novembre 2005アーカイブ

広島の小1女児殺害事件

個人情報の保護うんぬんうるさい昨今。
しかし自分の子供が下校途中に殺されると、住所、氏名、職業が新聞や電波やネットに載って日本全国に大公開!
個人情報漏洩の慰謝料は貰えません。

下校途中に子供が車に撥ねられて死んでも、海や川で子供が溺れて死んでも、火事で子供が焼け死んでも、当たり前の光景であるかのように小さな扱い。
地域社会に衝撃は走らない。
一方、殺人ならば大騒ぎ。
親にとっては等しくかけがえのない命だろうに。

ああ判ってる、世間がそんなものだってことは。
だけどやっぱり不条理に吐き気がする。

で、湧いて出てくる「登下校中の子供を守れ」の論調でございますが――そんなに子供を守りたいなら、地域社会で暇に過ごしているご老人をかき集めて、ローマ軍の亀甲隊形のように子供を取り囲んでやればよろしいのではないでしょうか。
不審者が襲おうが暴走車が突っ込んでこようが、肉の壁によりダメージが軽減されます。
相変わらず高校生みたいな発想だな、やれやれ。

とりあえず、名もなき子供たちに合掌。

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30 novembre 2005

大阪市長選挙

蝉の唐揚、カマキリの唐揚、ムカデの唐揚のうちどれか食え、と言われたような選挙だった。
どいつも選びたくないよ。

棄権するのは癪なので渋々ながら投票したけれど、今回も私の選んだ候補者は当選しなかった。
首長選挙では私が票を投じた候補者は必ず落選している。
反現体制候補ばかり選んでいるからなあ。

で、結局当選したのは前職の関淳一。
投票率が33%じゃ、組織票が働く自民・公明推薦の前職が当選するのももっともだ。
「市民の信任を得た」と考えるのは勘弁して欲しい。

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市民ケーン

最近ワゴンセールでクラシック映画の DVD が1本500円で売られているのを目にする。
その中に、以前から「観なきゃなあ」と思っていた『市民ケーン』( CITIZEN KANE )があった。
もともとアイ・ヴィー・シーから発売されていたものを買おうかと思っていたのだが、「画質が悪い」との評判だったので買うのを躊躇していた。
まあ500円なら画質が悪くてもいいか、と思い購入したのだった。

『市民ケーン』というと、映画評論家に名作映画を100本挙げろと言えば必ずその中に挙げられるに違いない映画である。
1941年の作品で、監督・脚本・主演をすべてオーソン・ウエルズが務めている。

作品の内容は、アメリカの新聞王ケーンという架空の人物の生涯を描いたもの。
ケーンは世界恐慌をきっかけに没落し、荒廃した邸宅で「バラのつぼみ」という言葉を残して世を去る。
「バラのつぼみ」の謎を解くため、一人の新聞記者がケーンの過去を知る人々のもとを訪ねていく。
そこで幼少期、青年期、中年期、老年期それぞれのケーンの姿がフラッシュバックして、再現ドラマ風に描かれることになる。

現代映画に慣れてしまったせいかもしれないが、私個人は手放しに名画だと賞賛する気にはなれなかった。
部分的には興味深いところはあったのだが、90分くらいで退屈になってしまい一旦再生をストップしてしまった。

印象深かったのは、まず、ケーンの最初の結婚生活が描かれるところ。
食卓のケーンと妻を対比的に捉えたショットが次々と切り替わっていき、二人の関係が冷めていくのを表現したシーンだ。
次にオペラの上映シーン。
舞台の高さからカメラがどんどん上昇して天井裏のスタッフの地点まで至り、そこでスタッフが女優の演技に嫌悪を示して自らの鼻をつまむというところ。
ともに映画技術の教科書に出てきそうな、映像的インパクトのあるシーンだったと思う。
ケーンの青年期から老年期に至るまで一人で演じきったオーソン・ウエルズのメーキャップと演技も見所だろう。

この DVD で残念なのは、やはり画質がよくないことだ。
ケーンの邸宅が映し出される冒頭の導入部は全体的に黒く潰れてて看板に書かれた文字が良く見えない。
最後の「バラのつぼみ」の種明かしも、日本語字幕がなかったら判りづらい。
その日本語字幕も DVD の字幕機能ではなくて、マスターに直接つけられた字幕。
しかも劇場での上映用の、あの独特の字体だ。
クラシック映画の雰囲気を盛り立てていると言えなくもないが、やはり読みづらい。
500円だから仕方ない、と割り切るしかないだろう。

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22 novembre 2005

療養

喉の痛みが一日続いて「もしや」と思っていたら翌日は水状鼻水地獄。
毎度御馴染み、10日間苦しむアレです。
とりあえず今回は「水状鼻水地獄」の段階で医師の診察と薬の処方を受けた。

Web ですぐに素性が判る。
便利な時代ですな。
しかし治療法については21世紀になっても「治るまで寝て待つ」しかないのだから寂しい。

PL は定番中の定番だけど水状鼻水には全然効かなかった。
「ダンリッチ並にカラカラになる奴をください」って言った方がよかったかもしれない。
本を読むのも、ゲームをするのも、動画を見るのも集中力が続かない。
退屈だ。

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大抵のノベル型アドベンチャーゲームでは、プレイヤーがテキストを読み進めていくと途中で選択肢が現れ、物語の主人公の行動や台詞を選択することになる。
例えば「追いかける/追いかけない」「『俺のせいじゃない』/『ごめん……』/何も言わない」といった具合だ。
そして選ばれた選択肢によってシナリオが分岐する。

『 Prismaticallization 』(プリズマティカリゼーション)は、そんなシステムを廃したノベル型アドベンチャーゲームだ。
発売は1999年。
プレイステーション版とドリームキャスト版がある。
2002年には「 SuperLite1500 」シリーズに収められ、1,500円という廉価で発売された。
現在は生産されていないので、入手するためには中古ゲーム販売店を巡るか、ネットオークションを利用するしかないだろう。
ちなみに私はプレイステーション版を購入したが、ネット通販の中古ゲーム店を利用して送料込で3,600円を費やした。

『 Prismaticallization 』の製品パッケージには、「 L'acte est vierge, même répété 」と書かれている。
「行為は処女である、たとえ繰り返されても」――ルネ・シャールの詩の一節だ。
このことは『 Prismaticallization 』の物語がいわゆる「ループもの」であり、衒学趣味の強いことを暗示している。

物語

主人公は高校三年生の少年。
ある夏休みの日、午前9時。
幼馴染の少女、柊明美に一緒に受験勉強をしようと誘われて、彼は彼女の親の友人が所有する避暑地の山荘にやってくる。
といっても、明美はいわゆるギャルゲーにありがちな「幼馴染」ではない。
小学生の頃に付き合いはあったが、以降はまともに話をしたことはないという関係だ。
そして主人公はその山荘で、4人の女性に出会う。
「ははあ、そこで主人公は彼女らと恋に落ちるんだな……」と思うと大間違い。
山荘に到着して翌朝の午前9時を迎えるかというところで、突然物語は終わる。
そしてゲームを続行しようとすると、始まるのは再び前日の午前9時からの同じ1日だ。
主人公たちとプレイヤーは、ひたすら同じ1日を循環する。
「ループもの」の物語では大抵、主人公はループから脱しようと足掻くけれども、本作の主人公は自分が同じ1日を循環していることを知覚していない。
知覚しているのはプレイヤーと、作中のある人物だけである。

シナリオ分岐システム

冒頭で触れたように、プレイヤーは主人公の行動や台詞を選択できない。
しかし、この作品には登場する5人の女性それぞれを巡るエンディングが存在する。
一体どうやってシナリオが分岐するのか?

実は作品内の最初の「1日」が終わる直前、主人公は水晶の柱のような謎のオブジェを拾う。
それ以降、作中でプレイヤーはそのオブジェに「状態」を記録するかどうか求められる場面に遭遇することになる。
そしてその記録は次回以降の「1日」で特定のシーンに差し掛かると自動的に消費され(ゲーム内では「解放」と呼ばれる)、物語の展開が変化するのだ。
例えば午後から雨が降ることになるシーンでは「午後から雨天」という「状態」を記録すると、次回の「1日」ではその記録が「解放」されて、必ず雨が降る。
ある展開では、山荘のメンバーがバトミントンをプレイすることになるが、バトミントンの勝負に主人公が負けたときに「バトミントンの技術」という「状態」を記録できるようになる。
「バトミントンの技術」を記録すると、次にバトミントンをプレイする展開になったときにその記録が「解放」され、主人公は勝負に勝利する。
バトミントンをプレイする展開にならなければ、その記録は次回に持ち越しである。

「状態」の中にはプレイヤーが過去に「解放」したことがあるかどうかで、「解放」されても異なる展開になるものがある。
エンディングに到達する(=ループから脱する)ためにはその「状態」を手に入れて何度も「解放」してやらなければならない。

ありがたいことにネットには解法を記した web ページがいくつかあるので、面倒臭がりの私はその解法に沿ってゲームを進めた。
それでも1つのエンディングに到達するためには10回以上のループが必要だ。
5つのエンディングを全て見るためには合計80回ほどループしなければならない。
解法を見ずにゲームを進めるなら、200回、300回とループしなければならないだろう。
文章を早送りする機能があるのと、「1日」が短いため1回あたり数分で済むのがせめてもの救いだ。

キャラクター

本作のシステム上、主人公は明示された選択肢の中から(プレイヤーに指示されて)選択を行うことがない。
それに呼応するかのように、本作の主人公には主体性がない。
ただ成り行き任せに生きている。
しかし彼はそのことを十分自覚している。
主人公は「普通の高校生」を自称しているが、雑学的知識を豊富に持ち合わせていて、その知識をフィルターにして常に分析的に物事を見ている。
彼自身もその分析の対象であり、始終自己分析を行っている。
その理屈っぽさや衒学趣味は大いに好みが分かれるところだと思う。
「永劫回帰」「超人」「ノエマ」「ノエシス」「ハイデガー」なんて単語を見せられて、ニヤリと出来る人でないと楽しめなさそうだ。
圧巻はヒロインの一人、琴原みゆ。
小学6年生なのに感情を表に出さず、知性は非常に早熟で、「エポケー」「コギト」「デペルソナリザシオン」なんて単語を繰り出してくるミステリアスな少女である。
主人公が小学生と哲学問答を行う様は異様だが、私には面白可笑しく思えた。

ヒロインはそれぞれ悩みを抱えていて、主人公の言動によってその悩みが解決する方向に向かうとエンディングとなる。
ネタバレになるのでその悩みの内容は詳述しないが、全て人間関係についてのものだ。
彼女たちはみんな愛情を求めている。
ただ一人、主人公を除いて。

グラフィック

衒学的な文章に似合わず、可愛い女の子の絵が始終登場する。
キャンバス地風の処理がなされた背景に、紙にコピックで彩色したかのような独特の絵が重ねられていて味がある。
オープニング動画は線画のアニメーションで、私の趣味に合致して好ましく思う。

描いているのはイラストレーターの森藤卓弥(射尾卓弥)。
彼は「プリズマ大先生」という愛称(もしくは蔑称)で知られている。
私も本作のことを知ったのは「プリズマ大先生」というあだ名から。
本作が発売されてから Web 上で繰り広げられた本作への批判に対して、彼が Web 上に公開した文章がギャルゲー愛好家の反感を買い、揶揄としてそう呼ばれるようになったらしい。その発言については、作り手の心情としてはもっともだが、客が見ているところで吐くのは商売上よろしくないと思った。

まとめ

革新的なゲームシステムと癖の強い文章はプレイヤーを激しく選ぶ。
のめり込む人と非難する人の両極端に分かれるだろう。
解法を見ずにプレイするのは辛い。
しかしそれだけに、作品の構造面で作り手が緻密に設計を行っていることを実感させられる。
娯楽性よりも芸術性や完成度の高さを追求した作品だ。
インテリ趣味でオタクな人にはオススメだが、入手しづらいのが残念。

追記:2008年より、PlaystationStoreでダウンロード販売開始。PS3 用と PSP 用。

関連 Web サイト

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Atahualpa: 【日記】六本木ヒルズで大塚英志が大暴れしたらしい

本当の話かどうかは判らないけど大塚英志の名を出されると納得してしまうなー。
雑誌の連載小説で、これ以上原稿が遅れると印刷ができないってところで若者へのアジ演説を原稿として提出した男だもんね。
主張の是非は兎も角としてその行動力は凄まじい。

きづきあきら 缶詰の地獄:ぺんぎん書房の倒産と今後の私について - livedoor Blog(ブログ)

ショックな出来事。
amazon.co.jp のショッピングカートに入れっぱなしにしてた単行本が全部買えなくなってしまった。
多分ビームかフラッパーあたりが拾ってくれるとは思うけど。

週刊少年Blog!!:先入観で馬鹿にしてたが実はおもしろかったアニメ

何となくアニメを観るっていう時間がないので定評のある作品しか観れないのだけど、いろいろ面白そうな作品がありますな。
『忘却の旋律』は観なきゃと思ってます。


Amazon.fr: Livres: Le japonais en manga : Cours elementaire de japonais au travers des manga

タイトルの意味は「マンガで日本語:マンガを通じて学ぶ日本語の初歩」ってな感じ。
マンガやアニメに萌えるフランスのオタク君を狙ってるんだろうけど、もっとまともなカバーイラストを描ける人はいなかったのだろうか。

Le japonais en manga - Site officiel

『 Le japonais en manga 』の公式サイト。
PDF で中身を覗けます。

『群青の空を越えて』製品紹介

面白そうなのでメモ。
エロゲーなのでお子様はダメよ。

ワラタ2ッキ:浜崎あゆみの作詞法

私、浜崎あゆみは食わず嫌いなもので、まともに聴いたことはないんだけど笑える。

契約書考察 1|。。。ふぁみログ。。。  大手コンビニ本部群の不正が無くなる日まで!

会計的センスがあまりない私にはすぐに理解できなかったのだが、じっくり考えてみるとすごくえげつないことがわかった。
「原価」が一般常識で言うところの「原価」よりも過少に算定されるので、利益は一般常識で言うところの「利益」より大きくなる。
本部はその一般常識で言うところより大きくなった「利益」の何パーセントかを持っていくわけだ。
万引きや売れ残ったお弁当なんかの廃棄が増えれば増えるほど「原価」が減り本部の「利益」は増える。
ひどい話だわ。

こどものもうそうblog | 『撲殺天使ドクロちゃん』を読んだ20数名の女性の殺気を感じながら

『撲殺天使ドクロちゃん』の面白みは読者にアニメやマンガの素養があることを前提にしているから、馴染みのない人はそりゃ読んでも困るよな。
聖書を読んだことも説教を聞いたこともない人にキリスト教の神学論争の本を読ませるみたいなもんだろう。

はてなダイアリー - モヒカン族とは

サブカルチャー系のブログで頻出してて、何でネイティブ・アメリカンが関係あるのだろうと思ったらネット用語だった。
『北斗の拳』で主人公たちを襲うモヒカン頭のならず者になぞらえているわけね。

スラッシュドット ジャパン | 日本のアニメーターの生活実態調査が公表される

#825073 の発言にあるのは多分『魔法のプリンセス ミンキーモモ』(平成版)第53話「走れ夢列車」だ。
石田昌久という実際に過労で亡くなった人をモデルにしたお話。
ちなみに主人公の少女モモの人間界の両親は AIDS に罹っているという隠し設定もあるらしく、小さい女の子向けアニメだが結構影が差しているのだ。
昭和版ミンキーモモも最後主人公がトラックに撥ねられて死ぬしなあ。
で、昭和版ミンキーモモの時代から鶏卵の価格がちっとも上がらないのと同様にアニメーターの地位も上がってない現実。

韓国は『なぜ』反日か?

2ch BBS で見られる「嫌韓の根拠」をまとめた感じ。
最後の方になると「ユダヤ人の陰謀」みたいな話になってる。

Inspire_the_music_DL_site.

2ch BBS のこういう「揶揄の文化」は好きです。

2004年で祭りは終わった( PDF )

2005年8月の東浩紀インタビュー。
そういや『ひぐらしのなく頃に』って、東浩紀の言う「データベース型」タイプじゃなくてオーソドックスな「小さな物語 ― 大きな物語」タイプの作品だよな。
ブームの割には二次創作の数が少ない印象だし。

ニューストップ > トピックス > 世相・風俗・流行 > なぜメガネっ娘がウケるのか? (ゲンダイネット) - Infoseek ニュース

そんなに受けてるんですか。
しかしねえ、少なくとも土屋先生の分析は私には当てはまりませんよ。
AV 女優なんか特にそうだけど「メガネを取ってつけたような感じ」があると私は嫌だもん。
「メガネを手で支えてカメラを見つめポーズ」なんてよくあるパターンは最低の部類ね。
メガネをかけりゃいいってもんじゃない。

Amazon.co.jp:serial experiments lain TV-BOX: DVD

廉価版登場。
『 serial experiments lain 』の関連商品は大体持ってるのだけど、私が持ってるのは米国版と素性の怪しい香港版なので、買っとくべきかなあ。
未見の人でネット・PC 好きなら必見。

同じくして画集も復刻されている。
うーむ。

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クリスマスツリー

今の職場に勤め始めてからというもの、毎年 USJ に行っている私。
別に USJ が大好きだからというわけではなく、福利厚生で USJ の入場券と食事券が支給されるからだ。
その費用にしたって、毎月の給料から天引きされる積立金から出てるので、自分で金を払っているようなものである。

1回目は初めての USJ だったので、それなりにアトラクションを回ってみた。
真冬ということもあって場内はガラガラ。
待ち時間は5分なんて世界だった。
とにかく寒くて、屋外に設置されたストーブや、『バックドラフト』のアトラクション(室内で炎がガンガン上がる)で暖を取ったのが記憶に強く残っている。

2回目は2人連れ。
1回目の時に行かなかったあたりを適当に回った。

3回目は食事券を使って、場内のレストランでコース料理を食べただけ。
アトラクションを見ずに帰った。

で、今回の4回目である。
今年も食事だけして帰ろうかなと思っていたのだが、支給されたのが USJ 専用の食事券ではなくて VISA ギフトカード。
買い物にも使えるから、無理に USJ での食事に使うことはない。
面倒くさいし行くのやめとこうかという考えも頭をよぎったが、入場券分のお金を負担しているわけだし、4年連続で行ったというのもネタになるだろうと思い渋々重い腰を上げたのだった。

着いたのは19時前。
この時間からしてやる気のなさが出てますな。
それでも土曜日ということもあって、場内は人で混み合っていた。
今はハロウィンイベントが終わって、場内はクリスマス向けに装飾されている。
写真の通り、電飾で彩られた巨大なクリスマスツリーが置かれていた。

そういえば「スパイダーマン・ザ・ライド」にまだ乗ってなかったな、ということで行ってみる。
「スパイダーマン・ザ・ライド」は乗り物に乗って建物の中を進み、立体映像を楽しむという趣向のアトラクションだ。
観客確保のために総工費140億円かけたというのだから、観ておいて損はないだろう。
というか140億円もあったら大阪ドーム潰して総天然芝の野球場を作ってほしいんだが。

それはさておき、一人なので、順番待ちの列を横目に別ルートで乗り物の搭乗場所まで進む。
乗り物の座席が4人がけとなっているため、核家族なんかで3人連れの客が居るとその埋め合わせに一人客は乗ることになる。
それでも普通に並ぶよりかは早く乗れるので、一人客として入るのがオススメだろう。

で、肝心のアトラクションの内容はというと、「ニューヨークで悪者が暴れて大騒ぎな中を、観客は記者役となって特殊な乗り物に乗り観て回る。そこでスパイダーマンと悪者のバトルに巻き込まれる」という設定。
乗り物が突然方向転換したり、水平方向に回転したり、垂直方向に動いたりと忙しい。
一番前の座席だったので身を乗り出し気味に見てみたのだが、レールの上を走っているということしか判らなかった。
どうやって乗り物の動きを実現しているのか、建物の設計はどうなっているのか、そういったことの方が俄然興味をそそられる。
USJ の乗り物系アトラクション全体に言えることだけど、1時間や2時間も待つほどの価値はない。

「スパイダーマン・ザ・ライド」の後は、腹が減っていたのと冷え込んできたこともあって、ビールを飲みながら軽く食事を取った。
20時からは場内の中央にあるため池で行われるダンスと花火のショーを観覧。
今年度に入って初めて発動させたハクキンカイロのお陰で、冷え込みもやり過ごしやすかった。
この冬もハクキンカイロは重宝しそうだ。
その後、家路につく客で駅が混雑するのをやり過ごすために『バックドラフト』のアトラクションへ。
相変わらず暖かく、冷えた体に心地よかった。

そんなこんなで4回目の USJ は終了。
あと行ってないのは『 4D シアター 』と『スヌーピー・サウンド・ステージ・アドベンチャー』と『ジュラシックパーク・ザ・ライド』くらいかな。
いつも混んでるし一人では行きづらいところなのだが、まああと1回くらいは行く機会があるだろう。
その時のお楽しみ。

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おめでとう千葉ロッテマリーンズ!

祝勝会

↑祝勝会兼追悼会


今年一年、長い間お疲れ様でした。

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11 novembre 2005

女の子に逃げられた

仕事上、とある調査を行うため、先日某市某所に単独で赴いた。
現地に到着したのはもう薄暮という時間帯で、調査を終えて最寄の駅に向かう頃には日が落ちていた。

この道に沿っていけば駅の近くには到達するはず。
記憶の中の地図を辿って、駅から数百メートルという地点にまでやってきたのだが、正確なルートがわからなくなった。
右に折れている広めの車道沿いに進めば駅前の商店が多いあたりに着きそうだが、遠回りになりそうだ。
そのまま直進すると住宅地の中に突っ込むし、道は細く急に街灯が減って暗くなっている。
ただ、直進する細い道には制服姿の高校生だか中学生だかの少女二人連れが私と同じ方面に歩いているので、よい近道かもしれない。
それに路地に入り込んでもおおよそ直進方向にさえ歩いていれば必ず線路にぶち当たるはずだ。
そういうわけで、直進して細い道へと向かった。

辺りは暗い。
10メートルほど前には少女が二人。
警戒されるかなあ、と思っていると、二人は歩きながらこちらを振り返り、何やら言葉を交わしている。
そして道が丁字に分かれる地点に着くと、彼女たちはカタパルト発進のごとく猛ダッシュで左右に分かれて走り出してしまった。
私が分岐点に到達したときには、二人の姿はどちらにもなかった。
そこまで警戒しますか。

別に私は欲情した顔で彼女らを見つめていたわけでもないし、「みんなが俺をバカにするんだ……壊してやる、燃やしてやる」と呟いていたわけでもないし、裸の上にコートを羽織っていたわけでもないし、ましてや『いもうとブルマ~放課後の食い込みレッスン~』の主題歌を放歌していたわけでもない。
ただ歩いているだけなんだ!
潔白だ!
頼まれてもあんたらみたいなガキンチョには手を出さんぞ!

まあいつの世も暗がりを若い女性が歩くのは危ないし、当地が性犯罪の多い土地だったのかもしれない。
警戒されるのはやむを得ないとはいえ、自分が露骨に犯罪者として疑いの目を向けられるのは、正直言ってショッキングでもあり不愉快でもあった。

ちなみに怪しいルートではあったものの、勘どおり駅のそばまで抜けることができました。

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ICO PlayStation 2 the Best

『天空の城ラピュタ』といえば、何度も地上波 TV で放送されている映画だから、その筋書きを知っている人は多いと思う。
今は滅びてしまった古代文明によって建造された空に浮かぶ城、ラピュタ。
そこに行くことを夢見る少年パズーが、ラピュタ人の王家の末裔の娘、シータと偶然出会うことから始まる冒険物語である。
映画の終盤、パズーとシータはラピュタの財宝を狙う海賊の力を借りて、ラピュタに到達する。
主を失い荒廃した城を二人は探索する。
だがラピュタに残された超兵器を狙う政府の役人ムスカ――彼もまたラピュタ人の王家の末裔である――の手引きで政府軍もラピュタに到達していた。
政府軍によってシータは拘束されてしまう。
そしてムスカは政府軍を裏切り、伝承に従ってシータとともにラピュタの中枢部へ到達。
ラピュタの超兵器によってシータとともに世界の王として君臨しようとする。
一人逃れたパズーは、壁を伝ったり、蔦にぶら下がったりしながらラピュタの中枢部へ入り込み、ついにシータと再会する。
パズーとシータは滅びの呪文を唱え、ラピュタは崩壊。
ムスカの野望は潰えるのだった――。

シータとともにラピュタを歩き、シータを救うためにアクロバティックなアクションをやってのけたパズー。
『 ICO 』をプレイして抱いたのは、自らがそんなパズーになったかのような感覚だった。

『 ICO 』は2001年に発売されたプレイステーション2用のゲームソフトだ。
名作として名高く、現在では「 PlayStation 2 the Best 」に収められ1,800円という廉価で販売されている。
コンピュータ・ゲーム好きな小説家の宮部みゆきが惚れこみ、小説化したことでも有名だ。

この作品の主人公は『キン肉マン』のバッファローマンのように角の生えた少年、イコである。
舞台は中世か近世の西洋を思わせる意匠を備えた世界。
「角の生えた子供は生贄にならなければならない」という村の掟により、イコは神官に連れられて孤島に建つ古城にやってくる。
拘束されたイコは生贄としてカプセルに閉じ込められ、置き去りにされる。
だが突然起きた地震によってカプセルが落下し、イコはカプセルから放り出された。
解放されたイコは城の中で檻に閉じ込められていた謎の少女を発見する。
彼女を檻から救い出したのはよいものの、イコと少女は言葉が通じない。
しかしイコは少女に手を差し伸べる。
一緒に城を脱出しよう、と。

こうしてプレイヤーはイコを操作し、少女を連れて城からの脱出を目指すことになる。
無人の城には様々な仕掛けがなされており、ある場所では通路らしい通路がなく、二人の行く手を阻む。
身体能力に優れたイコは壁の出っ張りを足がかりに壁を伝ったりよじ登ったりすることができる。
足場のないところではパイプにぶら下がって移動したり、鎖にぶら下がって反動を用いて離れた場所へ飛び移ったりできる。
しかし少女にはそれができないので、少女でも共に進めるようなルートをパズルのようにその都度イコがお膳立てしてあげなければならない。
おまけに時折謎の影が少女を襲い、少女を影の巣へと引きずり込もうとする。
少女が完全に影の巣に飲み込まれてしまうと、そこから発生する不思議なフィールドがイコを石化させゲームオーバーとなってしまう。
謎の影を角材で撃退しつつイコは脱出ルートを探さなければならない。
足手まといでしかない少女を置きざりにしてイコだけで脱出はできないのだろうか。
行く先々に少女が近づくことで開く謎の扉があるため、それはできないのである。

少女はイコが呼んだり、手を握って引っ張ってあげたりしない限りイコについてこない。
「とっとと来いや、このクソ女!」と内心毒いたり、「オラオラ、姉ちゃん、こっちに来てワシとええことやろうや」などと阿呆な台詞を勝手にあてがったりしつつゲームを進めていく私だったが、少女のために道を作り、襲って来る敵から彼女を守ってあげているうち、少女に対して情が移ってくる。
城からの出口を確保し、「やっと城から脱出できる!」と思うも束の間、イコと少女は引き離されてしまう。
そして気づかされるのだ。
イコは少女を守っていたが、少女もまたイコを守っていたことに。
彼女を救わなければ!
気持ちが盛り上がり、コントローラを握る手には汗が滲む。
そして「城の主」との決戦に勝利するも、待ち受けているのは切ない結末。
主を失って崩れ落ちる城を目にしながら、少女と過ごした冒険の数々とその終焉に一抹の寂しさを禁じえないのだった。

プレイ中、BGM は基本的に存在せず、聴こえてくるのは二人の足音や風の音、鳥のさえずりなどの効果音だけ。
また、イコと少女が言葉を交わすことはほとんどない。
それだけに3Dで作りこまれた城の存在感が増し、ゲーム中の世界に浸ることができる。
3Dのカメラ視点もなかなかよく考えられていて、新たに進めるようになった場所に踏み入れたとき、先がどうなっているのかすぐには掴めない。
そこがどんな場所なのか、断崖絶壁なのか、降りられる場所はあるのか――周囲を見渡す緊張感を与えてくれる。
かつて通った場所を高いところから見下ろしながら落ちると即死な場所を通らなければならない場面も多々あり、高いところが好きだが同時に高所恐怖症である私にとっては、爽快感と緊張感がないまぜになって心地よかった。
海に面した断崖絶壁では「天皇陛下バンザーイ!」と叫びながら海に飛び降りて死に、玉砕気分を味わうのもまた楽しい。

なぜ角の生えた子供は生贄とならなければならないのかとか、城が何のために建築されたのかとか、「城の主」がなぜそこにいるのかといった事柄が一切説明されないままゲームは終了するが、それがまた想像の介入する余地を生み出し面白い。
まず「少年が異世界に入り込み、少女の愛情を得て脱出する」というプロセスから、少年のイニシエーションとしての物語と解することができる。
「心地よいながらも脱出しなければならない場所」として城を母胎になぞらえ、少女との邂逅を受精に、「城の主」との対決および城の崩壊を母胎との決別=出産と解釈することもできるだろう。

ともあれ、アクションとパズルというメインのゲーム要素においては、アクションゲームがあまり得意ではない私でも何とかクリアできたし、パズルも解き方の見当が付きやすく、バランスよく作られていると思う。
敵との戦闘は少し鬱陶しく思ったが、まあ許容範囲内だ。

『 ICO 』を秀作と呼ぶのにいささかの躊躇も覚えない。
それがわずか1,800円。
売り手の決断を称えたい。
そして多くの人にお勧めしたくなる作品である。

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ロアルド・ダールの小説『チョコレート工場の秘密』は有名な作品らしいのだが、児童文学とはあまり縁のない人生を歩んできたもので、読んだことがない。
その『チョコレート工場の秘密』を映画化したのが『チャーリーとチョコレート工場』( Charlie and the Chocolate Factory )。
面白そうだとアンテナが反応したので、「原作が有名」「ティム・バートンが監督」「チョコレート工場に入る話」という知識だけ持って映画館まで観に出かけた。

物語はシンプル。
世界中にチョコレートを売り出しているウィリー・ウォンカの巨大なチョコレート工場には従業員が全く出入りしておらず、その内部は謎だった。
ある日ウォンカはチョコレートに招待券を封入し、招待券が当たった子供をチョコレート工場に招待の上、自ら工場を案内すると告知する。
招待券は世界でたったの5枚。
招待券を手に入れようと、世界中が大騒ぎになる。
ウォンカのチョコレート工場がある街に住む貧しい少年、チャーリーは偶然招待券を手に入れ、工場の内部に入ることになった。
そこは小人の民族「ウンパ・ルンパ」が働き、チョコレートの川が流れる奇想天外な世界。
チャーリーを除く4人の少年少女たちはウォンカの指示に従わず自分勝手にふるまったせいで、一人また一人とツアーから脱落していく。
果たしてウィリー・ウォンカの目的は何なのか。
そしてチャーリーの運命は?

最初から最後まで、惜しみなく CG を駆使して描かれる作品世界はさすが迫力十分。
今時の娯楽映画だ。
見学ツアーの子供たちが悪さをするたびに流れる「ウンパ・ルンパ」のミュージカルも曲調に変化があって飽きない。
「ウンパ・ルンパ」の顔つき(全員顔が同じ)がラジニカーントを髣髴とさせるので『ムトゥ 踊るマハラジャ』を思い出し、座席にありながらも手足が自然に動き出してしまう。
お気に入りは『2001年宇宙の旅』をパロディにしたシーン。
作中の TV 画面に類人猿が映ったところでニヤリとしたが、まさかあそこまでやってくれるとは。
私一人、笑いを堪えて大うけしていた。
キャスティングも良好。
クソガキとその親が、いかにもそれというハマリ具合だ。
リアリズムを持ち出すといろいろツッコミどころはあるのだが、そこは野暮ってものだから控えておこう。

にらんだとおり、映画館まで足を運んだ甲斐のある楽しい作品だった。

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