカ号」に乗り、道東の名所を巡るという趣向。
レンタカーを借りるという手もあったが、さすがに自動車を8年近くも運転していないので危険だし、知らない道を通って効率よく巡れるかというと疑問だ。
バスなら座ってるだけで広大な道東を予定時間通りに巡ることができる。
鍛え行こうランランランラン 何となく鍛え 何となく鍛え 行っちゃおうかな。
というわけで、9月20日、北海道へ旅立ち。
北海道観光アドベンチャーゲーム『北へ。 ~ Diamond Dust ~』で予習はバッチリである。
今まで行ったことのある北限は新潟県、東限は千葉マリンスタジアムという私。
どうせアイヌモシリを踏むならば、札幌ドームでのファイターズ対マリーンズ戦でと決めていたのだが安価なチケットが手に入らず、ついカッとなって観光旅行を決め込むことにしたのだった。
また1ヶ月前のことで筆不精がバレバレだが、京都市美術館にて行われている「ルーヴル美術館展-古代ギリシア芸術・神々の遺産-」を観に京都を訪ねた。
京都市美術館は平安神宮の大鳥居をくぐって左側。
7月に「藤田嗣治展」を観た京都国立近代美術館の真向かいにある。
今回の展覧会は、ルーヴル美術館に収められている紀元前5世紀から紀元前4世紀頃の古代ギリシアの美術品を展示するもの。
大理石の彫刻がメインだが、陶器やテラコッタ人形なども展示している。
歴史の教科書なんかでおなじみ、ソクラテス、プラトン、アリストテレスのギリシア3大哲学者の彫像もある。
彫刻は建造物に刻まれたものを除くと、古代ローマで作られた複製品が多い。
それにしても日本で弥生時代をやってるときにここまで写実的な素晴らしい彫刻を作るとはさすが西洋文明の礎となった文明だと感嘆せざるを得ない。
展示品も素晴らしかったが、それを収める美術館も素晴らしかった。
1933年に建てられた洋風建築で、重厚で味わい深い建物。
天井や戸の高さ、柱の太さに威厳を感じる。
古代ギリシアの美術品を展示するに相応しい貫禄があった。
「ルーヴル美術館展-古代ギリシア芸術・神々の遺産-」は2006年11月5日まで開催されています。
美術品と美術館を堪能したついでに、平安神宮に足を伸ばして参拝。
平安神宮は明治時代に平安遷都1100年を記念して、桓武天皇を祀って創建された神社だ。
桓武天皇は弟に暗殺の嫌疑をかけて島流しにし憤死させたところ、皇族が次々と病気にかかったため、「弟の怨念のせいだ」とびびって長岡京から平安京に遷都したというおっさんである。
これが神と言われてもなあという気がする。
信仰する気にはならないが、平安神宮は朱塗りが鮮やかに輝いて立派な威容を誇る神社ではある。
門をくぐると野球が出来そうなほどの広場が広がる。

大極殿で形式的に柏手を打ち、一服してから早々に辞した。

劇団赤鬼の『シリウスに向かって撃て!』を観た後、大阪に戻り、その足で浪花グランドロマンの『眠る帝国―現在は閉鎖中の掲示板の書き込みログです―』(サブタイトル長すぎ)を観る。
映画のハシゴは何度もやってるけど、芝居のハシゴの経験は記憶にないなあ。
毎年恒例、扇町公演に建てられた特設テントを使っての、火あり水ありの芝居です。
少年が車椅子に座った老人を介助して現れる。
前作の『激情都市― Song of Birds ―』に出てきた覚えのあるいでたちの少年だ。
彼はお茶をこぼした老人を世話しようとするのだが、老人は「パラレル・パラダイス」云々を叫んで去ってしまう。
気が付くと少年は神社の前に居た。
その神社には京都・太秦にある木嶋神社と同様の三柱鳥居があった。
最近私は神社関係の書物をいくつか読んでいるので、偶然にしちゃ良く出来てるなと奇妙な縁にニヤリとさせられる。
それはさておき、鳥居の真ん中には井戸のような穴がある。
そこから謎めいた少女が現れ、社殿の中に去っていく。
代わって巫女たちが現れ踊りだす。
彼女たちによれば、ここは「パラレル・パラダイス」なのだという。
さらに本郷と一文字を名乗るヒーロー風の青年が少年の前に現れる。
ちなみに野外とはいえさすがにオートバイには乗っていない。
芝居が進むにつれ、緑川という怪人がこの神社で世界を破滅させる儀式を行おうと企んでいることが明らかになる。
神社の神主や巫女たちは境遇や性格に難を抱えていて、救いを求めて緑川の企みに乗った者たちだった。
こんな状況に巻き込まれて少年は、僕にどうせいっちゅーねんと思い悩むことになる。
果たして少年は元の世界に戻れるのか。
儀式を阻止できるのか。
少女に会うことはできるのか。
といった感じのお話。
『天空の城ラピュタ』でムスカに、『 serial experiments lain 』で英利政美にシンパシーを感じてしまう私は、つい緑川に肩入れしてしまう。
かわいそかわいそなのです。
今回のラッキーアイテムは都こんぶ。
子供の頃は何故か好きだったなあ。
今はそうでもないけど、「おしゃぶりこんぶ」と「都こんぶ」があってどっちを選ぶかと問われれば、やはり「都こんぶ」を選ぶ。
ちなみに毎回恒例の大阪戦隊なんやねんマンは、大阪の危機を救うことはできませんでした。
最近負けが込んでないか、なんやねんマン。
そういえば今回は席が粗方埋まった状態で二人連れで入場したので後方の席に座らざるを得なかったのだけど、そのせいか仮面ライダー1号氏の声が聞き取りづらかった。
2号氏の声は通っていたので、次回があれば1号氏も力を磨いていただきたいなあと素人ながらに思います。
あと、巫女役の新顔の方は遠目にちょっと萌え系だったような気が。
近くで見るとどうか判りませんが。
おめでとう北海道日本ハムファイターズ!

↑祝賀会会場
もう1ヶ月前、9月のことではありますが、神戸アートビレッジセンター( KAVC )にて観劇。
普通はなかなか観劇のために神戸まで行く気にはならないが、「野球が題材になってるから」という理由だけで思い切って選択。
小演劇界には疎いので、知らない劇団だったのだけど結構有名どころみたい。
客席はほぼ満員だった。
お話は SF を絡めたエンターテイメント志向。
2026年、人類が新たに手に入れていた新エネルギー「シリウス」の暴走で地球は住めなくなってしまい、急遽人類は地球外へ避難を始める。
避難のどさくさで、「シリウス」を発明した女性科学者、こそ泥、こそ泥を逮捕した刑事の3人が脱出用の小型宇宙船に乗り合わせることになった。
ところが刑事が船内で拳銃を発砲したせいで宇宙船が故障。
その作用で3人は20年前の2006年にタイムスリップしてしまう。
2006年、女性科学者は少年野球チームのエースで4番、な野球少女だった。
野球を続けることを父親に反対されていた彼女は、大会で優勝できなければ野球をやめると約束させられていた。
そして決勝戦、一打逆転のチャンスに凡退し優勝を逃した彼女は学問に打ち込む毎日を送り、シリウスを発明、地球を破滅に追いこむことになる。
2026年から来た3人は、ちょうど決勝戦の直前にタイムスリップしていた。
こそ泥は自分の念願を果たすためにどこかへ去ってしまう。
残る2人は少女時代の女性科学者に野球を続けさせて20年後の破滅を回避しようと、父親を説得したり、彼女を励ましたりと奔走する。
どう考えてもタイム・パラドックスにぶち当たってしまう話で、結局その矛盾を解決できておらずストーリーは破綻している。
そこを舞台上を駆け回る生き生きとした登場人物たちの勢いで突っ走り、「まあ、いいか」と思わせてしまう奔放さが魅力的ではある。
練習や決勝戦での野球シーンはさすがに実際にボールを投げたり打ったりはできないので、投げ真似、打ち真似になるが、チームのメンバー9人と監督が舞台の左右に、あるいは壇を上下に駆け回る。
時に音楽に合わせて全員がマスゲームのごとく忙しく隊形を組み、入れ替わりながら動いていく。
スピード感溢れる爽快な舞台空間がそこに生まれる。
これで1日2回公演をやるのは役者に相当の体力が要るだろうなあと感心させられることしきり。
一番感心したのは、舞台上の高いところ、舞台幅いっぱいに掲げられた金属の格子だった。
ちょっと下手方向(左)に下がるよう傾斜がつけられている。
舞台のアクセントにするためのデザイン用のセットなのかな、と思っていたが、決勝戦のシーンで正体が判った。
ゲーム展開に合わせて数字が書かれた板を舞台上手の袖から滑らせていくのだ。
そう、野球のスコアボードだったのである。
枠内の全てに数字が埋まったとき、物語は大団円を迎え、舞台上にスコアが大きく輝くという演出なのだった。
単純な仕組みではあるけれど、格好よく決まっていたと思う。
整合性のないストーリーには不満があるものの、舞台演劇のケレン味と迫力には満足の行く芝居でありました。
観たのは8月のことですが。
東京で写真家として成功し奔放に暮らしている主人公のタケルは母の一周忌で山梨へ帰郷する。
その道すがら、給油のために実家のガソリン屋に立ち寄ると、幼馴染のチエコが働いていた。
タケルは父親と折り合いが悪く、親族同士の会食の際も口論になってしまうが、温和で気配り屋の兄、ミノルの取り成しでその場を収められる。
ミノルはタケルと違いガソリン屋を継ぎ、父と二人暮しをしていた。
その日東京へ帰る途中、忘れ物を取りに再び実家のガソリン屋に立ち寄ったタケルは、チエコを彼女のアパートまで送り届け、彼女と肉体関係を持ってしまう。
夜が更けたためミノルは東京へ帰らずに実家へ戻るが、そこではミノルが一人で洗濯物を畳んでいた。
翌日、タケル、ミノル、チエコの三人は連れ立って渓谷へ向かった。
幼い頃両親に連れて来てもらったという場所に来て、ミノルは一人はしゃぐ。
二人きりになりチエコはタケルと一緒に東京へ出たいと言うが、タケルはそれをはぐらかし、吊橋を渡って一人で写真を撮りに行ってしまう。
しばらくしてチエコはタケルを追いかけ吊橋を渡ろうとする。
ミノルもチエコを追いかけ吊橋を渡ろうとする。
揺れる吊橋が怖いミノルはチエコにしがみつくが、チエコに「触らないで!」と強く拒絶されてしまう。
吊橋の上で揉めている二人の様子を、タケルは地上から見ていた。
カメラはクローズ・アップでタケルの顔を映し続ける。
次にカメラが吊橋を映し出したとき、そこにチエコの姿はなく、ミノルだけが水面を見つめ呆然としていた。
すぐにタケルは兄のもとへ駆けつけ警察を呼ぶ。
警察の取調べに対しタケルは、なぜか「自分はチエコが落ちた瞬間を見ていない」と証言する。
チエコは水死体で発見され、一旦は転落事故として処理される。
しかしミノルが給油中の客に暴行を働き警察の取調べを受け、そこで「チエコを突き落とした」と自白してしまう。
逮捕されたミノルを助け出すため、タケルは弁護士をしている叔父を大金を払って雇う。そして接見と裁判の過程で、タケルとミノルの秘めていた確執が徐々に明らかになっていく。
ミノルは本当にチエコを突き落としたのか?
タケルはミノルが無罪であることを知っていて弁護活動をしているのか?
その疑問が物語の軸となり、真相を巡って文字通り「ゆれる」兄弟の心模様が描かれる。
ミステリーのような緊張感で観客の心を繋ぎとめつつ、人物の心理を浮きだたせる展開が上手い。
そして何より、タケルを演じるオダギリジョー、ミノルを演じる香川照之両名の演技がお見事。
特に香川照之には怖さを覚えるくらい。
さらに検察官役で木村祐一が登場。
上手いのか下手なのかよく判らないが存在感だけは強い怪演を見せているのも面白い。
評判がいいのも頷ける良作でした。
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