mars 2006アーカイブ

4月1日から「公立大学法人大阪市立大学」。
うーむ。
違和感がある。
「公立」「市立」と似たような表現が重なっているのが気になる。

地味な大学なんだし、ライブドア式に「公立大学法人大阪大学」と名乗りを挙げて世間の耳目を集めてみたら面白かったのに。
そして大阪府立大学も巻き込んで一大抗争勃発。

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29 mars 2006

悪事千里を走る

旧国立京都病院の前事務部長ら逮捕へ…横領容疑
http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20060328p102.htm

国立病院機構の横領事件、前事務部長ら3人を逮捕
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060328i311.htm

逮捕の国立病院前事務部長、裏金プール千万円
http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20060329p101.htm

旧国立病院で横領の前事務部長、大阪でも裏金作り
http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20060329p202.htm

きな臭い噂は聞いていたけれど、聞いたとおりの単語がバンバン新聞に出てくると笑えてしかたないですな。
いや、笑ってる場合じゃないか。

強烈なキャラクターで相当恨まれていたらしく、悪行が露見したのも内部告発文書がきっかけ。
「 A 部長」が犯行を否認してて部下が犯行を認めているというところも素敵。
しかも地検の内偵が入ってた3月上旬から病気を理由に休んでいたともいうから(本当かどうかは知らない)情けない。
関係者の話ってのが新聞記事にいっぱい出てきますが、事情聴取や取材を受けた職員がここぞとばかりに喋りまくってるのでありましょう。
逮捕された「一派」とは私は全く面識はないけど、自殺した Y 課長は4年前に顔を見ている。
食事の席での話しぶりに、「これがお役人って奴なんかな」と居心地の悪さを覚えたのが記憶に新しい。

芋づる式にその時々の部下が逮捕されるんじゃないかとか、まだ逮捕されていない「一派」の人間が今は統廃合でなくなった病院で不正をしてたらしいとか、新たな噂が囁かれておりますがどこまで本当なのやら。
とりあえず「内部告発者 Good Job ! 」というところでしょうか。

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「エロゲー」と呼ばれるアダルトゲームの歴史の中で、1999年にはメルクマール的な作品が2つあるとされている。
一つは『 Kanon 』で、もうひとつは『加奈 ~いもうと~』。
アダルトゲームならではの官能的な描写よりもドラマ性を重視し、プレイヤーを泣かせにかかる「泣きゲー」というジャンルが確立されたとされる。

『 Kanon 』はプレイしたことがある。
『加奈 ~いもうと~』は『 Kanon 』ほどはオタク受けせずブームと言うまでは至らなかったとはいえ、1999年の話題をさらった作品。
だけど長らく敬遠していた。
だって「ヒロインは妹で不死の病を抱えている」という設定って、ありきたりでストレート過ぎませんか。

とはいえ、『腐り姫~euthanasia~』の「因縁」とか「情交」とかいう単語がまとわりつく粘っこい世界、「狂おしい妹」像に翻弄されてしまったせいで、「ここは一つ純でサラサラした作品で口直ししますか」とばかりに『加奈 ~いもうと~』をプレイすることにした。

『加奈 ~いもうと~』の物語は藤堂隆道という青年の視点で描かれる。
彼には二歳年下の妹がいる。
彼女の名は藤堂加奈。
幼くして慢性腎不全を患い、人生のほとんどを病院で過ごしていた。
隆道は幼い頃、両親の関心を奪う加奈を疎んじてよくいじめていた。
しかしある出来事をきっかけとして、加奈を守るために一所懸命となる。
ほとんど学校に登校できないため友人のいない加奈を支えながら、隆道は中学校、高校、大学と進学する。
加奈は1年遅れてどうにか高校の入学試験に合格した。
しかし病状が悪化し、高校に通う間もないままに彼女の死期は迫ってくる。
隆道はある女性となし崩し的に肉体関係を持ち交際を始めることになるが、やがて加奈を妹としてではなく、女性として意識している自分に気づく。

体裁としては選択肢によって物語の展開が変化するノベルゲーム。
台詞の前に発話者の名前が出るところなんかはアドベンチャーゲームのスタイルだが、画面いっぱいに文章が展開されるところは小説に近い。

エンディングは6つある。
しかし「不治の病を抱えたヒロイン」で「泣かせる」とくればお察しのとおり、基本的にば最後に加奈は死んでしまう。

古くは『愛と死を見つめて』、最近だと『世界の中心で、愛を叫ぶ』とか『劇場版 AIR 』とか、愛した若い女性が難病のために死んでしまうという話は実話もフィクションも沢山ある。
フィクションならば、「いかにヒロインを魅力的に描くか」、「そのヒロインに思いを寄せる男性にいかに感情移入できるようにするか」というのが課題となる。
『加奈 ~いもうと~』の場合、加奈は「清楚で無垢でおとなしくて、細い体にロングヘアー」というステレオタイプ的な病弱少女。
しかし主人公と加奈の幼少期からの10年間を順に追っていくことによって、主人公が加奈を大切に思う気持ちに同調できるし、それが異性に対する感情となっていることへの逡巡も受け入れやすくなっている。
主人公の幼少期の加奈への心情、主人公の初恋という伏線、末期癌のために若くしてホスピスで死ぬ叔母と先天的な病を抱えたその娘というサブエピソードを絡めたドラマ作りはお見事。

ステレオタイプ的な加奈のキャラクターについて、批判的な視点を押さえているところも好感が持てる。
病気のせいで世間ずれしていないから加奈はそうなっているだけであって、それを本質的な性格として求める者は諭されることとなるのだ。

初回のプレイで到達したのは、加奈が死なずに健康を取り戻す唯一のエンディングだった。
物語展開は上手いがあまりにも上手く行きすぎだろう、と思った。
複数のエンディングのうちの一つだから許されるけど、これが映画や小説なんかのように唯一のエンディングだったら確実に凡作と見なされるに違いない。

次に到達したエンディングでは主人公の献身も空しく加奈は死ぬが、伏線に唸らされた。
次に到達したエンディングでは壊れてしまった主人公にニヤリとさせられた。

しかし本作の本領が発揮されるのは、残り3つのエンディングに繋がるルートだ。
加奈は自分の死期が近づいてくることを悟る。
自暴自棄になりつつも、真っ直ぐ死を見つめるようになる。
残された時間を精一杯生きようと努め死を受け入れる。
ある決断を胸に秘め、安らかに死んでいく。
「願わくば、明日のわたしが、今日のわたしより優れた人間でありますように……」
「今日、海を見た。もう恐くない」
加奈の残した文章に胸を打たれる。
名台詞と言っていい。
「なんだ、『世界の中心で勝手に愛を叫ぶ』だ?勝手に叫んどけ、バーカバーカ」と思うくらいグッと来た。
成就しない恋愛、理不尽な死という悲劇にとどまらず、生きることの意味をプレイヤーに考えさせる深みのあるシナリオだ。
病気が治って生き続ける加奈よりも、加奈というキャラクターの存在が生き生きと感じられる。
いやはや、名作という世間の評判も納得です。

本作のシナリオを担当した山田一といえば2001年の作品『家族計画』のシナリオライターでもある。
プレイしたのは3年くらい前になるけれど、『家族計画』も心にグッと来るいい話だったなあ。
さすがいい物を書く人だ。
2003年の作品『CROSS † CHANNEL』はシナリオライターが山田一(田中ロミオと改名)とは知らずに関心を持っていたのだけど、今年中にはプレイしたいなと思う。

ちなみに『加奈 ~いもうと~』は1999年の作品だけあってパッケージソフトでの入手は難しい。
幸いなことに、アダルトゲームのダウンロード販売を行っているサイト「 BB5 」を利用して入手が可能だ。
プレイの度にオンライン認証が必要らしく、余計な情報も送信されていないかちょっと不安ではあるが……。
なお、2004年には絵を差し替えて声優による音声を加えたリメイク版『加奈…おかえり!!』が発売されているが、これも「 BB5 」で入手できる

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腐り姫

『 Forest 』をプレイする前に買ったのか、プレイした後に買ったのか。
記憶は定かではないけれど、長らく放置していた『腐り姫 ~ euthanasia ~』
やっとプレイした。
もっと早くプレイしておけばよかったと後悔。

『腐り姫 ~ euthanasia ~』は『 Forest 』と同じくライアーソフトから発売されたアダルト向けノベルゲーム。
企画・シナリオを担当したのも同じ人だ。
『 Forest 』から遡ること2年、2002年の作品。

この物語は、徹底的に近親愛を描いたものである。
妹萌えなんて甘いものじゃない。
そこにあるのは、戦慄。

ある冬の日。
主人公の青年、五樹は父と妹が怪死し全ての記憶を失った。
そして半年後の夏。
記憶を取り戻すため、彼は義理の母と妹とともに生まれ育った故郷の町に戻ってくる。
かつて鉱業で栄え、今は寂れた山奥の町、「とうかんもり」である。
翌8月11日、彼は湖で「蔵女(くらめ)」という名の謎めいた少女に出会う。
真っ赤な着物に身を包んだ彼女は、腐り落ちた果実のような甘い匂いを漂わせる。
実は彼女の持つ爪に傷つけられた者は、内に秘めた情欲を満たされた末に「赤い雪」となって崩壊してしまうのだ。
五樹は彼女の爪に腕を刺される。
蔵女は迷子の少女として受け入れられ、五樹たちと過ごすことになる。
義理の妹は、蔵女が五樹の死んだ妹にそっくりな顔をしていることを指摘し怯える。
そして8月14日、とうかんもりは赤い雪で覆われ、死の静寂が訪れる。

だが時は巻き戻り、五樹は再び8月11日を迎える。
彼が湖で出会うよりも前に、蔵女は迷子の少女として受け入れられていた。
またも世界は8月14日に赤い雪で覆われる。

プレイヤーは初めから物語を始めようとするが、その4日間は等しく赤い雪で覆われて終わる。
だが、『 Prismaticalization 』のように同じ展開がループしているわけではない。
繰り返す4日間は、毎回どこか違っている。
その中で、主人公の過去がフラッシュバックされ、その残酷で忌まわしく痛々しく淫靡な記憶が徐々に明らかになっていく。
五樹を取り巻く女性たち――自称恋人の伊勢、従姉で幼なじみの夏生、義理の母の芳野、義理の妹の潤。
彼女らは、それぞれ彼に秘めた思いと情欲を抱いている。
蔵女に導かれて、彼女らは五樹と交わり、幸福のうちに赤い雪となって腐っていく。
一度赤い雪となった彼女らは、その後の新たな4日間で出会った時にはもはや五樹に執着していない。
あまたのノベルゲームのように、物語が分岐して主人公が様々な女性たちと結ばれるというパラレルワールドではない。
ある目的のために女性たちは一人ずつ消されていくのだ。
彼女たちは単なる通過点に過ぎず、主人公は一点に向かって進んでいく。
つまりこの物語はループに見せかけて、螺旋状に進んでいるのである。

4日間を繰り返していくことに気づき、徐々に記憶が蘇るとともに、記憶の中の「こうであったはず」な女性たちを失っていく。
無力に翻弄され傷ついていく主人公はどこに到達するのか?
蔵女の目的は何なのか?
螺旋の果てに真相が明らかになる。
女性たちに強引に愛されるだけの主人公は、ここで初めて愛し愛される者となる。
物語は完全なループのうちに閉じられる。

何と恐ろしく美しい情念であることか。
永遠の愛、と言えば聞こえはいいが、それは苦痛と背徳を伴って永遠に繰り返す愛なのだ。
死と生が混濁する。
兄と妹の交わりは父と娘との交わりでもあり、母と息子との交わりでもある。
究極の近親愛が描かれた!

敢えて気になった点を挙げるとするならば、終盤の展開が少し性急な感じがすること。
「蔵女は実は○○○でした」「それ何て SF ?」と面食らったままプレイヤーがプレイを終えてしまいそうだ。
プレイヤーには是非とも真のエンディングに到達して物語を結んで欲しい。

あと、盲点モードとおまけシナリオの必要性がいまいち判らない。
作中で流れるテレビ番組とラジオ番組同様、ファンサービスなのかな。

物語が余りにも閉じられてしまっているのも、ある意味欠点と言える。
サイドストーリーという形で拡大消費されることが非常に困難にしているからだ。
「萌え」という甘えに真っ向勝負を挑んで苛烈で過酷な愛を描いた作品がマスの支持を得られるはずもない。
マニアでカルトな支持を得つつも埋もれていく……。

演出面で特筆すべきは、画面構成が一般的なノベルゲームのような「背景に立ち絵」ではなく、ビスタサイズでペン画に彩色を施した風景にセピア色の登場人物がはめ込まれるのが基調となっていること。
登場人物のバストアップも併用されてはいるが、珍しい試みだ。
舞台の存在感が強調されて、伝奇的・退廃的な雰囲気作りに一役買っている。
赤い雪に覆われた終末の光景も、静謐のような佇まいのなかに鮮烈な印象を残し絶妙。
濡れ場の濃厚で粘っこいテキストと音声も世界観に馴染んでいて、単に「商品として流通しやすくするために一応 H シーンを入れときました」といった「感動作」とは一線を画している。
ポルノとしての「実用性」があるかどうかはともかくとして、ゾクっときたものがあったのは確か。

幻想文学や伝奇物語を好む人にはオススメできる佳作だ。
しかし生産・販売は既に終了している。
購入するには中古で流通しているのを探すしかない。
書籍と違って商品寿命と流通期間が短すぎるのは「エロゲー」の世界の悲しいところ。
こういう芸術性の高い作品は、廉価で長く息づいて欲しいものなんだけれど。

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『 DMC-LX1 』を購入

Panasonic のデジタルスチルカメラ『 LUMIX DMC-LX1 』は横縦のアスペクト比16:9の CCD と28mm の広角レンズに手ぶれ補正機能を備え、シャッター速度や絞りやフォーカスのマニュアル操作も可能なコンパクトカメラ。
2005年8月発売。
デザインも機能も魅力的だけどちょっと高いなあと思っていたところ、yodobashi.com で 51,100円、ポイント23%還元という値段を見て思い切って買ってしまった。

クラシックカメラ風のデザインが素敵。
写真とは違い、実際の色は黒ではなくガンメタリックに近い。
真っ黒だったらもっとよかったんだけどなあ。
真っ黒にすると古臭さが否定的に取られるだろうというメーカーの判断だろうか。

電源を入れるとレンズが飛び出す。
ちょっと不恰好で残念。
レンズカバーも手でセットしなければならないけど、これはこれでクラシカルでいいと思う。
ちなみにレンズカバーがついたまま電源を入れると警告が出る。

詳しいレビューはスタパ齋藤の記事デジカメ Watch の記事をご覧いただきたい。

この『 DMC-LX1 』を連れてスキー旅行に行ってきた。
場所は新潟県の妙高山麓、赤倉温泉であります。

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『ナルニア国物語』といえば児童向けファンタジーの古典的作品。
その割に影が薄いというか、地味というか。
原作本の表題に『ナルニア国物語』と入っていないせいか、私が『ナルニア国物語』の名を知ったのは二十歳を越えてから。
とはいえ、今まで映画化されていない大作の映画化、ということで早速映画館に足を運んだ。

『ライオンと魔女』は『ナルニア国物語』シリーズ全7作の第1作目。
原作本(岩波少年文庫版)は既読なので、原作と対比しながら映画を観る形になった。

物語の進行は、大まかには原作に忠実だ。

男2人、女2人の4人兄弟姉妹の子供たちが疎開のために田舎の邸宅に引き取られる。
その邸宅の1室に置かれたタンスの奥は、動物たちが言葉を話し豊かな自然が広がる国ナルニアと繋がっていた。
しかしナルニアは女王を自称する魔女に征服され、100年間も冬が続いている有様。
4人はナルニアに入り込み、ライオンの姿をしたナルニアの真の王アスランと合流して魔女を倒すため戦う。

最初に気になったのは、主人公の4人に華がないこと。
美少年、美少女じゃなくて、野暮ったい普通の少年少女といった感じ。
はっきり言ってしまえば不細工。
しかしそれも物語が佳境に入ってくると、引き締まって格好よく見えてくる。
子供の成長物語って側面から見れば、これも悪くないかもしれない。
ターゲットである子供の観客にとっても感情移入しやすいだろう。
顔こそ地味だが演技力は大したもので、末っ子のルーシー役の子なんか特に「映画で動いてこそなんぼ」な可愛さを見せてくれる。

見所としてはやはり、ディズニーの豊富な資金が注ぎ込まれた CG だ。
予告編で既に観てるにも関わらず、アスランが登場したシーンでは「キター!」と内心で喝采。
その他の動物たちも全く違和感ない。
いやはや技術の進歩って奴はすごいものですな。

魔女軍とアスラン軍との合戦シーンも、近年の歴史もの大作映画みたく俯瞰がバリバリ使われていて迫力がある。
このへんは映画館のスクリーンで観てこそ。
ただ、長兄のピーターが魔女の配下のオオカミを倒すシーンや、魔女が倒されるシーンがあっけない。
子供向けってことで流血を描けないという事情からなんだろうけど、ちょっと物足りなさを感じた。

原作をそのままなぞっているので、原作を読んでない人にはアスランが登場するところまでがまどろっこしく感じるかもしれない。
勧善懲悪でベタでご都合主義的な物語展開も不満が出そうだ。
しかし子供の頃に原作に親しんだ人には、概ね違和感なく受け入れられるのではないだろうか。

原作との差異ということで気になったのは三つほど。

魔女の追っ手を避けるためにビーバー夫婦とともに逃げ込んだ穴倉で食事を取るシーンが原作で印象的だったので、映画でそこが改変されていたのは残念。

穴倉から出てサンタクロースに出会うシーンは形を変えて再現されているけれど、最初にパッと見てその爺さんがサンタクロースだとは分からなかった。
何せ赤い帽子も赤い上着も着ていない。
「サンタは本当にいるのよ」というルーシーの台詞で説明されるので、原作を読んでなくても一応分かるようにはなっている。
しかしサンタクロース=赤というコカ・コーラ社発祥のイメージがこうも深く刻み付けられているのかと、正直言ってショックを受けた。

どんな傷でも治してしまう薬でエドモントを助けたルーシーに、「兄にばかりかまけてないでほかの連中も早く助けてやれ」といった趣旨のことを言って諭したアスランの台詞が削除されていたのも気になった。
映画版ではルーシーが自主的に助けて回ろうとするところで場面転換するので、インパクトが弱い。
作者が教育的な意味を込めた場面だと思うんだけどなあ。

ラストシーンも原作とそっくりそのままというわけではなかったけれど、短いながらも絶妙な会話でうまくまとめたと思う。

最後に一つだけ注意。
エンドロールが始まったからといって席を立ってはいけない。
途中で短いエピローグが入ります。

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夜と霧

小学生の頃見た。
原爆に焼かれた丸こげ死体を写した写真パネル。
中学生の頃読んだ。
『はだしのゲン』で、死体の足首を掴んで引っ張ると肉だけ抜け落ちるシーン。
脳に刻み込まれたイメージに、またひとつ新たな一コマが加わった。
映画『夜と霧』( Nuit et Brouillard )である。

『夜と霧』は1955年にフランスで製作されたドキュメンタリー作品。
監督はアラン・レネだ。

彼はまず、青々と背の低い雑草が生える平原をカラーフィルムで映し出す。
静かで平和な風景。
しかしすぐにカメラはパンする。
視界に入ってくるのは、有刺鉄線。
その場所は、アウシュビッツ強制収容所であった。

そして映像は十数年前に遡る。
人々が収容所へ運ばれていく模様を撮影したモノクロの記録映像やスチル写真だ。

再び映像は十数年後に戻る。
主も収容者も失い、静かにたたずむ収容所がそこにある。
まさかそこで何十万人も死んだとは思えない。
どこかの古城か、打ち捨てられた寺院のようだ。
映像はまたも十数年前に遡り、収容者の模様を映し出す。

こうして映像はモノクロで描かれる過去と、カラーで描かれる現在を対比しながら行き来する。

そして画面に現れるのは、死体、死体、死体の山。
頭を剃られ、ガリガリに痩せた収容者の死体。
あるものは丸焦げ。
あるものは生焼け。
あるものは木材に挟まれ、焼かれる時を待っている。
あるものは骨になって山積みになっている。
あるものは首と胴体が切り離され、桶に生首が積み上げられている。

地面一面に死体が並べられている。
地面に死体が重なり合っている。
土を巻き込みながら、ブルドーザーが死体の山を押し進んで行く。
地面に掘られた穴に死体が積みあがり、マネキンが捨てられるかのように軽々と一人の死体が穴に落とされる。
そこに人間の尊厳はない。
あるのは圧倒的かつ空虚な物体の群れだ。

最後に、映像は「現在」を映し出す。
月日が経ち、人間が消え去った光景。
しかしその下にはあのおびただしい死者たちが埋まっているのだ。
ナレーションは惨劇を過去のものとして遠ざけ直視しない我々を痛烈に非難し、映画を締めくくる。
彼は言う、「戦争は終わっていない」。
「現在」の人々が間違えば、あの「過去」は「現在」の風景として蘇るかもしれない。
死者の声なき告発の声を、レネは我々生者の眼前に突きつける。
「で、今あんたは生きているわけだが――何をしてるんだい?これから何をするんだい?」と。

わずか30分ほどなのに、激しい印象と重みを残す作品だった。

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またバトンです。
しかも1ヶ月以上、回されたのに気づかず放置してた。
すみません。
バイト、すなわち日本で言うところのアルバイトですな。

1.バイトの経歴と業種、そのバイトでの呼び名は?

  • 新聞配達
  • 某 AM ラジオ局でプロ野球中継の裏方
  • 某 AM ラジオ局で大阪国際女子マラソン中継の裏方
  • 某 AM ラジオ局のイベントの裏方
  • 書店の棚卸作業
  • 釣具店の棚卸作業
  • 塾講師
  • 阪神甲子園球場のスコアボードのリプレイ画面操作
  • 阪神甲子園球場で行われたスピードガンコンテストイベントの裏方
  • 学生対抗野球大会イベントの裏方
  • 会社の引越し作業
  • 国家試験の試験監督

接客業やったことないのよね……。

呼び名っていうと、姓とか「バイト君」とか「先生」とか。
至って普通。

2.バイトの最長継続期間、最短期間は?

最長:5年
最短:1日

3.バイトで稼いだ最高額は?

7万円くらい。

4.「こんなバイトやめてやるっ!」と思った瞬間は?

重いものを次々と担がされてすぐにヘロヘロになってる非力な私を見て、業務配置を適正なところに変更することなく根性でそれを解決することを強いる現場監督者に「頭を使え」と言われたとき。

5.「ここだけの話、うちのバイトって……?」

プロ野球中継ではアナウンサーや解説者は大抵どちらかのチームを贔屓して発言してて、視聴者・聴取者は時に不快な思いをします。
しかしオンエアされていないときは彼らとて贔屓してたはずのチームでも冷静に批評しており、時にはボロクソに貶しています。
世の中、本音と建前で成り立っているのです。

6.バイトで得た特殊知識、特殊技能は?

野球を見る目が肥えた。

7.微妙な関係の知人がバイト先に来たら、どうする?

目が合ったら会釈くらいするかもしれない。

8.最後にあなたのバイトでのキメ台詞を!

トンプソン犠飛。

9.バトンをまわすひとは?

いません。

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『テコン V 』は1970年代後半に韓国で製作されたアニメーション映画で、一言で言うと『マジンガー Z 』のパクリ。
以降韓国では次々と日本のロボットアニメをせっせとパクっていったらしいのだが、『テコン V 』はその中でも国民的作品としての地位を築いているらしい。
その主題歌は日本のロボットアニメとは異なり子供の独唱。
コミックソング好きな私はその妙に軽快なメロディと歌声に、一度聴いただけで魅了されてしまった。
朝鮮語が分からないので「ロボット」「テコン V 」「マンマンセー」くらいしか聴き取れないけど、ロボットアニメに「マンマンセー」(万々歳)という歌詞を付ける韓国人のセンスがとても好きです。

その『テコン V 』の主題歌をふと思い出し歌詞の詳細を求めて WEB を検索したところ、いろいろと発見があったのでメモ。

歌詞のハングル表記とその読み。ハングルを読めない私にはアルファベットで読み方が書いてあるのがありがたい。
http://pr4y.free.fr/index/2004/12/18/120-robot-taekwon-v---loboteu-taekwon-beui.html

mp3 ファイル。
http://pr4y.free.fr/images/taekwon-v(full).mp3
http://pr4y.free.fr/images/taekwon-v.mp3

映画本編のスチル写真と動画。
http://nandakorea.sakura.ne.jp/koreanihtml/b_1.html

歌詞の日本語訳と wma ファイルはこのページの一番下。
http://nandakorea.sakura.ne.jp/html/robot.html

ハングルの歌詞のテキスト版。
http://planning1979.cafe24.com/zeroboard/zboard.php?id=music&no=81

これで『テコン V 』の歌をマスターすれば、韓国人のハートをがっちり鷲掴みすること間違いなし。

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Amazon.co.jp の「この本を買った人はこんな本も買っています」を元に突撃してみるキャンペーン。

榛名まお『ぱわまゆ』(バンブー・コミックス)

ISBN:4812460115

ペットショップを営む姉の下で働く女の子、まゆを主人公に据えた4コママンガ。

作者名が個人的に懐かしい。
CG とペン画では印象が違いますな。

言っちゃあ悪いが何の変哲もない作品で、そのまま歴史の中に埋もれてしまうことでありましょう。
絵柄は可愛いし、つまらなくはないんだけど。

いずみ『ちょこパフェ』( 全2巻、まんがタイムコミックス)

ISBN:4832275097
ISBN:4832275402

パティシエになることを夢見る洋菓子屋の娘と、その同級生の和菓子屋の娘ら小学生の少女たちの日常を描いた4コママンガ。
最近流行の「萌え4コマ」という奴ですな。
どこかで見た絵柄だなーと思ったら、『貧乏姉妹物語』と同じ作者だった。

そこそこ毒のあるギャグと可愛い絵柄ってことで、萌え重視の人にはまあまあ悪くないのでは。

湖西晶『かみさまのいうとおり!』(第1巻、まんがタイムきららコミックス)

ISBN:4832275240

生徒の信仰する宗教を最大限尊重するという高校に通う少女たちの日常を描いた4コママンガ。
キリスト教の安倍まりあ、神道の鳥居くりこ、修験道の山伏実希代がメインキャラクター。
安倍まりあはすぐにエロい想像をしてしまい鼻血を噴出してしまうという設定で、ソフトな下ネタが多い。
さしずめ「萌えみこすり半劇場」といったところ。
それを面白いと思うかどうかは読者次第。

萌え4コママンガ雑誌「まんがタイムきらら」の看板作品らしい。

小箱とたん『スケッチブック』(第1巻‐第2巻、BLADE COMICS )

ISBN:4901926500
ISBN:4861271096

個人的に「大当たり引いた!」感あふれ大満足。
4コママンガでは今私が最もオススメする作品。
「月刊コミックブレイド」に2002年から連載中。

作品の舞台は北九州にあると思われる高校。
妙にゆったりペースな女子高校生、梶原空が入部した美術部は、彼女を含め個性的な部員揃い。
そんな彼女たちの日常を描いている。

4コママンガとして注目したいのは「間」の使い方が秀逸なこと。
『あずまんが大王』以来の感覚だ。
では学園4コママンガという点でポスト『あずまんが大王』となり得る作品か、というとちょっと趣が異なる。
あずまきよひこほどキャッチーな絵柄ではないし、女性の身体的特徴をネタにすることがない。
キャラクター性から取り出されるのは成分として萌えよりもギャグが強い。
本作では比率は少なめとはいえ男子部員も登場する。
共学校であるにも関わらず男子生徒を意図的に排除し、楽園的世界を構築していた『あずまんが大王』とはここでも違いがある。

本作が優れているのは、日常生活のちょっとした事柄を掬い上げてネタにするそのセンスだ。
その着眼点には「あるある!」と共感を誘われること間違いない。
また、作者は生き物についても造詣が深いようで、生物・植物ネタが数多く披露される。
それはしばしば登場人物が住む町に残る自然の風景に見出されるもので、作品世界に土のにおいと広がりをもたらしている。
これもまた、作者が切り出してみせる「日常」の一つの側面と言える。

作品傾向として二次創作という形で消費しづらいため、オタクの世界にブームを巻き起こすということはないだろう。
しかし口コミでじわじわ売れ行きを伸ばしていくタイプの作品だと思う。

荒井チェリー『三者三葉』(第1巻‐第3巻、まんがタイムきららコミックス)

ISBN:4832275119
ISBN:4832275313
ISBN:4832275526

真面目なメガネっ娘に見えるが腹黒い葉山てる。
明朗な性格で底なしの食欲を持つ小田切双葉。
大金持ちのお嬢様だったが今や没落し一人貧乏生活、クラスでは孤立している西川葉子。
氏名に「葉」のつく女子高生仲良し三人組の日常を描いた萌え系4コママンガ。

メインの3人のキャラクターが立っている。
人気が高そうなのはやはり「葉子様」だろうか。
お嬢様の言動を残しつつ健気に現実と戦うギャップが笑いを誘う。
絵柄は可愛らしくまとまっているし、ギャグも毒が効いている。
萌え系4コママンガの中ではオススメできる作品だ。

大井昌和 『風華のいる風景』(第1巻、まんがタイムきららコミックス)

ISBN:4832275283

4コママンガではなく、短編ストーリーマンガ。
表紙の絵の少女が「風華」なのだが、タイトルに名前があって更にカバーイラストに大きく少女の絵が描かれていれば彼女がヒロインであろうと誰しも思うはず。
しかし彼女はヒロインではない。
ストーリーには殆ど絡んでこず、街の通行人として一瞬現れるだけに過ぎない。
確かにそこにあり、人の心に影響を及ぼすこともあるが、大抵は通り過ぎるだけの風のような存在。
そういう意味では『風華のいる風景』というタイトルは正しい。
そんな風景のもとに登場人物が織り成す人情話を描いた作品。
ハートフルストーリーって奴ですな。

袴田めら 『最後の制服』(第1巻、まんがタイムきららコミックス)

ISBN:4832275410

これも短編ストーリーマンガ。
とある女子高の寮、1つの部屋に2名が割り当てられ生活する少女たち。
言葉にすることはないものの、彼女たちは同室の少女に友情を越えた好意を抱いている。
それぞれの秘めた思いが、ゆるやかに綴られていく。
ぶつかり合ったり、傷つけあったりすることなく、ひたすら密やかにしみじみと。
少女幻想、それもまたよし。

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『ぺとぺとさん』は木村航の小説を原作とした TV アニメーションドラマ作品。
2005年7月から9月頃に放送されていた。

同時期に放送されていた『かみちゅ!』は地方都市を舞台に中学生であり神様でもある少女をヒロインとする青春物語だが、『ぺとぺとさん』は田舎町を舞台に中学生であり妖怪でもある少女をヒロインとする青春物語である。
『かみちゅ!』の製作スタッフはその重なり具合に大いに気を揉んだとか。

この物語の世界では妖怪が「特定種族」と呼ばれ市民権を得て人間と共存している。
舞台となるのどかな田舎町、鮎川町の中学校では人間と妖怪が同じ教室で教育を受けている。
その学校に通う妖怪たちは、見た目には人間と変わらない姿をしている。
そんな鮎川町に、妖怪「ぺとぺとさん」の少女、鳩子が転校してくる。
「ぺとぺとさん」は好意を持った相手に触れるとぺとっとくっついてしまうという妖怪。
明るく素直で人なつっこい性格の彼女は「ぺと子」とあだ名をつけられ、クラスメイトや住民に温かく迎えられる。
ぺと子とクラスメイトの少年シンゴ、カッパの少女くぐるを中心に、彼らの夏の日々が描かれていく。

まず丸っこくてぷにぷにした可愛い絵柄が目を引くが、キャラクター原案が YUG、キャラクターデザインと総作画監督がとみながまりという名前に納得。
実は私、中学生のときからとみながまりのファンで、作画監督って役職を初めて知ったきっかけが「作画監督とみながまり」なんである。

物語の進行は1話1エピソード式ではなく連続もの。
仲違いした姉妹の和解、妖怪を嫌う人物との和解、少年少女の淡い恋心といったエピソードが放送回をまたいで展開されていく。
物語全体としてはジュブナイルものっぽいけれど、「萌え」を強調した演出が強め。
妹キャラが沢山登場する上に、くぐるはツンデレキャラとしてぺと子とシンゴとの間に恋の三角関係を作る。
お色気ユーモアなシーンもいくつかあって、初っ端からいきなりかましてくれるので、何も考えずにお子様にもどうぞ、とは言いづらい気がする。
「ぺとっとくっつく」というぺと子のキャラクター設定はぺと子、シンゴ、くぐるの三人が親密になるきっかけとして物語の最初の方で使われるくらいで、大して活用されない。

個人的に流暢な方言を話す少女キャラクターには点数が高くなってしまうので、違和感のない関西弁を話すぺと子、博多弁を話すくぐるの好感度は高い。
逆に妹キャラはぬりかべのこぬりちゃんを除いてはあまり訴えてくるものがなかった。

田舎町が舞台ではあるが、単に田舎というだけで、ノスタルジックな雰囲気が強調されるような演出はない。
モデルとなる特定の町がある様子でもなく没個性的で平板。
この点、工夫の余地があったのでは。

今時の新作アニメなのに画面が4:3なのは残念。

積極的にオススメするほど秀でた部分があるわけではないけれど、絵柄に魅力を感じる人や、ほのぼのとした淡い恋物語が好きという人には悪くない作品だと思う。
「2005年ジュブナイル萌え系アニメ対決」として『かみちゅ!』と『ぺとぺとさん』を比べるならば、『かみちゅ!』に軍配を上げる。

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