13 février 2006

2005年に読んだ本 2006.2.13

倉知淳『日曜の夜は出たくない』(創元推理文庫)

ISBN:4488421016

黒い上着に身を包んだ神出鬼没、年齢不詳の青年「猫丸先輩」が、不思議な殺人事件の謎を鮮やかに解いてみせるという七つの短編を収めた本。
落語のご隠居みたいな語り口の猫丸先輩のキャラが立ちまくり。
本書の結末で明かされるメタフィクション的仕掛けにも唸らされてしまう。

倉知淳『猫丸先輩の推測』(講談社ノベルス)

ISBN:4061822721

またも登場、猫丸先輩の謎解き6編。
今度は「日常生活の中のミステリー」という奴で、人は死なない。

唐沢なをきにカバーイラストと挿絵を描かせようと考えた人は天才やね。

文庫版が2005年9月に出てます。

田中啓文『蹴りたい田中』(ハヤカワ文庫)

ISBN:4150307628

「蹴りたい背中」ではなくて「蹴りたい田中」。
このタイトルが暗示している通り、ひたすら下らない駄洒落をオチに持ってくる脱力系 SF 短編集。
ここまで徹底していれば許してしまえるかな。
爆笑というよりも終始苦笑という笑い。

佐藤忠男『映画の真実―スクリーンは何を映してきたか』(中公新書)

ISBN:4121016165

冒頭、「映画で現実が分かるか」という問いに「映画とは現実と美化の間を揺れ動くものである」という答えを置く。
この考えのもと、古今東西の映画を引き合いに出して映画が映し出しているものを論じている。
映画の見方、楽しみ方を広げてくれる好著だ。

橘木俊詔『日本の経済格差―所得と資産から考える』(岩波新書)

ISBN:400430590X

今(2006年)の国会で国民の経済格差の拡大の問題が取り沙汰されている。
小泉内閣の政策が経済格差を拡大させている、と攻撃されているわけだが、1998年に出版された本書で既に経済格差の拡大は指摘されていて、本書を元に考えるならば別に小泉内閣の政策を中止したところで物事は解決しないということになる。

本書で指摘されている経済格差の拡大というのは、所得、資産における不平等化である。
日本では年功序列の賃金制度による賃金格差があって、世代間に所得の不平等があるが、それが世帯構成の変化により拡大している。
資産の面では、バブル期に土地価格が大幅に上昇したせいで資産の流動性が弱くなっていて、相続税の安さもあいまって、土地を持つ者と持たぬ者との差が広がっている。
また、資産を多く持つ者は貯蓄や株やらで資産を増やしやすいが、資産を持たない者は生活に手一杯でなかなか資産を増やせないという格差がある。
格差を調整するための手段として租税負担と社会保障制度があるが、日本では税制の不平等度が高く所得再分配効果が低い。
逆に社会保障制度による所得再分配効果が高いという。

そうした分析から、本書ではロールズの格差原理を支持しつつ具体的に政策提言にまで踏み込んでいる。

本書出版後に実行されている政策はというと、世代間の所得の格差が解消されるほど年功序列の賃金制度が改まっていることもないし、税金は安いままだし、社会保障制度は「小さな政府」の名の下に弱体化されようとしている。
小泉内閣に責任を押し付けられるわけではないが、小泉内閣が不平等化を助長しているのは間違いない。
もちろん、大して税金を払ってないくせにすぐに国民負担増反対と煽動するマスコミとそれに踊らされる国民が馬鹿なのも間違いないが。

小谷野敦、斎藤貴男、栗原裕一郎『禁煙ファシズムと戦う』(ベスト新書)

ISBN:4584120994

ルサンチマンと粘着質に溢れる小谷野敦大先生が中心になってタバコ排斥運動に異議を唱える書。
「タバコの煙は駄目で何故自動車の排気ガスは許されるんだ」という小谷野大先生の論理は論点をすり替えてないかと思わなくもないが、そんなにタバコが害のあるものなら何故非合法化しないのかという指摘は私も常々思っていたことなので同意。
(もちろん非合法化しない理由も推測できるけど。)
疾病を引き起こす危険のある輸入牛肉、アスベスト、食品添加物、農薬なんかは禁止になる癖に、タバコがそこらじゅうで簡単に手に入るのは筋が通らない話である。
最近、医療機関における禁煙指導を健康保険適用にしようなんて動きがあるが噴飯ものだ。

非喫煙者と自称する斉藤貴男はタバコ排斥運動を、個人の行動を国家が管理・統制しようとする動きとして捉えて危惧している。
この視点は重要。


フランス・ドルヌ、小林康夫『日本語の森を歩いて フランス語から見た日本語学』(講談社現代新書)

ISBN:4061498002

キュリオリの発話理論をベースにフランス人の言語学者が日本語を読み解いている。
旦那さんが日本人(デリダやリオタールの翻訳やってる先生ですな)で、第一インフォーマントにして草稿のまとめ役、だそうな。
日本語の例文との対比としてフランス語の例文を挙げているので、よりよく理解するには大学の第二外国語程度のフランス語を知っている方がいいけども、知らなくても差し支えない。
言語というのは言語が話されるまさにその状況が中に組み込まれているものであり、発話者から構築されていく関係性の網である。
単純に単語の継ぎはぎ、組み合わせじゃないよ――ってのが発話理論。

たまには言語学もよろしいですな。
毎日だと「もうええやん、こんな細かいこと考えんでも」なんて気分になりがちだけど。

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