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janvier 30, 2006

消えそうなパーツを確保する

録画用 PC には Athlon XP 3000+ ( 400MHz 版)を乗っけている。
つまりマザーボードの CPU ソケットは Socket A なわけだが、キューブ PC のベアボーンだもんで、マザーボードが故障した場合それで終わり。
今や販売元もメーカーも交換用のマザーボードは持っていないだろう。
ATX や MicroATX のマザーボードとて、Socket A のCPU が流通在庫のみという現在にあっては、今後入手が難しくなることは必至。
折角そこそこ動く CPU なんだから載せることのできるマザーボードがなくなったとしたら物悲しい。
今のうちに予備の Socket A 用マザーボードを確保しておこうというわけで、Biostar の「 M7NCG 400 (7.2) 」を買ってきた。
日本橋の PC ONE'S で6,980円だった。
FSB が 400MHz で動く MicroATX のマザーボードで今でも新品で手に入りやすいのはこいつくらいらしい。
PC ONE'S には FSB 400MHz に対応した ASUS の「 A7V400-MX SE 」の並行輸入版も売られてたけど。
「 M7NCG 400 (7.2) 」は今でも新品でそこそこ流通しているモバイル用 Socket A CPU 「 Geode NX 」を載せてファンレス運用できるらしいってのも気に入った。
なかなか癖のあるマザーボードのようだが、それで試行錯誤するのも自作 PC の楽しみ方の一つだ。

ちなみに去年購入して未開封の MicroATX 用 PC ケースに入れるつもりはなくて、そいつには Athlon 64 システムを載せるつもりで市況と現有マシンの状態を見定めているところである。

ついでに、生産が終了していて商社と店頭の在庫のみになっているというミネベア製キーボード「 CMI-6D4Y6 」も購入。
これは今使っているキーボードで、キータッチが非常に気に入っている。
今現在、安価な市販品でこれと同等のものはお目にかかったことがないので、手に入るうちに買っておいた。
店は TSUKUMO なんば店で、およそ4,000円。
白版と黒版併せてあと6台ほど店頭在庫があった。

さらに PC パーツとは関係ない話。
日本橋に出たついでで、とらのあなに寄って『ひぐらしのなく頃に』のマンガ版を買いに行ったら、関係ないマンガ本を多数買ってしまった。
これだから本屋に入るのは危ない。
『かみちゅ!』のマンガ単行本の発売に合わせてか、店内では『かみちゅ!』のアニメがガンガン放映されてて、買うつもりはなかったのについ購入。
やられた。
小箱とたんの『スケッチブック』の新刊を平積みにしてたのはさすがとらのあな、目の付け所がよい。
『スケッチブック』は今もっともオススメな4コママンガだ。
見知らぬお客もその連れの友人に「これ面白い」と勧めていた。
その調子でどんどん布教すべし。
須藤真澄の『長い長いさんぽ』が平積みなのは当然であるな。
同じく須藤真澄の『庭先案内』の第1巻が出てたのは知らなかったので、視界に入るなり手にとってました。

既読分のレビューを書かないと本が片付かないから、早く書かねば……。

投稿者 Dormeur : 11:49 PM | コメント (1) | トラックバック

『フライトプラン』を観た

夫が転落死した元航空機設計士の妻が、彼の遺体とともにベルリンからニューヨークへ向かう飛行機に搭乗する。
機内で少し眠ってしまった彼女が目を覚ますと、共に搭乗したはずの6歳の一人娘の姿が見えない。
必死に機内を探すが、娘はどこにも見当たらない。
乗客も娘の姿は見ていないと証言する。
それどころか、乗務員いわく乗客名簿には娘の名前が載っていないという。
果たして娘はどこに消えたのか。
それとも心労が彼女に娘の幻影を見せていたのか……。

そんなサスペンス・ミステリー映画が『フライトプラン』
個人的に期待していたのだが、見事に期待はずれだった。
着想はいいのだけれど、その答えは説得力に欠ける。
杜撰というか、ツッコミどころが多すぎる。
それは本筋の謎以外にも言えること。
物語の点で言えば、わざわざ映画館に行ってまで観るべき作品ではない。
サスペンス映画らしく不安感を煽るカメラワークが随所にあり、「これどうやって撮ったんだろう?」と思わせるアクロバティックなところはあったが……。

誰かと一緒に観て、観終わってからお互いに作品の粗探しをするというのが本作品の正しい鑑賞法かもしれない。

投稿者 Dormeur : 12:09 AM | コメント (2) | トラックバック

janvier 29, 2006

『オリバー・ツイスト』を観た

ロマン・ポランスキー監督の映画『オリバー・ツイスト』( Oliver Twist )。
原作は19世紀のイギリスの国民的小説家、チャールズ・ディケンズの同名小説。
ロマン・ポランスキーもチャールズ・ディケンズも知っているのは名前だけ、という状態で観た。

物語は非常にシンプル。
舞台は19世紀のイギリス。
救貧院に連れてこられた孤児の少年オリバー・ツイストだったが、食事のおかわりを求めたために救貧院を追放される。
で、いろいろと苦難の道を歩む。
しかし素直で清廉な心を失わず、金持ちに拾われてハッピーエンド。
それだけ。
非常にベタベタですな。
序盤で大人たちが「いつかこの子は絞首台に上ることになる」って台詞を繰り返すもんだから、救いのないまま死ぬ告発劇かと期待したのだけど。

見所と言えば、19世紀のロンドンの町並みを再現したオープンセット。
貧民たちが身を寄せ合うように住む汚い都市空間が映画的リアルさで描かれている。
(実際は路上にゴミが積もり空気は煤煙で汚かったはずだが、さすがにそれをそのまま描くと観るに耐えない。
日本の時代劇でお歯黒が描かれていないようなものだろう)
あとはオリバー・ツイストを演じている子役の少年と、子供にスリをさせて暮らす老人フェイギンを演じた男優の演技くらいかな。

オリバーは金持ちに拾われてよかったかもしれないけれど、他の孤児たちはきっといつまで経ってもまともに暮らすことなどできないだろう。
それが気になって「オリバーが幸福を掴んでよかったよかった」とは到底思えないのであった。
まあ、最後の場面になってもオリバーが冴えない表情をしているのはその辺をわきまえているからかもしれないが……。

投稿者 Dormeur : 10:57 PM | コメント (2) | トラックバック

「ロッテ・ライニガーの世界」を観た

お口の恋人と言えばロッテだが、影絵映画と言えばロッテ・ライニガーである。

アニメーション映画の初期の時代に影絵映画を制作したロッテ・ライニガー。
「ロッテ・ライニガーの世界」と銘打たれた彼女の作品の上映ツアーが日本で行われていて、今まさに大阪で上映中ってことで観に行ってきた。
上映は短編『カルメン』『パパゲーノ』『ガラテア』の3作品と長編『アクメッド王子の冒険』1作品という構成(順番も同様)。
すべてモノクロのサイレント映画である。

基本的に人物はシルエットで描かれ、顔の表情は描写されない。
キャラクターの感情表現は仕草に頼ることになる。
ところどころカクカクして不自然なところがないわけではないが、上手に動きをつけていて感心した。

『カルメン』(1933年)

ビゼーの歌劇『カルメン』を元にした短編作品。
物語展開は字幕での説明が一切なく、音楽のみ。
ゆえにシンプル。
原作と違って結末は大団円になる。

『パパゲーノ』(1935年)

モーツァルトの歌劇『魔笛』を元にした短編作品。
最初から最後まで歌つきなのだが、恐らくドイツ語なんで何を言ってるのかは判らない。
でも物語は単純なので平気。

『ガラテア』(1935年)

スッペのオペレッタ『美しきガラテア』を元にした短編作品。
神話のピグマリオン伝説ではピグマリオンと彫像ガラテアは結ばれるが、この作品では「人形性愛者キモーイwwwキャハハハハwwww」とばかりにピグマリオンは相手にされず大騒ぎになるというドタバタ劇。

『アクメッド王子の冒険』(1926年)

1926年制作の長編アニメーション映画。
日本はようやく昭和に入ったころだってのに大したもんだ。
モノクロ映画だが恐らくフィルムに彩色してあるのだろう、背景は色つきだ。
鮮やかで独特の雰囲気を作り出しているが、MPEG2 で圧縮したら変なノイズで台無しになりそう。

物語はアラビアンナイトを元にした荒唐無稽な冒険活劇で、全5幕だったかな。
間に字幕画面が入って物語展開の説明がある。

魔法使いが魔法で作った「空飛ぶ馬」にアクメッド王子が乗せられ、魔法の国ワクワクに飛ばされる。
王子はワクワクの女王パリバヌーに惚れてしまい、脅迫まがいで彼女を自分の国に連れ帰ることにし旅立つ。
帰りの道中で二人は脱獄した魔法使いに襲われ離れ離れになる。
一方、魔法のランプの力でアラジンは王子の妹ディナルザデーと結婚するが、魔法使いのせいで宮殿と妻が消えてしまう。
王子はアラジンと出会い、魔法使いの宿敵である魔女の助けを借りて魔法使いとワクワクの魔物を倒す。
パリバヌーを奪還した王子は再び現れたアラジンの宮殿に乗り、アラジンとディナルザデーとともに祖国へと帰還する。

魔法の描写でただの影絵ではない、ウネウネしたおどろおどろしい化け物や精霊が登場するのが面白い。
ガラス板に描いて撮影したのだろうか。
物語は唐突でご都合主義な展開が続いてずっこけそうになるが、民話が元だから仕方ない。
東南アジアでは伝統的な影絵芝居があって、神話を元にした物語を上演していると聞く。
こんな感じなのだろうか、とぼんやり思った。

ところで、実は私はシルエットという奴が苦手で、見ていると怖くなってくる。
『ポートピア連続殺人事件』の一シーンはトラウマである。
しかしロッテ・ライニガーの一連の作品は平気だった。
背景もシルエットで描かれてにぎやかだったり、人物が動いたりするのが恐怖感を和らげているのかもしれない。
作品のカット写真を見つめていると落ち着かなくなってくるし。

投稿者 Dormeur : 10:07 PM | コメント (0) | トラックバック

janvier 26, 2006

一色銀河『若草野球部狂想曲 EX アンサンブル』

[ ISBN:4840220093: bk1 - jbook - amazon ]

女子野球もの小説「若草野球部狂想曲」の本編は全3巻から成るが、サイドストーリーとなる短編集が存在する。
「若草野球部狂想曲」全3巻刊行後、ライトノベル雑誌の「電撃 hp 」に掲載された短編3本と、書き下ろし短編2本を収めた『若草野球部狂想曲 EX アンサンブル』(電撃文庫)だ。

1本目「サイレントハート」は若草高校野球部でも主人公の西宮光児に並ぶ頭脳的プレイヤーであり、謎の多い美少女でもある二塁手、夙川奈留緒の物語。
彼女が野球部に入部した経緯が描かれている。
何故彼女が頭脳的プレイに長けているのか。
一作目で、右打ちの彼女が左打席で難なくバッティングが出来たのは何故か。
その辺の疑問が氷解する。

2本目「マイフレンド」は二作目で助っ人として野球部に加入した一年生の遊撃手、伊奈市鈴音と、一作目から登場している一年生の外野手、服部・O・マリーの物語。
舞台は二作目で鈴音が野球部へ加わってから本番を迎えるまでの間の空白の二週間だ。
ブランクを埋めようと躍起になる鈴音。
マリーは新しいチームメイトを温かく迎えるが、マリーの優れた身体能力を前に鈴音は気後れしてしまい打ち解けることができない。
トレーニングに焦るあまり鈴音はマリーに八つ当たりをしてしまい、マリーも鈴音も深く傷つくことになる。
そんな二人の少女が友情で結ばれるまでの経緯を描いている。

3本目「猫と小夜美と無四球試合」は二作目で若草高校野球部が対戦した白桜学園高校野球部の物語。
ノーコンピッチャーの小夜美が、無四球ゲームを達成しなければならない賭けを行う羽目になった事件を描いたもの。

4本目「キャプテン八木沢」は若草高校野球部のキャプテンのはずなのに、非常に影が薄い遊撃手、八木沢勝彦の物語。
堅実な守備力を持った彼だが、女子部員にも劣るバッティングが欠点。
何とかバッティングを向上させようと奮闘する八木沢に光明は訪れるのか。
短編らしく小気味よい一作。

5本目「夏の彼方に ~ Last ball ~」は西宮光児が若草高校に転校する直前の夏休みの物語。
三年生部員が引退する前なので、若草高校は公式戦に出場できるメンバーがギリギリ揃っていた。
夏の全国高等学校野球選手権大会の地方予選第一回戦に出場した若草高校は、三年生のキャプテンにしてエースピッチャーの戎行信が打ち込まれコールド負けしてしまう。
結局彼は公式戦で1勝も出来ずに野球部を引退することになった。
夏休みを無気力に過ごす戎。
同じく野球部を引退した三年生で若草野球部の女子部員第一号である一ノ谷真綾は、そんな彼の姿を見かねて後輩を巻き込み一計を仕掛ける。
この短編集と、「若草野球部狂想曲」シリーズを締めくくるにふさわしい一作だ。

投稿者 Dormeur : 11:52 PM | コメント (0) | トラックバック

janvier 25, 2006

「お題バトン」を受け取った

またバトンが回ってきました。
今度のはバトンを回す人がお題を指定するっていう趣向らしい。
いろいろ考えるもんですな。
で、その指定されたお題ってのが……「『眼鏡』もしくは『委員長』」。

なめんとんかコラー!(ぼかーん)←机の上のものをぶちまける音

仕方ないけど答えるとしますか。
「眼鏡」で。

Q1. PC または本棚に入っている「眼鏡」

メガネはそんなところに入らんわ!

えーと、210MB、とかそういう答えでよろしいんですか。

Q2. 今妄想している「眼鏡」

今、主にかけているメガネにも飽きてきたし度が緩くなってきたような気がするので、そろそろ新調したいところ。
どういうフレームがよろしかろうかと、あれこれ妄想しますな。

Q3. 最初に出会った「眼鏡」

小学6年生くらいのときに初めてメガネを作ったけど、格好悪いデザインだったなあ。
ほとんどかけなかった。
一日中メガネをかけるようになったのは、確か高校に入ってからのこと。

Q4. 特別な思い入れのある「眼鏡」

女性のアイドルとかモデルとかが写真を撮るときに特殊な小物としてメガネをかけるときがある。
まあそれはよしとしよう。
問題はカメラに視線をやりながらメガネのフレームに手を添えるポーズを取っているものが多いことだ。
これにはうんざりさせられる。
判ってない。
まるで判ってない。
正座させて小一時間説教してやりたい。
メガネを常用している人間はそういう仕草をしない。
写真を撮るときにもそういうポーズを取らない。
あまりにも不自然だ。
無様だからやめてくれ。
あんたらは写真を撮るときに鼻に指を突っ込んでカメラに向かってポーズを取るのか?
取らないだろう?
それくらい見苦しいポーズなんだよ。
何が「メガネっ娘萌え」だ。
ふざけんな。
ブツブツブツ……

Q5. 回す人5人…「お題」はこちらで指定します。これに答えてください。

そんなことはどうでもいいので、「メガネのフレームに手を添えるポーズを取れば魅力的なのだ」と勘違いしている人を身近に見かけたら諭してあげてください。

投稿者 Dormeur : 11:22 PM | コメント (0) | トラックバック

janvier 24, 2006

「 XIAiX1600Pro-DVD256AGP 」を買った

以前触れたことがあるが、私のメイン PC は AGP スロットに Sapphire の「 RADEON 9800 Pro Ultimate Edition 」、PCI スロットに玄人志向の「 RADEON 9200 SE 」が挿さっていて、DVI 接続のデュアルディスプレイで運用している。
しかし2003年当時ハイエンドのビデオチップだった RADEON 9800 Pro も、今やミドルクラスの性能でしかない。
また、別売りの変換アダプタを使わないと HDTV にコンポーネント接続できないし、アイドル時にも発熱が大きいという欠点がある。
さらに、PC 用 ビデオカードの2台巨頭、nVidia と ATI の最近の製品は動画再生品質の向上も売り文句となっている。
折角動画専用のディスプレイを購入したのだからビデオカードも動画再生が優れたものに交換したいところだ。

ところで、PC の世界ではここ1、2年の間に AGP が PCI Express に置き換わっている。
気がつけば AGP で高速なビデオカードはほとんど残っていない。
市場に製品が残っているうちに、AGP 接続のビデオカードを確保しておきたい。
ただし懐の具合からして、4万円とか5万円とかの金をビデオカードに使うのは惜しい。

そういうわけで白羽の矢を立てたのが、XIAiの「 XIAiX1600Pro-DVD256AGP 」だ。

という条件に合致していて入手できそうなのは、今のところこの製品しかなかった。

Faith のインターネットショップで税抜き19,971円。
納期は「納期 C 」、つまり20日から30日はかかるという表示。
Faith の通信販売はかなり待たされるという評判である。
1999年だったろうか、初めて自分用の PC ( AT互換機 )を買ったのもここの BTO で通信販売。
1ヶ月もかかりはしなかったけど、1週間は待ったはずだ。
まあ2月の中頃に到着すればいいかな……と思っていたらなんとびっくり、3日で到着してしまった。
発注した日に Google で「 XIAiX1600Pro-DVD256AGP 」を検索すると数店舗の通信販売サイトしか引っかからなかったところから判断するに、これは発売前の新製品で、たまたま注文してすぐが発売日ということで入荷したのだろう。
「 Akiba PC Hotline 」の「ビデオカードの新製品(2006年1月21日)」で紹介されているのもそれを裏付けている。

思いのほか早く到着してしまったとはいえ、放置して初期不良の保障期間が経過してしまってはまずいので、早速組み付けることにする。
ドライバのあたりで少し手間取ったが、Catalyst 6.1をなんとかインストール完了。

という構成でベンチマークテストを取ってみた。
厳密なテストではないから、OS をクリーンインストールしたり常駐ソフトを切ったりはしていない。

『ゆめりあベンチ ver. 1.2』は画面サイズが1024*768で
最高 : 10065
綺麗 : 12667
それなり : 17333

という結果になった。
「低価格ビデオカードスレデータ集」に掲載されていたベンチマーク結果(「最高」)と比較すると、「 GeForce6600GT 」には及ばず、「 RADEON X700 Pro 」よりは上。
「 GeForce6600(無印)」と同程度といったところだろうか。

『 3Dmark03 』は画面サイズが1024*768で6929というスコアを記録した。
Google で検索したところ、「 PC-Success 」内のページで同じ CPU で同じメモリ量、同じ画面サイズで RADEON 9800 Pro のときに計測したデータがキャッシュに残っていた。
それによるとスコア5722ということだから、「 XIAiX1600Pro-DVD256AGP 」は RADEON 9800 Pro 搭載カードと同等か、少し上回る程度の 3D 性能がありそうだ。
このへんは「元麻布春男の週刊 PC ホットライン」の記事におけるベンチマーク結果も参考になる。

私は 3D 性能にあまり期待していなかったからよいけれど、「 GeForce6600GT 」と同じくらいの値段の癖に 3D 性能で「 GeForce6600GT 」に完敗しているのは、ATI 贔屓の私としてはちょっと寂しい。
「 AGP 接続で Dual DVI 」な「 XIAiX1600Pro-DVD256AGP 」が2万円くらいなのは希少価値の分高いものとして許せるが、PCI-Express 接続で普及品の「 RADEON X1600Pro 」搭載カードが 18,000円から20,000円くらいするのは割高な感じが否めない。
3D 性能だけで評価するならば14,000円から15,000円くらいが適正価格なのではなかろうか。

ところで「 XIAiX1600Pro-DVD256AGP 」に DVI-HDMI 変換ケーブルで Panasonic の「 TH-26LX500 」を接続すると、画面サイズはアンダースキャンで1280*720に固定されるようだ。
特に「 PowerStrip 」で調整しなくてもチラツキがないのはさすが元々 HDTV に対応した新チップ「 RADEON X1000 シリーズ 」といったところか。
まあそもそも「 PowerStrip 」で画面サイズの調整が一切できないというのが正しいところなのだが。

投稿者 Dormeur : 01:16 AM | コメント (0) | トラックバック

janvier 23, 2006

別れ

10年以上付き合った彼女との別れは、迎えて見ればあっさりしたものだった。

別れの予感は去年の9月頃からあった。
食事の時に感じた、ちょっとした違和感。
目に見えず手の届きづらいところに、ささくれのように傷が生じていたのだ。
それに気づいたときに私は悟った。
もう終わりなんだな、と。
しかしその傷は、涙や痛みという形で私にその存在を訴えることはなかった。
触れさえしなければ、もとからそんなものがあるなんて気づかずに穏やかに過ごせた。
いや、あえて気づこうとしなかったのかもしれない。
勇気を出して踏み出せば踏み出した分だけ、身を削られる――そんな感触がしたからだ。
その時点でさっさと第三者に打ち明けるべきだったのではないか、と誰もが言うに違いない。
日々の倦怠を言い訳にしてそれを怠った。
責められても仕方がない。
だが今にして思えば、たとえ打ち明けていたとしても結果に変わりはなかったはずだ。
もちろん私の態度が、事態を悪化させることにしか繋がらなかったのは確かなのだが。

ただ破局を先延ばしにし続けるだけの日々に終末を告げる鐘が鳴ったのは、一昨日のことだった。
愉快に酒を飲んでいる私の右頬に、強烈な一撃。
誤魔化しようがなかった。
だがこの期に及んでも私は苦痛から逃れようとした。
こちらから行動さえしなければ、彼女は私に真っ向から向かってくることなどできやしない。
油断したのがまずかったのだ。
物事というのは、順序を踏むべきものだ。
私だけの問題ではない。
しかるべき時に、しかるべきやり方で動かなければ、多くの人に迷惑をかけてしまう。
そう自分に言い聞かせた。

日曜日――まだ動けない。
砂を噛むような心地がする。
零れ落ちた欠片が、目の前を転がっていく。

月曜日。
午前中で仕事を切り上げて、その人のもとへ向かう。
乞われるがままに事情を話した私に彼は言った。
「たとえここで修復したところで、もともとが歪なものだからいずれまた溝が生じる。
別れた方が手っ取り早い――」
そんな答え。
予期したとおりだった。
だが彼はこうも付け加えた。
「しかし今日でなくてもいいんですよ。長い間にこびり付いてしまったものがある。それを先に片付けてからでもね」
そんな彼の言葉を遮って私は言った。
「覚悟は出来ています。お願いします」

そして彼の取り成しで、私たちは別れた。
彼のやり口は強引だった。
私はずっと目を瞑っていたが、ちらりと見た彼女の横顔は、ヤスリで削られたかのように悲愴であった。
しかしその姿はすぐに彼に遮られた。
声をかける間もなく、彼女は夕闇に消えていった。
私はといえば、痛みは感じなかった。
ただぽっかりと空白が出来たのを感じた。
当たり前のように私の一部としてあったものが離れてしまった。
もう二度と繋がることはない。
そう思うと、静かに、染みとおるように寂しさが広がっていった。







さようなら、私の上顎第三大臼歯。

投稿者 Dormeur : 10:16 PM | コメント (3) | トラックバック

janvier 22, 2006

「ミュシャ展」に行った

誰も尋ねないので隠していたわけではないのだが、私はアルフォンス・マリア・ミュシャのポスター画装飾画が大好きである。
自室には複製ポスターを額に入れて飾ってあるし、インフォレストが発売している CD-ROM 『ミュシャ作品集 アール・ヌーヴォーの華麗なる遺産』も持っている。
曲線を多用し、華麗で繊細な装飾を施された背景に、浮世絵のごとく太い線で縁取られた美しい女性の肖像、というのが彼の特徴。
演劇、タバコ、酒の広告ポスターを手がけただけあって、非常にキャッチーな絵なのだ。
アニメ絵に通じるところがあって、オタク好みの作風だと私は思っている。
オンラインゲームの『 Master of Epic 』のサイトデザインなんか、明らかにミュシャ様式を踏まえている。

そんなこんなで、ミュシャ好きの私が「大阪でミュシャの展覧会が開催されている」と知って行かないはずがない。
「ミュシャ財団秘蔵 ミュシャ展 プラハからパリへ 華麗なるアール・ヌーヴォーの誕生」と題されたその展覧会を観に、サントリーミュージアムまで出かけた。

実は前回サントリーミュージアムに出かけたときの展覧会の題材がアール・ヌーヴォーで、自室に飾っているミュシャの複製ポスターはその際に売店で買い求めたものだったりする。
サラ・ベルナールの舞台のために製作されたポスターの現物が展示されていて、その迫力と美しさに魅了されたものだった。
今回同じ作品が展示されていて、懐かしさとともにその魅力を再確認した。
さらに満足したのは、有名なポスター画以外の展示も充実していたこと。
きらびやかでカッチリ・ハッキリした絵が有名なだけに、象徴主義風の、悪夢や幻影のような抽象的イメージを描いたパステル画を描いていたというのは意外だった。
油彩画もあまり有名ではないけれど、人物の描き方にポスター画や装飾画の作風の面影が感じられる。
野原で休む少女の絵『ボヘミアの歌』(日本初公開)が気に入った。

観覧後はお約束どおりグッズを買い込むことになる。
いくら好きだと言っても、ミュシャ存命時に刷られたリトグラフなんてものは何十万円もして到底手の出る代物ではない。
そりゃまあ、アール○バンなんかが展示即売しているリトグラフを買うくらいならミュシャの方がいいのは確かだが。
哀れな勤め人にでも手の出るものということで、簡易な印刷物で満足することにした。
B1変形サイズのポスターを1枚、B3サイズのポスターを3枚、額入りの小さなリトグラフを2枚、棒状のしおりを1つ、紙状のしおりを2つ、図録を1冊、布袋を1つ。
総額15,200円のお買い物でした。

投稿者 Dormeur : 10:59 PM | コメント (2) | トラックバック

janvier 09, 2006

名古屋買い出し紀行 納豆コーヒーゼリーサンドウィッチ編

新年会ということで、1年半ぶりに名古屋に行ってきた。
とある世界にその名を轟かす方に挟まれて恐れ多いことこの上なし。
ご列席の皆様、お世話になりました。

おやじの背中

ああ恐ろしい。

さて、名古屋といえば味噌煮込み、エビフライ、阿わ雪、外郎、マウンテンといった食文化で知られるところであるが、残念なことに今回もマウンテンに挑戦することができなかった。
そこで名古屋駅のキオスクで伊勢名物赤福を買い求めることとする。
8個入り700円のものは売り切れだったので、12個入り1000円のものを購入。
これも運命か。

21時57分、列車は名古屋駅を出発した。

早速赤福の箱を開ける。

赤福12個入り

こしあんが美しい。

そして10分後。

赤福完食

ご馳走様でした。

これでわかったことは下記の事実である。

4個:余裕
6個:普段ならこの辺でやめとく
8個:ちょっと食べ過ぎたけど満足
10個:1個口に含んではお茶を飲んで休憩
12個:おなかいっぱい、飽きた

噂に聞くマウンテンのメニューの破壊力は赤福24個くらいだろうか。
そんな想像を抱えつつ、列車は夜景を大阪へと切り開いていった。

翌日。

名古屋は栄にあるショッピングビル、丸栄の地下1階。
サンドイッチ店「鞍馬サンド」にて買い求めた一品を食す時が来た。

「醍醐」と名づけられたそのサンドイッチ、パンに納豆と生クリームとコーヒーゼリーを挟んだという代物である。
1個315円。
今回購入したのはハーフサイズが2個、315円だ。

「醍醐」ハーフ2個

包みを開けて観察する限りでは、ケーキの出来損ないのように見える。
特に不審な香りはしない。

開封

かぶりついてみたところ、生クリームの風味が一番強く、コーヒーゼリーとともに納豆の臭みを消している。
材料名のインパクトとは裏腹に、割と行ける。
生クリームが苦手な人でなければ、普通の菓子パンとして食べることができるだろう。
ただ、かじりついたところから納豆と生クリームの糸が垂れるところは見た目が不気味ではある。
腐ったサンドイッチだと勘違いされそうだ。

これだけではつまらないので、電子レンジに20秒かけ温めてみた。

電子レンジで温めた「醍醐」

大惨事発生!
生クリームとコーヒーゼリーが溶け出して洪水となっている。
パンは液体を含んだスポンジといったところだ。
一口で食べないと口の周りが大変なことになりそうなので、勢いをつけて口に突っ込む。
先ほどは感じられなかった納豆の香りが少々浮き上がってきた。
納豆の粒状感も、周りを包んでいたコーヒーゼリーと生クリームが流れ出すため明瞭となっている。
不味くはないけど癖が強い食べ物になってしまった。

宴のあと

食後の包みを見ると、まさかこの中にサンドイッチがあったなんて誰も想像できない様相を呈している。

よい子のみんな、猫と納豆コーヒーゼリーサンドイッチは電子レンジで温めちゃいけないよ。

投稿者 Dormeur : 11:06 PM | コメント (4) | トラックバック

janvier 02, 2006

『ひぐらしのなく頃に』の解説文

『ひぐらしのなく頃に』とは?

Windows PC 上で読む、絵と音楽つきの小説(サウンドノベル)です。
ただし、一般に言うサウンドノベルとは違い、選択肢による物語展開の変化は用意されていません。

物語は全8話構成で、現在7話目まで発表されています。
そのうち6話は「昭和58年6月の雛見沢村で殺人事件が起きる」という点で全て共通しています。
同じ登場人物で同じ舞台設定なのに、なぜか毎回違った形で惨劇が発生します。
物語を貫く共通のルールを推理するのが読者の役割です。
いわゆる本格推理小説のように作中の記述から犯人と殺人トリックを推理することは、無意味ではありませんが最終的な目標ではないので予め注意して下さい。
発表順に、前半の4話『ひぐらしのなく頃に』が出題編、後半の4話『ひぐらしのなく頃に解』が解答編に相当します。

  1. ひぐらしのなく頃に 鬼隠し編 (2002年8月公開)
  2. ひぐらしのなく頃に 綿流し編 (2002年12月公開)
  3. ひぐらしのなく頃に 祟殺し編 (2003年8月公開)
  4. ひぐらしのなく頃に 暇潰し編 (2004年8月公開)
  5. ひぐらしのなく頃に解 目明し編 (2004年12月公開)
  6. ひぐらしのなく頃に解 罪滅し編 (2005年8月公開)
  7. ひぐらしのなく頃に解 皆殺し編 (2005年12月公開)
  8. ひぐらしのなく頃に解 祭囃し編 (2006年公開予定)

物語はオカルト、ホラー、サイコサスペンス、ミステリー、学園ドラマ、伝奇、SF、萌えといった要素を含んでいます。

どこで買えるの?

アマチュア製作の作品なので、一般の書店やゲームソフト販売店では売られていません。
「同人誌販売店」と呼ばれる、アマチュア製作の本やゲームソフトを販売する店で購入できます。

2006年1月現在で販売されているのは『ひぐらしのなく頃に』(全4話収録)と『ひぐらしのなく頃に解 皆殺し編』(全4話のうち「目明し編」から「皆殺し編」までの3話収録)です。
価格は『ひぐらしのなく頃に』が1,575円。
『ひぐらしのなく頃に解 皆殺し編』が1,050円。

なお、「鬼隠し編」のみ、製作者であるサークル「 07th expansion 」の web サイトから無料ダウンロードできます。

投稿者 Dormeur : 11:55 PM | コメント (0) | トラックバック

janvier 01, 2006

『ひぐらしのなく頃に解 皆殺し編』をプレイした

ノベルゲーム『ひぐらしのなく頃に』シリーズも2005年12月30日公開の『ひぐらしのなく頃に解 皆殺し編』で早や7作目である。
主に古手梨花による視点で描かれるこの物語によって、これまで積み重ねられてきたほとんどの疑問に解答が与えられる。
そして『ひぐらしのなく頃に』の作品世界を貫く真の黒幕が姿を現すのだ。
推理小説で言えば、犯人が判明するクライマックスである。
しかし作中の人物たちがそれに気がつくのは遅すぎた。
またも黒幕によって惨劇が引き起こされる……。

本作で明らかになるのは、例えば以下に挙げる事柄である。

判ってしまえば、あれだけ頭を悩ませた謎もなんでもない。
そもそも「こんなん推理できるか!」という事柄もある。
何せミステリーの禁じ手を使っているのだから。
しかし『ひぐらしのなく頃に』はミステリーだなんて自称したことはない。
ゲームなのだ。
謎を解こうと考えを巡らしたり、議論したりすることを楽しむゲームなのだ。
私は十分楽しませてもらった。

そして真犯人が明らかになった今なお、ゲームは続いている。
完結編となるであろう次回作では、大団円が約束されている。
作品内で示唆されているように、「雛見沢の面々が如何にして真犯人に立ち向かうのか」を想像することが、次回作が発表されるであろう8ヵ月後までに与えられた課題である。
その際留意すべきは、明確となったこの作品のテーマだ。

仲間を信頼すること。
一人で悩まずに誰かに相談すること。
諦めずに精一杯手を尽くすこと。
強い意志が物事を成し遂げること……。

追記。

「皆殺し編」公開後の、web 上での評判を見ると、前回の「罪滅し編」より一層毀誉褒貶激しい。
本格推理を期待してプレイしていた人は確かに怒るかもしれない。
しかし左翼思想だと攻撃している人は短絡的過ぎる。
彼らが毛嫌いしている市民団体なんかと思考法が表裏一体だ。
誤読してしまう人が居るのは仕方ないことなのかもしれないけれど、寂しい。

しかし、私が面白いと思ったところを面白かったとする意見を見ると嬉しい。

今回の「皆殺し編」でよかったのは、過去の編で惨劇を引き起こす原因となった出来事を、登場人物たちが次々と回避していく気持ちよさ。
特に沙都子救出のために圭一が演説し、仲間たちがフォローするくだりは感動的で興奮した。
主人公の面目躍如。
私は努力・友情・勝利なお話は苦手だが、「皆殺し編」に至るまで散々惨劇の積み重ねがあっただけに説得力がある。

今回露骨に明示されていた黒幕は一人だが、同時にもう一人の黒幕も暗示されている。
彼女はプレイヤーの分身的位置にある。
すなわち「今回もどうせダメだろう」と諦めた傍観者。
彼女をどう参加させるかが最終話「祭囃し編」で描かれることになるのだろう。
どうせなら、表向きの黒幕も救ってやってほしいが……。

投稿者 Dormeur : 02:47 PM | コメント (0) | トラックバック

2006年 謹賀新年

あけましておめでとうございます。
世界に寛容と思いやりがありますように。

投稿者 Dormeur : 01:30 PM | コメント (0) | トラックバック